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第4話 眠り姫
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上級冒険者だというユナが護衛を務めてくれることになり、準備時間がかなり短縮できた。
たかだか一泊の出張だし、俺はそれほど荷物が必要ではない。
ユナは元々冒険者であり、荷物はまとめて宿屋に預けていたので、それを取ってくるだけだった。
ジルさんも、定期診断の出張ならともかく、プライベートな一泊旅行と変わらないので、さして荷物は必要ではない。
馬車の手配も、ジルさんがしてくれた。
馬一頭が引く小型の馬車で、御者はジルさん自信が務めてくれるという。
俺とユナは、並んで後の座席に座るようになる。
ちなみに、今回の護衛、ユナはタダで引き受けてくれた。
その分、占いの結果を最後まで見届けさせてもらう、という条件を、俺にだけこっそり提示してきたのだが、まあそれは仕方無いと割り切ることにした。
それと、二日間占いの店を閉めることについて、困らないかと二人に聞かれたのだが、
「大丈夫です。出張中と札を出しておきます。予約も入っていなかったし……それに、いつでも行けると思われるより、タイミングが合わないと占ってもらえないと思われた方が、ありがたみというか、そういうのが増しますので」
と答えると、そういうものなのかもしれない、と納得してくれていた。
そんなこんなで、一時間後には、もう出発することができた。
初めて乗った馬車の乗り心地は……正直、酷かった。
別に、乗っている馬車の性能が特段悪いのではなく、平均的にこういう乗り心地のものらしい。
一応、クッションは敷いているが、振動の大きさ、揺れ、共にとても辛いものだった。
だが、隣のユナは全く平気なようで、大きなあくびをしていた。
「……眠そうだな……」
「うん……だって、昨日、あまり眠れなかったから……」
「眠れない? 何か悩みでもあったのか?」
「……だって、私にとって一番の結婚相手、どんな人なんだろうって、ずっとワクワクしてたから……」
ちょっと拗ねたようにそう呟く。
それを聞いて、ズクン、と心が痛んだ。
そこまで楽しみにしていて、「誰と結婚しても不幸になる」なんて言われたら、そりゃあ落ち込むのも無理はない。
「そっか……ごめんな、酷い結果で」
「……まだ私、あなたの占いが完璧だとは思っていないからね。今回の件だって、外れればまだ望みは出てくるわ」
「……じゃあ、外れて欲しいと思っているのか?」
「うーん、微妙。それでジルさんが幸せになれないのだったら、それはそれで気の毒だし」
もちろん、この一連の会話はすべて小声で行っており、御者台のジルさんには聞こえていない。
「なるほどな……それに、占いが完璧ではないっていうのは、その通りなんだ。欠点がある」
「……欠点?」
「ああ。俺の能力は、『結婚すると最高に幸せになる相手を知る能力』なんだけど、だからといって、その相手と簡単に結婚できるとは限らない」
「……それって、どういうこと?」
「例えば、その二人が大陸の端と、反対側の端に住んでいたりしたら、どうなると思う?」
「それは……確かに、簡単には会えないし、結婚もできないわね」
「ああ。そういう場合、つまり結婚難易度っていうのかな……乗り越えなければならない障害が大きければ大きいほど、俺の目には、二人を繋ぐ『運命の糸《ライン》』が、薄く、ぼんやりと見えてしまうんだ」
「へえ……そうなんだ……それで、ジルさんの場合はどうなの?」
「それが、ちょっとぼやけているんだ」
「……そんな……だって、今日、これから会うんでしょ? 会えないの?」
「いや、会えたからと言って、簡単に結婚できるかどうかは別問題だよ」
「……なにか障害があるってこと?」
「ああ、そうだろうな……まあ、俺達がどうこうする問題じゃないのかもしれないけど」
「……そんな無責任なのは駄目。だって、『結婚相談所』なんでしょう? ちゃんと幸せになってもらわなきゃ。私達には、その責任があるわ」
「あ、ああ、そう言われたらそうだな……って、君、本気で助手になったつもりなんだな」
「……あれ? よく考えたら、私も客だったね」
そう言って、脳天気に笑うユナ。
その笑顔も可愛く見えたし……正直、こうやって狭い馬車の中、体をくっつけて座っているだけで、そういうのの経験がなかった俺は、ちょっとドキドキしていた。
彼女の、最高の結婚相手が、俺には見えない。
その場合、可能性として考えられるのは、二つのパターンのみ。
一つは、彼女は誰と結婚しても幸せになれない場合。
もう一つは、俺自身が、ユナにとって最高のパートナーである場合。
ひょっとして、後者なのかも……。
それを確かめる術はないのだが、いつの間にか、打ち解けてこうやって親しげに話している自分がいる。
まあ、彼女自身、誰とでも仲良くできる性格なのかもしれないが……だったら、『誰と結婚しても不幸になる』なんて事はないんじゃないかな……。
いやいや、占いの結果を聞いたときの彼女の怒り方、相当なものだった。
毎日あんな感じで夫婦ゲンカすれば、そりゃ不幸になるかも……。
そんな事を考えていると、ふと、左肩に重さを感じた。
少しだけ首を動かして見ると……ユナは、俺の左肩に頭を載せて、可愛らしい寝息を立てていた。
これは……反則だ。
こんな事されたら、今朝出会ったばかりのこの娘の事、本気で……。
この状況、ちょっとドキドキしながら一時間ほど進んだとき、馬車が急に止まった。
何事かと思って前方を見てみると、二百メートルほど前方に、一頭の大きな生き物……灰色熊が、こちらに向かって歩いてきているのが見えた。
道の両サイドは平原になっており、遮るものはない。
「……どうしたの?」
ユナも起きたみたいで、目をこすりながら状況を聞いてきた。
「灰色熊です。本当に出くわすとは……」
ジルさん、ちょっと焦っている。
「ユナ、出番だ。ほら、灰色熊がこっちに向かってきている!」
灰色熊は、こちらが止まったのを見て、急に速度を上げて迫ってきた。
「……はーい。ちょっと行ってくるね」
と、彼女は怖がる様子もなく、ゆっくりと馬車から降りる。
灰色熊の勢いに比べて彼女が落ち着き払っていることに、俺も焦りを感じていた。
そして彼女は馬車の前に立つと、右手を掲げて、何か呪文を呟いた。
すると、その手から矢のような、一筋の光の塊が放たれ、灰色熊に見事命中。
その瞬間、獣の周りにスパークが発生し、灰色熊は一度その場に倒れた。
俺もジルさんも、おおっ、と感嘆の声を上げた。
灰色熊は、数秒間ピクピクと痙攣していたが、やがてのっそりと起き上がり、慌てて平原の方へと逃げていった。
「……殺せなかったのか?」
「ううん、殺さなかったの。妖魔ならともかく、単なる獣だからね。ハンティング依頼が出ているなら話は別だけど、今回は単なる護衛だから、そういうときは、なるべく殺したり、傷つけたりしないように手加減しているの」
「へえ、凄いんだなあ……手加減してなお、灰色熊を一撃で倒す、か……」
「本当ですね。心強い……」
彼女が上級の冒険者、ハンターなのは、間違いないようだった。
小柄で可愛い容姿とのギャップが激しいが……確かにジルさんの言う通り、心強い。
その後、何事もなかったように旅を再開。
俺にとっては残念ながら、ユナはそれ以降は反対側に体をもたれかけて眠ってしまったのだった。
たかだか一泊の出張だし、俺はそれほど荷物が必要ではない。
ユナは元々冒険者であり、荷物はまとめて宿屋に預けていたので、それを取ってくるだけだった。
ジルさんも、定期診断の出張ならともかく、プライベートな一泊旅行と変わらないので、さして荷物は必要ではない。
馬車の手配も、ジルさんがしてくれた。
馬一頭が引く小型の馬車で、御者はジルさん自信が務めてくれるという。
俺とユナは、並んで後の座席に座るようになる。
ちなみに、今回の護衛、ユナはタダで引き受けてくれた。
その分、占いの結果を最後まで見届けさせてもらう、という条件を、俺にだけこっそり提示してきたのだが、まあそれは仕方無いと割り切ることにした。
それと、二日間占いの店を閉めることについて、困らないかと二人に聞かれたのだが、
「大丈夫です。出張中と札を出しておきます。予約も入っていなかったし……それに、いつでも行けると思われるより、タイミングが合わないと占ってもらえないと思われた方が、ありがたみというか、そういうのが増しますので」
と答えると、そういうものなのかもしれない、と納得してくれていた。
そんなこんなで、一時間後には、もう出発することができた。
初めて乗った馬車の乗り心地は……正直、酷かった。
別に、乗っている馬車の性能が特段悪いのではなく、平均的にこういう乗り心地のものらしい。
一応、クッションは敷いているが、振動の大きさ、揺れ、共にとても辛いものだった。
だが、隣のユナは全く平気なようで、大きなあくびをしていた。
「……眠そうだな……」
「うん……だって、昨日、あまり眠れなかったから……」
「眠れない? 何か悩みでもあったのか?」
「……だって、私にとって一番の結婚相手、どんな人なんだろうって、ずっとワクワクしてたから……」
ちょっと拗ねたようにそう呟く。
それを聞いて、ズクン、と心が痛んだ。
そこまで楽しみにしていて、「誰と結婚しても不幸になる」なんて言われたら、そりゃあ落ち込むのも無理はない。
「そっか……ごめんな、酷い結果で」
「……まだ私、あなたの占いが完璧だとは思っていないからね。今回の件だって、外れればまだ望みは出てくるわ」
「……じゃあ、外れて欲しいと思っているのか?」
「うーん、微妙。それでジルさんが幸せになれないのだったら、それはそれで気の毒だし」
もちろん、この一連の会話はすべて小声で行っており、御者台のジルさんには聞こえていない。
「なるほどな……それに、占いが完璧ではないっていうのは、その通りなんだ。欠点がある」
「……欠点?」
「ああ。俺の能力は、『結婚すると最高に幸せになる相手を知る能力』なんだけど、だからといって、その相手と簡単に結婚できるとは限らない」
「……それって、どういうこと?」
「例えば、その二人が大陸の端と、反対側の端に住んでいたりしたら、どうなると思う?」
「それは……確かに、簡単には会えないし、結婚もできないわね」
「ああ。そういう場合、つまり結婚難易度っていうのかな……乗り越えなければならない障害が大きければ大きいほど、俺の目には、二人を繋ぐ『運命の糸《ライン》』が、薄く、ぼんやりと見えてしまうんだ」
「へえ……そうなんだ……それで、ジルさんの場合はどうなの?」
「それが、ちょっとぼやけているんだ」
「……そんな……だって、今日、これから会うんでしょ? 会えないの?」
「いや、会えたからと言って、簡単に結婚できるかどうかは別問題だよ」
「……なにか障害があるってこと?」
「ああ、そうだろうな……まあ、俺達がどうこうする問題じゃないのかもしれないけど」
「……そんな無責任なのは駄目。だって、『結婚相談所』なんでしょう? ちゃんと幸せになってもらわなきゃ。私達には、その責任があるわ」
「あ、ああ、そう言われたらそうだな……って、君、本気で助手になったつもりなんだな」
「……あれ? よく考えたら、私も客だったね」
そう言って、脳天気に笑うユナ。
その笑顔も可愛く見えたし……正直、こうやって狭い馬車の中、体をくっつけて座っているだけで、そういうのの経験がなかった俺は、ちょっとドキドキしていた。
彼女の、最高の結婚相手が、俺には見えない。
その場合、可能性として考えられるのは、二つのパターンのみ。
一つは、彼女は誰と結婚しても幸せになれない場合。
もう一つは、俺自身が、ユナにとって最高のパートナーである場合。
ひょっとして、後者なのかも……。
それを確かめる術はないのだが、いつの間にか、打ち解けてこうやって親しげに話している自分がいる。
まあ、彼女自身、誰とでも仲良くできる性格なのかもしれないが……だったら、『誰と結婚しても不幸になる』なんて事はないんじゃないかな……。
いやいや、占いの結果を聞いたときの彼女の怒り方、相当なものだった。
毎日あんな感じで夫婦ゲンカすれば、そりゃ不幸になるかも……。
そんな事を考えていると、ふと、左肩に重さを感じた。
少しだけ首を動かして見ると……ユナは、俺の左肩に頭を載せて、可愛らしい寝息を立てていた。
これは……反則だ。
こんな事されたら、今朝出会ったばかりのこの娘の事、本気で……。
この状況、ちょっとドキドキしながら一時間ほど進んだとき、馬車が急に止まった。
何事かと思って前方を見てみると、二百メートルほど前方に、一頭の大きな生き物……灰色熊が、こちらに向かって歩いてきているのが見えた。
道の両サイドは平原になっており、遮るものはない。
「……どうしたの?」
ユナも起きたみたいで、目をこすりながら状況を聞いてきた。
「灰色熊です。本当に出くわすとは……」
ジルさん、ちょっと焦っている。
「ユナ、出番だ。ほら、灰色熊がこっちに向かってきている!」
灰色熊は、こちらが止まったのを見て、急に速度を上げて迫ってきた。
「……はーい。ちょっと行ってくるね」
と、彼女は怖がる様子もなく、ゆっくりと馬車から降りる。
灰色熊の勢いに比べて彼女が落ち着き払っていることに、俺も焦りを感じていた。
そして彼女は馬車の前に立つと、右手を掲げて、何か呪文を呟いた。
すると、その手から矢のような、一筋の光の塊が放たれ、灰色熊に見事命中。
その瞬間、獣の周りにスパークが発生し、灰色熊は一度その場に倒れた。
俺もジルさんも、おおっ、と感嘆の声を上げた。
灰色熊は、数秒間ピクピクと痙攣していたが、やがてのっそりと起き上がり、慌てて平原の方へと逃げていった。
「……殺せなかったのか?」
「ううん、殺さなかったの。妖魔ならともかく、単なる獣だからね。ハンティング依頼が出ているなら話は別だけど、今回は単なる護衛だから、そういうときは、なるべく殺したり、傷つけたりしないように手加減しているの」
「へえ、凄いんだなあ……手加減してなお、灰色熊を一撃で倒す、か……」
「本当ですね。心強い……」
彼女が上級の冒険者、ハンターなのは、間違いないようだった。
小柄で可愛い容姿とのギャップが激しいが……確かにジルさんの言う通り、心強い。
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