彼は勇者だから、彼女は魔王だから、

千羊

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彼らのはなし

わたくしは理の一部でしたが、

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 わたくしはとある国の子爵家の次女として生まれました。
 家は貴族としては裕福とは言えませんでしたが、両親や兄姉はとても優しく、使用人や領民は私たちを慕ってくれました。

 わたくしは小さなころからお転婆で、屋敷を抜け出して領内の同世代の子たちと木に登ったり、野原を駆け回ったり、森で遊んだりとしていました。
 しかし、貴族である両親も兄姉たちも、使用人も、領民の皆さんもそれを貴族令嬢らしくないととがめることはなく、皆温かく見守ってくれました。
 遊びに行けばお菓子をくれ、転んだら手当をしてくれ、汚れて帰ってきたら泥をぬぐってくれました。
 わたくしは家族や使用人、領民たちが本当に、大好きでした。



 7歳になると、誰でも職業ジョブを選び始めます。
 わたくしの同世代のお友達は職業系の農家や針子を選んだり、まだ自分の望んだ職業ジョブはないからと後回しにしたりしました。

 そんな中で、わたくしは動物使いという職業を選びました。

 実は、貴族としてはあるまじき職業ジョブです。
 職業ジョブを選ぶのは自由ですが、やはり貴族というのはプライドが高く、文官や騎士を選び、平民が多く選ぶ職業ジョブを選択しないそうです。
 お父様がおっしゃるには特にわたくしの国の貴族はプライドが高いそうです。
 自分たちは選ばれた国の選ばれた存在と思っているそうで、他国からもよく思われていないようです。
 わたくしにはその考えは全然わかりませんけれど。

 わたくしが動物使いを選んだのは領内で役立てたいと思ったからです。
 わたくしの領では鷹を使った狩りが盛んです。
 ほかにも畑を耕すときには牛を使ったり、羊やヤギも放牧しています。
 動物が生活に欠かせない存在なのです。
 だから、何かあったときに役に立てればと思ったのです。
 実際、この職業ジョブをもつ人はいなかったので、わたくしはみなの生活に一役買うことができたのです。

 そうして、わたくしは平和に過ごしました。



 しかし、10歳の時に、ことは起こりました。
 わたくしの国が戦争を始めたのです。
 それも、くだらない理由で。

 王族、貴族たちは言いました。
 この世界は自分たちが支配すべきだ。
 自分たちは創造神から選ばれた存在なのだ、と。

 本当に、くだらない理由でした。
 だって、そんなしょうもない理由の戦争にわたくしの大切な人たちは兵役に駆り出されたのです。

 まずは、わたくしのお友達のお父様。
 よくわたくしたちと遊んでくれるかたでした。
 次はわたくしの先生。
 お転婆なわたくしを優しく、時に厳しく指導してくれる先生でした。
 その次は次兄。
 木に登ったわたくしを危ないと注意しながらも一緒に登ってくれた優しい兄でした。

 どんどんどんどん戦争に駆り出されていきました。
 わたくしのお友達も職業ジョブが職業系にもかかわらず、年を重ねるたびに少なくなっていきました。

 気づいた時には、子供の時一緒に過ごした友達はほとんどいなくなっていました。

 わたくしの平和な日はいつの間にか、なくなっていました。



 わたくしが15歳になったある日、今日も私は両親に言付けて屋敷を出ました。
 戦時中といっても、村の仕事を欠かすわけにはいけません。
 田を耕し、野菜を育て、牛たちの面倒を見なければ、食事に困ってしまうからです。
 最近は徴収される税も多くなってきました。
 もう生活はかつかつで、どう切り詰めても一日一食食べれるかという風になってきました。
 わたくしたちは精神的にも追い詰められていました。
 そんな、時でした。


 あれはわたくしが森で狩りをしていた時でした。
 わたくしの頭の中に何か・・が駆け巡りました。
 わたくしの視界がくらりと揺れ、手に持っていた大事な獲物を落としてしまいました。
 崩れるように膝をつき、呻きながら頭を抱えて体を丸めます。
 服が泥でひどく汚れましたが、わたくしはそんなこと気に留める余裕はありませんでした。

 なぜならば、わたくしがみたのはことわりだったからです。

 この世界のことわり
 それは、数百年ごとに魔王という絶対的な悪を作って、勇者という希望で打ち砕く。
 一つの共通の敵を持つこと。それにあらがう力があること。
 それが人間同士の戦いを阻止し、人間の繁栄につながるのです。

 それは神が定めた絶対的なことわり
 わたくしはそのことわりの一部でした。

 同時にわたくしはました。
 今の、この国の状況を。

 この国の状況は思っている以上に悪いものでした。
 王宮では王族貴族がふんぞり返ってまだ隣国は滅ぼせぬのか、と贅沢を凝らした料理を食べています。
 わたくしたちの国の兵士たちは長年の戦争に疲弊しきっています。
 すでに限界なのです。
 それでも彼らは戦争をやめません。
 家畜のような奴らが神に選ばれた存在である自分たちに服従しないとは生意気な、と勝手な理論を述べては戦争を続けます。

 きっとわたくしの領民たちもまた、徴兵に出されるでしょう。
 次はお兄様やお父様も行ってしまうかもしれません。

 だから、だから―――

 わたくしが行かないという選択肢はありませんでした。

 そのことわりはとても、とても残酷で、それでもわたくしはことわりからは逃げられようがないことが分かって、気づくと涙を流していました。

 わたくしは、その日から魔物使いになりました。








 何日経って、予言者と名乗る方がわたくしを迎えに来ました。
 わたくしは家族や使用人、領民たちと別れるのは悲しかったのですが、いつものように森に狩りに出かけ、そして、死亡を偽装しました。

 ここを発つからには死んだことと同じです。
 ほかの仲間たちもそうしてきたそうです。

 だから、大丈夫です。
 わたくしは大丈夫です。

 いってきます。
 ―――さようなら。










 わたくしが仲間と行動を共にするようになってひと月、わたくしたちは魔王となる人の村の近くまで来ました。
 この一か月、いろんな国を見て回りましたが、いかに自分の国が凄惨であるか知りました。
 戦争をしていないこの国では満足に食べ物がいきわたり、飢えに困る人はいません。
 家族が戦争に行き、心配に胸を焦がすことはありません。

 ―――魔王はそんな国の女の子でした。




 わたくし達はいつもの通り新しい仲間を迎えに行こうと森を通ると、彼女が住んでいるはずの村のほうからわたくしと同じ年くらいの女の子が歩いてきました。
 彼女は美しい人が多いといわれる貴族の中では普通ですが、それでも平民にしては綺麗といえるような顔だちをしていて、平民が着るシンプルなワンピースがよく似合っていました。
 彼女は何も言わずに私たちのほうに寄り、そして、立ち止まると、にこりと綺麗に笑いました。

 そして言いました。
 私が魔王よ、よろしく、と。

 その時、わたくしは悟りました。
 ああ、彼女が魔王だ、と。
 そして感じたのは言いようのない恐怖。
 それは本能といわれるものでしょうか。
 体の内から何かが沸き上がってきて、わたくしの頭のてっぺんから足の爪の先まで全てに訴えかけていました。
 彼女に逆らうな、と。
 ですが、そんな警告が体中から響いていなくともわたくしは彼女に逆らうことができないでしょう。
 見ただけでわかりました。
 彼女には、魔王には絶対に敵わない、と。

 これからなにがわたくしを待っていかはすでに分かり切っているのに、魔王に逆らうだなんてありえないはずなのに、わたくしはなぜか彼女からは逃げられないと体を震わせました。












 魔王の力で魔王城に着いてからわたくしたちがしたことは魔王領の近隣の村をどの国とも関係なく襲うことでした。

 わたくしの力は魔物を操ることです。
 これはわたくしと魔王にしかできません。
 だから、村を襲撃するのに必ずわたくしは足を運びました。

 故郷で飼っていた、家族のように大切だった動物たちと同じように命令をします。
 蹂躙せよ、と。

 魔物たちにはっきりとした意思があるかはわかりませんが、それでも過ごすうちに少しずつ懐いてきたようにみえるあの子たちにこんな命令をするのは辛かったです。
 しかし、次の瞬間、わたくしの思考はそれを考えられないくらいに違うことに飲み込まれました。
 それは、目の前の光景です。

 わたくしたちは大魔術師の力で空から高みの見物のようにその村を眺めていました。
 その光景は凄惨でした。
 どこもかしこも悲鳴が響き、色は赤で染まっていました。
 人が当たり前に通っていたであろう道には人の内臓が広がり、ついさっきまで人が住んでいたであろう家々は魔物たちに踏み荒らされ、赤く燃えていました。

 初めて見る、戦場でした。
 戦場とは言っても、あの子魔物たちと戦える人はいませんでしたが。

 わたくしは空中にいるにも変わらず、その姿が見ていられなくて胃の中をのものをすべて吐き出してしまいました。
 自分の罪の重さに耐えきれず、涙も堰を切ったようにあふれ出します。
 すぐにわたくしと同じく青い顔をした魔導士が魔王城に送り返してくれましたが、それでもなお、収まりませんでした。
 次々と他の人も戻ってきます。
 どうやら魔王が送り返してくれたみたいでした。
 結局、魔王と予言者以外はみんな戻ってきてしまいました。
 みんな口元に手を抑え、涙を流しています。
 鼻には先ほどまで漂っていた人の焼けるにおいがこびり付いていて離れてくれません。

 犠牲絶望があることで、人々は協力し、戦争をやめ、一体となって勇者希望に未来を託す。

 それがことわりでわたくしが見たことです。
 わかっていたはずでした。
 ちゃんと、わかっていたはずです。

 でも、でも、本当にこう・・じゃないといけないのでしょうか?
 わたくしはこれ・・を続けないといけないのでしょうか?

 先ほど見た光景が自分にとって衝撃的過ぎて、そんな疑問がめまいがする頭の中にぐるぐると湧いて出ます。
 息が苦しくて、それ以上に胸が苦しくて、涙を流し続けてもそれは止まることはありませんでした。



 わたくしが目覚めると、そこは自室の大きなベッドの上でした。
 いつの間にか意識を失ってしまったわたくしを誰かが運んでくれたみたいです。
 外はもう暗く、月明かりがわたくしの大好きな家族が住んでいるあの屋敷の自分の部屋よりもずっと大きなそこをただただ、照らしていました。

 わたくしはふかふかなベッドから降りるとがらんとした部屋を眺めました。
 広い部屋。豪華な調度。かわいいドレス。綺麗な宝石。
 なんでもそろった部屋です。
 わたくしの国の王族ですら手にできないような宝石もありました。

 でも、そこはなにもありませんでした。
 ―――わたくしの求めるものはなにも、一つとして。

 わたくしは床に足を崩すと、何をするでもなく、ただ溢れ出るなにかが美しいカーペットにシミを作るのを眺めました。





 それからは鬱々と誰かの死にゆくさまを見続けました。
 そんなことがありながらも精神が保てたのは一緒にいてくれた皆さんのおかげでしょうか。
 みんなと未来の話をすることで、自分がしている行いが家族や友人、領民たちの幸せに繋がっていると言い聞かせることで自分を頑張って正当化させました。

 これは正しいことなんだ、と。

 わたくしがあの子魔物たちに殺させた人はもう、わたくしのいた領地に人口を優に超えているでしょう。
 それでも、自分の愛する人々が死ぬことになるのなるよりは、と自分を叱咤し、それ・・を続けました。





 ある日、わたくしたちが魔王城に来てからひと月くらいたったころ。
 その日は久しぶりにどこにも行かずに皆で休んでいました。

 魔王城にある談話室は広く、わたくしたちは各々好きなことをしていました。
 男性方はボードゲームを。
 わたくしたち女性は予言者と一緒にお菓子をつまみながらお話を。
 魔王は、静かに魔導書を読んでいました。

 わたくしたちは出会ってまだそんなに経っていません。
 一緒に旅する中、お互いを知っていきましたが、それでも知らない面はたくさんあります。
 なので、わたくしたちはそれぞれ自分の故郷のことや家族のことを話していました。
 わたくしも悲しくもありますが、自分の境遇を話し、この場所へは家族や領民たちを守るために来た、とゆっくりながらも少しずつ話しました。
 ここに来たことは納得したつもりでしたが、それでも心は認めきれていなかったようで、いつの間にか涙を流していました。
 それを見た仲間たちは私の背中をさすり、慰めてくれました。

 予言者はその時、わたくしの家族たちはこの戦いが終わったらどうなるかを笑って教えてくれました。
 わたくしは兄の結婚相手を聞いてやっぱりかと思ったり、使用人の一人に子供が生まれると聞いたり、いつも遊んでくれた彼女は商売で大成することを聞いたりとそれを聞いてうれしくなりました。
 そんな未来があるなら、と思えたからです。

 途中から男性方も混ざって話していましたが、魔王だけは一貫して一人で読書を続けていました。
 そして、皆の話と未来の話がひと段落し、予言者は笑って近くにいた魔王に尋ねました。
 君はなぜ魔王になったんだい、と。

 魔王は皆が自分がこれから生きる理由を語った日以来、自分のことを語ることはほとんどしませんでした。
 だから、今回も何も言わないと思ったのです。

 しかし、魔王は魔導書をゆっくり閉じると言いました。
 花を象った真っ白な仮面の奥から。
 勇者を、彼を幸せにしたい、と。
 そのためには自分はどうでもいい、と。
 魔王が言ったのはたった二言だけ。
 たった、それだけでした。

 その言葉に、わたくしの心の奥で何かがジワリと湧いてきたのは、気のせいだと思うことにしました。









 それからずっと、わたくしたちは活動をつづけました。
 魔王が参加したのは最初の半年だけで、あとはわたくしたちだけで行動することが多くなりました。
 慣れたくないのに、漂う人の血肉のにおいが、耳の奥に突き刺さる咲くような悲鳴が、もう、当たり前のことになっていました。
 だけどある日、わたくしの中で限界が来ました。

 ―――それは、わたくしが、わたくし自身が人を、さっきまで動いていた人を殺してしまったからです。

 いつも油断しているつもりはありませんでした。
 あの子魔物たちに指示を出して、自分はその様子を警戒しながらも見届けていました。
 なのに、後ろから来た人の気配に気づかなかったのです。
 度重なる寝不足のせいでしょうか?
 理由ははっきりとわかりません。
 でも、いつの間にか一人の男の人がわたくしの後ろで剣を振り上げていて、驚いたわたくしは咄嗟に短剣に手をかけていて、気づいたら何か温かいものをかぶっていました。

 ぬるりと少し粘度のある赤いそれ・・

 まだ生温かいそれ・・はわたくしの頬を伝い、ぽたりと地面の赤い水たまりに混じって溶けていきました。
 目の焦点が合わず、目お前に何か大きなもの・・・・・・・があるのに、それがなんだか認識できず、息は苦しくなって、思いっきり叫びをあげたのどからは鉄の味がしました。
 それはわたくしのか、それとも―――



 気づくと魔王城の自室のベッドの上にいました。
 相変わらずその寝心地はよくて、ふわふわしているのに、わたくしの気分は浮いてきません。
 自分で、自分の手で人を殺してしまった、あの感触が、剣から伝わってきた肉を切る感触が、生々しく思い出せて、震えが止まりません。

 わたくしは、わたくしは―――

 突然ガタリ、と音が聞こえ、わたくしは重い体をのろのろと持ち上げ、ベッドのカーテンを引きました。
 すると、そこには思いもよらぬ人がいました。

 ―――魔王、でした。

 わたくしが驚いて魔王を見ると、ごめん、起こしちゃったかなと真っ白な仮面を通して言いました
 わたくしが目を見開いて今の状況を信じれないままでしたが、魔王は少し様子を見に来ただけだから、と続けました。

 なん、で。
 わたくしの口からポロリとこぼれます。
 だって、魔王は今までわたくしたちとは距離を置いていました。 
 だから、だから、心配したからと言ってこんなところに来るような人じゃないのです。

 魔王は言いました。
 明日は私が代わるね、と。

 混乱していたわたくしに、その言葉が響くと、何かが、今まで心の奥底でずっとくすぶっていたのに無視してきた何かが、その時、はっきりと―――

 なら全部代わってよ、とわたくしの口から出たその声はあまりにも冷たくて、自分でも驚きました。
 それでも、堰を切ったようにわたくしの口は動き続けました。

 なぜわたくしがこんなことをしないといけないの?
 なぜあなたはわたくしより幸せなの?
 わたくしはこんなにつらいのに、こんなに死ぬのが怖いのに、こんなに殺すのが怖いのに、なぜ今まで幸せに生きてきたあなたは今も幸せでいられるの?
 家族がいて、恋人がいて、戦争のない国に住んでいて、それでいて、最後は恋人の下で死ねる。
 こんなの不公平だわ。
 わたくしは逃げようと思っても、あなたが怖くて、あなたに逆らえなくて、それもできなくて、明日が恐ろしくて、辛くて仕方がなくて……!
 お父様やお母様、お兄様たちやお姉さまと、みんなと会いたい!!
 死にたくない!!
 あなたが自分の恋人に殺されるのが幸せなら、それがあなたの幸せなら、あなただけが死ねばいいじゃない!!

 叫ぶように、懇願するように、涙を流しながらわたくしは心の奥底にあったものを吐き出していきました。
 今まで考えたこともないようなことが口から出ても、それを止めるすべはなくて、言い切った後に魔王がごめん、と小さく零したのがまたわたくしの心を揺さぶりました。

 そんな仮面をかぶって、わたくしたちと距離をとって、いつもすべて隠しているあなたの謝罪なんか意味がないわ! とわたくしは手を大きく振りました。
 思ったよりも魔王が近かったからか、その指先が仮面にあたって、支えのないそれはいとも簡単に外れました。

 カラン、と乾いた音が静かな部屋によく響きました。
 雲が隠していた月が顔を出し、暗い部屋の中をその明るい光で照らします。
 そして、わたくしは初めて会った日から見ていない魔王の顔を、彼女の顔を、はっきりと見ました。
 貴族の美しい顔を見てきた私にとっては平民にしてはきれいだと思う顔立ち。
 だけど、だけど、その顔は前とは全く違いました。

 目の下には濃い隈。
 その周りは真っ赤に腫れていて、少し瘦せた頬には涙が伝った跡がありました。

 ごめん、と彼女はまたこぼしました。
 そして、一筋の涙が白い頬を伝い、美しいカーペットにシミを作りました。

 ―――辛く、ないわけがなかった。

 震える手を叱咤して、彼女の顔に触れると、覚えたばかりの回復魔法で彼女を癒します。
 今にも倒れそうな彼女に、なにか、せずにはいられませんでした。

 彼女はわたくしの手から淡い光が灯ったのを見ると、ありがとう、と言ってその手を包み込みました。
 そして彼女はへらりと笑っていいました。
 いつからか眠れないから、回復魔法をかけても意味がないんだ、と。

 その笑顔は精一杯作ったことがよくわかって、口元が震えているのがわかって、わたくしは思わず彼女にごめんなさい、と謝っていました。
 彼女も辛くないはずがありませんでした。
 死ぬのが怖くないはずがありませんでした。
 でも、彼女はわたくしたちの中で頂点でなければならなかったのです。
 わたくしたちがことわり通りに動くようにしなければならなかったのです。
 絶対的な強者でなければ。

 だから、だから彼女は自分の悲しみをすべて仮面の下に隠してしまったのでしょう。

 でも、彼女も同じでした。
 わたくしと同じただの普通の女の子でした。
 仮面をとってしまえば、彼女は魔王ではなく、一人の女の子でした。
 なのに、なのに、わたくしは―――

 ごめんなさい、とまた勝手に口が動きました。

 それはさっきの言葉に対する謝罪でしょうか?
 それともそう思ってしまったことに関する謝罪でしょうか?
 いえ、両方かもしれません。

 わたくしは謝らずにはいれませんでした。
 ごめんなさい、ごめんなさい、と涙を零して、何度も何度もさっきとは違った意味で泣き叫びます。

 自分だけだと悲観してきました。
 なぜ自分だけこんなに不幸なんだと。
 けれど、わたくしだけじゃありませんでした。
 それはわたくしだけじゃ、なかったのです。

 彼女だって家族に、恋人に会いたいはずです。
 こんな役目放り出して、逃げてしまいたいはずです。
 恋人にだって、―――殺されたくないはず、です。

 でも、でも、それをしないのは、彼女が、わたくしたちが、ことわりの一部だからでしょう。

 そんな、強く見えるのに、弱い彼女を、わたくしはこのままにしておけない。
 彼女だけでは死なせない。
 わたくしはことわりの一部でしたが、ことわりではなく、家族のために、領民の皆のために、そして、彼女のために死にましょう。

 わたくしは彼女に言いました。
 泣いてもいいんだよ、と。
 私はもう、逃げないから。
 悲しかったら泣いてもいいんだよ。

 その言葉を聞いた彼女は、一瞬顔をゆがめ、そして涙を流しました。
 わたくしはその涙を、月明かりを反射してきらめくその涙を、世界で一番きれいだな、と場違いながら思いました。
 泣きじゃくる彼女を、わたくしは胸に抱きこんでいつまでもいつまでもその背中をさすってあげました。









 それから二年。
 わたくしたちはいい、友人になれたと思います。
 わたくしは彼女には母がいなくて父を支えながら小さい弟の面倒を見たこと、恋人は幼馴染であること、前は癒術師であったことなどをたくさん聞きました。
 わたくしも優しい両親や兄弟、それから領民たちのことで楽しかったことをいっぱい話しました。
 彼女は相変わらず仮面を外すことはほとんどありませんでしたが、それでも、笑い声はとても楽しそうでした。


 だけど、わたくしの番が回ってきました。
 わたくしは魔物を操るために順番は最後から数えたほうが早いほう。

 魔王城を出るときに、彼女に言いました。
 いってきます、と。

 彼女は手を振って、行ってらっしゃい、と返してくれました。


 わたくしがそれから見たのはずいぶん懐いてきたように思えるあの子魔物たちが勇者たちに殺される様。
 勇者は一刻も早く魔王を倒したいっていうのが分かって、わたくしは愛されているわたくしの大切な友人にまた、ちょっぴり嫉妬してしまいます。

 でも、死にましょう。
 嫉妬してしまっても、彼女はわたくしの大事な魔王様で、そして、友です。
 あなただけに辛いものを負わせたりはしません。
 これは、あの時の謝罪がすべてではありません。
 わたくしは、望んで友と命運を共にするのです。

 さようなら、わたくしの最後の大切な、大切な―――




















 白い空間でした。
 上も下も右も左もどこかしこも白くて、自分がどこにいるのかわかりません。
 わたくしはそんな中、ふわふわと浮いていました。
 自分が何者かさえわかりません。

 しかし、そこにいなければいけない気がしました。
 わたくしは待っていなければいけない気がしました。
 思い出せもしない、誰かを。

 そして、気が付くとわたくしの前に彼女はいました。

 ああ、そうでした。
 なぜ忘れていたのでしょうか。
 少し、笑いがこみ上げます。

 そんなわたくしを彼女も笑って見ていました。

 そしてわたくしは言いました。
 満面の笑みで。

 お疲れさま、と。








*

彼女もなかなか天野の中では難産でした。

たった15歳の普通の少女が突然理に死ねといわれ、それを認めたくなくても認めざる終えなくて、でも心の底ではいつでも逃げたくて、だけど、それも魔王が本能的に怖くてできない。
自分は戦争で苦しんでいたのに、戦争のなかった国の魔王は幸せで恋人に殺してもらえるのも幸せで、と見当違いな嫉妬をしてきました。
ずっとずっと心に閉じ込めてきたものが堰を切ったけど、実際自分だけじゃなかったことを知ります。
彼女もテレーゼと同じ年ですからね。
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