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第30話 巨人と勇者と王女様

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 王妃様は、国王陛下からハンカチを受け取ると、それで涙を拭いて、そしてまた語り始めた。

「……ごめんなさい、いまの言葉だけでは、何のことだか分からないでしょうね……では、皆様は『巨人と勇者と王女様』という物語をご存じありませんか?」

「……もちろん、知っています! 昔のおとぎ話なんかではなく、その……本当にあった実話を元にしていると聞いています」

 ユナが、皆を代表するように声を上げた。

「そう……このお話は、今から約三十年前の、この王家にまつわる事件が、伝説として一人歩きしてしまっているものなのです……」

 王妃様は、なぜか悲しそうにそう語った。
 この国の者ならば、一度は聞いた事のある、勇壮で、かつ心打たれる恋愛物語。
 ユナは、王妃様にせがまれ、少し恥ずかしがりながらも、そのストーリーを話し始めた。

「今から約三十年前、王の城下町からほど近い山中に、一匹の巨人が住み着きました。
 性格はとても凶暴で、付近を通る人間をむさぼり食うようにりました。
 そこには内陸部へと続く主要な道があったので、事は重大でした。

 何人もの兵士や騎士が討伐に出たのですが、その巨人は神出鬼没で、現れる度に兵士一人だけを不意打ちして殺してしまいました。
 その後、再び山中に隠れ、そしてまた現れては一人だけ殺す、という、いわば『頭の良い』戦い方をしたので、人間側はなかなか成果をあげられませんでした。

 いつしかその獰猛な巨人はアークジャイアントと呼ばれるようになり、王国にとって最大の悩みとなってしまいました。

 しかし、アークジャイアントはある一人の騎士により倒される事となったのです。
 『ラルク』という名のその騎士には、不思議な能力がありました。

 彼は二十歳そこそこですが、騎士の練習試合でも相手の目を見ながら戦うことで、事前にその攻撃を予測し、かわすことができたのです。そのため、熟練の技を持つ他の騎士達と互角以上に戦えました。
 そしてそれは怪物であるアークジャイアントに対しても有効でした。

 とはいえ、さすがにアークジャイアントを倒すのは容易ではありませんでした。
 その怪物は恐ろしい怪力の持ち主で、動きも素早く、頭も良かったのです。

 なんとか、アークジャイアントの攻撃をかわしては剣で切りつけ、そしてまた攻撃をかわす、を繰り返したのですが、いくら切りつけても皮と僅かな肉を切ることしかできませんでした。
 そしてその怪物の体力は無尽蔵といえるほどでした。

 手には大きな棍棒を持っていたのですが、それを苦もなく振り回し続けるのです。
 いくら相手の攻撃が読めるラルクでも、体力が落ちてきて、さすがにかわし続けることが困難になってきました。

 そこで彼は一計を案じました。
 疲れてもう動けなくなったふりをして、アークジャイアントの攻撃を誘ったのです。
 怪物は、とどめとばかりに棍棒を振り下ろしてきました。

 その瞬間、ラルクは体を懸命に前にずらして、剣を頭上に掲げました。
  すると、怪物の棍棒は空振りして地面を叩き、そしてそれを握っていた指が、ラルクの掲げた剣の上に落ちてしまったのです。

 結果、アークジャイアントの中指は切り落とされました。
 その怪物はあまりの痛みに、棍棒を取り落とし、そして絶叫しました。

 それに対して、ラルクの方も剣で受けたとはいえ、その衝撃はかなりのもので、実際にその剣は折れ、彼自身も倒れ込んでしまいました。

 しかし彼は立ち上がり、予備の短剣を抜いて、痛みに苦しむアークジャイアントをにらみつけたのです。

 指を切り落とされた痛み、苦しみを抱えた怪物にとって、ラルクの迫力は実に恐ろしいものでした。
 そして怪物はとうとう、山道へと逃げていこうとしたのです。
 ところが、それをラルクは予測していました。

 彼は、アークジャイアントの攻撃をかわしながら、シンプルな罠を仕掛けていたのです。
 それは単に怪物が出現した山道入り口の木々の間に、ロープを張っただけでした。
 それでも、慌てふためいて逃げようとするアークジャイアントの目には、それは入りませんでした。

 結果、両足ともロープに引っかかったその怪物は、前のめりに倒れ込みました。
 そしてちょうどアークジャイアントの眉間が落ちる場所に、ラルクはあらかじめ槍を立てていたのです。

 そして怪物は急所である眉間を貫かれ、断末魔の悲鳴を上げると、もう二度と立ち上がることはなかったのです。

 王宮では怪物の死と彼の活躍を称え、盛大な祝賀会が催されました。

 食べきれないほどの料理、多数の要人の挨拶、そして王からの直々の叙勲……それは一騎士を称える物としては異例の規模だったと言われています。

 ラルクは端正な顔立ちもあって、三日連続で開催された祝賀会では、常に貴婦人達の注目の的でした。
 そしてそれは、その国の第一王女、まだ十代の姫君であったファナ様も例外ではありませんでした。

 まだ世間知らずだった彼女は、ラルクに恋心を抱きました。
 ラルクの方も、彼女の真剣なまなざしに惹かれ、やがて二人は夜中に密かに会うまでに進展してたのです。

 しかし、第一王女と一介の騎士とでは、あまりに身分が違いすぎました。

 ラルクは数日後、失踪しました。

 それは誰の指示があったわけでもなく、ラルク本人が彼女と、そして王国の事を思って取った行動だったと言われています。

 それ以降、ファナ姫は自室にこもって、ラルクのことを思い、泣き続ける毎日となってしまいました。

 国王は悩んだ末に、彼女とラルクの仲を認め、二人を結婚させる意思を示しました。
 といっても、王には二人の娘がいるだけで、息子がいません。
 ラルクを娘婿として王室に入れ、そして彼を次の王にすることは、それまでの慣例からさすがに無理でした。

 そこで王は、ファナ姫に王位継承権を捨て、ただの騎士の妻になることを望むか、と質問しました。

 すると彼女は迷うことなく、その道を選んだのです。
 そして彼女は妹であるアナスタシア様に継承権を譲り、自分は数人の護衛と共に、自ら失踪したラルクを探す旅に出ました。

 ところがラルクは失踪する際、ほとんど自分の情報を残していなかったので、その捜索は難航しました。

 彼は元々、冒険家になりたいという願望があったようです。
 僅かに残る痕跡を辿っていくと、彼はいろんな場所でやっかいごとに首を突っ込んでは、それをことごとく解決し、そしてまた行き先も告げずにいなくなる、という事を繰り返していたのです。

 けれど、そんな彼の行動力や、正義を愛する人柄に、ファナ姫はますます彼の事が好きになっていきました。

 早く彼に会いたい……ファナ姫はその一心で、旅を続けました。
 波瀾万丈の苦難の旅は、半年にも及びました。

 この冒険譚は長いですし、はっきりとは覚えていないのですが……」

 申し訳なさそうに語るユナに、王妃様……この物語の登場人物でもあるアナスタシア様は、

「いえ、良いのですよ。それで、ユナちゃん、貴方は物語の最後、どのように聞いていますか?」

 と、優しく語りかけた。
 ユナは頷くと、物語の続きを話し始めた。

「……そして遂に、彼女はラルクに巡り会うことができたのです。

 彼は、ファナ姫がその地位の全てを捨てて自分に会いに来てくれたことに、とても感動しました。
 そして彼もまた、ファナ姫の事を一日も忘れることは無かったといいます。

 こうして、ファナ姫は姫ではなくなり、一介の騎士の花嫁となりました。

 そして今も、ずっと幸せに暮らしているということです……あまりうまく言えませんでしたが、これが、私が知っている『巨人と勇者と王女様』の物語です」

 ユナが語り終えると、王妃様は、相変わらず涙を浮かべて、しかし笑顔で、物語を話し終えたユナを称えた。

 そして補足するように言葉を続けた。

「今、ユナちゃんが話してくれたのが、普通に知られている、私の姉と勇者様の恋の物語です……でも、実際は大きく異なる……悲恋だったのです……」

「……悲恋、ですか……」

「ええ……最も大きく物語と異なる点……それは、ファナ姫……つまり私の姉は、旅には出ていないのです」

「……えっ、そうなんですか? でも……では、三十年間、どうしていらっしゃるのですか?」

 ユナは驚いている……無理もない、ファナ姫は、この三十年、一度も公の場に現れていない。 それは一騎士の花嫁となったからだと、俺でさえ思っていた。

「……順を追って説明しますね……今の物語の冒頭部分は、多少脚色されていますが、おおむね事実に沿っています。そして姉と、騎士ラルクが恋仲で会ったことも本当ですし、その彼が失踪し、姉が二ヶ月にわたって塞ぎ込んだこと……父が、ラルクを追う許可を出したのも事実です。でも、姉は……ファナ姫は、旅に出られなかった……なぜなら、彼女は、騎士ラルクの子供を身籠もっていたからです」

「……ええっ!?」

 ユナは思わず大声で叫んでしまい、その結果、皆の注目を浴びて、赤面した。
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