彼は勇者だから、彼女は魔王だから、

千羊

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ある人々のはなし

帰ってきた息子

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次は魔術師の父視点。

※追記あり

*



 私の息子の話をしよう。
 可愛くて、賢くて、感受性豊かで、綺麗で……、とにかく、全てを兼ね備えて神に愛された息子の話だ。




 息子はとある貴族の娘との間に生まれた。
 それまでの私は親父から引き継いだ事業を繁盛させるのに忙しくて、嫁はおろか、女の気配さえなかった。
 だが、金を貸しているとある貴族が娘をやるから借金をなくせと押し付けてきたのだ。
 もちろん私は家庭を持つよりも商売に人生を捧げる方が楽しかったから拒否した。
 それでもしつこくそいつは自分の娘をこちらに寄越し、結局は護衛の一人がその娘に騙されて私の寝台に忍び込んで、既成事実があると泣かれて結婚せざるおえなくなった。
 もちろん私は襲った記憶はないし、その日は仕事で疲れて泥のように眠ったからその娘が言っていることは嘘だ。
 だがまあ、貴族の噂というのは風よりも早い。
 私は今後の評判を考えて娶らなくてはならなくなったわけだ。

 そんな経緯で結婚した妻だが、私は別に冷遇するつもりはなかった。
 確かに私は恨んでもいいと思うが、せっかく結ばれたのだからと幸せにするつもりでいた。
 だが、妻は私に振り向くことはなかった。
 寝台に忍び込んだ行動力はなんだったと思うくらい大人しく毎日をただただぼうっとして暮らしていた。
 私は何とかこちらに興味を持ってもらおうと商人になって鍛えた話術で面白い話をするが、聞いているのか聞いていないのかわからないような返事がそう、と返ってくるだけだった。
 それは結婚してから数ヶ月、変わらず続いた。

 しかし、ある日、妻が体調不良で倒れた。
 私は慌てて王都でも有数の名医を呼んで検査してもらうと、彼の口から告げられたのは懐妊です、だった。
 驚きに目を見開いた。
 夫婦の契りを結んだのは最初の夜だけ。
 確かに日数的には合致する。
 だが、妻がいるというのに子が出来ることを一度も想像していなかった私は情けないことにただただぽかんと口をだらしなく開けることしかできなかったのだ。

 起きた妻は身篭ったことを聞いて、諦めたようにそう、と呟いただけだった。
 私は喜んでもらえると思ったのに、そうでなかったことに肩を落とした。

 やがて妻のお腹はだんだんと大きくなり、妻の表情は豊かになっていった。
 母親としての気持ちが芽生えたのだろうか。
 そうだとしたら、子供が生まれたら、いい関係が築けるようになる気がした。

 だが子供が生まれると、妻は可愛い息子を見て、また表情をなくしてしまった。
 私たちの関係は変わることはなかった。
 妻は息子のもとに行くことはなく、結婚当初と変わらずただただ外をぼうっと見つめていた。




 妻は息子と交流を持たなかったが、私は違った。
 なぜならば、生まれた息子があまりにもあまりにもあまりにも可愛かったからだ。
 寝ている姿は可愛い。
 起きてこちらに手を伸ばしている姿も言わずもがな可愛い。
 指を咥えている時なんて無条件に可愛い。
 妻には似ていないが瞳の色は同じだし、髪の色は私のとそっくりだ。
 起きて妻と同じ色のクリクリした目で見つめられると息が、胸が苦しくなる。
 自分の語彙力のなさを恨めしく思う。
 とにかく可愛いとしか私には表現できないのだ。
 なんていうかもう、ああ、……全てが可愛い。

 だから、私は仕事を頑張った。
 この子に不自由を絶対にさせないと仕事をし、お金を貯め、貢ぐように何でもしてあげた。
 それでも足りない気がするととにかく仕事に打ち込んだ。
 息子は健やかに育っていると乳母や使用人達に聞いた。
 私は遅く返って寝ている姿しか見れないが、元気に過ごしてくれているならいい。




 息子はすくすくと可愛らしく育っていった。
 最近の報告によると、どうやらとても好奇心旺盛らしい。
 庭では虫を捕まえては乳母に嬉しそうに見せたり、知らないものがあるとすぐに駆け寄るようだ。
 そして護衛は撒けていないというのに屋敷を抜け出したつもりになっては、森で好きなように遊んでいるそうだ。
 私もその様子が見たいが、最近は事業を拡大してしまったのでそんな暇がない。
 ああ、息子を影からでもいいから愛でたい。





 そして、息子は7歳になって魔術師という職業ジョブを選んだ。
 好奇心旺盛な息子はそれから、すっかり魔法に入れ込んでしまった。
 毎日を独自に研究に研究を重ねている。
 一応家庭教師として魔術師を雇ったが、そいつはもう自分に教えることはないと金を受け取って涙を流して去ってしまった。
 どうやら、息子は天才らしい。

 それから息子は研究室を作って欲しいと言った。
 本格的に魔法や魔術具について研究開発をしたいようで、私は二つ返事で了承した。
 研究室に入れるのは最新で最高のものをと大金をはたいて世界で一番と思えるほどのを作ってあげた。
 初めてそこに入った時の息子の嬉しそうな顔と言ったら……、わかるだろうか。
 あの満面の笑みに私は心臓が止まるかと思った。

 これからも仕事を頑張って研究室を充実させていくつもりだ。




 それから息子は研究室に篭ると、研究に明け暮れるようになった。
 息子は研究に没頭すると、周りが見えなくなるたちのようで、何かを考えていると私や使用人たちの声が聞こえなくなるようだ。
 研究室に寝ずに3日連続篭った時は使用人たちも心配して怒ったが、それもおそらく聞こえていない。
 だから、少しでも生活リズムを作るために週に一度は一緒に食事を食べることにした。
 時間を作るのは時には大変だったが、それでも私は息子との交流のために頑張った。
 お蔭で寝ている姿ではなく起きている姿を見れるようになったが、息子は食事中も研究のことを考えているらしく俺の話はきこえていないようだった。
 悲しいことに、食事の場でのやり取りは私が一方的に話すことで毎回終わった。
 ああ、息子の可憐な声を聞きたい……。





 息子はそれからも研究を続け、何個かは商品になった。
 そのお蔭で私の商会は益々繁盛し、忙しくなったが、また研究室に新しい機材を入れられたからよかった。
 息子も嬉しそうにしていた。
 そんな顔も可愛いなぁ。




 息子が成人して数年経ったある日、食事中に息子が思い出したように自分が勇者の仲間に選ばれたと言った。
 確かに先日魔王復活が神殿によって伝えられた。
 だから仲間として選ばれるものがいてもおかしくないが、俺の息子がその一人だとはーーー……、さすが自慢の息子だ。
 私は鼻が高くなって笑った。
 私の可愛い息子はやはり神を見初めるほどであったようだ。
 こんなに可愛いのだから、仕方がない。



 そうして勇者の仲間に選ばれたと自慢の息子を王に紹介した。
 貴族たちはみな、その美しい姿に目を見開いて驚いていた。
 だが、そこで王が息子に気をつけろと言って私は気づいた。
 魔王との戦いに危険があることを。

 なぜ考えが及ばなかったかというと、さすが私の息子だと浮かれていたからだろう。
 過去の自分に呆れてものも言えない。
 私は帰ってからすぐに万全を期すために息子のために沢山の荷物を用意したのだ。

 そして出発の日、私は息子の肩を叩いていった。
 生きて帰って来いよ、と。

 息子は驚いた顔をしながらも頷いて、西の国へと発った。







 魔王は驚異的な損害を人類に及ぼしたが、どうやら息子たちは頑張ってそれらに抵抗しているらしい。
 私の息子がいるのだから当たり前だと思う。

 私は緩む頬を抑えて、速報が書かれた新聞を机に置いた。
 今日は貴族のパーティーに呼ばれている。
 息子が勇者の仲間だからかこういった催しによばれることが多くなった。
 私は服が変ではないか確かめると、馬車に乗り込んだ。

 そうして、そこで私は妻のことを知ったのだった。
 いや、妻は参加していない。
 しかし、知ったのだ。
 今日も外を眺め続ける妻がなぜ、あんな態度であるかを。

 パーティーにいたのは妻の姉だった。
 そしてその顔は、息子とよく似ていた。
 彼女は身体が弱いらしく、パーティーに出ること自体珍しいそうだ。
 今日も久しぶりに参加したらしい。

 私は話しかけられて、挨拶をした。
 最初は妻の姉なのだからと笑っていたが、その内容があまりにも酷くて何度も顔を顰めてしまいそうになった。
 その女の話は妹は愚図だとか、使えないだとか、可愛くもないだとかそういったことだった。
 だから迷惑をかけていないかしら、と言われた時は拳を震わせた。
 息子と似た顔でなかったら手が出ていたかもしれない。

 パーティーを終えると、私は部下に妻のことを聞いた。
 私は結婚当初妻に関する報告を妻の口から聞くからと見ないでいた。
 だから知らなかった。
 彼女が家では姉と比べられ、冷遇されていたと。

 どうやら妻の姉は美姫と言われた彼女の祖母に似ているらしい。
 しかし、妻はそうではなかった。
 おまけに姉の方は要領も愛想も良く、両親には可愛がられた。
 だから私に色仕掛けをしろと言われた時は初めて期待されたと嬉しかったそうだ。
 だが、実際は借金をなくすために売られたようなもの。
 実家からつながりを断たれて心が折れてしまったようだ。
 外を見つめるのはきっと、実家では外に出してもらえず、出た先が自分と思ったもとのは違ったからかもしれない。

 私は報告を見なかったことを後悔した。
 見ていたら無理に仕事を休んで旅行に連れて行くなど、もっと気の利いたことをできたかもしれないのに。
 彼女はそのままがいいかもしれないと思った自分が馬鹿だった。

 だがら、結婚から20年近く経つというのに私は妻を口説いた。
 妻がこれからを幸せに思えるように。








 いつしか息子は帰ってきた。
 魔王を倒すという偉業を成し遂げて。

 だがな、息子よ、私も難攻不落の妻を落とすという偉業を成し遂げたんだ。

 二人で出迎えた時は息子が宝石のような目が溢れるくらい驚いていた。




 帰ってきた息子はどうやら旅の間に色々あったようで、研究に没頭しても周りの声が聞こえるようになった。
 食事は週に一度は必ず妻と私と共にする。
 会話もするようになった。

 私たちは本当の意味で家族になるのは時間がかかったかもしれない。
 けれど、今、息子と妻と一緒に過ごせて私は幸せだ。





*

すごく蛇足ですね。
魔術師がコミュ障になったのは自分のせいでもある。
実は子煩悩な父でした。
だけど、親父は可愛い息子に対して不器用でもあるんですよね。
この話では「生きて帰って来いよ」を切り抜いてますが、実は「私の商売のために~」が前につきますし、仕事しすぎて息子とどう接すればいいか分からない。

魔術師の母親は生まれた子供がコンプレックスの対象である姉にそっくりで拒絶しました。
彼女の過去もそこそこ可哀想で、両親に愛をもらえず、姉が可愛がられるのをいつも遠くから羨ましいと見ていました。
両親の口からは「お前は姉と比べて~」と聞き続けたので、色仕掛けをしろと言われたというのにそれが期待されてると勘違いして実行しました。
そして初めて褒めてもらえると思ったのに、借金がなくなったと実家はすぐに魔術師父と縁を切り、彼女のことを見ることはなかったのです。
自失状態に陥り、とりあえず出来ることは外を眺めることだけ。
実家では軟禁状態だったので、それが日課だったのです。
自分は外の世界に出たはずなのに、姉と同じ場所に行けたはずなのにどうして両親は褒めてくれないの?と悲しみにくれます。
それが変わるかもと思われたのは魔術師を身篭った時ですが、母性が段々芽生えていったというのに、愛おしいという感情を初めて知っていったというのに生まれたのはなんと姉に似た子だった。
いくら腹を痛めて産んだといえど、彼女の姉に対する恐怖や劣等感、嫌悪感などは根深く、それは育ってきた母性を全て掻き消してしまうほどでした。
ですが、魔術師が魔王を倒すまでに口説かれちゃったので、もう大丈夫ですね笑
息子は顔こそ美人ですが、男と言われれば一応分かるくらいには成長しています。
実は髪の色も違いますし、もう彼女の心を抉ることはないでしょう。
魔術師も魔術師で人と接することを学びましたし、きっとこの家族は20年越しに家族になれましたね。

この物語で初めてこんなに軽いものを書いた気がします。
天野が書いている他作品の某お父様と似た子煩悩で書いていて楽しかったです。

明日はまたシリアスっぽいのです。
『落つる涙』お楽しみに。
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