彼女がのぞむ月の向こう

内山恭一

文字の大きさ
上 下
2 / 28

2

しおりを挟む
終業のチャイムが鳴り響く。
鳴るや否や、霧村あかさはぐうっと背伸びをした。
席が一番後ろとはいえ。まだ喋っている担任には見られないよう気に留めながら。
しかしややもすればそういう姿は目にとまりがちである。
大体があかさから担任の眼が見えるのだから、同様に担任からも見えている。
目があったかそうでなかったか、担任は話を切り上げ、
「よし、終わり。寄り道しないで帰りなさい」
そんな状況だったので、あかさは少しドキリとした。
自分に向けていったのではないか、と。
それでもチャイムの最後の余韻が無くなる頃にはあかさはもう気に留めなかったが。
担任の姿が見えなくなると、すぐさま、
「おい、霧村。すげぇ見てたぞ、おまえのこと」
隣の席の佐村優仁がすばやく身の回りを片付けながらにやりとした。
「あ、やっぱり。目があった気がした」
「さっき爆睡してたろ、あの辺りから」
十分か、いや五分かそこら、じっくりと眠ってしまっていた。
「暖かかったからねぇ」
教壇から生徒と目が合わないというのはそれはそれで目につくもの。
「何時に寝てるんだよ」
「十一時くらいかな。あ、昨日は一時か」
佐村がため息混じりに、
「いいなぁ。俺もそんな余裕が欲しいよ」
と、その割に嫌そうな顔ではない、むしろ楽しそうに見える。
そう思うと、ため息すらわざとらしい。
佐村はやってきたクラスメイトと喋りながら、挨拶も早々に教室から出て行く。
バスケが心底楽しいんだろうと、あかさは思った。
それともわいわいやるのが好きなのだろうか。
少なくとも自分はその両方に魅力は感じていなかった。
だから教室から出て向かう先は下駄箱であり、家であり、佐村が向かったであろう体育館ではないのである。
佐村の熱心な姿を見てみたいと言う気持ちは多少はあった。
今度のぞき見してみるのも悪くないな、などと考えながら緩慢な動きで机の上を綺麗にするあかさ。
「ねぇ」
佐村とのやり取りを、笑みを浮かべて振り返り見ていたのは前の席の京恵ひさき。
佐村はスポーツしているし割と顔も整って一応は好みだが、ひさきもまた綺麗な顔立ちだ。
周りが綺麗どころでラッキー、と本気で思っているあかさ。
鞄に手を突っ込んで手探りのまま携帯電話の電源を入れる。
「化粧、ばれてるんじゃない?」
ひさきの言葉に一瞬動きが止まるが、鞄で鳴る電子音にいつもの調子を取り戻した。
「やっぱり?そうだよね」
男の佐村は気づいてなかったかも知れない。
気づくと言うより、いつもとは違うな、という程度の違和感はあったかも知れない。
一方、朝方教室に着くなりひさきには開口一番化粧を指摘されたくらいだから、担任だってすぐわかったとしておかしくない。
その上、入学から一ヶ月も経っていないのに居眠りするなど、ノーマークなわけはない。
だが、あかさは、それはそれ、なるようになる、と深く考える様子もない。
ようやっと持ち物を鞄にしまうと、話を変えた。
「寄ってくって話、今日はどう?」
ひさきは笑顔で、
「うん、行く行く」
そこへ蒔本加織が来て、
「あかさの家に行くって話でしょ。今から?」
あかさは最近はまっているグミの小袋を取り出し、二人に勧めると、自分も一つ口に放り込んだ。
酸っぱさに目が覚める。
「そう、行ってみようよ」
「私も行く」
ひさき、加織と三人でつるむことが多い。
入学してからどうやって仲良くなったのか思い出せないほどに、自然と打ち解けた。
きっかけは覚えていないが、あの時三人で話したのは、どのクラブに所属するか、だ。
放課後、クラブ活動に参加するのは一年生の必修らしい。
裏を返せば二、三年はそうではないと言っているわけで、自分磨きに興味はあっても運動に興味のないあかさはその選択の義務に納得しておらず、いろいろと気の進まない話だった。
だから内容が緩そうな文系クラブを二人に勧めたのはあかさには当然の流れであり、そして異論無く三人そろって同じクラブ員となった。
だがあかさにとっては部室に向かう足は重く、二人を巻き込みすでに帰宅部に足を突っ込み、日々帰ることに専念している。
部活動は大切なので、
「じゃぁ帰ろう!」
という加織の言葉を合図に二人は腰を上げた。
しおりを挟む

処理中です...