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またあえる日まで
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病院の夜間宿直員のバイトをしているときに、携帯に電話がかかってきた。
母からだった。
「和哉おじさんが入院したのよ」
「そうなの」
「お見舞いに行かない?」
「じゃあそうしよう」
実家の母が電話をかけてくることは珍しい。父の兄である和哉おじさんは、和歌山の小学校の校長を務めた後、引退生活を送っていた。
「お父さんは行かないの?」と僕。
「この間、一人でお見舞いに行ったのよ。だから今度は、私とあなたで行こうと思って」
「そう」
深夜の病院は閑散としていた。普段は騒がしい、整形外科に入院しているスポーツマンたちも、今日は静かにしていた。
「じゃあ、週末に奈良に帰るよ」
「そうして」
電話を切った。
京都市内の夜の総合病院。救急指定病院ではないので、急患もあまり来ない。
おじさんはお酒が好きで、肝臓を悪くしていると聞いたことがあったので、肝不全か悪くすれば肝臓癌だろう。
僕はそう直感して、週末のサークルへの参加は諦めようと思った。
僕は、聞きかけのラジカセの再生ボタンを押した。
“またあえる日まで 夢を忘れずに
変わらないままで ずっといようよ
またあえる日まで 夢を叶えよう
信じる事が 心をつなぐ“
僕が病院のアルバイトを始めたのは大学の入学直後だ。入会を考えていたサークルの入り口に、アルバイトの募集を見つけたのだ。
“病院夜間宿直員募集
一晩8000円
急患の受付がたまにある他は、仕事はありません
受付の机で勉強するも読書するも、自由です“
すぐに応募を済ませ、面接で採用になってから、週二回の勤務を始めた。
京都市の北のほうにあり、夏には屋上から五山の送り火が見えた。
仕事は暇だったが、たまに夜中に急患の電話が来て、たたき起こされた。
冬には老人がバタバタと亡くなり、葬儀屋がやってきた。
土曜日の朝、車を奈良の実家に走らせた。
母は出発の準備を済ませており、すぐに車に乗り込んだ。そうして車を和歌山に走らせた。
「おじさんは何の病気?」
「肝臓癌よ」
「じゃあ助からない」
「そうね」
母は淡々と話した。
そうして、
「お父さんに元気がなくてね」
「そりゃそうだろう」
おじさんはまだ63歳だった。
「信仰が深い人だったのにね」と母。
「そうだったね」
たまに和歌山の父の実家に伺うと、おじさんはよく近所の人達と、仏教の経典を読んでいたのだった。輪読会とか言ったっけ。
「神も仏もあったものじゃない」
「そうね」
父も母も信仰がない。もちろん僕もない。
奈良育ちで京都の大学にいるから、なにかれと寺院を参拝することはあったが、仏教に興味はない。
「年金をだいぶん納めたのに、受け取れないんだよね」
「そうね、もったいないわね」
母は不謹慎だとも言わなかった。
道は別に混んでいない。週末の奈良県中部。こんなものだ。
「父さん、見舞いに行ったんでしょ? 何て言ってた?」
「ずいぶん痩せこけて、辛かったと言ってたわ」
おじさんにそんなには思い出がない。本好きで、よく本を読んでいた。
郷土史家と言うのだろうか、地元の歴史の本を自費出版して、父に送ってきたことがあった。
僕もぺらぺらとめくってみて、よく素人でここまで書けたなと、感心した記憶がある。
「おじさんの書いた本、うちの大学の蔵書に入っているよ」
「どうして知っているの?」
「ネットで調べたんだ」
文学部だったか図書館だったかが、蔵書しているらしかった。
「そりゃあ、おじさんも本望だろうね」
「お父さんにも教えてあげて」
父とおじさんは共に囲碁が趣味で、帰省の折はよく打っていた。おじさんのほうがやや強くて、父は、何目だか石を置かせてもらっているなどと、話していた。
「父さんも、おじさんと碁が打てなくなる」
「そうね」
母は淡々と答えた。
市街地に入って道路がやや混んできた。会話が途切れた。
父は、希望して大阪の大学に入り、そのまま大阪の会社に就職した。今も役員として勤めている。
おじさんは長男として、和歌山の大学を出て、そのまま地元で小学校教諭を勤め上げた。
不公平だなと思ったことは、ないではない。おじさんが、不満を感じていたとしたらだが。
「僕も大学を出たら、たぶん東京か大阪に行くよ」
「好きになさい」
僕は次男で、兄は奈良で公務員をしていた。
「兄貴がいるから大丈夫でしょ?」
「そうね」
兄とは5歳差で、父とおじさんとの年の差と同じだ。
兄は、大学こそ関西を離れたが、卒業すると奈良に戻ってきて、県庁で勤めるようになった。
兄と、両親の面倒のことで話し合ったことはないが、長男としての責任感からそうしたんだろうと、僕は考えていた。
「東京の不動産会社に就職したいんだ」
「好きになさい」
父の勤める会社も大阪の不動産会社で、僕も不動産には若干の関心を持っていた。
不動産鑑定士の資格を取ろうかと、資格学校のパンフレットを集めているところだった。
「父さんも喜んでくれるかな?」
「そんなことは別にないと思うけど」
母は、そっけなく答えた。
僕は、京都での生活を振り返った。
教養学部での無味乾燥な授業の数々。バイト先での退屈な時間。なぜか、かわいい子が入部してこないサークル。
東京の不動産会社に入社すれば、これらは一気に好転するだろうか?
「父さんの勤めは順調?」
話をそらした。
「クビになる心配は当面ないって言ってたわよ」
「健康は? 癌って遺伝するんでしょ?」
「ピンピンしてるわよ」
「僕が大学を出るまで、しっかりしてもらわないと」
「それは大丈夫よ」
僕は、父が年をとってからの子供なのだった。
「大学生活はどうなの?」
少し間を置いて、母が尋ねた。
「こんなもんじゃないの」
「高校時代より楽しい?」
「そりゃそうだ」
僕の高校はガリ勉なのだった。
「でもおかげで、いい大学に入れたじゃない」
「あれだけ勉強させられりゃあ」
高校には、あまりいい思い出がない。
「あの頃があって今があるの。感謝しないと」
「そりゃそうだ」
母は助手席に乗りたがらず、後部座席に納まっていた。
「お父さんもたまに、うらやましがっているわよ」
「そうでもないよ」
僕の大学は、関西では一番の私学なのだった。
「仕送りさ、あんなにもらって大丈夫なのかな? 他の学生はもっと少ないよ」
気になっていたことを話した。
「いいのよ。楽しいことに全部使っちゃいなさい」
母は軽く笑った。
「その代わり、留年はしないでね」
「うん」
簡単に答えた。あまり自信はなかったがそうした。
「お父さんも、そろそろ定年だから」
「うん」
父とはあまり話さない。やや頑固おやじのきらいがある。
良く言えば厳格で、悪く言えば潔癖症とでもいうのだろうか。
「お父さん、煙たい?」
「うん、多少」
「あなたのことを、いつも気にしてるわよ」
「そう」
「まあ、あんな人だから、会社で出世できたと思うの」
「そうだろうね」
会社というのはそういうところがあるだろうと、考えたことがあった。
僕はどちらかというとルーズなほうだから、父にはよく叱られた。
他の家の父親はもう少しアットホームだったから、不満を感じることもあった。
「仕送りの件も、お父さんのおかげよ」
「そうだね」
僕たちは、父の話を切り上げた。
「あなた、兄さんもよくできた人よ」
「僕もそう思ってるよ」
「私たちも高齢の夫婦だけど、兄さんが近くにいてくれるおかげで、安心しているの」
「うん」
兄のおかげで僕は、関西を離れることを考えることができるのだった。
「さっき、東京か大阪に就職したいと話したんだけど、どちらかというと、東京に行きたいんだ」
「好きになさい」
悪しき田舎者根性というのか、僕は東京が好きで、時折、東京に進学した友人のもとを訪れては、東京に住みたいと思うのだった。
「東京、好き?」
母が尋ねた。
「恥ずかしながら」
「じゃあ行きなさい。就職活動頑張って」
「うん」
母は、別に気を悪くした様子もなかった。
「東京の不動産会社に就職して、開発事業をやりたいと思ってるんだ」
「きっと忙しいわよ」
父も帰りは遅いのだった。
一方兄は、5時ちょうどに仕事が終わって、判で押したように6時に帰宅すると聞いていた。
「公務員っていいな」
「あなたもなったら?」
「それはいい」
これも小者根性から、スケールの大きな仕事をしたいと思っていたのだった。
「おじさんも帰りは早かったって、おばさんが依然話していたわ」
「どうしてこうも早く、体を悪くするかな」
「そりゃあお酒よ」
端正な性格なのだが、お酒ばかりはやたら飲むんだと、父は話していた。
ウイスキーや焼酎を、ストレートでがぶがぶ飲むので、到底付き合えないとこぼしていた。
「あなた、京都でお酒飲んでるの?」
「僕はビールくらいしか飲まないよ」
「それがいいわ」母は続けて、
「たばこは?」
「少し」
「どれくらい」
「一日一箱くらいだよ」
「それくらいにしておきなさい」
「うん」
おじさんはたばこも好きだったが、僕の家族は誰も吸わない。
僕は夜、下宿で缶ビールを飲みながら、軽めのたばこを一箱空ける。
自分でもあまり、たばこを吸うのは好きではなかったが、ビール同様しようがなかった。
「おじさんの癌はお酒のせいだけど、たばこも良くなかったとお母さんは思っているの」
「ヘビースモーカーだったもんね」
よくよく考えれば、酒はがぶ飲みするわ、たばこはプカプカ吸うわ、おじさんが早死にするのには十分な理由があるのである。
「怖いわね、健康って」
「そうだね」
仏教に信心深いのだが、反面、豪快肌の人だったのである。
高校時代、おじさんのもとを訪れた際、書棚にあった仏典を手に取って読んでいたら、おじさんは、それは持って帰りなさいと言ったことがあった。
実家に帰って二、三日読んでいたが、内容がだんだん難しくなってきて投げ出してしまった。今も実家の書棚にあるはずだが、もう読むこともないだろう。
「お父さんは、おじさんと違って信仰のない人だね」
「お父さんは、信仰を嫌っているの」
「どうして?」
「どうしてかしらね。信仰は心の弱さから来るものだとか言ってたわよ」
「そんなものかな」
聞いたことのない考えだった。僕は、おじさんが信心深いのを、好ましいものだと思っていたのだ。
「そういうことを言う人はわりあいいるわよ、ご近所にも」
「そんなものなの」
信心をする同級生に出会ったことはなかった。
でも、社会で辛い目に遭うことが出てくると、だんだん信心をする人が増えてくるのだろうか。
“信仰の年齢別分布”とか、帰ったらパソコンで調べてみようと思った。
「ちょっとしたカルチャーショックだ」
「そう」
そこで話が途切れ、僕は運転を続けた。
だんだんと道路は郡部に入り、左右の山々に森が広がってきた。
都会では見かけない名前のコンビニがあり、僕は車を停めてトイレを借りることにした。
「お母さんは?」
「私はまだいいわよ」
「何か飲む?」
「じゃあ温かいお茶を」
僕は、温かい缶コーヒーを買い、車の中で飲んだ。
眺めは良く、そよ風が森の間から吹いてきた。
僕たちは飲み終えると、車を再び走らせた。
風光明媚と言うのだろうか、そういう地帯に車が入ったのだ。
“東京にも、自然はあるのだろうか?”
東京といっても、西の方はわりあい自然が残っているというイメージがあったが、どうかよく知らない。
東京で学んでいる友人に、尋ねてみようと思った。
「母さんは東京は?」
「あんまり好きじゃないわ。憧れたこともない」
「若いころも?」
「さあ、少しは憧れたかも」
母はあいまいなことを言った。
「母さんは若いころ、大阪にいたんだっけ?」
「数年働いていたわ。お父さんと結婚するまで」
「楽しかった?」
「和歌山に帰りたくて、しようがなかったわ」
母も父同様、和歌山の出身なのだった。
「田舎好きなんだね」
「奈良に暮らして幸せだったわ」
「僕も好きだよ、奈良」
「東京が好きなんじゃないの?」
「幼少期を過ごすには、奈良は良かったと思うよ」
「うれしいわ」
僕は18で京都の大学に進むまで、奈良生まれの奈良育ちなのだった。
「寺なんかも、奈良のは素朴でいいな」
「お母さんもそう思うわ」
車窓からは、田園風景が広がっていた。
「若いうちに東京に行くのもいいわ」
「そうだね。でも退職したら、関西に戻ってこようと思うんだ」
「それはいいわね」
そうはいうものの、東京の不動産会社に無事就職できるかどうかも、よくわからないのだった。
そう話すと、
「あなたなら大丈夫」
「そうかな」
自分にそう自信があるわけでもなく、会社勤めが続けられるかどうかもわからなかった。
「今頃、会社をすぐ辞める人、多いらしいね」と僕。
「近所でも、ちらほらと聞くわよ」
「そんな人たち、その後どうするんだろう?」
「もっと小さな会社に入り直したり、アルバイトをしたりするんでしょう」
「それじゃあ辞めないほうがいいね」
「そうはいかないんでしょう」
「どうしてかなあ」
「さあどうしてでしょうねえ」
僕もそうなったらどうしようと思った。
東京は物価が高いと聞く。住居の賃料も高いだろう。払えなくなれば、奈良に戻ってくるだろうか。
「僕、東京でやっていけなくなったらどうしよう?」
「その時は、奈良に帰ってきたらいいじゃない」
「大丈夫かな」
「あなたのふるさとですもの」
僕は安心した。
田園風景が続く。
「こんな山林だって、木こりさんのおかげで保たれているでしょう」
「そうだね」
「現場の仕事、嫌?」
「そんなことはないけど」
そうは答えたが、やはり嫌だろうかと思った。
「スーツを着てする仕事、現場の人は不潔だと思っているかな?」
「そんなことないわよ。お母さんも別に、あなたが会社員になることに反対しているわけじゃないわ」
母はそう言った。
「人それぞれ、仕事の種類で人間の価値が決まるわけじゃないから」
「そうかな」
そうは悪い大学ではないので、OBたちはなかなかいい会社に就職していた。
「まあまだ先の話だよ」
「そうね」
僕たちは仕事の話を切り上げた。
「おばさんは気落ちしている?」
「電話じゃあ、元気がなかったわ」
「あんまり早いものね」
「おじさんがかわいそうだって。やっと仕事を終えたところなのに」
「老後の貯えも、頑張っていたんだろう」
「ほとんど使わず終いだからね」
老後に旅行なんかも楽しみたかったろう。無念だろうか。
「おじさん、話はできるの?」
「ほとんどできないらしいわよ。お父さんが言ってたわ」
「僕たちのこと、わかるかな?」
「さあどうだか」
車は和歌山県との県境まできた。
「少し休んだら?」
「まだ大丈夫だけど、休んでおこうか」
車をドライブインに停めて、手洗いに立った。母も今度はそうした。
自動販売機で再び缶コーヒーを買った。母は今回は、何もいらないと言った。
車の中でコーヒーを飲みながら、
「和歌山はやっぱり、森が深いね」
「木の国と言ったりするくらいだから」
「森を見ると落ち着くね」
「お母さんは田舎の育ちだから、なおさらよ」
母の実家は、山奥のちょっとした山林地主だったが、今は廃れているらしい。
「よく遊ばせてもらったね」と僕。
僕の一家は、夏になれば母の実家に避暑に訪れ、長逗留するのだった。
まだ祖母が健在な頃で、僕はいとこたちと川で泳いだり、夜に花火をするのが楽しみだった。
高校時代に祖母が亡くなり、それ以来、母の実家には足を向けていない。
「楽しかった? 母さんの実家」
「楽しかったとも」
「そりゃあよかった」
当時、一緒に遊んだいとこたちとも、ほとんど会うことがなくなった。
一期一会というのだろうか、人と人には別れがある。
祖母の長男である母の兄が、実家の林業を切り盛りしていたが、そのおじも最近亡くなった。今はそのおじの長男が林業を継いでいる。
「おじいさんがもっとうまくやれば、良かったんだけどね」
「そうなの?」
「道楽好きでね。悪い人じゃなかったけど、山のことはてんでだめだった」
母はそんなことを話した。
祖父は、僕たちが帰省しても、あいさつもそこそこにテレビをじっと見ていた。
テレビといっても高校野球専門だ。それを一日中見るのが、祖父の夏の楽しみだったらしい。
「高校野球が好きだったんだよね」
「それはいいんだけど」
母は少し笑って、
「ぼんぼん育ちでね」
「山林地主の長男だものね」
「いい父ではあったけど」
母はそれ以上話さなかった。
やっぱり甲斐性というものがあるんだろう。僕はそんなことを考えた。
男にはそういうものがなければならないと、学生になって考えることがあった。
それが何かはよくわからない。でもそれが、他の人より多い給料を得ることであってはおかしいだろう。
僕は、行きたいと思っている東京の不動産会社のことを考えた。
東京の大手の不動産会社というものは、給料が高い。その分、仕事がハードではあるんだろうが。
田舎育ちの母が本当のところ、僕の希望をどう思っているのかはわからなかった。
「兄さんは元気かい?」僕は尋ねた。
「月に一回は顔を出すよ」
「そう」
「たいした料理は作らないけどね」
「どんなの?」
「焼肉やら鍋だよ」
「上等じゃない」
「たいした肉は出さないんだけどね」
カーナビには、残り2時間ほどと出ていた。
若さだろうか、あまり疲れを感じなかった。母は免許を持っていない。
まだ、深い森の中だ。
「あなた、ガールフレンドはできた?」
「まだだよ」
「女の子には気をつけなよ」
「うん」
「いい加減なことをすると、呪って出てくるよ」
「うん」
母らしからぬ、強い言葉だった。
「サークルに、かわいい子が入ってこないんだよ」
「そうかい」
そう言って、
「あんまり、女の子のお尻を追いかけるんじゃないよ」
「大丈夫だよ。全然そんなことはない」
「そうだといいんだけど」
母が、どうして女性がらみの話で、そう語気を強めたのかはわからなかったが、テレビでも連日、有名人の異性関係がニュースを賑わしているのだった。
母にとっては、僕の酒やたばこより女性関係のほうが、警戒すべき点であるらしかった。
「女の子は大事にしなさい」
「うん」
素直に答えた。いずれ恋人ができたら、大切にしようと思っていた。
車は山の中を走った。
いずれ現れる恋人候補のことを考えていた。
そりゃあやっぱり美人のほうがいい。スタイルも大事な要素だ。実家に連れて帰って、両親をがっかりさせたくはないものだ。
しかし、あんまり女の子を選ぶのもどうか。そろそろ次の新入生辺りで手を打とうと思っていた。
「母さん、嫁さんはやっぱり、きれいな方がいいかな?」
「母さんはどんなでもいいよ」
「あんまり選ぶのもどうかと考えてるんだ」
「そりゃそうよ」母は続けて、
「自然な流れを大切になさい」
「うん」
しばらく黙って車を走らせた。和歌山の険しい山々が続く。
あんまり女の子の容姿などについてとやかく言うのは、恥ずかしい気がしてきた。
京都に帰ったら、授業とサークルとバイトの日が続く。
バイトは、たまに夜中に起こされるのが、やや堪(こた)えていた。
「バイトでたまに夜中、急患で起こされるんだ。その後寝られなくなったりする」
「それはたいへんね」
「割に合わないかも」
「まあ続けなさい。あなたが辞めれば、別の学生さんが夜中に起こされるんだから」
「それもそうだけど」
「私たちもいつどうなるかわからないのよ。夜中に急患で、病院に行かなくちゃならないかもしれないでしょう」
「うん」
「あなたが急患の受付の仕事をするのは、私たちにもありがたいことなのよ」
「うん」
そんなものかと思い、やはりバイトは卒業まで続けようかと思った。
きれいな看護婦さんもいたが、たぶん看護婦というのは医者のことが好きなんだろうと思い、諦めていた。
「看護婦さん、どうかな?」
試しに尋ねてみた。
「いいんじゃない」
「年上になるけど」
「それもいいじゃない」
「そうかな」
母はそれ以上話さなかった。母は、結婚相手は少し年下がいいと思っているんじゃないかと推察した。
「あんまり女性を選ぶんじゃないわよ」
「うん」
「卑しいからね」
母は強い言葉を使った。
「うん」
僕は簡単に答えた。僕も最近、そう考え始めたところなのだった。
女の子の話となると母は語調が強くなる。要注意だなと思った。
車は山間部を走っている。コーヒーを飲みながら走り続けた。
「サークルは楽しい?」
「うん」
「そろそろ役員になるんでしょう?」
「うん」
「人の嫌がる仕事を進んでしなさい」
「おおげさな」
「まあそうね」
母は笑った。
ただし実際、会長にはなりたくなくて、副会長か会計くらいで済ませたいと考えていたのだった。
「リーダーシップのある奴がいてね。会長は、そいつに任せようと思っている」
「じゃあ、その次の仕事くらいしなさい」
「うん」
母と意見が合った。その友人は、高校時代も部活の部長を務めていて、部活をしていなかった僕と正反対だった。
「助かってるんだよ、何かと」
「それなら、そういう人を助ける役に就きなさい」
「うん」
道はずいぶん進み、民家がちらほらとし始めた。
対向車線には、バイクが時折走る。
「バイクに乗っている学生も多くてね」
「あなたも乗ればいいじゃない」
「いいかな?」
「いいとも。お金なら出してあげるわ」
「うん」
危ないから止めろと言うかと思ったが、そうではなかった。
「バイトの給料が貯まっているから、買うなら中古車くらい、自分で買えるよ」
「じゃあそうしなさい」
今どきの、イケイケのバイクが走り抜けていく。
僕はヴィンテージ風のバイクに興味を持っていた。
「僕は、レトロっぽいバイクがいいんだ」
「いいんじゃない。お父さんも若い頃、乗ってたらしいわよ」
「そうだったの?」
初耳だった。
兄も学生時代、小型バイクに乗っていたと聞いていた。
僕は、もう少し大きいバイクに乗りたいと思っているのだった。
「じゃあ、春休みに免許を取りに行くよ」
「そうなさい」
バイト代で30万ほどの貯えがあって、それで教習所と中古バイクのお金が捻出できるはずだった。
「留年はやめてね」
母が言った。
「うん」自信はなかった。
「モラトリアムとか何とか上手に言うけど、だらしのないものだから」
「うん」
授業にも、もうちょっときっちり通おうかと思った。
「お父さんももうすぐ定年よ」
「うん」
「きっちり卒業して、お父さんを安心させてあげて」
「うん」
道は、紀南というのか、和歌山の南部に向かっている。だいぶん道も拓けてきた。
「あと一時間くらいで着くよ」
僕はカーナビを見て言った。
「そう」
僕は、最近よく読むバイク雑誌の記事について考えた。
おおかたのバイクについて褒めてある。たまにけなしてあることもある。
僕の欲しいバイクについては、あまりけなしていない。“経済的だ”とか“地味だけど映える”とか、そんな調子だ。
春になったら教習所に行って、そのバイクを買おうと決心した。
やや閉塞している今の生活が、拓けてくるかもしれない。バスで通っている今のバイト先も、バイクで通うことにしよう。
「バイク、安全運転なさい」
「うん」
「それで一度、お母さんも後ろに乗せて」
そんな日が来るであろうかと疑問に思ったが、簡単に「うん」と答えた。
バイクは学生時代だけにして、社会人になったらやめようと思っていた。
やはり危ないものだから、学生時代だけの楽しみにしようと思うのだ。父も兄も、学生時代を終えると手放したのだろう。
「若いころだけにするよ」
「それがいいわ」
母はそう言った。そうして、
「東京の若い人は今時分、あまり車に乗らないらしいわね」
「僕も聞いた」
「あなたはどうするの?」
「僕は手放さない」
「そう。いいじゃない」
父のお古のこのセダンは、やや古びているが、東京に出ても車だけは乗りたかった。
「みんな最近は、電車で済ますんだってね」と母。
「それなら、道が空いていいけど」
「それはそうかもね」
車を持っている学生は少なく、自分は恵まれているというほかなかった。
親が若作りして買ってしばらく乗り、僕に譲ってくれたスポーティセダンを、僕は気に入っていた。
「この車、気に入っているんだ」
「そう、よかった」
「高かったんでしょ?」
今は廃版になっているのだった。
「まあまあね。思い切って買ったの」
「大学で鼻高々だよ」
「あんまり偉そうにしちゃだめよ」
「うん」
今は、大学の仲間を乗せてドライブしているが、恋人ができたら方々へ連れて行ってやろうと思うのだった。
「せいぜい大切にしてあげて」
「うん」
洗車だけは、こまめにしているのだった。
紀南もずいぶん南に来た。山が終わり、平地になった。
「もう少しかしら」
「あと半時間くらい」
僕はカーナビを見て答えた。
「そう」母は答え、
「もう一度、休憩しておいたら?」
「そうしようか」
僕はコンビニで手洗いを借り、もう一度缶コーヒーを買った。
僕はカップホルダーに飲みかけのコーヒーをしまうと、車を発進させた。
和歌山のおじさんを巡る、僕と母の小旅行だった。
「おじさん、話せたらいいね」と僕。
「なんとかね」
ほどなくして病院に着いた。
駐車場に車を停め、正面玄関からエレベーターに乗り、おじさんの病室に向かった。
おじさんは個室にいた。眠っており、起こすのは悪いと思ったが仕方がない。看護婦詰所に向かい、親族ですがと名乗って見舞いに来ましたと話した。
看護婦さんに先導されて、もう一度病室に向かった。看護婦さんはおじの枕元に向かい、軽く肩を叩いた。
おじさんは目を覚まし、起き上がった。そうして僕と母を見て、うれしそうな顔をした。
「やあ来てくれたのか」
「はい」
「奈良から遠かったろう、いや君は京都からだったか」
「すぐですよ」
僕は笑顔を見せた。おじは、聞いていたより元気そうだった。
「酒とたばこが祟ってこのざまだ。君も気を付けて」
「少しにしておきます」
僕はやはり笑って見せた。
昏睡状態とか聞いていたが、そうは見えなかった。語調もはっきりしていた。
母が持参したメロンを棚に置き、また食べてくださいと話した。
「あなたも元気そうで」とおじ。
「私も足腰がずいぶん悪くて」と母。
おじは僕に、京都での学生生活の話を聞きたがり、僕は詳しく説明した。授業のこと、サークルのこと、バイトのこと。
「私も大学は、京都に行きたかったんだ」
「京都も和歌山も変わりません」
「そんなことはないよ」
おじは笑った。
そのあとおじは、母と話した。
結局半時間ほどで暇し、車に戻った。
僕は母に、
「おじさん、元気そうだったじゃない」
「あれでも辛抱して、相手をしてくれたのよ」
母は答えた。
「お父さんが見舞いに来たときは、話の途中で眠り込んだらしいの」
「そう」
「癌ももう末期だって、担当医が言ったって」
そうはわからなかった。
「じゃあ僕は、おじさんとはこれっきりだな」
「お母さんもそうよ」
車を発進させた。
「あなた、長旅なんだから、休み休み行きなさい」
「うん」
若いからなのか、あまり疲れを感じなかった。来た道を、そのまま帰るだけだった。
最初に現れたレストランで簡単な昼食を済ませ、再び復路に就いた。
「おじさんが、お酒とたばこに注意しなさいって言ってたでしょ」
「うん」
「せいぜい気をつけなさい」
「うん」
今のところ、両方とも大した量ではなかったが、年をとるにつれて増えてくるのだろうかと思った。
「バイク代、困るようだったら言ってきなさい」
「ありがとう」
自分で何とかするつもりだった。
しばらく黙って車を走らせた。往路ほどは会話がなかった。
「おじさんに無理させたのは悪かったけど、それでも私たちが行ったのは、良かったと思うの」
「うん」
もうすぐ冥土に旅立つおじさんに、思いを馳せた。
多分母の言う通り、僕たちが最後の見舞いに訪れたのは、とてもいいことだっただろう。
「お見舞いがもうちょっと遅れてたら、おじさんと話ができたかどうかもわからないわ」
「うん」
僕は、すぐに和歌山に向かって良かったと思った。
「本当はお母さん、電車で一人で行こうかと思ってたの」
「そうなの?」
「だけど、あなたに来てもらって良かったと思っているの。おじさんも喜んでたでしょう」
「うん」
確かにおじさんは、喜んでいる風であった。
「こういうことは、若い人がいると何よりなの」
「そう?」
「そうよ」
そういうものかなと思った。
「おじさん、子供ができなかったでしょう。あなたを自分の子供のように思っていたそうよ」
「そうなの?」
初耳だった。
「大学入学祝いに、たくさんお祝いくれたでしょ」
「そうだったね」
「感謝なさい」
「うん」
「私が言うのもなんだけど、あなたは恵まれてるほうよ」
「そうだね」
「だから、バイトでもサークルでも、しんどい道を選びなさい」
「うん」
道は市街地を越え、再び山間部に入った。
僕はおじさんのことを考えた。農家の長男で和歌山の田舎にとどまり、かたや弟の父は大阪に出て、そのまま大阪の会社に就職したのだ。
どう思っていたろう? それはそのまま僕と兄の関係につながるのだった。
「兄さん、僕のことをどう思っているだろう?」
「どうもこうもないわ」
「お気楽な次男坊だと思っているかな?」
「そんなことないわ。どこででも、きっちり就職して自活していく以上は」
そうかなと思った。
母は、しんどい道を選べと言った。法学部なので、司法試験に挑戦している友人もいる。
僕は、挑戦を考えている鑑定士試験のことを考えた。
なかなかの難関だが、大きな不動産会社に就職したいなら取っておきたい資格だ。京都に帰ったら資格学校に通おうと思った。
そうして僕は母を実家に送り届けると、京都に車を向かわせた。
再び京都での学生生活が始まった。
僕は、以前よりまめに授業に出ることにした。そうして鑑定士試験の勉強を始め、バイト先ではもっぱらテキストを読んだ。
そうしてサークルで副会長を務めることにしたので、忙しくなった。
バイト先では変わったこともなかった。夜には相変わらず、整形外科のスポーツ選手たちがロビーで夜更かしをしたが、笑ってやりすごした。美人の看護婦さんにも、深入りしなかった。
鑑定士試験のテキストを一冊また一冊と読み切り、これなら在学中に合格できるかもしれないと喜んだ。
おじさんはあれからも、闘病生活を続けているとのことだった。
おばさんは病室に張り付いているらしかった。おおかた助からないが、ほんの少しの回復の可能性はあるらしかった。
回復して、おばさんとの老後の生活を楽しめるようになったらいいと思ったが、僕にできることなどもちろんない。
教習所に通い、欲しかったバイクを結局買った。貯まっていたバイト代ですべて捻出できた。
大学とバイト先へはバイクで通うことにした。
友人と時折、京都の北の方へツーリングをした。
三年生になり、サークルに新入生が入ってきた。僕はその中で気立てのよさそうな女の子を見繕い、恋人にした。
父から譲り受けた車で、京都を方々案内した。彼女は喜んでいた。
授業とサークルとアルバイトで、京都の四季が終わった。
あるバイト明けの朝、下宿に帰って留守電を聞くと、母からの伝言があった。
“和哉おじさんが、昨晩亡くなりました。お通夜とお葬式に、和歌山に行きます。あなたは来なくていい”
僕はラジカセの、聞きかけのテープを再生した。
“またあえる日まで 流れ星に願った
飾らない心で ずっといようよ
またあえる日まで 輝く星に誓うよ
出逢えた事を忘れはしない“……
母からだった。
「和哉おじさんが入院したのよ」
「そうなの」
「お見舞いに行かない?」
「じゃあそうしよう」
実家の母が電話をかけてくることは珍しい。父の兄である和哉おじさんは、和歌山の小学校の校長を務めた後、引退生活を送っていた。
「お父さんは行かないの?」と僕。
「この間、一人でお見舞いに行ったのよ。だから今度は、私とあなたで行こうと思って」
「そう」
深夜の病院は閑散としていた。普段は騒がしい、整形外科に入院しているスポーツマンたちも、今日は静かにしていた。
「じゃあ、週末に奈良に帰るよ」
「そうして」
電話を切った。
京都市内の夜の総合病院。救急指定病院ではないので、急患もあまり来ない。
おじさんはお酒が好きで、肝臓を悪くしていると聞いたことがあったので、肝不全か悪くすれば肝臓癌だろう。
僕はそう直感して、週末のサークルへの参加は諦めようと思った。
僕は、聞きかけのラジカセの再生ボタンを押した。
“またあえる日まで 夢を忘れずに
変わらないままで ずっといようよ
またあえる日まで 夢を叶えよう
信じる事が 心をつなぐ“
僕が病院のアルバイトを始めたのは大学の入学直後だ。入会を考えていたサークルの入り口に、アルバイトの募集を見つけたのだ。
“病院夜間宿直員募集
一晩8000円
急患の受付がたまにある他は、仕事はありません
受付の机で勉強するも読書するも、自由です“
すぐに応募を済ませ、面接で採用になってから、週二回の勤務を始めた。
京都市の北のほうにあり、夏には屋上から五山の送り火が見えた。
仕事は暇だったが、たまに夜中に急患の電話が来て、たたき起こされた。
冬には老人がバタバタと亡くなり、葬儀屋がやってきた。
土曜日の朝、車を奈良の実家に走らせた。
母は出発の準備を済ませており、すぐに車に乗り込んだ。そうして車を和歌山に走らせた。
「おじさんは何の病気?」
「肝臓癌よ」
「じゃあ助からない」
「そうね」
母は淡々と話した。
そうして、
「お父さんに元気がなくてね」
「そりゃそうだろう」
おじさんはまだ63歳だった。
「信仰が深い人だったのにね」と母。
「そうだったね」
たまに和歌山の父の実家に伺うと、おじさんはよく近所の人達と、仏教の経典を読んでいたのだった。輪読会とか言ったっけ。
「神も仏もあったものじゃない」
「そうね」
父も母も信仰がない。もちろん僕もない。
奈良育ちで京都の大学にいるから、なにかれと寺院を参拝することはあったが、仏教に興味はない。
「年金をだいぶん納めたのに、受け取れないんだよね」
「そうね、もったいないわね」
母は不謹慎だとも言わなかった。
道は別に混んでいない。週末の奈良県中部。こんなものだ。
「父さん、見舞いに行ったんでしょ? 何て言ってた?」
「ずいぶん痩せこけて、辛かったと言ってたわ」
おじさんにそんなには思い出がない。本好きで、よく本を読んでいた。
郷土史家と言うのだろうか、地元の歴史の本を自費出版して、父に送ってきたことがあった。
僕もぺらぺらとめくってみて、よく素人でここまで書けたなと、感心した記憶がある。
「おじさんの書いた本、うちの大学の蔵書に入っているよ」
「どうして知っているの?」
「ネットで調べたんだ」
文学部だったか図書館だったかが、蔵書しているらしかった。
「そりゃあ、おじさんも本望だろうね」
「お父さんにも教えてあげて」
父とおじさんは共に囲碁が趣味で、帰省の折はよく打っていた。おじさんのほうがやや強くて、父は、何目だか石を置かせてもらっているなどと、話していた。
「父さんも、おじさんと碁が打てなくなる」
「そうね」
母は淡々と答えた。
市街地に入って道路がやや混んできた。会話が途切れた。
父は、希望して大阪の大学に入り、そのまま大阪の会社に就職した。今も役員として勤めている。
おじさんは長男として、和歌山の大学を出て、そのまま地元で小学校教諭を勤め上げた。
不公平だなと思ったことは、ないではない。おじさんが、不満を感じていたとしたらだが。
「僕も大学を出たら、たぶん東京か大阪に行くよ」
「好きになさい」
僕は次男で、兄は奈良で公務員をしていた。
「兄貴がいるから大丈夫でしょ?」
「そうね」
兄とは5歳差で、父とおじさんとの年の差と同じだ。
兄は、大学こそ関西を離れたが、卒業すると奈良に戻ってきて、県庁で勤めるようになった。
兄と、両親の面倒のことで話し合ったことはないが、長男としての責任感からそうしたんだろうと、僕は考えていた。
「東京の不動産会社に就職したいんだ」
「好きになさい」
父の勤める会社も大阪の不動産会社で、僕も不動産には若干の関心を持っていた。
不動産鑑定士の資格を取ろうかと、資格学校のパンフレットを集めているところだった。
「父さんも喜んでくれるかな?」
「そんなことは別にないと思うけど」
母は、そっけなく答えた。
僕は、京都での生活を振り返った。
教養学部での無味乾燥な授業の数々。バイト先での退屈な時間。なぜか、かわいい子が入部してこないサークル。
東京の不動産会社に入社すれば、これらは一気に好転するだろうか?
「父さんの勤めは順調?」
話をそらした。
「クビになる心配は当面ないって言ってたわよ」
「健康は? 癌って遺伝するんでしょ?」
「ピンピンしてるわよ」
「僕が大学を出るまで、しっかりしてもらわないと」
「それは大丈夫よ」
僕は、父が年をとってからの子供なのだった。
「大学生活はどうなの?」
少し間を置いて、母が尋ねた。
「こんなもんじゃないの」
「高校時代より楽しい?」
「そりゃそうだ」
僕の高校はガリ勉なのだった。
「でもおかげで、いい大学に入れたじゃない」
「あれだけ勉強させられりゃあ」
高校には、あまりいい思い出がない。
「あの頃があって今があるの。感謝しないと」
「そりゃそうだ」
母は助手席に乗りたがらず、後部座席に納まっていた。
「お父さんもたまに、うらやましがっているわよ」
「そうでもないよ」
僕の大学は、関西では一番の私学なのだった。
「仕送りさ、あんなにもらって大丈夫なのかな? 他の学生はもっと少ないよ」
気になっていたことを話した。
「いいのよ。楽しいことに全部使っちゃいなさい」
母は軽く笑った。
「その代わり、留年はしないでね」
「うん」
簡単に答えた。あまり自信はなかったがそうした。
「お父さんも、そろそろ定年だから」
「うん」
父とはあまり話さない。やや頑固おやじのきらいがある。
良く言えば厳格で、悪く言えば潔癖症とでもいうのだろうか。
「お父さん、煙たい?」
「うん、多少」
「あなたのことを、いつも気にしてるわよ」
「そう」
「まあ、あんな人だから、会社で出世できたと思うの」
「そうだろうね」
会社というのはそういうところがあるだろうと、考えたことがあった。
僕はどちらかというとルーズなほうだから、父にはよく叱られた。
他の家の父親はもう少しアットホームだったから、不満を感じることもあった。
「仕送りの件も、お父さんのおかげよ」
「そうだね」
僕たちは、父の話を切り上げた。
「あなた、兄さんもよくできた人よ」
「僕もそう思ってるよ」
「私たちも高齢の夫婦だけど、兄さんが近くにいてくれるおかげで、安心しているの」
「うん」
兄のおかげで僕は、関西を離れることを考えることができるのだった。
「さっき、東京か大阪に就職したいと話したんだけど、どちらかというと、東京に行きたいんだ」
「好きになさい」
悪しき田舎者根性というのか、僕は東京が好きで、時折、東京に進学した友人のもとを訪れては、東京に住みたいと思うのだった。
「東京、好き?」
母が尋ねた。
「恥ずかしながら」
「じゃあ行きなさい。就職活動頑張って」
「うん」
母は、別に気を悪くした様子もなかった。
「東京の不動産会社に就職して、開発事業をやりたいと思ってるんだ」
「きっと忙しいわよ」
父も帰りは遅いのだった。
一方兄は、5時ちょうどに仕事が終わって、判で押したように6時に帰宅すると聞いていた。
「公務員っていいな」
「あなたもなったら?」
「それはいい」
これも小者根性から、スケールの大きな仕事をしたいと思っていたのだった。
「おじさんも帰りは早かったって、おばさんが依然話していたわ」
「どうしてこうも早く、体を悪くするかな」
「そりゃあお酒よ」
端正な性格なのだが、お酒ばかりはやたら飲むんだと、父は話していた。
ウイスキーや焼酎を、ストレートでがぶがぶ飲むので、到底付き合えないとこぼしていた。
「あなた、京都でお酒飲んでるの?」
「僕はビールくらいしか飲まないよ」
「それがいいわ」母は続けて、
「たばこは?」
「少し」
「どれくらい」
「一日一箱くらいだよ」
「それくらいにしておきなさい」
「うん」
おじさんはたばこも好きだったが、僕の家族は誰も吸わない。
僕は夜、下宿で缶ビールを飲みながら、軽めのたばこを一箱空ける。
自分でもあまり、たばこを吸うのは好きではなかったが、ビール同様しようがなかった。
「おじさんの癌はお酒のせいだけど、たばこも良くなかったとお母さんは思っているの」
「ヘビースモーカーだったもんね」
よくよく考えれば、酒はがぶ飲みするわ、たばこはプカプカ吸うわ、おじさんが早死にするのには十分な理由があるのである。
「怖いわね、健康って」
「そうだね」
仏教に信心深いのだが、反面、豪快肌の人だったのである。
高校時代、おじさんのもとを訪れた際、書棚にあった仏典を手に取って読んでいたら、おじさんは、それは持って帰りなさいと言ったことがあった。
実家に帰って二、三日読んでいたが、内容がだんだん難しくなってきて投げ出してしまった。今も実家の書棚にあるはずだが、もう読むこともないだろう。
「お父さんは、おじさんと違って信仰のない人だね」
「お父さんは、信仰を嫌っているの」
「どうして?」
「どうしてかしらね。信仰は心の弱さから来るものだとか言ってたわよ」
「そんなものかな」
聞いたことのない考えだった。僕は、おじさんが信心深いのを、好ましいものだと思っていたのだ。
「そういうことを言う人はわりあいいるわよ、ご近所にも」
「そんなものなの」
信心をする同級生に出会ったことはなかった。
でも、社会で辛い目に遭うことが出てくると、だんだん信心をする人が増えてくるのだろうか。
“信仰の年齢別分布”とか、帰ったらパソコンで調べてみようと思った。
「ちょっとしたカルチャーショックだ」
「そう」
そこで話が途切れ、僕は運転を続けた。
だんだんと道路は郡部に入り、左右の山々に森が広がってきた。
都会では見かけない名前のコンビニがあり、僕は車を停めてトイレを借りることにした。
「お母さんは?」
「私はまだいいわよ」
「何か飲む?」
「じゃあ温かいお茶を」
僕は、温かい缶コーヒーを買い、車の中で飲んだ。
眺めは良く、そよ風が森の間から吹いてきた。
僕たちは飲み終えると、車を再び走らせた。
風光明媚と言うのだろうか、そういう地帯に車が入ったのだ。
“東京にも、自然はあるのだろうか?”
東京といっても、西の方はわりあい自然が残っているというイメージがあったが、どうかよく知らない。
東京で学んでいる友人に、尋ねてみようと思った。
「母さんは東京は?」
「あんまり好きじゃないわ。憧れたこともない」
「若いころも?」
「さあ、少しは憧れたかも」
母はあいまいなことを言った。
「母さんは若いころ、大阪にいたんだっけ?」
「数年働いていたわ。お父さんと結婚するまで」
「楽しかった?」
「和歌山に帰りたくて、しようがなかったわ」
母も父同様、和歌山の出身なのだった。
「田舎好きなんだね」
「奈良に暮らして幸せだったわ」
「僕も好きだよ、奈良」
「東京が好きなんじゃないの?」
「幼少期を過ごすには、奈良は良かったと思うよ」
「うれしいわ」
僕は18で京都の大学に進むまで、奈良生まれの奈良育ちなのだった。
「寺なんかも、奈良のは素朴でいいな」
「お母さんもそう思うわ」
車窓からは、田園風景が広がっていた。
「若いうちに東京に行くのもいいわ」
「そうだね。でも退職したら、関西に戻ってこようと思うんだ」
「それはいいわね」
そうはいうものの、東京の不動産会社に無事就職できるかどうかも、よくわからないのだった。
そう話すと、
「あなたなら大丈夫」
「そうかな」
自分にそう自信があるわけでもなく、会社勤めが続けられるかどうかもわからなかった。
「今頃、会社をすぐ辞める人、多いらしいね」と僕。
「近所でも、ちらほらと聞くわよ」
「そんな人たち、その後どうするんだろう?」
「もっと小さな会社に入り直したり、アルバイトをしたりするんでしょう」
「それじゃあ辞めないほうがいいね」
「そうはいかないんでしょう」
「どうしてかなあ」
「さあどうしてでしょうねえ」
僕もそうなったらどうしようと思った。
東京は物価が高いと聞く。住居の賃料も高いだろう。払えなくなれば、奈良に戻ってくるだろうか。
「僕、東京でやっていけなくなったらどうしよう?」
「その時は、奈良に帰ってきたらいいじゃない」
「大丈夫かな」
「あなたのふるさとですもの」
僕は安心した。
田園風景が続く。
「こんな山林だって、木こりさんのおかげで保たれているでしょう」
「そうだね」
「現場の仕事、嫌?」
「そんなことはないけど」
そうは答えたが、やはり嫌だろうかと思った。
「スーツを着てする仕事、現場の人は不潔だと思っているかな?」
「そんなことないわよ。お母さんも別に、あなたが会社員になることに反対しているわけじゃないわ」
母はそう言った。
「人それぞれ、仕事の種類で人間の価値が決まるわけじゃないから」
「そうかな」
そうは悪い大学ではないので、OBたちはなかなかいい会社に就職していた。
「まあまだ先の話だよ」
「そうね」
僕たちは仕事の話を切り上げた。
「おばさんは気落ちしている?」
「電話じゃあ、元気がなかったわ」
「あんまり早いものね」
「おじさんがかわいそうだって。やっと仕事を終えたところなのに」
「老後の貯えも、頑張っていたんだろう」
「ほとんど使わず終いだからね」
老後に旅行なんかも楽しみたかったろう。無念だろうか。
「おじさん、話はできるの?」
「ほとんどできないらしいわよ。お父さんが言ってたわ」
「僕たちのこと、わかるかな?」
「さあどうだか」
車は和歌山県との県境まできた。
「少し休んだら?」
「まだ大丈夫だけど、休んでおこうか」
車をドライブインに停めて、手洗いに立った。母も今度はそうした。
自動販売機で再び缶コーヒーを買った。母は今回は、何もいらないと言った。
車の中でコーヒーを飲みながら、
「和歌山はやっぱり、森が深いね」
「木の国と言ったりするくらいだから」
「森を見ると落ち着くね」
「お母さんは田舎の育ちだから、なおさらよ」
母の実家は、山奥のちょっとした山林地主だったが、今は廃れているらしい。
「よく遊ばせてもらったね」と僕。
僕の一家は、夏になれば母の実家に避暑に訪れ、長逗留するのだった。
まだ祖母が健在な頃で、僕はいとこたちと川で泳いだり、夜に花火をするのが楽しみだった。
高校時代に祖母が亡くなり、それ以来、母の実家には足を向けていない。
「楽しかった? 母さんの実家」
「楽しかったとも」
「そりゃあよかった」
当時、一緒に遊んだいとこたちとも、ほとんど会うことがなくなった。
一期一会というのだろうか、人と人には別れがある。
祖母の長男である母の兄が、実家の林業を切り盛りしていたが、そのおじも最近亡くなった。今はそのおじの長男が林業を継いでいる。
「おじいさんがもっとうまくやれば、良かったんだけどね」
「そうなの?」
「道楽好きでね。悪い人じゃなかったけど、山のことはてんでだめだった」
母はそんなことを話した。
祖父は、僕たちが帰省しても、あいさつもそこそこにテレビをじっと見ていた。
テレビといっても高校野球専門だ。それを一日中見るのが、祖父の夏の楽しみだったらしい。
「高校野球が好きだったんだよね」
「それはいいんだけど」
母は少し笑って、
「ぼんぼん育ちでね」
「山林地主の長男だものね」
「いい父ではあったけど」
母はそれ以上話さなかった。
やっぱり甲斐性というものがあるんだろう。僕はそんなことを考えた。
男にはそういうものがなければならないと、学生になって考えることがあった。
それが何かはよくわからない。でもそれが、他の人より多い給料を得ることであってはおかしいだろう。
僕は、行きたいと思っている東京の不動産会社のことを考えた。
東京の大手の不動産会社というものは、給料が高い。その分、仕事がハードではあるんだろうが。
田舎育ちの母が本当のところ、僕の希望をどう思っているのかはわからなかった。
「兄さんは元気かい?」僕は尋ねた。
「月に一回は顔を出すよ」
「そう」
「たいした料理は作らないけどね」
「どんなの?」
「焼肉やら鍋だよ」
「上等じゃない」
「たいした肉は出さないんだけどね」
カーナビには、残り2時間ほどと出ていた。
若さだろうか、あまり疲れを感じなかった。母は免許を持っていない。
まだ、深い森の中だ。
「あなた、ガールフレンドはできた?」
「まだだよ」
「女の子には気をつけなよ」
「うん」
「いい加減なことをすると、呪って出てくるよ」
「うん」
母らしからぬ、強い言葉だった。
「サークルに、かわいい子が入ってこないんだよ」
「そうかい」
そう言って、
「あんまり、女の子のお尻を追いかけるんじゃないよ」
「大丈夫だよ。全然そんなことはない」
「そうだといいんだけど」
母が、どうして女性がらみの話で、そう語気を強めたのかはわからなかったが、テレビでも連日、有名人の異性関係がニュースを賑わしているのだった。
母にとっては、僕の酒やたばこより女性関係のほうが、警戒すべき点であるらしかった。
「女の子は大事にしなさい」
「うん」
素直に答えた。いずれ恋人ができたら、大切にしようと思っていた。
車は山の中を走った。
いずれ現れる恋人候補のことを考えていた。
そりゃあやっぱり美人のほうがいい。スタイルも大事な要素だ。実家に連れて帰って、両親をがっかりさせたくはないものだ。
しかし、あんまり女の子を選ぶのもどうか。そろそろ次の新入生辺りで手を打とうと思っていた。
「母さん、嫁さんはやっぱり、きれいな方がいいかな?」
「母さんはどんなでもいいよ」
「あんまり選ぶのもどうかと考えてるんだ」
「そりゃそうよ」母は続けて、
「自然な流れを大切になさい」
「うん」
しばらく黙って車を走らせた。和歌山の険しい山々が続く。
あんまり女の子の容姿などについてとやかく言うのは、恥ずかしい気がしてきた。
京都に帰ったら、授業とサークルとバイトの日が続く。
バイトは、たまに夜中に起こされるのが、やや堪(こた)えていた。
「バイトでたまに夜中、急患で起こされるんだ。その後寝られなくなったりする」
「それはたいへんね」
「割に合わないかも」
「まあ続けなさい。あなたが辞めれば、別の学生さんが夜中に起こされるんだから」
「それもそうだけど」
「私たちもいつどうなるかわからないのよ。夜中に急患で、病院に行かなくちゃならないかもしれないでしょう」
「うん」
「あなたが急患の受付の仕事をするのは、私たちにもありがたいことなのよ」
「うん」
そんなものかと思い、やはりバイトは卒業まで続けようかと思った。
きれいな看護婦さんもいたが、たぶん看護婦というのは医者のことが好きなんだろうと思い、諦めていた。
「看護婦さん、どうかな?」
試しに尋ねてみた。
「いいんじゃない」
「年上になるけど」
「それもいいじゃない」
「そうかな」
母はそれ以上話さなかった。母は、結婚相手は少し年下がいいと思っているんじゃないかと推察した。
「あんまり女性を選ぶんじゃないわよ」
「うん」
「卑しいからね」
母は強い言葉を使った。
「うん」
僕は簡単に答えた。僕も最近、そう考え始めたところなのだった。
女の子の話となると母は語調が強くなる。要注意だなと思った。
車は山間部を走っている。コーヒーを飲みながら走り続けた。
「サークルは楽しい?」
「うん」
「そろそろ役員になるんでしょう?」
「うん」
「人の嫌がる仕事を進んでしなさい」
「おおげさな」
「まあそうね」
母は笑った。
ただし実際、会長にはなりたくなくて、副会長か会計くらいで済ませたいと考えていたのだった。
「リーダーシップのある奴がいてね。会長は、そいつに任せようと思っている」
「じゃあ、その次の仕事くらいしなさい」
「うん」
母と意見が合った。その友人は、高校時代も部活の部長を務めていて、部活をしていなかった僕と正反対だった。
「助かってるんだよ、何かと」
「それなら、そういう人を助ける役に就きなさい」
「うん」
道はずいぶん進み、民家がちらほらとし始めた。
対向車線には、バイクが時折走る。
「バイクに乗っている学生も多くてね」
「あなたも乗ればいいじゃない」
「いいかな?」
「いいとも。お金なら出してあげるわ」
「うん」
危ないから止めろと言うかと思ったが、そうではなかった。
「バイトの給料が貯まっているから、買うなら中古車くらい、自分で買えるよ」
「じゃあそうしなさい」
今どきの、イケイケのバイクが走り抜けていく。
僕はヴィンテージ風のバイクに興味を持っていた。
「僕は、レトロっぽいバイクがいいんだ」
「いいんじゃない。お父さんも若い頃、乗ってたらしいわよ」
「そうだったの?」
初耳だった。
兄も学生時代、小型バイクに乗っていたと聞いていた。
僕は、もう少し大きいバイクに乗りたいと思っているのだった。
「じゃあ、春休みに免許を取りに行くよ」
「そうなさい」
バイト代で30万ほどの貯えがあって、それで教習所と中古バイクのお金が捻出できるはずだった。
「留年はやめてね」
母が言った。
「うん」自信はなかった。
「モラトリアムとか何とか上手に言うけど、だらしのないものだから」
「うん」
授業にも、もうちょっときっちり通おうかと思った。
「お父さんももうすぐ定年よ」
「うん」
「きっちり卒業して、お父さんを安心させてあげて」
「うん」
道は、紀南というのか、和歌山の南部に向かっている。だいぶん道も拓けてきた。
「あと一時間くらいで着くよ」
僕はカーナビを見て言った。
「そう」
僕は、最近よく読むバイク雑誌の記事について考えた。
おおかたのバイクについて褒めてある。たまにけなしてあることもある。
僕の欲しいバイクについては、あまりけなしていない。“経済的だ”とか“地味だけど映える”とか、そんな調子だ。
春になったら教習所に行って、そのバイクを買おうと決心した。
やや閉塞している今の生活が、拓けてくるかもしれない。バスで通っている今のバイト先も、バイクで通うことにしよう。
「バイク、安全運転なさい」
「うん」
「それで一度、お母さんも後ろに乗せて」
そんな日が来るであろうかと疑問に思ったが、簡単に「うん」と答えた。
バイクは学生時代だけにして、社会人になったらやめようと思っていた。
やはり危ないものだから、学生時代だけの楽しみにしようと思うのだ。父も兄も、学生時代を終えると手放したのだろう。
「若いころだけにするよ」
「それがいいわ」
母はそう言った。そうして、
「東京の若い人は今時分、あまり車に乗らないらしいわね」
「僕も聞いた」
「あなたはどうするの?」
「僕は手放さない」
「そう。いいじゃない」
父のお古のこのセダンは、やや古びているが、東京に出ても車だけは乗りたかった。
「みんな最近は、電車で済ますんだってね」と母。
「それなら、道が空いていいけど」
「それはそうかもね」
車を持っている学生は少なく、自分は恵まれているというほかなかった。
親が若作りして買ってしばらく乗り、僕に譲ってくれたスポーティセダンを、僕は気に入っていた。
「この車、気に入っているんだ」
「そう、よかった」
「高かったんでしょ?」
今は廃版になっているのだった。
「まあまあね。思い切って買ったの」
「大学で鼻高々だよ」
「あんまり偉そうにしちゃだめよ」
「うん」
今は、大学の仲間を乗せてドライブしているが、恋人ができたら方々へ連れて行ってやろうと思うのだった。
「せいぜい大切にしてあげて」
「うん」
洗車だけは、こまめにしているのだった。
紀南もずいぶん南に来た。山が終わり、平地になった。
「もう少しかしら」
「あと半時間くらい」
僕はカーナビを見て答えた。
「そう」母は答え、
「もう一度、休憩しておいたら?」
「そうしようか」
僕はコンビニで手洗いを借り、もう一度缶コーヒーを買った。
僕はカップホルダーに飲みかけのコーヒーをしまうと、車を発進させた。
和歌山のおじさんを巡る、僕と母の小旅行だった。
「おじさん、話せたらいいね」と僕。
「なんとかね」
ほどなくして病院に着いた。
駐車場に車を停め、正面玄関からエレベーターに乗り、おじさんの病室に向かった。
おじさんは個室にいた。眠っており、起こすのは悪いと思ったが仕方がない。看護婦詰所に向かい、親族ですがと名乗って見舞いに来ましたと話した。
看護婦さんに先導されて、もう一度病室に向かった。看護婦さんはおじの枕元に向かい、軽く肩を叩いた。
おじさんは目を覚まし、起き上がった。そうして僕と母を見て、うれしそうな顔をした。
「やあ来てくれたのか」
「はい」
「奈良から遠かったろう、いや君は京都からだったか」
「すぐですよ」
僕は笑顔を見せた。おじは、聞いていたより元気そうだった。
「酒とたばこが祟ってこのざまだ。君も気を付けて」
「少しにしておきます」
僕はやはり笑って見せた。
昏睡状態とか聞いていたが、そうは見えなかった。語調もはっきりしていた。
母が持参したメロンを棚に置き、また食べてくださいと話した。
「あなたも元気そうで」とおじ。
「私も足腰がずいぶん悪くて」と母。
おじは僕に、京都での学生生活の話を聞きたがり、僕は詳しく説明した。授業のこと、サークルのこと、バイトのこと。
「私も大学は、京都に行きたかったんだ」
「京都も和歌山も変わりません」
「そんなことはないよ」
おじは笑った。
そのあとおじは、母と話した。
結局半時間ほどで暇し、車に戻った。
僕は母に、
「おじさん、元気そうだったじゃない」
「あれでも辛抱して、相手をしてくれたのよ」
母は答えた。
「お父さんが見舞いに来たときは、話の途中で眠り込んだらしいの」
「そう」
「癌ももう末期だって、担当医が言ったって」
そうはわからなかった。
「じゃあ僕は、おじさんとはこれっきりだな」
「お母さんもそうよ」
車を発進させた。
「あなた、長旅なんだから、休み休み行きなさい」
「うん」
若いからなのか、あまり疲れを感じなかった。来た道を、そのまま帰るだけだった。
最初に現れたレストランで簡単な昼食を済ませ、再び復路に就いた。
「おじさんが、お酒とたばこに注意しなさいって言ってたでしょ」
「うん」
「せいぜい気をつけなさい」
「うん」
今のところ、両方とも大した量ではなかったが、年をとるにつれて増えてくるのだろうかと思った。
「バイク代、困るようだったら言ってきなさい」
「ありがとう」
自分で何とかするつもりだった。
しばらく黙って車を走らせた。往路ほどは会話がなかった。
「おじさんに無理させたのは悪かったけど、それでも私たちが行ったのは、良かったと思うの」
「うん」
もうすぐ冥土に旅立つおじさんに、思いを馳せた。
多分母の言う通り、僕たちが最後の見舞いに訪れたのは、とてもいいことだっただろう。
「お見舞いがもうちょっと遅れてたら、おじさんと話ができたかどうかもわからないわ」
「うん」
僕は、すぐに和歌山に向かって良かったと思った。
「本当はお母さん、電車で一人で行こうかと思ってたの」
「そうなの?」
「だけど、あなたに来てもらって良かったと思っているの。おじさんも喜んでたでしょう」
「うん」
確かにおじさんは、喜んでいる風であった。
「こういうことは、若い人がいると何よりなの」
「そう?」
「そうよ」
そういうものかなと思った。
「おじさん、子供ができなかったでしょう。あなたを自分の子供のように思っていたそうよ」
「そうなの?」
初耳だった。
「大学入学祝いに、たくさんお祝いくれたでしょ」
「そうだったね」
「感謝なさい」
「うん」
「私が言うのもなんだけど、あなたは恵まれてるほうよ」
「そうだね」
「だから、バイトでもサークルでも、しんどい道を選びなさい」
「うん」
道は市街地を越え、再び山間部に入った。
僕はおじさんのことを考えた。農家の長男で和歌山の田舎にとどまり、かたや弟の父は大阪に出て、そのまま大阪の会社に就職したのだ。
どう思っていたろう? それはそのまま僕と兄の関係につながるのだった。
「兄さん、僕のことをどう思っているだろう?」
「どうもこうもないわ」
「お気楽な次男坊だと思っているかな?」
「そんなことないわ。どこででも、きっちり就職して自活していく以上は」
そうかなと思った。
母は、しんどい道を選べと言った。法学部なので、司法試験に挑戦している友人もいる。
僕は、挑戦を考えている鑑定士試験のことを考えた。
なかなかの難関だが、大きな不動産会社に就職したいなら取っておきたい資格だ。京都に帰ったら資格学校に通おうと思った。
そうして僕は母を実家に送り届けると、京都に車を向かわせた。
再び京都での学生生活が始まった。
僕は、以前よりまめに授業に出ることにした。そうして鑑定士試験の勉強を始め、バイト先ではもっぱらテキストを読んだ。
そうしてサークルで副会長を務めることにしたので、忙しくなった。
バイト先では変わったこともなかった。夜には相変わらず、整形外科のスポーツ選手たちがロビーで夜更かしをしたが、笑ってやりすごした。美人の看護婦さんにも、深入りしなかった。
鑑定士試験のテキストを一冊また一冊と読み切り、これなら在学中に合格できるかもしれないと喜んだ。
おじさんはあれからも、闘病生活を続けているとのことだった。
おばさんは病室に張り付いているらしかった。おおかた助からないが、ほんの少しの回復の可能性はあるらしかった。
回復して、おばさんとの老後の生活を楽しめるようになったらいいと思ったが、僕にできることなどもちろんない。
教習所に通い、欲しかったバイクを結局買った。貯まっていたバイト代ですべて捻出できた。
大学とバイト先へはバイクで通うことにした。
友人と時折、京都の北の方へツーリングをした。
三年生になり、サークルに新入生が入ってきた。僕はその中で気立てのよさそうな女の子を見繕い、恋人にした。
父から譲り受けた車で、京都を方々案内した。彼女は喜んでいた。
授業とサークルとアルバイトで、京都の四季が終わった。
あるバイト明けの朝、下宿に帰って留守電を聞くと、母からの伝言があった。
“和哉おじさんが、昨晩亡くなりました。お通夜とお葬式に、和歌山に行きます。あなたは来なくていい”
僕はラジカセの、聞きかけのテープを再生した。
“またあえる日まで 流れ星に願った
飾らない心で ずっといようよ
またあえる日まで 輝く星に誓うよ
出逢えた事を忘れはしない“……
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