彼女をぬらす月の滴

内山恭一

文字の大きさ
17 / 22

17

しおりを挟む
霧の隙間に見えていたもの、それは大きな川の水面のきらめきだった。
一条の光が差すその岸辺に二人は降り立った。
見回しても霧のせいで遠くまでは見通せない。
「どこだろう?」
「この川、広いし、知らない場所じゃないか」
川幅は広く、静かな水面は光を反射してキラキラと美しい。
目は癒されるものの、どうも少し、匂う。
鼻をつく異臭にあかさは後ずさった。
「なんか臭いよね」
「そうか?なんもわかんないけど」
本当?私がおかしいのかな。
とにかくここから離れたい、とすでに幾条にも広がっている光を放ち晴れていく霧のその先を目指してあかさは飛び立つ。
「行こう」
「あ、待ってくれよ」
焦ってあかさを追う佐村は、キュッキュッと羽ばたき音を響かせる。
降り立って隣に立つ佐村は、あかさより二回りも大きく見えて、その翼の動きも力強い。
教室で立ち話するときとか、今みたいにそこまでの違いはないのにね。
光に包まれる二羽の鳥。
ぱっと光が広がり、晴れた空を感じる中に急速に周囲の色彩を鮮やかにさせていく。
耳に届く音も賑やかに、まるっきりさっきまでと別世界な風景が二人の前に広がった。
「ここは…」
あかさは眼下に豪奢に佇む白い建物を見つけて、ぐるりと大きく旋回してみる。
どこかで見た覚えのある、有名な建物。
なんだっけ?
それが何なのかわかりそうな場所を見つけると、茂った葉の枝に軽やかに降り立った。
数羽の鳥が羽を休める静なか水面のほとりにやってくると、立体感と威容さを持つそれをあかさは見上げた。
あかさの視線の先、樹木が整然と並び、長く続くその先に巨大な白亜の宮殿があかさを圧倒した。
この風景、テレビや写真で見たことある。
知ってはいても、喉がむず痒いだけで単語が一向に出てこない。
バサリと風を巻き起こして佐村が隣に降り立つと、
「タージマハルだ、すげぇな」
そうだ、教科書にも載ってたあれだ。
最近見たばかりの教科書の写真は、しかしモノクロでのっぺりとしていたのに、それと違って散りばめられた白、というか、深みのある白色であり、巨大さは圧巻だった。
世界的に有名な場所らしく、観光名所として多くの人が楽し気にそれぞれの時間を満喫していた。
「佐村君、こういうところが好きなの?」
「いや、別に特に好きってことは」
「でも知ってたね、名前」
決め顔よろしく顔をあかさに向ける佐村は、
「お前は授業中寝てたから知らなかったんだろう」
と、トビ顔が喋るのが滑稽であかさは意図せず笑ってしまう。
改めて考えてみればおかしな夢である。
笑うつもりが逆に笑われ何故なのかわからないでいる佐村は、理由を考えているからこその動きなのか、それとも鳥としての行動なのか、首をくるっくるっと回してさらにあかさの笑いを誘った。
「何だよ、どうした?」
そんな二人の木の元へ遠くから小さな子供たちが腕白そうに声を上げて近づいてくると、近くの地面にいた鳥たちがふわりと軽そうに飛び上る。
目の前を幾羽の鳥が乱発したロケット花火のようにすごい勢いで空へ、その群れは渦を巻きながら旋回をし始める。
子供たちはそもそも興味がなかったようで、わき目も振らずに走り去って行った。
空に消えていった鳥に対して、動じることのなかった一羽の鳥がポツン。
佐村よりは小さいがあかさより少し大きそうなその鳥は、見たことのない種類であり、茶色く地味な印象とは裏腹に独特の、痺れるような鳴き声を気持ちよさそうにあげていた。
別にあかさはその鳥が好きだとか、気になるとか、確固たる理由を持っているわけでなく、ただ、近寄ってみたかっただけだった。
他の鳥とは違う、人を怖がる様子の無いところ、それに一羽だけ鳥ではない存在感を持っていたからだ。
第六感を蔑ろにはできないとあかさはその鳥のそばを目がけて矢のようにすばやく飛び立つ。
「おい、どこに…」
あまりのスピードで、佐村の声は最後まで続かない。
何かあったのだと佐村もすぐ後を追う。
目を見つめ合っているのだろう、あかさとその鳥はじっとして動かないが、佐村がやってきて着地に失敗して羽をばたつかせた。
なおも佐村は落ち着きなさそうに、羽をばさばさとやっていてうるさくてたまらない。
「うるさいって」
「だって、地面って立ちにくいんだぞ。意外と」
何をやっているんだか、と呆れて佐村に顔を向けるあかさは次の瞬間、耳を疑った。
「あかさなの?」
喋った。
確かに、そう聞こえた、と思った。
佐村もビックリした顔、かどうかは別にして、
「喋った、な?」
と驚嘆と共にあかさに話しかけた。
瞬く間にその鳥は羽ばたいて、青空に舞い上がっていく。
「あの鳥、佐村君の背中に気づいたんだ」
「霧村にか?」
じたばたしていた佐村の背にはしっかりと小あかさがしがみついて、全身が見えるほど飛び上っていた。
鳥である私たちではなく、その姿に反応したのだ。
佐村の思念の姿を間違いなくあさかであると認識できる相手、もう状況からして加織以外に考えられない。
「加織だ!」
あかさは大急ぎで雲に紛れて消えそうな鳥影の後を追った。
「だから、置いてくなって」
佐村も後れを取らないように、もちろん小あかさを振り落とさない程度に懸命について行った。
「どういうことだよ」
「待って。とにかく追いつかないと」
ずぼっと音はしなかったが、鈍さを翼に感じて真っ白な雲を突き進む二羽。
「フジ!あれは誰?やっぱり加織?」
羽の間から顔をのぞかせて、フジが返す。
「誰かは知らない。でも、ここがあの人の世界なのはわかる」
「おい、猫喋ってるぞ。すげぇ」
鳥がそんなこと言ってるのも凄いでしょうが、と言いかけたが馬鹿馬鹿しさがこみあげて、フジに率直な意見をぶつけることにした。
「その喋り方、可愛くないよ」
私の夢のくせして、と律儀な話し口に少し苛立った。
自分の夢の住人にあたるのは一層馬鹿馬鹿しいわけで、そんな自分をなだめるように、
「せめて、話の最後に、にゃーってつけてみたら?」
「これでいいかニャー」
「あ、可愛い」
違和感たっぷりで背中や首筋がこそばゆい感じがしているあかさと違い、佐村に高評価を得たようだったが、
「やっぱりいつも通りでいいわ。で、どっち?」
「このまま真っ直ぐだニャー」
「可愛いな、それ」
佐村の未知の顔なのか、彼の部屋に似合わなそうなぬいぐるみがある情景を想像して、あかさはそれが変に楽しくてこっそり笑っていた。
いろいろとテンションが上がる状況に、
「あなたの背中の子もかわいいでしょ?」
「え?何だって」
羽音で聞こえなかったようで、それはそれで助かったと決まりの悪いあかさだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...