コクシ ―殺戮者と呼ばれた者―

koltem

文字の大きさ
1 / 2
プロローグ

殺戮者―その名は

しおりを挟む
「さて……」

とある館のある部屋で、そんな声が響く。特に気負いもなく、ただぽつりと呟くようなその声はこの無人となった館に命ある者が彼一人となってしまったことを証明していた。

もちろん、この館には元は多くの人がいた。館主もいたしメイドや執事、料理人に始まる仕え人はもちろん館主の妻たちもいた。

しかし、今はその命の気配は一欠片も感じられなくなっていた。

理由は、簡単。

この館の中にいる唯一の命、その声の主によって一人残らず命を刈り取られてしまったからだ。


たった、たったの数十分。


百に達するかと思われる館の人々を全員葬るまでに掛かった時間。

その光景はまさに地獄絵図と呼ぶに相応しいもので、館内にはおびただしい量の肉塊が転がっていた。そして、今彼の目の前には二体の肉塊が転がっている。形からして男性と女性のものだろう。

ここはベッドルーム。血で真っ赤に染まったシーツに対をなすような、同じく血に濡れた凶器である黒銀の光りを放つ刀を持ち、漆黒のフード付きコートを羽織った少年のいる部屋。

この二人はこの館の主とその妻である。何故知っているのかと問われれば、この二人が今回の彼のターゲットだったからだ。

少年は所謂殺し屋と呼ばれる者達の内の一人である。

若い、というより恐らく、幼いに近い彼は既に3桁を有に超えて4桁に届こうかという数の人を手にかけてきた。

この二つの肉塊もその内の一つに過ぎず、そう考えるが故の落ち着きを彼は持っていた。


彼は既に事切れている二つにもう一度眼を向ける。そうしてしっかりと死亡していることを確認し直すと、ベッドルームを後にした。

ベッドルームを出ればそこには長い直線の通路が真っ直ぐ前に伸びている。このベッドルームが通路の突き当たりにある証拠だ。そしてその通路にもまた多数の肉塊が転がっている。

彼はそれを越えながら玄関部へと向かった。


玄関部は大きなホールとなっている。一度振り返って見てみれば、大理石で出来た柱に天井から吊るされたシャンデリア。壁にはいかにも高価そうな絵画など、この館の主がどれだけ豪遊していたかがはっきり分かった。

思えば、この館はそこかしこに金が尽くされており、誰がどう見ても富豪の館であることが想像出来るくらいなものだった。

だが、それが理由でもある。
彼らが命を刈られてしまった理由だ。

これほどのことをしていれば、勿論それだけ金も必要になってくる。その入手経路が、要するに「お察し」の手段だったのだ。本来なら隠そうとすれば隠し通せるのだが、手を出した集団が悪かった。館主は反社会勢力に対して商売をし、それで利益を得ていた。こうなると、国が目をつけ、そして今回のように抹殺という形が取られることになり、それを実行するのが彼らの仕事だった。


彼は前を向き直すと、そのまま玄関に向かい、扉を開けて外へと繰りだした。


外は既に深夜と呼べる時間帯になっていた。砂漠の特徴である冷たい風が返り血の一滴も付いていない彼のコートを揺らした。そして

「仕事は終わった。帰ろう」

そう、呟くように言った。

「お疲れ様。流石はコクシってとこかしら。相変わらずの手際だこと」

落ち着いた、女性らしい声が響く。
その声のした方向にその女性は姿を現す。何もない空間から。

「……その仮面、悪趣味だと思うわ。やっぱり」

そういうと、現れた女性は彼の着けている仮面を正面から覗きこむ。
女性から見て左側は白く、右側は黒い。白いほうには上向きの三角形の目と頬のつり上がった笑ったような穴が、黒い方には下向きの三角形の目と頬のつり下がった泣きそうな穴が空いている。

「顔が隠せればそれでいい。相手が恐怖を覚えてくれたのなら尚更良い」

女性に対して彼はそう返す。そしてその女性の方へ歩み寄る。

「……とにかく、帰ろう。あなたがいないと帰れないんだ。頼むよ」
「ま、分かったわよ。それじゃ、手」

そう言われて彼は手を差し出す。女性は手を取る。すると、女性の回りから青白い輝きが現れ、不思議な紋章を形成する。そして一際強く光ったあと、彼らはその場から姿を消していた。

「依頼、完了です」
「首尾はどうだ?ヘマはしてないだろうな?」
「してなかったわよ。今回も完璧。目撃者ゼロよ」
「そうか、ならいい」

今、彼らが会話を交わしているのは彼らの上司に当たる人物で、ここはその上司の執務室のような所だ。彼への依頼は主にこの上司経由で出される。そのため報告もこの人物にすることになっていた。

「じゃ、私たちは失礼するわよ」
「ああ、また頼むぞ。そうだ、おいコクシ。いや、冥斗」
「なんです?」
「話がある。残れ」

すると女性は自分に用がないと分かったようで、「んじゃお先~」といって早々に出ていってしまった。

「で、話とはなんです?」
「お前、今いくつだ?」
「今年で十六ですけど、それが?」
「魔士学園、知ってるだろ?」
「えぇ。まあ人並みには」
「そこだ。お前、来週からそこに通ってもらうから頭に入れといてくれ」
「………………は?」
「まそーゆーこった。これ読んどけ。詳しくはそこに書いてある」
「…………はぁ」

そういうと、彼に向かって冊子を放り投げてくる。それを受け取り、中に一通り目を通すと、6月より1年生に編入すること、そこでの役目などが書かれていた。

「……依頼、と。捉えますが」

宜しいですか?と視線で彼が訪ねる。それに対して上司は無言でうなずく。

「報酬は?」
「……あの学園にはお前にとって大切な者達が通っているそうだ。報酬は失った時間だ。悪くはないと思うが?」
「…………そうですか。分かりました」

どうやら少し悩んだようだが、彼はそう返した。彼にとって最も大切な存在。それは血の繋がっていない妹達だった。彼女達に会えるのなら、これ以上のことはないし、なにより謝罪すべきことが山ほどある。

ならばこの機会を活かしてみるのも悪くない。中学校にはまともに通わなかったが、高等学校に通ってみるのもまた一興だ。

彼はそう思った。



これが、彼が殺戮者であり、学生でもあるという肩書きを持った経緯であり、また彼にとって新たな世界の幕開けとなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。

ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。 そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。 すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

【完結】アル中の俺、転生して断酒したのに毒杯を賜る

堀 和三盆
ファンタジー
 前世、俺はいわゆるアル中だった。色んな言い訳はあるが、ただ単に俺の心が弱かった。酒に逃げた。朝も昼も夜も酒を飲み、周囲や家族に迷惑をかけた。だから。転生した俺は決意した。今世では決して酒は飲まない、と。  それなのに、まさか無実の罪で毒杯を賜るなんて。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...