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《肩こり同盟小話》猫舌娘の恋愛話~贈り物考察 ーSide璃青

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 桃香ちゃんの恋のお話は、なかなか衝撃的だった。行き倒れ、って、ご飯食べるヒマもなかったってことよね。科捜研、なんて恐ろしいところなの……!


「最初がそんなのだったんで自分が世話しないと私が飢え死にすると思っちゃったみたいで。多分、今もそうだと思います」
「それがどう恋愛に発展して結婚まで?」


 うん。そんなに口数の多そうな彼ではないし、どうやって口説かれたのかしら、なんてことが気になったりするのよね。


「さあ……どうしてなんでしょう、実のところ私も良く分からないんですよね。気がついたら一緒にご飯食べたりお家で料理したりしてそうやって二人でいるのが当然みたいな雰囲気になっちゃってて。これからもずっと一緒にいたいなって思えたのは嗣治さんが初めてだったし、嗣治さんも同じ気持ちだったから結婚したっていうか」
「そんなものなの?」
「あ、もしかして大恋愛の話なんての期待してました? 残念ながらそういう盛り上がった話って無いんですよね、私達。一番の盛り上がりなんて嗣治さんのお父さんに会った時に少しもめことぐらいかも」


 まぁ、親御さんと揉めるのはよくある話よね。
 あぁ、でもそういう恋、いいなぁ、憧れちゃうな。
 気付いたらお互いが大切になっていた、なんてすごく素敵だと思うな。


「でもね、恋愛って人それぞれじゃないですか。こうじゃなきゃいけないって形なんて無いと思うんですよ。だから、人からみたら大した盛り上りも無かった恋愛?な話かもしれないけど、私と嗣治さんにとっては出会ってから結婚するまでの一年って凄く貴重な一年間だったんです、色々な意味でね。だからドラマみたいな恋愛と取り換えて欲しいかって言われたら迷わずNOって答えるかな」


 いやいや、充分素敵なドラマだよ、それ。世の中そうやってお互いがぴったりくるカップルばかりじゃないんだから。そう、わたしと元彼みたいに。


「それに、結婚することで悩まなかったって訳じゃないんですよ。何て言うか私みたいな仕事中毒な人間と結婚して嗣治さんは幸せなのかなって、これでも一応は人並みに悩んだんですけどね。それを嗣治さんに話したら話す端からあっという間に片付けちゃって……悩んでいた私の時間はなんだったのって」


 うんうん。目の前の霧が晴れていったのね。分かるわぁ………。


「それで? 璃青さんはどうなんですか? 私ばっかに語らせて自分はだんまりってことはないですよねえ?」


 ふむふむ、なるほど、と聞く一方だったわたしに、ついに桃香ちゃんの聞き込み捜査が始まった。
 やっぱりそう来ますよねー。


「わたし?そうねぇ、わたしはここに来る前に元彼とはきっちり別れていて、まぁそれがキッカケでここに来たようなものなんだけど。………来た早々、お隣さんの強引さにやられちゃったのよ」


 美味しいお好み焼きと生苺サワーでちょっと饒舌になったわたしは、初めて自分の気持ちをアカの他人である桃香ちゃんに話し始めていた。


「五つも年下のくせに、あ、出会った頃は、ってことね。わたしより大人でね。ご挨拶回りがひと通り済んで、気が緩んでいたところにちょっとショックなことがあって。呆然としていたら黒猫さんに連れ込まれちゃったの。わたしが落ち込んでいると思って、その原因を自分のことのように怒って」


 ほんと、なんて人だろうと思った。綺麗な外見にそぐわないような、熱いひと。
 未練なんてこれっぽっちもなかったけれど、あれで元彼に対する気持ちは完全に吹っ切れた。
 落ち込むのもバカバカしいな、って。


「それからも事あるごとにサッと助けてくれちゃうのよ。それはもう紳士でね。だけど、それってどんな人にも平等に、なのよね。贔屓する人じゃないっていうのは確かに好感が持てるけど、なんていうか、特別感はないのよね………」


 わたしったら、桃香ちゃん相手に愚痴ってどうするの。そう思うのに、口が止まらない。


「でも璃青さん、夏祭りの時、二人で手を繋いで歩いていたじゃないですかー。あれ、まんまカップルでしたけど?」


 え、やっぱり見られてたんだ……。
 あぁ、商店街の誰かには絶対見られてると思ったのよね。でも、桃香ちゃんなら言いふらしたりなんてしないよね。


「あ、あれはぁ……。わたしがそそっかしいから転ばないように繋いでいてくれただけなのよぅ。あんなのお年寄りの手を引くのと一緒よ~」
「そうかなぁ、そうは見えなかったけどなぁ」


 だって彼は紳士だから。


「でも、願い紙の奉納の時にね………」


 おっと。これは桃香ちゃんに話したら『非科学的だよ』って笑われちゃうかな。
 あの不思議な体験は、きっとうまく説明できない。けれどあの後、彼の部屋でアクシデントとはいえ抱きしめられたりして、それから彼を確かに意識するようにはなったんだ。


「ん?何です?」
「ううん、何でもない。でね、わたし、この間とうとう二十九歳になっちゃったんだ……」
「え、あ、そうなんだ……」


 突然話を変えてごめんね。


「誕生日の夜、サプライズで黒猫さんの皆さんに、お祝いされてしまったのよ。それは年齢関係なく嬉しいことだったんだけど」
「うんうん」
「六つも年下になった透くんに、花束を貰ったの……」


 そう。金魚の水槽用の置物と、ちょっとお高いエサと一緒に。


「ねぇ、女性に花を贈るって、意味深だと思わないのかな。男の人にとっては大した事じゃないのかな?」
「ううーん。よく分からないけど、どんなお花だったのかにもよると思うんですよ。私もあまり詳しい方じゃないんですけど、一体どんな花だったんです?」
「えっとね、これ。枯れないうちに写メ撮っておいたの」


 携帯に保存していた花束の写真を桃香ちゃんに見えるように差し出した。


「悪い意味じゃないのは確かなんでしょうけど、あまり見かけないお花もありますねぇ。多分キク科だとは思うんだけど……。これは調べてみると面白いかも」
「面白い?」


 あら、桃香ちゃんの捜査魂に火を付けちゃったのかしら。


「心のどこかで大した意味なんてないのかもしれないし、って思いながら、それでもわたし、自分一人でその花言葉を知るのが怖いの。おかしいでしょ?だから、もし桃香ちゃんがこのお花の種類だけでも知ってたら、教えて欲しかったんだけどな」


 元彼の時とは違う、穏やかな想い。
 ずっと知られないままでもいいの。
 彼にお似合いの素敵な彼女がいたとしても、色々自分に言い訳をして、ゆっくりとただのお隣さんになれるはず。今ならまだ、充分引き返せる。


 二人でお好み焼きを半分こしながら、つい湿っぽい話になっちゃった。

 桃香ちゃんは、わたしの話に静かに耳を傾けながら何かを考えているような顔でこちらをじっと見ていたる。
 わたしは気付かないふりをして最後のお冷を飲み干した。


 その後、若干食べ過ぎの胃を摩りながら【林接骨院】へ。カチカチの肩を解して貰いながら涙を流していたわたしをよそに、桃香ちゃんは何やらブツブツと独り言を言っていた。と思ったら。


「璃青さ~ん」
「なあに~?」
「お花のことですど、やっぱり自分で捜査するのが一番だと思いますよ」
「捜査……?」
「じゃなくて、調査? とにかく自分で調べ方が納得できるものが出てくるんじゃないかなあ」
「桃香ちゃん、忙しいものね。ごめんね、教えて欲しいだなんて我がまま言っちゃって」
「いえ、別に調べるのは良いんですけどね、こういうのって自分で調べた方がワクワクするんじゃないかなって」


 うーん。昔の無鉄砲なくらい若かった頃ならそうしてさっさと調べたかもしれないけど。


「そこが私と桃香ちゃんの違いなんだなあ……」
「どういうことです?」
「桃香ちゃんはワクワクするんでしょ? 私はどっちかと言うと悩んじゃうのが先にきちゃう」
「璃青さんそれって超後ろ向き」
「分かってる~~」


 この歳になるとね、色々と慎重にならざるを得ないのよ、なんて。


「璃青さ~ん、難しく考えすぎなんじゃないですかあ? 例えば捜査が難航する事件でも解決してみれば意外と単純明快だったなんて事が多いんですよ?」
「お花は事件じゃないよぉ……」
「でもそんだけ悩むってことは璃青さん的には大事件なんでしょ? もう少し素直に受け取ってみたらどうです?」
「“素直に”かぁ。誰にでも優しい人の特別な好意って、わかりにくいし素直に受け取るのは難しいと思うのよねぇ………」
「え?何か言いました?」
「ううん、こっちの話~」


 少しずつ解される肩から、重い痛みが取れていくのが分かる。施術の間、涙は止まらなかったけれど、終わる頃には大分スッキリしていた。まるで悪い霊が祓われたみたいな??



 その後、桃香ちゃんはお向かいの【桜木茶舗】にお買い物の用がある、というのでそこでお別れした。
 桃香ちゃんの肩も少しは楽になっているといいけど。



 一人になって、なんとなく駅前の方に足が向いていた。スーパーで食材のお買い物をしながら、ついでにこっそりお花屋さんを覗いてみよう。同じ花を見つけられたら、そこに必ず花の名前が書かれているはず。


 そうして商店街を抜けていく途中に通りかかった【エスポワール】というお花屋さんの店先に、あっさり同じ花を見つけてしまった。今が旬なのか、何色もの種類がある。
 ええと、なるほど《マム》っていうのね。うん、帰ったら花言葉を調べよう。いいかげん前を向かなくちゃ。



 その時、聞き覚えのある声に、思わず身を隠した。重そうな箱を持った透くんと、エプロン姿の……お花屋さん?楽しそうなふたりに、親しげな雰囲気を感じた。彼女が透くんに抱きついてはしゃいでいる。
 わたしはふたりに見つからないように、その場を急いで後にした。


 やっぱり彼女がいたんじゃない。明るくて可愛くて、……多分わたしよりずっと年下で。

 透くんのやさしさはどんな人にも平等。特別なんかじゃない。もう勘違いしなくて済む。
 それが分かっただけでも良かった。


 それからどうやって帰ってきたのか覚えていない。無意識に二階に上がり、ダイニングの椅子に座りこんだわたしは、潤んだ視界にゆらゆらと揺れる可憐な花たちを、日が暮れて部屋の中が暗くなるまで見つめ続けていた。


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