毒の美少女の物語 ~緊急搬送された病院での奇跡の出会い~

エール

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結婚宣言

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 六月中旬の土曜日。
 早朝、空港までは泪さんが車で送ってくれたのだが、そこからは二人だけでの行動となる。

 瞳と二人っきりの旅ができるので、嬉しいことは嬉しいのだが、観光旅行ではなく、美海辺出版の担当者との顔合わせが待っている。
 ここで失敗してしまうと、せっかく手に入れた夢への扉を閉ざしてしまうことになる。

 飛行機に乗るのも初めてだし、東京へ行くことも初めて。
 瞳は子供の様に、迷子にならないか心配していた。

「大丈夫だよ、俺も一緒だし」

 と言ってしまった手前、うろたえるようなことがあってはならない。
 ……と思っていたのだが、いきなり空港の金属探知機にひっかかり、その原因が分からず、焦ってしまった。

 どうやらポケット手帳の紙を綴じる部分が金属だったのでそれが引っかかったようだ。
 こんなこともあろうかと時間に余裕を持っていたので大事にはならず、想定の範囲内と余裕を崩さなかったので、呆れられてはいないだろう。

 その後、無事飛び立ち、あっという間に羽田空港へ。
 そこから人の多さに戸惑う。

 瞳は、はぐれないようにと俺と手を繋ぎ、身を寄せてくる。
 俺たちは、編集者に真面目な印象を持ってもらうようにと制服を着ており、夏服で半袖になっていたため、掌だけでなく腕も直に肌が触れあう。
 瞳は気にしていないようだが、俺としてはそれだけで、少し鼓動が高鳴った。

 しかしそれを喜んでいる場合ではない。
 各ターミナルは入り組んでおり、乗り間違えないように案内表示を見ながら進んでいく。
 俺は事前に何度もマップを見てシミュレートしていたのだが、瞳はそもそも地図を見るのが苦手なようで、完全に俺に頼っている。

 ……しかし、途中で一回迷子になってしまった。
 ここは冷静に、駅員さんに尋ねて事なきを得たのだが、瞳に呆れられていないか心配だった。
 けれど彼女は、

「……やっぱり和也君、頼りになるね。私だと、なかなか知らない人に声かけづらいから……」

 と、評価は下がっていないようだった。

 そんなこんなで、予定より早く美海辺出版に到着した。
 オフィス街にそのビルは存在しているが、この日は土曜日ということでそれほど人は多くなく、目的のフロアへ着いた。

 正確に訪問時間を決めていたわけではなく、午前中に、ぐらいでしか約束していなかったので、多少早くても問題無いはずだ。

 この日は受付の人がおらず、ちょっとドキドキしながら呼び出しベルを押した。
 すると、四十歳ぐらいの、ボーダーカットソー、白シャツ、チノパンの、ちょっとおしゃれなオジさんが来てくれた。

「ああ、すみません、今日は一応、会社としては休日の扱いでして……えっと、加賀和也君と、伊達瞳さん、かな?」

 にこやかに話しかけてくれたそのオジさんに、二人とも

「はい、そうです!」

 と揃って答え、頭を下げる。

「思ったより早かったね……私が貴方(あなた)方の担当の前田です。……じゃあ、早速ですが、こちらに来てもらえるかな?」

 と、小さな打ち合わせスペースに通された。
 四人掛けの会議机に、俺と瞳が並んで座り、対面にその人が座った。

「いつもは受付の女性がいてくれるんだけどねえ……」

 といいながら、共有スペースのようなところで紙コップにコーヒーを煎れて持ってきてくれた。
 俺たちは緊張しながらお礼を言い、自己紹介をした。
 その人も名刺を差し出し、前田俊和(まえだとしかず)という名前と、今までに担当した小説を挙げてくれた。

「……あ、私、『コイウタ』前から読んでました!」

 二年ほど前、中高生に流行った恋愛小説だ。
 俺も名前は聞いた事あるし、確か映画化もされたはずだ。
 そんな人気小説の担当者がこの人だと知り、ますます緊張してしまう。

「まあまあ、そんなに固くならずに」

 と、相変わらず笑顔で接してくれる。
 その温和な印象に安心し、緊張も徐々にほぐれてきた。
 しかし、すぐにそれは甘い認識だったと思い知らされた。

 まず、事務的なことで、出版に伴って印税が発生すること、俺たち二人は未成年なので、双方の保護者の許可が必要であることの説明を受けた。

 また、作者が二人ということで、その印税をどういう配分にするかも決めないといけない、といわれたが、これは既に用意しており、

「折半で、ということにしています。双方の両親にもそれで話を通しています」

 と俺が答えると、

「ほう、しっかりしているね。さすがです」

 と褒められ、ちょっと照れる。
 隣の瞳も、笑顔でうなずいた。
 しかし……。

「……ところでお二人は、どういう関係なのかな? 学校名は違うようだけど……」

 と突っ込まれた。

「えっと……あの、一応、お付き合いさせて頂いています……」

 照れもあって、ちょっと歯切れの悪い言葉になってしまった。

「……なるほど、恋人同士、というわけですね。ただ、そこがちょっと心配なところでもある。率直にいうと、二人の共作、という小説には、あるリスクがあるのです。それが何か、分かりますか?」

 前田さんの表情は、それまでの温和なものから真剣なものへと変わっていた。

「……たとえば、ケンカしてコンビ解消、ということでしょうか」

 と、真っ先に思いついたことを言葉にすると、

「その通り。それが、高校生の男女カップルとなると……この物語、長編小説になると私は思っています。第二巻、第三巻まで続刊するとして、今と同じように、仲良く書き続けることができますか?」

 結構、厳しく攻めてきた。

「……それは大丈夫だと思います」

「その根拠は?」

 畳みかけられた……。

「……同じ夢を持って、同じように前に進んでいるからです……その意味では、二人で小説家になろうという意思は、恋愛感情よりもっと強いと思っています。その意思は貫き通すつもりです」

 俺は、瞳の父親に言ったのと同じような言葉を口にした。

「なるほど……確かに、今はそう思っているのかもしれない。しかし……ちょっとプライベートなことに踏み込んでしまうけれども、二人は付き合いだしてどのぐらいになる?」

「……出会ったのは三月で、正式に付き合い始めたのは、ついこの前です……」

 ちょっと自分達に不利なことだが、正直に話した。

「……三月? すると、出会ってすぐこの小説を書き始めたんだ……それでこれだけ読者を集めているのはすばらしいと思う。けれど、さっき言った懸念は、やっぱりぬぐいきれない。そのあたり、本当に心配ないでしょうか?」

 前田さんの視線と口調は、厳しくなってきている。
 これは、わざと俺たちを追い込んでいる。ひょっとしたら、怒らそうとしているのかもしれない。

 反論しようと思うが、ケンカ別れしない、という明確な根拠が示せないので、ちょっと気まずい沈黙が続いてしまう。

「……まだ高校生のカップル、ちょっとしたことでケンカして、別れて、それが作品に影響が出るようだと困るんだ。ラノベで高校生デビュー、というのはそう珍しくはないけど、その歳で男女二人の共作、というのは前例がないと思う。結婚して、夫婦での共作はあるけれども……」

 と、さらに突っ込んできたところで、今まで黙って成り行きを見守っていた瞳が突然立ち上がった。

「だったら、私達も結婚しますっ!」

 ――突然のその宣言に、俺も前田さんも、目が点になってしまった。

 数秒後、自分が爆弾発言をしたことに気付いた瞳は、真っ赤になって席に座り、両手を激しく交差させて、

「……いえ、あの、そういう意味じゃなくて、将来はっていう意味で……」

 その言葉に、俺も顔が熱くなるのを感じた。
 瞳はそこで視線を俺に向け、さらに自分がとんでもないことを言っているのに気付き、

「……やだ、私、何言っているんだろ……」

 と、下を向いて黙り込んでしまった。
 それを見た前田さんは、笑顔になって、

「加賀君……伊達さんはこう言っているけど、君はどうなんだい?」

 と優しく尋ねて来た。

「……結婚、します!」

「……ほう……」

 前田さんが、ニヤリと笑みを深めたのが分かった。
 瞳も、驚いて俺の方を見ている。

「彼女のお父さんに、約束したんです。瞳さんを、必ず幸せにしますって。お父さんも、それを受け入れてくれました」

 これは本当のことだったので、迷いなく言葉が出た。
 瞳は、一瞬大きく目を見開いたが、涙目になりながら頷いていた。

「……なるほど、公認の仲、っていうわけだね……だったら、大丈夫だね。申し訳ない、ちょっと意地悪な質問をしてしまった。うん、大丈夫だ」

 前田さんは、自分に言い聞かせるように、大丈夫、という言葉を重ねた。

「……実は、さっき前例がないって言ったけど、それは逆に強みにもなり得るんだ。例えば『史上初! 現役高校生男女カップルによる共作ラノベ』っていう帯をつけて売り出せばどうなるか? ……今のラノベ業界は少々飽和状態にあるので、少しでも目立った方が有利、っていうのもまた事実なんだ」

 と、今までとは逆に、擁護するような発言をしてくれた。

「……なるほど、それはちょっと、手に取ってみたくなりますね」

「そうだろう? ……今、君たちを見て、話をして確信した。この企画、絶対成功する。我々で頑張って、ヒット作にしていきましょう!」

 前田さんの太鼓判を貰い、俺も瞳も、やっと心からの笑顔になった。
 ……けれど、それも束の間。前田さんからはいくつもダメ出しが出た。

 誤字、脱字の指摘に始まり、文章の表現の統一などの基本的なこと。
 戦闘シーンの描画、迫力不足。
 恋愛シーンの物足りなさ。
 書籍化するにあたり、書き下ろしのサブストーリー追加の必要性。

 これらを二ヶ月半ほどで書き直し・書き足しする必要があるのだという。
 相当な作業量となるのは明白だが、当然、学校に行きながらの作業になるので、クラクラするような感覚を覚えた。
 後半、夏休み期間となるのでそれが救いか……。

「……あと、書籍化なのでイラストも付くわけだけど……君たちの作品を見て、どうしても担当したいと手を挙げたイラストレーターがいるんだ。前からウチで出版する本のイラストは描いてもらっていたんだけど……」

 そういって、前田さんは封筒からサンプルを取り出した。

「……うわあ……」

「凄い……」

 俺も瞳も、揃って驚嘆の声を上げた。

 幻想的なファンタジー世界のカラーイラストだった。
 深い森の中、木々の間から差し込む幾重もの光の筋が、巨躯のドラゴンと、その傍らに佇む美しい少女を照らし出している……。

 それは、『Poison』のイメージにピッタリ……いや、それ以上のもののように思えて、鳥肌が立った。

「すごい、本当にこんなイラストが付くんですか?」

 瞳も相当興奮している。

「ああ、君たちが了承してくれたら、だけどね」

 俺と瞳は、目を合わせて頷いた。

「ぜひ、お願いしたいです!」

 俺は即答した。

「それは良かった。じゃあ、彼女にも連絡しておくよ。きっと喜ぶと思う」

「……彼女っていうことは、女性なんですね」

「ああ。蜂須賀(はちすか)レナさん……君たちと同じ、阿奈津市に住んでいる。打ち合わせとかもしやすいんじゃないかな」

「えっ……阿奈津市に!?」

 意外な言葉に、俺も瞳も顔を見合わせて戸惑ってしまった。

「君たちがイラストを気に入ってくれるまでは伏せて欲しい、と言われていたんだけどね。伊達さんのお姉さんと親友らしい」

 思いもよらない展開に、もう一度、俺と瞳は顔を見合わせたのだった――。
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