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藤棚の下は暗く、おかげでトリップの終焉がはっきりと分かった。
晴れた空の下、ジョギングする人がちょっと先の遊歩道を走り過ぎる。
「あかさ?」
耳元でちかやの声がして、ハッとして隣の加織を見る。
腫れぼったい瞼ではあったが、その笑顔はいつもの加織のものだった。
一筋の涙が彼女の頬を流れ落ちた。
「もう大丈夫、だね?」
「うん、もちろん。ありがとう」
加織はあかさの膝に手を置いて、深くお辞儀をして見せる。
それから加織は耳の方を指さして、
「ねぇ、あかさ。それ」
そうだった、電話中だ。
携帯は通話になったままのようで、
「ごめん、何の話だったっけ?」
言って、自分で呆れてしまう。
もう用件は済んでしまっていたのだから。
「良い話だったよ」
うん?何のことだろう。
ちかやの言葉に心当たりが全くない、つもりだった。
「え。まさか。私と加織の話、聞いてた?」
「聞いてたのって。すぐ隣にいたじゃんか」
「えー」
恥ずかしさが体を駆け巡り、顔が熱い。
「本当?ずっと隣にいたって。気が付かなかった」
全く、全然。
晴天の霹靂だった。
そう言えば加織に夢中で周りを見ていなかったことを思い出す。
「さっきの人?」
加織の言葉にさらに戸惑うあかさは、動揺しながらも、
「そう」
と、辛うじて間を外さずに答えることができた。
「格好いいね。ライブの時に見たあの人だよね?」
ちかやのことだとすぐわかる。
加織はほぼ初見のはずだが、その察しの良さはとても彼女らしいもので、うれしくもあった。
「なんか私、惚れちゃったかも」
「え?女の子だよ、言っておくけど」
「わかってるよ、もちろん。あかさを見守る視線がなんか魅力的」
「どうしてそんなことになるの?」
狼狽えてしまうあかさに、畳みかけるかのごとく、
「失恋の傷を癒すのは恋愛っていうじゃない」
あかさは、背後から受けるちかやのあの攻撃、いや、挨拶を思い出して、ブルブルと激しく首を横に振った。
ちかやが一つ、咳払いして、
「和をもって尊しとなすって言うじゃない」
「え?うん、それが?」
「私、思うんだ。言う事を言わないで和なんてあり得ない。だからちゃんと言わないとだめだよ」
「うん。で?」
と、ポカンとするあかさ。
「まだ言ってないでしょ?」
「何を?」
「ありがとうって。話をしてくれたんだから」
「そ、そんなもの、なの?」
会話に耳をそばだてている加織の方をちらっと見て期せずして目が合うあかさは、暑さのせいで無く汗ばんでくる。
「隣でしおんも頷いてる」
何故だか容易に想像できてしまう。
「それに、あの素敵な声の人もね」
「ありがとう。それに、ごめんなさい」
会話がちかやの説教じみた話に加織が割って入り、ちかやもその声が聞こえたらしく、
「そう、それでいいんだって。次はあかさ」
きっとちかやは正しい。
ふざけていても、それで少なからず痛い目にあったとしても、彼女を信頼している自分がいる。
そんな人なのだ。
背を押された気になって、あかさはしゃんと背筋を伸ばして、一呼吸ののち、
「ありがとう。加織」
「うん」
二人は笑顔を交し合った。
「じゃぁ、今日はもうこれで終わるか。テストも近いし」
ちかやはまるで見ているかのような間の良さでそう言うと、
「あ、そうだ。勉強しないと」
と、加織は驚き顔で頷いて、
「今度、会おうよ?」
「そうだね、じゃぁ次ね」
と、あかさを抜きにして会話は進み、ちかやは早々に通話を一方的に終了した。
最早耳元から離れていた電話は画面に通話終了の文字を浮かべていた。
なんか、台風みたいなのが一瞬で通り過ぎたみたい。
台風一過、あかさの心はそんな感じだった。
「帰ろう、あかさ」
「そうだね」
加織が立ち上がり、あかさの手を取り引き起こすと、その手をつないだまま、
「ありがとう」
と、もう一度真顔で言う加織にあかさは何と声を掛けたらよいか、言葉の選択に迷っていると、
「やっぱり格好いい、あの子」
と、弾ける笑顔を見せて楽しそうな加織だった。
その足取りは軽く、あかさは彼女を早足で追いかけなければならない程だ。
久しぶりの連日に及ぶ晴れ間はあかさと加織のためにあったのではないか、と頬をつねってみるあかさである。
「ところで、あかさ」
「何?」
「佐村君」
その名前にドキッとするあかさに、
「いいところまで行ったの?」
「どういうこと?」
「とぼけてもダメ。知ってるんだから」
彼女は何をどこまで知っているのだろう?
もう現実と夢がごちゃまぜで、心がつながって夢うつつにいる感覚さえある。
そうだ。
何故、加織は鳥のあかさに気づいたのだろう?
正確に言うなら、佐村の思念の形であるあかさを見ることが何故彼女はできたのか?
知らなければその存在に気づかないはずなのに、おそらく、あの小あかさを見て逃げたはずなのに。
「あの浜辺、タイの入江なんだよ」
「タイ?」
魚の?そんなわけないか。
だったら…。
加織の人差し指はあかさの胸に向けられた。
彼女の含みのあるあの笑顔に、あかさはズキュンと見えない弾に心を打ち抜かれる。
何回恥ずかしい思いをすればいいの?
あかさの手が加織を捕まえ損ねて空を切る。
ひらりと身をかわした加織は、
「残念だったね。あっちのあかさはいい思いしちゃったかもよ」
と楽し気な声を残して走り出す。
「もう!」
すでに夏を感じさせる暑い風が吹いて、髪を撫でる。
二人にはそれさえも爽やかに感じるほどに体は熱く、心はもっと熱い。
風が湖面を渡り、木々を揺らし、街を過ぎる。
翼をもつ彫刻はそれを受け飛び立たんばかりに羽ばたいている。
もう梅雨が明ける、そう告げる乾いた風だった。
晴れた空の下、ジョギングする人がちょっと先の遊歩道を走り過ぎる。
「あかさ?」
耳元でちかやの声がして、ハッとして隣の加織を見る。
腫れぼったい瞼ではあったが、その笑顔はいつもの加織のものだった。
一筋の涙が彼女の頬を流れ落ちた。
「もう大丈夫、だね?」
「うん、もちろん。ありがとう」
加織はあかさの膝に手を置いて、深くお辞儀をして見せる。
それから加織は耳の方を指さして、
「ねぇ、あかさ。それ」
そうだった、電話中だ。
携帯は通話になったままのようで、
「ごめん、何の話だったっけ?」
言って、自分で呆れてしまう。
もう用件は済んでしまっていたのだから。
「良い話だったよ」
うん?何のことだろう。
ちかやの言葉に心当たりが全くない、つもりだった。
「え。まさか。私と加織の話、聞いてた?」
「聞いてたのって。すぐ隣にいたじゃんか」
「えー」
恥ずかしさが体を駆け巡り、顔が熱い。
「本当?ずっと隣にいたって。気が付かなかった」
全く、全然。
晴天の霹靂だった。
そう言えば加織に夢中で周りを見ていなかったことを思い出す。
「さっきの人?」
加織の言葉にさらに戸惑うあかさは、動揺しながらも、
「そう」
と、辛うじて間を外さずに答えることができた。
「格好いいね。ライブの時に見たあの人だよね?」
ちかやのことだとすぐわかる。
加織はほぼ初見のはずだが、その察しの良さはとても彼女らしいもので、うれしくもあった。
「なんか私、惚れちゃったかも」
「え?女の子だよ、言っておくけど」
「わかってるよ、もちろん。あかさを見守る視線がなんか魅力的」
「どうしてそんなことになるの?」
狼狽えてしまうあかさに、畳みかけるかのごとく、
「失恋の傷を癒すのは恋愛っていうじゃない」
あかさは、背後から受けるちかやのあの攻撃、いや、挨拶を思い出して、ブルブルと激しく首を横に振った。
ちかやが一つ、咳払いして、
「和をもって尊しとなすって言うじゃない」
「え?うん、それが?」
「私、思うんだ。言う事を言わないで和なんてあり得ない。だからちゃんと言わないとだめだよ」
「うん。で?」
と、ポカンとするあかさ。
「まだ言ってないでしょ?」
「何を?」
「ありがとうって。話をしてくれたんだから」
「そ、そんなもの、なの?」
会話に耳をそばだてている加織の方をちらっと見て期せずして目が合うあかさは、暑さのせいで無く汗ばんでくる。
「隣でしおんも頷いてる」
何故だか容易に想像できてしまう。
「それに、あの素敵な声の人もね」
「ありがとう。それに、ごめんなさい」
会話がちかやの説教じみた話に加織が割って入り、ちかやもその声が聞こえたらしく、
「そう、それでいいんだって。次はあかさ」
きっとちかやは正しい。
ふざけていても、それで少なからず痛い目にあったとしても、彼女を信頼している自分がいる。
そんな人なのだ。
背を押された気になって、あかさはしゃんと背筋を伸ばして、一呼吸ののち、
「ありがとう。加織」
「うん」
二人は笑顔を交し合った。
「じゃぁ、今日はもうこれで終わるか。テストも近いし」
ちかやはまるで見ているかのような間の良さでそう言うと、
「あ、そうだ。勉強しないと」
と、加織は驚き顔で頷いて、
「今度、会おうよ?」
「そうだね、じゃぁ次ね」
と、あかさを抜きにして会話は進み、ちかやは早々に通話を一方的に終了した。
最早耳元から離れていた電話は画面に通話終了の文字を浮かべていた。
なんか、台風みたいなのが一瞬で通り過ぎたみたい。
台風一過、あかさの心はそんな感じだった。
「帰ろう、あかさ」
「そうだね」
加織が立ち上がり、あかさの手を取り引き起こすと、その手をつないだまま、
「ありがとう」
と、もう一度真顔で言う加織にあかさは何と声を掛けたらよいか、言葉の選択に迷っていると、
「やっぱり格好いい、あの子」
と、弾ける笑顔を見せて楽しそうな加織だった。
その足取りは軽く、あかさは彼女を早足で追いかけなければならない程だ。
久しぶりの連日に及ぶ晴れ間はあかさと加織のためにあったのではないか、と頬をつねってみるあかさである。
「ところで、あかさ」
「何?」
「佐村君」
その名前にドキッとするあかさに、
「いいところまで行ったの?」
「どういうこと?」
「とぼけてもダメ。知ってるんだから」
彼女は何をどこまで知っているのだろう?
もう現実と夢がごちゃまぜで、心がつながって夢うつつにいる感覚さえある。
そうだ。
何故、加織は鳥のあかさに気づいたのだろう?
正確に言うなら、佐村の思念の形であるあかさを見ることが何故彼女はできたのか?
知らなければその存在に気づかないはずなのに、おそらく、あの小あかさを見て逃げたはずなのに。
「あの浜辺、タイの入江なんだよ」
「タイ?」
魚の?そんなわけないか。
だったら…。
加織の人差し指はあかさの胸に向けられた。
彼女の含みのあるあの笑顔に、あかさはズキュンと見えない弾に心を打ち抜かれる。
何回恥ずかしい思いをすればいいの?
あかさの手が加織を捕まえ損ねて空を切る。
ひらりと身をかわした加織は、
「残念だったね。あっちのあかさはいい思いしちゃったかもよ」
と楽し気な声を残して走り出す。
「もう!」
すでに夏を感じさせる暑い風が吹いて、髪を撫でる。
二人にはそれさえも爽やかに感じるほどに体は熱く、心はもっと熱い。
風が湖面を渡り、木々を揺らし、街を過ぎる。
翼をもつ彫刻はそれを受け飛び立たんばかりに羽ばたいている。
もう梅雨が明ける、そう告げる乾いた風だった。
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