彼は勇者だから、彼女は魔王だから、

千羊

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彼らのはなし

僕は弟なのに、

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 姉は僕の母代わりだった。
 母代わりと言っても、年齢は五歳しか変わらない。
 でも、僕が生まれてすぐに亡くなってしまった母の代わりに姉は僕の面倒を見てくれた。
 五歳の小さな子供が赤ん坊の世話と家事をほとんどやっていたなんていつ考えても信じられないけれど、しっかり者の姉ならやって見せてしまったんだろうと思う。
 僕が小さいころに覚えていることと言ったら、転んで膝が痛くて泣いてしまった時にすぐに姉が駆けつけくれたことだ。
 すぐに僕を立たせて、大丈夫だよって涙を拭って頭を撫でてくれて、姉がいることで安心した僕は涙が引っ込んで、姉は笑いながらおぶって家まで連れて帰ってくれた。
 確か、そんなことがあった。
 はっきり覚えているのはそれくらいで、ほかはうっすらとしか思い出せない。
 だけど、僕はきちんと大きく育ったのだから、小さい頃の自分の時間を犠牲にして僕の面倒を見てくれた姉には感謝するばかりだ。


 そんな姉には幼馴染がいる。
 隣の家に住んでいて、顔を見ない日はないくらい毎日家に遊びに来た。
 僕が小さかった頃は姉が家事をしている間に森に連れて行ってくれたり、よく遊んでくれて、本当の兄のような存在だった。

 姉の幼馴染は姉と一緒にいるときはいつも幸せそうだった。
 姉もそうで、幼馴染が来ているときは不器用なのに、奮って料理を作った。
 姉の不器用具合は半端なく、料理の味の振れ幅がとても大きかった。
 成功した日はお店で食べる下手な料理よりもおいしいのに、失敗した日ははっきり言って、酷い。
 僕が一番印象に残っているのは、普通の野菜スープであるはずなのに、甘くて、すっぱくて、苦かった時だ。
 それに、なんかドロッとしていた。
 どうすればそんな見た目と味になるのか理解ができなかった。
 姉もなぜそうなったかわからないようで、自分で作った料理に首を傾げていた。
 失敗したときの料理を食べられるのは父と姉の幼馴染だけだ。
 作った本人でさえ断念する料理を平らげてしまう二人は素直にすごいと思う。
 同時に僕が小さいころ、失敗した日は自分の料理は諦めて、幼馴染の母親が作った料理を与えてくれた姉には感謝だ。
 僕があの料理を食べていたら、きっと普通の味覚はなくなっていただろう。
 こんな時こそしっかり者の姉で本当に良かったと思う。

 姉の不器用さは料理だけでなかった。
 裁縫も得意じゃなかったし、花を育ててもすぐに枯らしたし、他にも生活に必要な小物を作ろうとしていつも歪なオブジェを作った。
 部屋の隅に置いてある、僕のために作られた赤ん坊用の椅子らしきものは座る部分が斜めっていて、おしりを載せたら滑り落ちてしまいそうだ。
 手すりも歪んでて、設計図通りに作ったはずなのに、と姉は首を傾げていた。
 だから、僕は手伝いができる年になったら、姉の代わりに細かいことをするようになった。
 頑張って挑戦している姉の腕は上がるどころか退化して言った気がするけれど、僕の手先が器用になっていった。
 姉の癒術は驚くほど凄くて、治療の時は器用なのに、なぜ手先だけは不器用なのかよくわからない。

 でも、姉の幼馴染はそんな姉のことを好いていた。
 二人は凄く仲が良くて、端から見てもお互い想いあっていることが分かったから、将来は本当の兄になるんだろうなって信じて疑わなかった。
 だから、まさかそうならない未来があるだなんて、考えもしなかった。




 それが起きたのは僕が十歳の時だった。
 僕は姉の手伝いをしてきたからか、七歳の時の最初の適性に細工師があった。
 姉の影響だろうな、とその時は乾いた笑いが込み上げたけれど、僕は迷わずそれを選んだ。
 おしゃれなんて全くしない姉に何か着飾れるものを作ってあげられればと思ったからだ。
 そうして、修業を始めてすでに三年の月日が流れたころだった。

 姉の幼馴染が勇者に転職した。
 それは突然のことだった。
 いつも通り、増えてきた魔物を狩りに行った姉の幼馴染は帰ってきたら、勇者に転職したと語ってくれたのだ。
 その時、姉の幼馴染は何か・・を知ったらしい。
 暗い顔で勇者しか魔王を倒すことは出来ないから、と教えてくれた。
 だから、勇者になった姉の幼馴染は泣く泣く村を離れた。

 姉は見送るとき、とても嬉しそうだった。
 少なくとも、僕にはそう見えた。
 それは村の人たちと同じように幼馴染である彼が勇者になって誇らしい身体と一瞬思った。
 だけど、その考えはなんとなく違うな、と数秒後には思えてきた。
 だって、姉は最近、ふとした時に酷く悲しそうな顔をしていたからだ。

 あれは姉の幼馴染が勇者に転職した次の日のことだった。
 姉はいつも通り料理を作っていた。
 台所からはいい香りが漂っていて、今日の夕食は大丈夫そうだと僕が安心していた。
 姉は料理を作っているとき、いつも歌を口ずさむ。
 それは僕は覚えていない母が教えてくれたものらしく、昔から姉は何度も何度も歌ってくれた。
 僕はベッドの脇で姉が歌う子守歌や優しい歌が大好きだった。
 でも、今日はその歌は聞こえなかった。
 僕は不審に思って、台所を覗いた。
 すると、姉は膝を抱えてしゃがみ、顔を隠してうずくまっていた。
 僕は体調が悪くなったのかと思って、駆け寄ろうとしたけれど、鍋の煮立つ音に隠れて小さな嗚咽が聞こえて、足はぴたりと止まった。

 姉は泣いていたのだ。

 僕は初めて姉が泣くところを見た。
 その姿は弱々しくて、小さくうずくまった姉はそのまま地面に溶けてしまいそうだった。
 僕は姉は幼馴染と離れることが本当は嫌なのだとその時やっとはっきりわかって、慰めたいと思ったけれど、初めて自分の目の前で泣く姉に何を言っていいかわからなくて、静かに台所を去った。
 台所の中でも、姉が泣いていたところは隅っこだった。
 きっと誰にも見られたくないだろうと思ったから、僕はそうすることしかできなかった。

 それ以来、泣いたところは見なかったけれど、姉は何かをしているとき、突然手を止めて、一瞬酷く悲しい顔をすると作業に戻る、と言うことが多くなった。
 それは姉が出ていくまで続いた。



 姉は出て行ってしまった。

 姉の幼馴染が出て行ったその日、姉は話がある、と言って父と一緒に食卓に座っていた。
 二人とも神妙な顔つきをしていたから、何かあるのは分かった。
 僕が席に着くと、姉は言った。
 従軍して、魔王領に行く、と。

 僕は突然のことに目を見開いた。
 まさか、そんなことを言うとは思わなかった。
 姉は自分の幼馴染が出発するときに待つ、と言っていた。
 なのに、なぜ魔王領に行くというのだろう。
 たくさんの疑問が浮かんだけれど、二人は答えてくれなかった。
 僕も影を落とす二人の顔に、聞くことはできなかった。

 姉は言った。
 餞別に仮面を作ってほしい、と。

 これもまた唐突だった。
 餞別に何か作るのは構わないし、むしろ僕は自主的に何かしていただろうけど、なぜ仮面なのかがわからなかった。
 普通はお守りのハンカチやアクセサリーだ。
 仮面にする理由がわからなかった。
 でも、やっぱり僕は追及できなくて、それに姉が初めて自分に身につけるものを僕に作ってほしいと頼んだから、了承した。
 今まで何回か姉に腕輪を作ってあげていたけれど、姉は綺麗なのにもったいないと言って付けてくれなかった。
 そのせいで少し姉に対して冷たい態度をとってしまったけど、頼んでくれるなら今度はちゃんとつけてくれるだろう。




 癒術士は後方援護だから、姉に何かあることはない、僕はそう思ってもやっぱり心配で、姉は餞別って言っていたけれど、それが餞別にならないことを願って、仮面に花を彫った。
 金属を彫るのは初めてだったし、大変だったけれど、僕は丹精を込めた。
 姉が自分の幼馴染にもらったリコリスの花を。

 そう時間が過ぎないうちに仮面はできた。
 僕は完成した白い仮面を姉に渡すと、姉はありがとう、と言って、僕を抱きしめた。
 昔は姉は僕をおぶってくれたり、抱きしめてくれたり、寝かしつけてくれたり、キスしてくれたりといっぱいしてくれたけど、流石に7歳になったころには恥ずかしいからやめてもらっていた。
 だから、姉の久しぶりの抱擁だった。
 母を覚えていない僕にとってはそれは一番慣れたもので、香ってくるにおいはとても落ち着いて、少しの間これがなくなると思うと、やっぱり寂しかった。
 姉は僕から体を離すと、僕の額にキスをした。
 キスをする前の表情が、なんだかとても悲しそうで、少しの間離れるだけじゃない気がして、なんだか無性に行かないでと止めたくなった。
 でも、意志の強い姉を止めることなんて僕には到底出来っこなくて、そもそも姉を止められたことなんて昔から一度もなくて、だけど、行かないでと言わなければ後悔する気がした。
 頑張って喉から声を出そうとしたけど、すぐに姉が言葉を放ったことで僕が言いたかったことはついに音になることはなかった。

 姉は言った。
 元気で過ごしてね、と。

 姉はやっぱり悲しそうで、でも、僕はやっぱり何も言えなかった。


 そうして、姉は家を去ってしまった。












 姉がいない間、僕がしたのは姉の花壇の世話だった。
 姉は相変わらず花を育てるのが苦手だったから、姉がいた時でもすでに僕の仕事になっていたけど、帰ってきたときにこの場所が満開だったら喜んでくれるかなって思って。
 僕が手を出したことで花たちの生気が戻ったことを姉はいつも自分が面倒見たいのにと珍しく拗ねていた。
 でも、姉は開花の季節が来ると僕にきれいね、と言ってその花たちを嬉しそうに愛でていた。
 聞いたところによると、母がガーデニングが好きだったらしく、花壇が色とりどりの花で埋め尽くされると母に近くなった気分になれるそうだ。
 だから、自分で育てたいみたいだけど、姉にはどうも向かないみたいだ。
 本当に、なんですぐに枯らしちゃうのか不思議だけれど。

 そうやって、過ごして一年経たないくらい。

 その日も、僕は朝の日課の花壇への水やりをしていた。
 すると、後ろのほうから馬の駆ける音がして、僕は驚いて振り向いた。
 この村では馬を村の中で走らせる人はいないからだ。
 どんどん近づくその姿をよく見ると、そこに乗っているのは騎士と思わしき人だった。
 その馬は僕の家の目の前に来ると、足を止めた。
 そして、その騎士は馬から降りると、姉の名前を出して、ここは姉の家で合っているか、と聞いた。
 僕は何がどうだかわからないまま頷く。

 すると、騎士は姉を出せといった。
 あまつさえ、勇者様の手紙を直々に持ってきてやったんだから早くしろ、と急かした。
 僕が姉はいません、と答えると、そいつは眉を寄せてなぜ呼びに行かないんだと声を低くした。
 この国の誇り高き騎士を待たせるとは云々言っていたけれど、出勤の時間も近かったから、僕はその騎士の言葉を遮って姉は当分帰ってきません、といった。
 騎士はなぜか口をだらしなくぽかんと開けて、なぜだと僕に問うた。
 そんなの姉の幼馴染から聞いているはずなのに知らなかったみたいで、僕が投げやりに戦場に従軍したからと伝えると、騎士は目も見開いてさっきよりも驚きをあらわにした。
 あまりにも驚いているので理由を聞くと、どうやら姉の様子を見てきてくれるよう頼まれていたみたいだった。

 そのことに、僕が驚いた。
 まさか姉が姉の幼馴染に戦場に行くことを言っていないとは思わなかった。
 姉のことだ。
 律儀に伝えているとばかり思っていた。
 だから、姉が従軍することを聞いた時、僕はよく姉の幼馴染が賛成してくれたものだと思ったものだ。
 まあ、賛成してくれなくても姉は自分が決めた限りは行っただろうけれど。

 僕は焦る騎士を落ち着かせると、とりあえず手紙だけはもらうことにした。
 そいつはしぶしぶといった感じに渡してくれて、お詫びに僕から姉の幼馴染への手紙を渡した。
 騎士が姉が従軍したと報告するよりは信憑性があるからだ。

 僕は手紙にこう書いた。
 姉は癒術士として従軍して、村を出た。
 手紙は届いたが、姉は貴方が出てからすぐに村を出たので、読んでいない。
 何も聞いていないようだったので、思わず筆をとってしまった。
 姉の凶報はなく、父が姉は生きていると言っているので、無事であるはずだ、と。

 癒術士として行ったと分かれば、一応後方だからと姉の幼馴染も安心してくれるだろう。
 僕は彼の無事も願って、騎士を見送った。


 それから、手紙はもう届かなかった。











 姉が去ってしまってから、僕はどれほど姉に頼っていたかを知った。
 それは生活面でもそうだし、精神面でも、だ。
 姉はいつも一緒にいてくれたし、相談に乗ってくれたし、何かあれば対処してくれたし、うまくいかないことがあったらそれに気づいて慰めてくれた。
 どれだけ頼っていたかなんて言葉で言い表しようがないくらいだ。
 だから、姉が帰ってきたら少しでも姉が僕を頼れるようにと料理の腕を上げたし、花壇に水をやったし、それから、姉の幼馴染と結婚式を挙げるであろう姉にアクセサリーをいっぱい作った。
 姉はこんなに要らないっていうだろうけれど、心配させたお詫びにつけてと言ったら絶対に毎日身に着けてくれると思う。





 ―――それももう、必要なくなっちゃったけれど。





 その日、村に新聞が届いた。
 魔王討伐の朗報が謳われた号外。
 王都から離れたこの場所に届いたのはそれが成されて一月経ったころ。

 父は言った。
 姉が死んだ、と。

 その時の僕はどんな顔だっただろうか。
 ただ信じられなくて驚いていたかもしれない。

 だって、脳が拒否していた。
 その事実を受け止めるのに。

 姉が、死んだ。
 姉が、死んだ。

 そんなのありえない。

 姉は従軍したといっても癒術士だから、後方だろう?
 腕のいい姉ならばなおさらだ。
 だから、姉が死ぬなんてありえない。

 僕は立ちすくんでいた足を叱咤して父のもとへ向かった。
 父がくしゃりと握っていた新聞を呆然としながらも強く引き抜く。

 新聞を見ても、姉が死んだなんて書いていない。
 そこにはただ、勇者が魔王を討伐した、と書いてあるだけだ。

 ほら、姉が死ぬわけないじゃないか。

 僕は何もかもを否定するように、父にほらね、といった。
 父にはこれを肯定してほしかった。
 でも、父は首を振って涙を流した。

 ―――初めて見る、父の涙だった。

 父は言った。
 姉は魔王だった、と。
 転職していた、と。

 魔王は魔物から生まれた王のはずだ。
 だから、そんなこと信じられるわけない、嘘だ、冗談だと笑い飛ばせる話なのに、涙を流す父の姿がそれが真実だと語っていた。

 姉は、魔王だった。

 魔王だから、勇者に、姉の幼馴染に殺された。

 姉の大好きな幼馴染に。

 そんなの、酷いじゃないか。
 姉は何も悪いことをしていないのに。
 ただ、静かに暮らしていただけなのに。
 大層なことを願ったことはない。
 父と姉と僕と、姉の幼馴染とその母。
 僕たちで幸せに暮らせることを願っていただけなのに。
 ただ、それだけだったのに。



 僕は小さいころからずっと夢があった。
 姉が自分の幼馴染と並んで結婚式を挙げるのを後ろで祝ってあげることだ。
 もちろんつけてもらうのは僕が作った姉に一番似合うアクセサリーだ。
 姉は姉の幼馴染につけてもらったほうが嬉しいかもしれないけれど、この日は僕が手ずからつけさせてもらう。
 それで世界で一番美人な姉にきれいだよって言って、涙に耐えるだろう父を隣で励ましてあげて、一番幸せ者の姉の幼馴染に姉を幸せにしないとすぐに連れ戻すからなと脛を蹴ってあげるんだ。
 姉は珍しくも照れてはにかみながらありがとうって言ってくれて、父はみっともなく鼻をすすって、僕の蹴りを甘んじて受けた姉の幼馴染は当たり前って答えてくれる。
 結婚式では一番盛大に祝ってあげるんだ。

 結婚したらしたで、こんな小さな村だから、たまに遊びに行く。
 姉の幼馴染には邪魔だって言われる日もあるかもしれないけれど、姉は絶対に歓迎してくれるから僕は父の料理がおいしくなかったとか、仕事先で変なことがあったとか、他愛もない話をするんだ。
 姉が料理をふるまってくれるだろうけれど、ハズレだったらもちろん遠慮して、上達してるであろうアクセサリーを置いてまた来るねって去る。
 姉はこんなにアクセサリーがあってもつけていくところがないじゃないって文句を言うだろうけれど、僕は世界一美人だと思う姉にはやっぱりきれいでいてもらいたいから届け続けるんだ。
 それでいつかは甥か姪ができて、僕も結婚して、子供ができたら姉の子たちと遊ばせてあげる。
 きっと姉の子供だから面倒見がいいと思う。
 僕の子供は姉の子供にべったりになるのが目に浮かんだ。
 父はきっと怖いといわれる表情をでれでれに崩して孫たちを甘やかすんだ。
 姉や僕たちに甘やかすのはあまりできていなかったけど、孫になら父もできてしまう気がする。
 そうやって、みんなで、毎日楽しく過ごす。

 そんな日々が、来ると思っていたのになぁ……




 足元が崩れていくようだった。

 姉が、死んだ。

 ああ、あの時の涙は姉の幼馴染が去ってしまう悲しみだけではなかったのだ。
 やっぱり僕はあの時姉を止めるべきだった。
 行かせてはいけなかった。
 姉を止められっこないとわかっていてもその手を引き寄せるべきだった。

 僕は思わず父から取り上げた新聞を床に投げ捨てると、自分の部屋へと駆け込んだ。
 そして、作業机の大切なものを入れておく引き出しを開く。
 そこにあるのは、姉のためのアクセサリー。
 じゃらりと乱暴につかみとると、金属のそれはひどく冷たかった。

 もう、姉はいない。

 心がそのことを飲み込もうとしなくて、何度もはじき出すけれど、でも、頭はそうでないことを理解していて、またその言葉を咀嚼する。

 もう、姉はいない。

 徹夜してまで仕上げたアクセサリーが手からこぼれたけれど、僕はそんなこと構っていられなくて、チリンと床に落ちる音とともに僕も膝を落とした。
 丹精込めて作ったはずのものなのに、それを彩る模様は視界にぼやけて全く見えなかった。

 もう、姉はいないのか……。

 僕の姉。
 僕を育ててくれた世界で一番の姉。

 お礼を一言も言っていないのに。
 毎日ありがとうと言っても足りないくらいの感謝があふれているのに。
 この3年半で姉にどれだけお世話になったかやっと知ったのに。

 僕は弟なのに、何も、何もしてあげられなかった。



 僕の母であった、姉。
 僕の姉であった、姉。


 もう、会えることはない。
 もう、抱きしめてもらえることはない。
 もう、あの大好きな歌を歌ってもらえることはない。
 もう、あの料理を食べることはない。
 もう、花がきれいだと褒めてくれることはない。



 姉さん、姉さん。
 小さい頃みたいに戻ってきてよ。
 戻ってきてあのときみたいに僕のこの涙を拭ってよ。
 胸がはち切れそうなくらい痛くて、痛くて、たまらないんだ。
 姉さんがいないとこの涙が止まらないんだ。

 だから、だから、お願いだ、戻ってきてよ……

 姉さん………





*

まだ13歳の弟。
弟くんはシスコンは入っていると思いますが、小さいころからシングルファザーでずっと支えあってきた家族なので。
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