彼は勇者だから、彼女は魔王だから、

千羊

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彼らのはなし

彼女は魔王だけど、

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 わたしの家族たちはそれぞれ住んでいる場所に距離がありましたので、集めるのには思ったよりも時間がかかりました。
 予言者の力を使って早く集めましたが、それでも半年かかりました。

 わたしの家族のになった彼らはとても気さくで、わたし達はすぐに打ち解けました。
 彼らは自国の憂いを嘆いてた人や、家族が戦争に巻き込まれないようにしたい人や、早く戦争を終わらせたい人と皆、この運命を受け入れた理由は様々でした。
 死が決まっているものですが、悲嘆に暮れず、自分がやり遂げれば自分の大切な人たちは幸せになれるんだと前向きでした。
 わたしには少し、強がりに見えましたが。



 わたし達は9人集まると、最後にわたし達の主になる魔王を迎えに行きました。
 戦争が続く国を私たちはずっと渡り歩いてきましたが、魔王である彼女がいる国はまだ戦争に参加していない比較的平和な国のはずれの村でした。

 わたし達が村の近くの森を通り、彼女の家まで向かおうとすると、村の方から若い娘が歩いてきました。
 彼女の服はみすぼらしいものではありませんが、何度も繕われたことが分かるワンピースで、彼女は手に何か白いものを持ち、穏やかに笑っていました。
 わたし達は少女と言ってもまだ通じる歳の彼女が通り過ぎるのを待っていると、彼女はわたし達の方を向き、にこりと綺麗に笑いました。
 そして、彼女は言いました。
 私が魔王よ、よろしく、と。

 わたしは驚きました。
 そして、悟りました。
 彼女が魔王だ、と。

 彼女の表情を見ると、言葉を聞くと、なにか熱い血液のようなものが身体を巡った感覚がわたしの中で広がりました。
 ドクンドクンと脈打つ鼓動が彼女に逆らうな、従え、と言っています。
 何かに縛られるようなその感覚は、本能的に彼女を魔王だと気付かせるには十分なものでした。

 わたしは彼女の顔を見たことがありませんでした。
 彼女はどの未来でも仮面をつけていました。
 仮面の奥から私たちに笑いかけていました。

 だからわたしは驚きました。
 初めて見る彼女の素顔は本当にまだあどけない少女であることを。

 わたしは動揺と自分の中をめぐる本能がせめぎ合い、曖昧な表情でよろしくお願いします、と返すことができませんでした。
 彼女はすぐに行こう、と言って魔王城に転移しました。
 手を振っただけで数か月かかるはずの魔王城の目の前についたことで、彼女が如何に強大な力を持っていることが分かりました。
 彼女はもう一度綺麗に笑うと、手に持っていたたった一つの荷物である白い仮面を顔につけ、わたし達を一瞥し、先導するように魔王城へ入っていきました。
 その背中は小さくて、寂しいものでした。






 魔王城は王都の神殿よりも大きな建物でした。
 たった10人が暮らすには十分なほどの広さで、わたしは神父さまファーザーの孤児院で兄弟たちと身を寄せ合って暮らしたことが無性に恋しくなりました。

 部屋はそれぞれ名前がかかった金のプレートがついて決まっていました。
 わたしが扉を開けると、そこは一人で過ごすにはだだっ広いだけの空間でした。
 花瓶には豪華な花。クローゼットを開けると手触りのいい服。天蓋のついた広いベッド。引き出しにはたくさんの美しい宝石。
 王族貴族にしか手に入れることができない贅沢がその部屋には詰まっていました。
 まるで、死にゆくわたし達への選別かのように。

 わたしは比較的シンプルな服を選ぶと、装飾品は身に着けずに部屋から出ました。
 あの広い部屋はわたしには寂しすぎました。



 魔王城についたことで、わたし達は魔王軍として活動を始めました。
 わたし達の活動は魔王領を広げるという面目で人の村を襲うことです。
 魔物を使い、時には自ら出向き、わたし達は魔王領に近い村から次々と破壊し、燃やしていきました。

 わたし達の中では殺人を目の前で見たことない者ばかりでした。
 彼らは魔王城に帰るとすぐに泣き崩れ、そして、戻してしまう人もいました。
 わたしは軍にいた時、暗殺者を仕向けられたこともありますので、人の死にはいくばかりか慣れていました。
 しかし、それでも、自分の手で殺めるというのは少しだけ辛いものでした。

 わたしが殺した人の中に、わたしの祖国の人もいました。
 人間たちは戦争をやめ、同盟を交わし、結託して連合軍として魔王軍の侵攻をとどめようとしたのです。
 わたしの祖国も連合軍に入っていました。
 わたしの、顔見知りの上官もいました。
 何度も何度も憎いと思った人たちでした。
 しかし、わたしは彼らを憎いからと恨みのを晴らすために手を下しませんでした。
 神父さまファーザーたちの想いを見たからでしょうか。
 わたしはもう、彼らには憎しみも恨みも抱いていませんでした。
 わたしはただ、ごめんね、と思って彼らを一思いに消し去りました。
 もう、その時には幸せだったわたしに醜い感情はありませんでした。

 彼女も強大な力を使って、村々を蹂躙していきました。
 転職したことで大きな力を持ったはずのわたし達がひれ伏すほどの力で。
 彼女もあの日以来外したことのない美しい白い仮面の奥で嗚咽を漏らしていました。





 わたし達は一緒に暮らす中で結束力が強まっていきました。
 わたしは孤児院でいた時と同様、ムードメーカーのような存在になり、孤児院での思い出を面白おかしく話したり、そして、皆が知りようがない未来について語って聞かせました。
 わたし達が死んだ後、わたし達の家族や友人、恋人たちがどうなるのか。
 皆、寂しそうに聞いていましたが、それでも、自分の愛する人たちが近い未来幸せになることを心から喜んでいました。

 彼女も笑って聞いていました。
 真っ白な花を象った仮面の奥から。
 彼女は皆が自分がこれから生きる理由を語った日以来、自分のことを語ることはほとんどしませんでした。

 彼女は言いました。
 勇者を、彼を幸せにしたい、と。
 そのためには自分はどうでもいい、と。
 彼女が言ったのはたった二言。
 ただ、それだけでした。

 しかし、彼女は勇者である彼の未来を聞きませんでした。
 他の皆は知りたいとわたしにせがむなか、彼女は絶対に聞こうとはしませんでした。

 彼女はいつも他の話を聞くだけで、穴もない仮面の奥から笑い声が聞こえていたのに、いつも、いつでも、泣いているようでした。




 わたしは、望んだ家族が、幸せが、もう手に入れられました。
 あと、わたしが短い生で望むのは神父さまファーザーたちが望んだことを叶え、平和をもたらすことです。
 しかし、もう一つだけ望みができました。
 わたしが予言者になったとき、見た未来通りでした。
 わたしは、妹のようになった魔王に望むようになりました。
 たった一つの、とても簡単なことです。

 わたしは、彼女に、彼女自身に、自分の幸せを願ってほしいと思いました。

 彼女は勇者の幸せを願っても、一度も自分の幸せを願いませんでした。
 それは、彼女が強いからでしょうか。
 それとも、諦めでしょうか。
 もう、死ぬのだからと思っているからでしょうか。

 しかし、違うはずです。
 生きられる時間がもうほとんどないとしても、幸せを得ることは出来るはずです。
 現にわたしは望んでいた家族を得ることができ、今は幸せです。
 わたしは神父さまファーザーの言ったとおり、幸せになろうと思い、そして、掴みました。
 だから、だから、彼女には自分の幸せを願ってほしいと思ったのです。

 彼女は魔王だけど、世界で一番弱い子だろうから。






 わたしの平穏は未来を見ていた通り、そう長くは続きませんでした。
 一人、また一人、とわたしの新しい家族たちは光に包まれ、消えてきました。
 勇者が近づくにつれ、また一人、と段々と減っていきます。

 彼らは出発の時、みな同じ言葉を言いました。
 いってきます、と。

 わたしは全員に同じ言葉を返しました。
 いってらっしゃい、気を付けてね、と。

 城を去る家族たちは笑っていました。







 勇者が魔王城の目の前に来る頃には、ただでさえ広い城にはわたしと彼女だけになっていました。
 彼女は重厚な玉座に座り、もう、終わるね、とぽつりと呟きました。
 その声は彼が幸せになるのが嬉しいのか、嬉々を含んだものでしたが、部屋に響いて消えたその音はどこか寂しげでした。

 だから、わたしは言いました。
 妹に、満面の笑みで。
 未来は一つじゃないよ、と。

 彼女は一瞬言葉に詰まった後、ただ、またね、と返してくれました。

 表情は見れなかったけれど、その言葉が聞けただけでわたしは満足でした。
 わたしは身を翻して勇者の下へ向かいました。





 魔王城の前には勇者一行が近づいているのが分かりました。
 わたしは門から出ると、勇者を見て、にこりと笑いました。
 未来を見たことで、この勇者の顔は知っていましたが、初めて直に見ました。
 そして思いました。
 彼が彼女の勇者か、と。

 わたしは惚ける勇者たちを無視し、直ぐに剣を抜き、攻撃を仕掛けました。
 わたしの戦法は魔王に教わった転移魔法と未来視を組み合わせたものです。
 勇者たちの行動を読み、そして、先回りして攻撃を繰り出します。
 魔王である妹と並ぶために身に着けた術でした。
 しかし、勇者たちは強く、わたしは接戦ののちに負けてしまいました。

 わたしは消える予兆である光に包まれながら、勇者を見ました。
 そして、力の入らない表情筋を頑張って動かして笑って言いました。
 未来は一つではないよ、と。
 そして、魔王様をよろしく、と。
 きっと、彼が魔王を、妹を、妹の未来を変えてくれると思ったから。
 これは彼へのお願いであり、自分に対して大丈夫だと言い聞かせるものでもありました。




 わたしには妹を変えることは出来ませんでした。
 どんなに頑張っても、妹が望むのは勇者の幸せだけでした。

 だから、わたしは嘘をつきました。
 わたしの望みをかなえるための嘘を。

 わたしは妹に言いました。
 勇者は癒術士の姫と結ばれるだろう、と。
 彼とお姫様はお互い思いあって、幸せに暮らすだろう、と。

 ごめんね。
 それは嘘なんです。
 そんな未来はあっても、起こりようのないことなんです。
 もう、消えてしまった可能性の未来なんです。

 でも、わたしの我が儘だとしても、嘘をついてでもわたしは君に、妹に自分の幸せを願ってほしかった。
 そして、少しでも幸せになってほしかった。
 強いせいで、いつも耐えて耐えて耐えて耐えるだけの妹に。
 最後だけでも幸せになってほしかった。

 わたしは予言者ではなく、君の家族で、兄だから、君の幸せを願います。

 未来は一つじゃないから。



 わたしはお願いね、と勇者に笑いかけると、光に飲まれました。
 意識が遠ざかる中で、わたしは見ました。

 妹が最期に自分の幸せを願えたことを。
 彼の腕の中で、幸せになったことを。



























 白い空間の中、わたしはふわふわと浮いていました。
 本当に何もない空間を、ただただ漂っていました。

 しかし、突然後ろから声が聞こえました。
 それはわたしの愛しい家族たちの声でした。

 わたしが振り向くと、神父さまファーザーは、兄弟たちは、家族たちは、笑っていました。
 そして、言いました。

 おかえり、お疲れ様、と。











*

予言者視点は終わり。
予言者さんの預言は嘘でした。
彼を見てわかるとおり、お姫様とくっつく未来なんてなかったんです。
その未来は、実は弟の手紙が届いた時点で消えてしまったものでした。
予言者さんは某スマイルジャンキーみたいなところがありますね。

予言者さんは孤児だったこともあり、家族の垣根がすごく低いです。
大切な人はみんな家族のような存在です。

魔王と勇者の国は戦争に参加している国ではなかったので分からなかったと思いますが、予言者さんの過去を見てわかると通り、実は戦争は結構ひどいところまでいっていました。
予言者さんもその犠牲者の一人でもあります。
人間は愚かですね。
戦って、戦って、また戦って、そして、たくさん失う。
繰り返してきていることなのに何度も何度も同じことを絶えることなく続けています。
この世界がどれだけ戦争で醜くなっていたか伝えられればと思います。

過去が思ったよりも重い話になってしまい、作者はあれぇ?と首傾げるばかりです
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