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第29話 レンジャー

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 俺が王女ソフィアの結婚相手を占う前に、まず医師でもあるジル先生が診察を行う事となった。

 年頃の女性の診察ということで、俺達は距離をとる。
 ジル先生は、彼女の腕を手に取った瞬間、驚きの表情を見せた。
 そして診察が進むにつれて、徐々に表情が曇っていくのが分かった。

「……申し訳ありませんが、私には、為す術がありません……」

 先生は、姫の毛布を元のようにかけると、絞り出すような声でそう告げた。

「……ご診察、ありがとうございました」

 王妃様は、恐らくもう何十回も口にしたであろうそのセリフを、しかし、しっかりと誠意を込めて声に出した。

 国王陛下も、ジル先生の肩を抱き、「ありがとう」と一言、礼を述べた。

 そしてジル先生は、悲痛な表情のまま、俺達の元へと帰って来た。

「……そんなに悪いんですか?」

 ソフィア姫の親友だったユナが、目に涙を浮かべてそう尋ねた。

「……腕は人形のように冷たく、瞳孔は光を当てても開いたままです。呼吸はしているのかどうか判定できないほど浅い。そして脈は、他の人が五十打つ間に一回しか打たない……これで生きているのが不思議なぐらいです……」

 医学の知識のない俺でも、相当深刻な状態であることは理解できた。
 そして陛下は、彼女にかけられている呪いについて、占いの役に立つかもしれぬと、現在分かっていることを全て教えてくれた。

 王女ソフィアは、優秀な治癒術師だった。
 一日のうちに数十分間、一部市民に開放された城内の中庭で、訪問してきた患者達に治癒魔法をかけてあげることを日課としていた。

 鎮痛、解毒、麻痺の解除……。
 王女という身分の高さもあり、それは通常以上の御利益があるとされ、実際、同レベルの治癒術よりも患者の治りが良かったという。

 しかし今回は、それが災いした。

 訪れる患者達は、念のため身体検査を受けて、危険物を持っていないか調べられる。
 しかし、その恐るべき呪いのアイテムは、見た目は単なる護符でしかなかったのだ。
 それは現存数は数少ない、しかし強力な呪いを発動する、今から二百年以上前に作成された『錠の呪怨札』だった。

 それを持っていた小柄な男は、自分の治療の番に、いきなり呪いを発動させたのだ。
 姫は瞬時に昏倒、いかなる治癒魔法も効力を発揮しなかった。
 捕らえられた男は、不気味な笑みを浮かべながらこう言った。

「その呪いを解くには、『鍵の呪怨札』が必要だ、しかし俺はそれを持っていないし、在処もしらない。知っているのは仲間だけだ」
 と……。

 その男は、いくら責められても、決して『鍵の呪怨札』の在処を言わなかった。
 口が堅かったのではない。本当に知らなかったのだ。

 数日後、『鍵の呪怨札』を渡すための条件が、王への陳情書を装って届けられた。
 そこに何が書かれていたのか公にされていないが、到底受け入れられるものではなく、即座に拒否の意思を示したという。

 その結果、ソフィア姫は眠り続けている。
 犯行グループ側からの連絡も、なくなったのだという。

「酷い……酷いよ……」

 ユナは相変わらず、半泣き状態だった。

「その通り、酷い話じゃ……そして占術師タクヤ殿、貴殿の占いが最後の砦じゃ……眠れる美しき姫君を救う方法、皆に示してくだされ」

 デルモベート老公が、俺にプレッシャーをかけてくる。
 俺のはそういう占いじゃ無いんだけど、と思いながらも、ユナと同い年でこんな目に遭っている王女様、可哀想すぎる。

 俺は、全力で占いに集中することにした。
 皆と一緒に、再びソフィア姫の側に立つ。
 右手を彼女の頭部にかざし、目を瞑り、意識を集中する。

「……精悍な顔つきの男性が見える……」

 俺がそう一言呟いただけで、周囲から

「おおっ!」

 と歓声が上がった。

 デルモベート老公によって、俺の能力は事前に国王陛下と王妃様に知らされていたはずだ。
 いや、おそらく周囲の騎士達も知っていただろう。
 だから、男性の顔が見えた、つまり、理想の結婚相手がみつかった時点で、姫様は結婚できる、助かるという希望に繋がり、それで歓声となったのだ。

 俺はさらに占いを続けた。

「歳は二十代後半ぐらい。髪は男性にしては長く、少しヒゲを生やしている。背は高く、目は鋭い……雪が降っている……その中で彼は、何かと戦っている……これは、半年ぐらい過去の様子です……」

 ざわざわと、俺の占いに対して声が漏れている。
 そして俺自信も、少し戸惑っていた。
 今まで占いで見えていたのはほぼ相手の現在の状況に限られており、過去の映像が見えたのは初めてだったのだ。

「雪の中で剣を振るっている……数人の仲間と共に、白い魔獣と戦っている……えっ?」

 最後だけ俺の声のトーンが妙なものになり、みんな顔を上げ、一斉に俺を見た。
 俺は目を開けて、隣に立つユナを確認した。

「……なんでユナがいるんだ?」

「……何言っているの? 一緒にこの部屋に入ってきたじゃない」

 彼女は、なんか俺がおかしくなったんじゃないかというような、大いに戸惑った表情だった。

「いや、そうじゃなくて、俺が見た映像の中に、君が居たんだ」

「……そんな事言われても、私、それ見えないんだから分からないわ」

「……いや、そういうことを言いたいんじゃなくて……つまり、雪の中で白い魔獣……角生やした兎みたいなのと戦ったこと、ないか?」

「……ああ、イッカクユキウサギのことね。群れを作って凶暴になって、人を襲うようになったから退治してきてって頼まれて……」

「だったら、今俺が言った人相の男性に、心当たりないか?」

「ああ、そういうことね……うん、確かにいたわ。パーティーの中に一人、その地方では結構有名なレンジャーが……って、ええっ!」

 ユナは驚いて目を見開き、両手を口元に当てていた。

「……ソフィーの理想の結婚相手って……アクトだったんだ……」

「アクト……なるほど、これでお相手の名前と、ユナの知り合いであることが分かったな……」

 これで、デルモベート老公の占いが正しかったことが証明された。

 彼が、ソフィア姫とそのお相手の共通の知り合いであるユナを導いた。
 そして俺の、過去を見るように進化した『究極縁結能力者アルティメイト・キュービッド』が、ユナを媒体として、二人を結んだのだ。

 全ては神の導き……そう考えれば、この偶然は偶然ではなく、定められた運命だったと納得出来る……かに思えた。

 しかし、事実はもっと驚愕すべきものであった。

「アクト……いま、アクトと言いましたか?」

 今度は王妃様が、今までで一番驚いたように声を上げ、ユナに確認した。

「あ、はい……ほんの少しの間ですが、私達と一緒に旅をした仲間です。レンジャーですが、剣の腕も上級で……でも歳は三十歳ちょっと過ぎてたように聞いています。ソフィーのお相手としては、かなりの年上で……」

 三十歳、過ぎてたか。若く見えたんだけど。

「タクヤ先生、もう少し詳しく、彼の事を見て頂けませんか?」

 王妃様に先生と言われた。
 相当興奮しているように見える……まあ、娘が生き返るかどうかの瀬戸際だ、無理もないだろう。

「……室内で、シャツを脱いでいる映像が見えます……うん? ペンダントを身につけている……見たことも無いような鮮やかな、大きく、青い宝石、その周りは金の精密な加工が施されています……すごい……相当高価なように見えます」

「……ああ……なんということでしょう……こんな……こんな運命があっていいのでしょうか……」

 王妃様はボロボロと涙をこぼしている。
 そのまま数十秒、泣き続けていたが、ようやく顔を上げて、唖然としている俺達の方を向いた。

「……今のタクヤ先生の言葉で確信しました。その人は……いえ、その方の本名はアクテリオス……本来であれば、王位継承順位第一位の王子なのです……」

 王妃様の意外すぎるその一言に、俺達は全員、混乱した。
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