彼は勇者だから、彼女は魔王だから、

千羊

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彼らのはなし

オレは父親なのに、

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 妻が亡くなった日、あの日、オレは人生で二番目に泣いたと思う。
 妻はオレの光だった。



 オレは幼いころに両親を亡くしたせいか、表情のほとんど変わらない子供だった。
 村の子供たちはそんなオレを見て気味が悪いと近寄ろうとしなかった。
 だが、ある少女だけはそんなオレを見てもそう思わなかったみたいで、何度も何度も話しかけてくれた。

 少女は言った。
 周りなんて気にしなくていいの。
 嬉しくなったら笑えばいいのよ、と。

 まるで、オレの心を見透かしたような言葉だった。
 オレは両親が亡くなってから、祖父母に、伯母家族に、村人たちに、迷惑をかけまい、と絶対に泣き顔を見せないようにした。
 本当は優しかった両親がいなくなってとても、とても悲しかった。
 でも、オレが泣いてもみんなが困るだけだと思って、その感情は心の奥にぐっと押し込めた。
 そのせいだろうか。
 いつしかオレの表情がなくなったのは。
 嬉しくても笑えない。
 悲しくても泣けない。
 怒っても声を荒げることもない。

 そんなオレだったからこそ、その少女の言葉は胸を打つような衝撃があった。
 オレは心が温かくなって、徐々に彼女の前だけは自分の感情を正直に表せるようになった。

 その少女はとある行商人の娘で、年に数度しか村を訪れなかった。
 小さかったオレは最初は自分に付きまとう彼女を鬱陶しいと思ったが、いつの間にか彼女が次はいつやってくるか待ちわびるようになった。

 ―――そして、少女はいつしか、オレの妻になった。



 妻になった彼女との日々は、幸せ、という言葉でしか表せない。
 妻と過ごす時間は何もかもが幸せだった。
 一緒に起きて、一緒に食事をして、仕事に送り出してもらって、帰りを出迎えてもらって、一緒に食事をして、一緒に寝る。
 毎日がそれだったけど、オレにとってはそれだけでも幸せだった。
 結婚してから数年後には娘も息子もでき、本当に、本当に、幸せ、だった。

 だから、妻がなくなった時、オレの中には絶望しかなかった。

 もう開かない瞼。
 冷たい肌。
 笑うことのない口元。

 ああ、君はオレを置いて行ってしまった。
 オレを、一人にしないでくれ。
 一人にするなら、オレも連れて行ってくれ。
 オレは君がいないと、君がいないと――――

 オレは途方に暮れていた。
 もう、何もかもがどうでもよくなっていた。
 しかし、急に後ろからオレの身体に衝撃が走った。
 妻の棺桶の前でひざまずいていたオレが振り向くと、そこには息子を背負った娘がいた。
 昔の妻にそっくりな娘は笑って言った。
 お父さん、悲しかったら泣いていいんだよ、と。
 娘は笑っていたが、目の下は真っ赤に腫れていた。
 それがまるで、昔の妻みたいで、寂しくて、悲しくて、でも、妻そっくりな娘が愛おしくて、涙が堰を切ったように流れ落ちた。

 ああ、ごめんな。
 オレはまだそっちには行けない。
 娘と息子をお前の分まで愛すまではいけない。
 もう少し、待っていてくれ。
 少しのお別れだ。

 そう別れを告げて、オレは静かに涙を流しながら火にされる妻を見送った。







 それからの日々は妻がいなくなったが、幸せだった。
 頑張る娘と日々成長していく息子。
 二人を見るだけでオレは幸せだった。

 だが、気になることがあった。
 娘が家事、掃除、そして、息子の面倒まですべてこなしていることだ。
 並みの5歳児にできることではないが、娘は何かに憑りつかれたかのように一日中何かをしていた。
 オレが手伝おうとすると、娘は言った。
 お父さんは疲れているから、私が全部やるよ、と。
 そういって娘は手を出すオレをわざわざ部屋から追い出してまでして自分ですべてやっていた。
 普段強がっている娘が実は夜中に泣いていることを知っているけど、不器用なオレにはかける言葉が見つからなくて、それ以上は何もできなかった。
 でも、オレは何かしてあげたくて、考えて、考えて、そしてある日、隣の家に越してきた幼馴染の息子を見つけた。

 その日は職場仲間に早く帰るようにと言われ、いつもよりも早く帰宅した。
 オレは考え事があると一つのことに打ち込むようになる性分のようで、同僚が鬼気迫る顔で鍛冶仕事をしていたのが怖いから早く帰れと言われてしまったのだ。
 鬼の形相で鉄を打っていたとそいつにいわれた。
 確かにオレの顔は万人受けするようにかっこよくない。
 どちらかと言えば小さい子供に泣かれるような容姿であるが、鬼とはひどいと思う。
 これでも、村一番といわれた娘よりもかわいいといわれた女の子を妻に迎えたんだ。
 それに、妻に似た可愛い娘はオレの顔を好きと言ってくれる。
 怖くはないはず、だ。
 そう思って自分の顔を確かめるように触ると、ちょうどそいつを家の近くで見つけたのだ。
 最近隣に越してきた幼馴染の息子だ。

 そいつはオレの家の小さな庭をじっと睨んでいた。
 そこでは息子を背負って洗濯物を干す娘の姿が見えた。
 一瞬娘が顔を上げ、二人は目が合ったようだ。
 すると、そいつは手を振って、そして作業に戻った娘を見てため息をついた。
 オレはこいつもオレと同じ気持ちじゃないか、となんとなく思った。
 娘に振った手は実は手を出して手伝おうと思ったんじゃないか、と。

 だからオレは言った。
 娘がどう見えるか、と。

 するとそいつは言った。
 すごい弱いのに、すごい強い子だ、と。

 ああ、やっぱり、と思った。
 同時に、こいつならできるのではないか、とも。
 だから悔しいが、オレはそいつに娘を託した。
 不器用で、不甲斐ないオレにはできなかったことだ。
 娘を悲しみから解放することを、彼に。

 次の日、家に帰ると、娘は目を真っ赤に腫らしていたけど、とてもすっきりした表情になっていた。
 一緒に夕飯を作るのは、楽しかった。







 妻が亡くなって、オレは一人で娘と息子を育てられることができるか心配だったが、隣家の幼馴染と協力することで立派に育った。
 娘も息子もどこに出しても恥ずかしくないくらいにいい子に。

 娘は最初の職業ジョブ選択で癒術士を選び、村の診療所で毎日人のためになるようにと頑張っている。
 相当腕がいいのか、娘の癒術を頼って近隣の村から患者が来るほどだ。
 器用に包帯を巻きながら笑顔で治療してくれるのも人気である理由でもある。
 年頃である娘に治療してもらいたくて、小さなケガなのに診療所に行く者もいる。
 そんな娘は幼馴染の息子と仲を深めていき、今では村公認の恋人だ。
 しかし、まだ二人は想いを交し合っていないらしい。
 まあ、まだ娘をそいつに渡す気はないが。

 息子も最初の職業ジョブ選択で細工師を選び、今では親方に小物を任せられるようになってきたらしい。
 不器用なオレと違って息子は昔から手先が器用だった。
 どうやら器用なところは妻に似たようだ。
 だから、ぴったりな職業だと思う。
 夜中に姉のために、と小さな装飾品を作っているところを見かけたときは、娘のために、と妻が夜中に服を縫っていたのと重なって、やっぱり親子なんだと思った。

 本当に二人はオレの自慢の娘と息子だ。








 しかし、ことは娘が15になったときに起こった。
 幼馴染の息子が勇者に転職した。
 勇者とは数百年に一度現れる魔王を倒せる唯一の存在だ。
 どこの国に現れるかはわからないが、魔王が復活してすぐにその時代で一番勇者としてふさわしいものが選ばれ、魔王を倒しに行く。
 魔王を倒せるのは勇者しか使えない剣だけだそうだ。
 つまり、勇者になったそいつは村を離れなければいけなくなったのだ。

 そのことを語る娘の顔は、笑って、いた。
 本当にうれしそうだった。
 妻と瓜二つになってきた娘は満面の笑みだった。
 その時は。

 オレはわかった。
 娘が辛いのを隠しているな、と。
 行動が物語っていた。
 そいつが出発するまでの期間、なるべく物事を考える時間をなくすように家事をし、診療所に通っていた。
 そして、時折顔を隠しては嗚咽を漏らしていた。
 しかし、娘がその心の内を自分からオレに話してくれることはなかった。
 オレも娘から無理やり聞こうとは思わなかった。


 そして、幼馴染の息子が出発したその晩、ついに娘は固く閉ざしていた口を開けてくれた。
 娘は水を飲んで一呼吸置くと、言った。

 私は魔王に転職した、と。

 最初は娘が何を言っているのかわからなかった。
 魔王とは魔物の中から生まれるといわれる魔物の王のことだ。
 なのに、なぜ娘が自分を魔王になったというのだろう。

 オレの疑問がわかったのか、娘は続けた。
 魔王とは人の争いを止めるために選ばれた人である、と。
 つまり、娘は人の争いを止めるために、数百年ごとに魔王という絶対的な脅威を作って、勇者という希望で打ち砕く、という過程の脅威になることになったのだろう。
 オレの、娘が。

 なぜ、という気持ちしか湧いてこなかった。

 なぜ娘がそんな役回りをしなければならないのか。
 なぜオレたちに関係ない国の争いを止めるために娘が魔王にならないといけないのか。
 なぜオレの娘でなければならなかったのか。

 なぜ、なぜ、なぜ―――

 オレの疑問は尽きることはなくて、同じ疑問も何度も頭の中に流れて、なぜこんな理不尽なことを娘は受け入れないという選択をしなかったのかわからなくて、オレは顔を上げた。
 すると、そこには妻の、いや、娘の顔があった。
 その瞳には決心の色が見えた。
 それは、妻がオレと結婚するのを自分の父親に反対されるのをわかって切り出した時とそっくりだった。
 揺るがぬ意志の瞳。
 オレは、何も言うことができなくなって、ただ、そうか、とだけしか答えられなかった。

 娘は言った。
 魔王領に行って、魔王としての役目を全うしなければならないから、ここを去る、と。

 オレは、何も言えずにうなだれた。
 だが、視界の端に震える体が見えて、それがあまりにも弱弱しくて、顔を上げると娘は泣きそうで、立ち上がって無言で娘を抱きしめた。
 娘はもう15歳で、体つきもいつの間にか大人らしくなっていて、でも細くて、その折れそうなくらい細くて、その細い体でどんなに大きなことを抱えているのかと思うと、自分が不甲斐なくてたまらなかった。
 それでもオレの腕の中からオレを見上げる娘はオレを心配してることが分かって、オレは、娘の意志を変えることができないオレは、俺と息子のことを心配することはないと思って、大丈夫だ、とだけ言った。
 そして、ごめんな、と謝ると涙があふれてきた。

 本当に不甲斐ない父でごめん。
 お前が魔王で在ることを選んだ理由は想像つく。
 失うのが怖いんだろう?
 お前は強くて、そして、人一倍臆病だから。
 オレもわかるよ。
 妻を失ったから、もう失うのが怖い。
 それならばいっそ―――、という気持ちがよくわかる。
 今オレはお前を失うことになるのがとても怖い。
 でも、それがお前が選んだ道ならば、オレはお前を止めないし、止められない。
 本当にごめんな。
 オレは父親なのに、お前を止めないし、止められない。
 本当に、ごめん。

 オレはただ、ただ、オレの服濡らす娘を抱きしめて、咽び泣くことしかできなかった。




 それから娘は魔王領に行くことを息子にも伝えると、餞別に仮面を作ってほしい、といった。
 言葉の裏に、もう会えないことが隠れていたことが分かって、オレは顔を少しゆがめた。
 だが、娘の最後の願いを了承した。

 オレが娘に作ったのは鉄を薄くのばして、できるだけ軽く作った仮面だ。
 顔をすべて覆い隠すそれは、娘が何を隠すために頼んだのかわかって、悲しかった。

 オレが丹精込めて作ったそれを息子が生き生きとした花の細工を施し、白く塗ると、娘はありがとう、と言った。
 その笑顔は本当にきれいだった。

 娘は息子を抱きしめると、オレの近くに寄ってきた。
 オレは娘をぎゅっと抱きしめると、ごめん、とだけまた謝った。
 その言葉しか出てこなかった。
 そして、いろいろ考えた末に、幸せにな、といった。
 娘が、自分の選んだ道を幸せだと思えればいいと思って。
 本当に、こんなことしか言えない父でごめんな。

 そして娘は仮面だけ持つと発って行った。
 娘は魔王になった。








 それからオレが聞いたのは噂だけ。
 魔王が復活したこと。
 たくさんの村を蹂躙したこと。
 勇者にたくさんの配下を差し向けたこと。
 そして、勇者に討たれたこと。

 ―――娘が、死んだこと。


 オレはこの日、人生で一番泣いた。
 娘は、もう、いない。

 オレは、また、光を失った気分になった。





 オレは朗報と謳った新聞を握りしめると、息子に言った。
 姉が死んだ、と。

 息子は顔を歪めて、ただ、立ちすくんでいた。








 オレと息子の生活は、娘がいなくなっても続いていた。
 続かないでほしいと思っても、日は昇り、オレは仕事に行き、日が沈むころに帰る。
 三年半前から娘が料理を作っているときに上がっていた竈の煙は家からは上がらない。
 今日も静かな家だった。

 家事は息子と分担してやっている。
 今日はオレは早く帰宅することができ、料理当番だと思い、台所に向かった。
 すると、ノックの音が聞こえた。
 オレが重い体を動かして、方向転換し、扉を開けると、そこには娘の幼馴染がいた。

 思いつめたような顔をしている娘の幼馴染はこの3年で身長も伸び、筋肉もついて、少し男らしくなっていた。
 そいつの手には赤黒くに染まった、見知った仮面があった。
 オレは突っ立っているそいつを何も言わずに家の中に通すと、椅子をすすめた。

 そして、少し躊躇いながらもそいつは言った。
 彼女は俺が殺しました、と。

 その顔は苦痛でゆがみ、罪悪感におぼれていた。

 しかし、オレは一言だけ言った。
 そうか、と。

 すると、そいつは表情を崩し、なぜ、と言いつのった。
 自分は彼女を殺したのに、彼女を殺してしまったのに、なんで、なんで、みんな喜ぶんだ。
 なんで、俺が英雄となっているんだ、と。

 その声はオレを責め、同時に自分自身を責めているようだった。
 いや、きっと責めている。
 何も言わない、オレを。
 そして、何も言われない、自分を。

 娘が殺されたと知って怒らない親はいないだろう。
 こいつはオレが娘を愛していたと知っている。
 だったら、なおさら激高してこいつに何か言うと思うだろう。
 でも、オレは何も言わなかったから、ただこいつの言葉を受け入れたから、こいつはオレを責めているのだ。

 だが、オレはこいつを責める気はない。
 その資格も、ない。
 オレは娘を止めず、見殺しにしたようなものだから。

 だからオレは言った。
 娘が死ぬことはもうわかっていたから、娘もオレもやるべきことを全うしたから、と。

 娘は自分の選んだ道を全うした。
 そして、オレは娘の最後の願いをかなえ、送り出すということを全うした。
 だからオレがこいつを責め立てる必要はない。

 そう思って、ぽつぽつと言葉を重ねると、あいつは急に立ち上がって去っていった。
 ごめんなさい、と小さくこぼして。

 オレも返した。
 ごめんな、と。

 それはこいつに対してでもあり、娘に対してもだ。
 本当にごめん。

 何もしなかった。
 何もできなかった。

 オレは失う恐怖にとらわれるだけで、何も、何も―――


 オレはあの日、娘を止めればよかったのだろうか?
 自分を犠牲にする娘を無理やりにでも引き止めて、この村につなぎとめておけばよかったのだろうか?
 娘が望まないとわかっていても、その意志を貫き通すのを阻止すればよかったのだろうか?

 ―――ああ、何が正解だったのだろう。

 オレは天井を見上げた。
 頬を伝う何かが首筋を濡らす。
 オレは目がつぶれるかと思うくらいきつく瞑った。

 娘はオレの光になっていたのに。

 ごめん、ごめんな。



 オレの涙は枯れることなくさめざめと流れ続けた。








*

作者的に結構難産だった父視点。

納得できないことを無理やり納得させて、娘の望むことだからと見送ったけど、それが良かったのか、正しかったのかは誰にもわかりません。
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