16 / 22
16
しおりを挟む
まさか佐村とトリップすることになるとは夢にも思わなかった。
この数か月、ちかやとしおんの三人でばかりトリップしていて、そこに新しく誰かが加わることをあかさは恐れていたのに、こうして他の人の夢を覗くというのは楽しいと、複雑な心境だった。
佐村は初めての、変な言い方だが処女トリップを果たしたわけで、しかもその夢の相手が自分であることが嬉しかった。
相手によるのは当たり前で、佐村であり、自分であることが意外で、恥ずかしさも混じっている。
きっかけは何だったのだろうか?
近しい間柄だったわけでもない。
佐村のことはもちろん気になってはいたが、深く思うほどではなかったはずと思い返すが、さっきの夢をまた辿ってしまい顔を赤らめるあかさだった。
様々な思いに一喜一憂するその顔が赤いかどうかは定かではなく、二人は相変わらず鳥の姿で飛び続けている。
まだ誰の夢なのかわかっていないわけで、加織なのかもしれないという蓋然性の低さに、あかさは闇雲に空を飛び回る他に手がなかった。
上は重そうな影をした雲がびっしり詰まっていて、下は下で濃い霧が流れ、時に渦巻きながら垂れ込めているようで、何だかの人の意志を持って動いているかのようなそれに恐怖感を持ってしまう。
きっとこれまで自分が夢の度に包まれていた霧も俯瞰で見るとこうだったのだろうと、あかさは鳥瞰できていることに少しだけ感謝していた。
そうは言えども、もちろんこの夢がどうなっていくのか、鳥の姿から解放されるのはいつなのか、それらの超現実的問題の方が広く頭を支配している。
どこか目印になるような、山だったり、街だったり、あるいは太陽でも良いのだが、方位を感知できると言われる鳥類だというのに白の世界に方向感覚は鈍るばかりだ。
「なぁ、お前、何かわかって飛んでるのか?」
「何も知らないよ」
「え…。即答なんだな」
「そう。だって」
「だって?」
「迷ってるんだもん」
「マジか、それ」
あかさと並んでいる佐村だが、とっくに鳥でいることに飽きているらしかった。
それはあかさも同じなのだが、反面、大人しくあかさに従っている佐村は雲なり霧なりを突っ切って進むことは嫌な様子でそれ以後もあかさに提案することすらなかった。
不穏な雰囲気というか、動物的直感だ。
不思議と崖っぷちに立っているかのような恐怖を二人とも感じていた。
その崖が断崖絶壁だろうが鳥なら怖いことはなさそうだ。
あ、今の私、鳥だもんね。
ちろっと舌を出して、照れ隠し。
思いのまま、人の時の感覚のままに、したいことを思えばその通りに体は動く。
羽ばたこうという意志でなく、漠然でいい、前に進もうと考えれば良いだけだった。
つまり、飛ぶというのは特別でなくごく普通の、普段通りの行為であり、人間でいえば歩くことと同義であり、そしてそれはやはり疲労を伴うのだということでもあった。
「ちょっと疲れちゃった」
「俺も。でもこんなところで止まれないしな」
「そうなんだよね」
唸る佐村。
「だったらさっき見えた島に行ってみれば良かった」
「島があったの?」
「見てなかったのか?」
「わかんなかった」
深くため息をつくあかさだが、思ったほど息は深くなかった。
「言ってくれればよかったのに」
「ついて来いって言ってたから」
「…」
あかさは閉口して顔を背けた。
「なぁ、霧村。どこか降りられる場所知らない?」
「だから、わかんないんだって」
「いや、そっちじゃなくて。ほら、背中の方の」
全く…、誰に聞いてるんだか。
呆れはしたが、確かに理に適っている。
夢の中、しおんを探して見つけた時のフジのことを鑑みれば、まだ知らない誰かを知っているかもしれないのは自明の理だった。
これが誰の夢なのか、佐村と話を重ねてもあかさには判断がついていない。
あかさでも佐村でもないだろう、夢の創造主。
もしかしたらと、加織の顔が頭をよぎる。
「あの辺ですね」
と、小あかさが指さす方向にはタイミングよく、いつの間にか霧が切れ目を作っていて、キラキラと輝く何かがその正体をのぞかせようとしていた。
「何、その言い方」
と、風向きの変化に心が浮き立つあかさに不意に佐村は笑い声を上げた。
自分が言われたわけでないのに、まるで我が事のように腹が立つあかさだった。
「いいじゃない。私じゃないんだから」
「さっきと全然違うんだぜ。それに霧村のイメージと、ちょっと違うしな」
勝手なイメージで笑わないでよ、と佐村を置いて降下を始める。
だが、佐村のその言葉にいつかのしおんとの記憶が被って蘇る。
得てして自分が思うところと違うように人には見えているのかも知れない、とあの時そう痛感した。
君にとっての私って、どんななの?
どんな印象なの?
あかさはトビの姿に佐村の顔を見ようとしたが、できなかった。
考察は余計に深くなっていく。
見え方次第で、話すときの距離や、心の間合いも変わってくるのだろう。
当初しおんとは距離があったし、美月とは引力より遠心力が強くて今なお遠くなり続けているように思う。
憂いに喜楽な感情が鳴りを潜める。
翼が重い。
今は考えるのはよそう。
とにかく少し休みたい。
あかさは霧の切れ目に向かって勢いよく降下して、佐村は取り残されまいと焦りながら後をついて行った。
この数か月、ちかやとしおんの三人でばかりトリップしていて、そこに新しく誰かが加わることをあかさは恐れていたのに、こうして他の人の夢を覗くというのは楽しいと、複雑な心境だった。
佐村は初めての、変な言い方だが処女トリップを果たしたわけで、しかもその夢の相手が自分であることが嬉しかった。
相手によるのは当たり前で、佐村であり、自分であることが意外で、恥ずかしさも混じっている。
きっかけは何だったのだろうか?
近しい間柄だったわけでもない。
佐村のことはもちろん気になってはいたが、深く思うほどではなかったはずと思い返すが、さっきの夢をまた辿ってしまい顔を赤らめるあかさだった。
様々な思いに一喜一憂するその顔が赤いかどうかは定かではなく、二人は相変わらず鳥の姿で飛び続けている。
まだ誰の夢なのかわかっていないわけで、加織なのかもしれないという蓋然性の低さに、あかさは闇雲に空を飛び回る他に手がなかった。
上は重そうな影をした雲がびっしり詰まっていて、下は下で濃い霧が流れ、時に渦巻きながら垂れ込めているようで、何だかの人の意志を持って動いているかのようなそれに恐怖感を持ってしまう。
きっとこれまで自分が夢の度に包まれていた霧も俯瞰で見るとこうだったのだろうと、あかさは鳥瞰できていることに少しだけ感謝していた。
そうは言えども、もちろんこの夢がどうなっていくのか、鳥の姿から解放されるのはいつなのか、それらの超現実的問題の方が広く頭を支配している。
どこか目印になるような、山だったり、街だったり、あるいは太陽でも良いのだが、方位を感知できると言われる鳥類だというのに白の世界に方向感覚は鈍るばかりだ。
「なぁ、お前、何かわかって飛んでるのか?」
「何も知らないよ」
「え…。即答なんだな」
「そう。だって」
「だって?」
「迷ってるんだもん」
「マジか、それ」
あかさと並んでいる佐村だが、とっくに鳥でいることに飽きているらしかった。
それはあかさも同じなのだが、反面、大人しくあかさに従っている佐村は雲なり霧なりを突っ切って進むことは嫌な様子でそれ以後もあかさに提案することすらなかった。
不穏な雰囲気というか、動物的直感だ。
不思議と崖っぷちに立っているかのような恐怖を二人とも感じていた。
その崖が断崖絶壁だろうが鳥なら怖いことはなさそうだ。
あ、今の私、鳥だもんね。
ちろっと舌を出して、照れ隠し。
思いのまま、人の時の感覚のままに、したいことを思えばその通りに体は動く。
羽ばたこうという意志でなく、漠然でいい、前に進もうと考えれば良いだけだった。
つまり、飛ぶというのは特別でなくごく普通の、普段通りの行為であり、人間でいえば歩くことと同義であり、そしてそれはやはり疲労を伴うのだということでもあった。
「ちょっと疲れちゃった」
「俺も。でもこんなところで止まれないしな」
「そうなんだよね」
唸る佐村。
「だったらさっき見えた島に行ってみれば良かった」
「島があったの?」
「見てなかったのか?」
「わかんなかった」
深くため息をつくあかさだが、思ったほど息は深くなかった。
「言ってくれればよかったのに」
「ついて来いって言ってたから」
「…」
あかさは閉口して顔を背けた。
「なぁ、霧村。どこか降りられる場所知らない?」
「だから、わかんないんだって」
「いや、そっちじゃなくて。ほら、背中の方の」
全く…、誰に聞いてるんだか。
呆れはしたが、確かに理に適っている。
夢の中、しおんを探して見つけた時のフジのことを鑑みれば、まだ知らない誰かを知っているかもしれないのは自明の理だった。
これが誰の夢なのか、佐村と話を重ねてもあかさには判断がついていない。
あかさでも佐村でもないだろう、夢の創造主。
もしかしたらと、加織の顔が頭をよぎる。
「あの辺ですね」
と、小あかさが指さす方向にはタイミングよく、いつの間にか霧が切れ目を作っていて、キラキラと輝く何かがその正体をのぞかせようとしていた。
「何、その言い方」
と、風向きの変化に心が浮き立つあかさに不意に佐村は笑い声を上げた。
自分が言われたわけでないのに、まるで我が事のように腹が立つあかさだった。
「いいじゃない。私じゃないんだから」
「さっきと全然違うんだぜ。それに霧村のイメージと、ちょっと違うしな」
勝手なイメージで笑わないでよ、と佐村を置いて降下を始める。
だが、佐村のその言葉にいつかのしおんとの記憶が被って蘇る。
得てして自分が思うところと違うように人には見えているのかも知れない、とあの時そう痛感した。
君にとっての私って、どんななの?
どんな印象なの?
あかさはトビの姿に佐村の顔を見ようとしたが、できなかった。
考察は余計に深くなっていく。
見え方次第で、話すときの距離や、心の間合いも変わってくるのだろう。
当初しおんとは距離があったし、美月とは引力より遠心力が強くて今なお遠くなり続けているように思う。
憂いに喜楽な感情が鳴りを潜める。
翼が重い。
今は考えるのはよそう。
とにかく少し休みたい。
あかさは霧の切れ目に向かって勢いよく降下して、佐村は取り残されまいと焦りながら後をついて行った。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる