黒焔の保有者

志馬達也

文字の大きさ
上 下
12 / 24
第Ⅲ話

Ⅲ ②

しおりを挟む
 第三演習場。管制塔の左側に位置しており、完全な森となっている。まあ、この学園の位置的にすべての演習場が森というステージになっているが。
 演習場は半径2キロの円の形をしており、俺たちは割り当てられたスタート地点より少しはだけ離れたところにいた。
 うっすらと霧がかかる森の中。そのせいなのか朝の10時という時間になっても肌寒く感じるのは。

『上瀬、準備は良いか?』

 左耳に付けたインカムから、佐久間の声が流れてくる。

「ああ。いつでもいける」

 試験開始の合図はまだ、鳴っていない。が、俺たちは佐久間たちと少し離れたところにいた。
 これは違反じゃないのかとも思ったが、内容的にはギリギリセーフの範囲だそうだ。

『合図が鳴ったら、即座にスタートだ良いな?』
「わかった」

 試験開始まであと5分もない。
 刻々と迫る時間。だが、今の俺たちには一分が遠く感じる。
 それは大和も久遠も同じようで、さっきからチラチラと腕時計を見ている。

「まだかよー……」

 少しイラついた声で大和が座り込む。

「まだでしょ。時間めで少しだから我慢したら?」
「そんなこと言うけどよ。だからってなあ……」

 久遠がため息をつく。
 さっきからこんな会話が何十回と繰り返されている。いい加減にしろと言わんばかりに久遠は大和を睨んでいた。
 普段、無表情な久遠のそんな姿を見るの新鮮だった。

『まあまあ大和くん。あとちょっとだから、ね』

 今度は舞の声がなだめる様に流れてくる。

「あー……舞ちゃんが言うなら仕方ねぇな」

 よっこらせと言いながら立ち上がり、ズボンに付いた土を手で払う。
 なんとも現金な奴だ。まあ、その切り替えの早さはなんとも大和らしいが。

「しかし……試験と言ってもここまでするか? 演習場は広いし、おまけにインカムと腕時計まで全員配布なんて気前良すぎというか……さすがバベル機関というか……」
「まあ、連絡用にはインカムは必要だろ。さすがに別の小隊の通信は聞こえないようになっているみたいだが……」

 このインカムと腕時計は演習場に入る前に配られたものだ。試験監督からの通達と小隊との連携のみ使用が許されるらしい。
 そのためチャネルは変えられないように設定がしてあった。それも厳重に。一年相手にここまでやるとはなんとも豪勢なことだ。

「それでも、だろ。でもまあ、おかげで玲二に余計な負担をかけずに済むみたいだし。それはそれで良しとするか」
「そうだな」

 本来は佐久間の能力で連携が取れるようにと考えていたが、このインカムのおかげでその必要がなくなった。
 ただでさえ、佐久間には今回の試験で重要な役割があるのに負担をかけずにすんで良かった。

『全員、配置は良いか?』

 その佐久間からの通信。
 冷静を装っているが緊張しているのがわかる。それは大和にもわかったようで、ニヤケながらそれを聞いていた。

『もうすぐ時間だ。作戦通りに動いてくれ。特に大和は上瀬の言うことを厳守するように』
「ちょっと待て。なんで俺だけなんだ!」

 抗議の声がインカムで響き渡る。それを聞いて舞のクスクスという笑い声も伝わってきた。

『上瀬、そっちの指揮は任せたぞ』

 今度は俺あての通信だった。予想もしていなかったそれに戸惑った。
 だが、それと同時に佐久間も俺を信用してくれているのだと実感できた。俺だけじゃない。この小隊のメンバー全員を信頼しているからこそ、あの配置を考えたのだろう。
 だから、俺もそれに応えなければならない。それが信頼してくれるメンバーへの唯一の答えだと思うから。

「任せとけ。必ず勝ってきてやる」

 今はそう答える。
 それが本当になるようにこれからやっていかなくてはならない。

『頼んだぞ』

 それだけ言うと佐久間は通信を切った。
 時刻はまもなく10時。俺たちは自分の武現具を展開して、その時を待った。
 一分もしないうちに遠くからサイレンが聞こええる。それと同時に通信が入った。

『各小隊、試験開始!』

 先生の号令とともに三人は全力で走りだした。




 森の中は意外に整備されていて、足元を注意していれば転ぶ心配はなかった。
 ここまで走っていて、一度も転ばなかったのがそれを示している。そのため、予定よりも早く目標のポイントへと到着しそうだった。
 俺たちは演習場の中心部へと向かっていた。
 佐久間が立案した作戦は、小隊を攻撃班と司令班の二つに分けて行動することだった。攻撃班を担当するのが俺、大和、久遠の三人。司令班に佐久間、舞、茜だ。
 攻撃班が他の小隊を攻撃する役割だ。この三人が選ばれたのは攻撃力もあるためだそうだ。それに三人とも近距離系の武現具のため連携も取りやすい。それが理由だそうだ。

「そろそろだな」

 予定のポイントに到着する。辺りを見渡すが人の姿は見えず、木しかない。

「ホントにここで良いのかよ」

 大和がキョロキョロしている。

「そんなに油断していると、寝首かかれるわよ」

 久遠は警戒しながら辺りを見渡す。さすがに久遠も緊張しているようだった。

「まあ、それほど警戒しなくても。たぶん、他の小隊はまだそんなに動いていないはずだ」
『その通りだ。他はまだ動いていない』

 いきなりの佐久間の通信。一瞬、ビクッとなったがすぐに頭を切り替える。

『一番、近いのはそこから西に300メートルの地点にいる。すぐに行動してくれ』
「了解」

 そう短く答えると、俺たちはすぐに走りだした。
 300メートルはそう長い距離ではないが、こんな森の中ではその倍以上の距離に感じた。
 おかけで見つけるのに少し手間取ったが、見つけた。六人でいる、小隊で固まって動いているようだった。
 近くの木に身を隠し、後ろの二人に待てのサインを送る。

「こちら上瀬。佐久間、このあたりに他の小隊はいるか?」
『いや、いない。その小隊だけだ』
「了解、仕掛ける」

 右手をクイッと二回動かしてから、木から飛び出し、武現具を構えながら走った。
 相手はまだ気づいていない。チャンスだ。
 試験のルール上、それほど威力のある攻撃は出せない。なら、能力をセーブするか、直接相手に触れないようにするかのどちらかだ。
 一瞬の判断ののちに能力をセーブする方に決めた。
 武現具に炎をまとわせる。そのまま、刃を逆にして峰の方で構える。
 そのまま一人に近づき、刀を横薙ぎに振った。相手は刀を振った方向に吹っ飛んだ。

「な、いつのまに……!?」

 相手の小隊の一人が驚愕に染まる。
 俺は立ち止まらずに、もう一人に近づき蹴りを入れて転倒させる。

「クソッ……!」

 他のメンバーからの能力による攻撃。焦っているのか狙いがバラバラだ。難なく、避けることができた。
 先ほど転倒していた一人がメンバーに助けられて起き上がる。五対一、見たところ武現具を天下しているのは二人。相手はほとんど初心者だが、少し分が悪い。
 だが、俺の役目はほとんど終わった。あとはあの二人しだいだ。
 距離を取って、炎を刀から投げる。鋭く尖った炎が相手に向かって一直線に飛ぶ。それほど、速度を出さないようにセーブしているので寸でのところで避けられる。
 その場からすぐに移動して、距離を保ったままさっきの攻撃を繰り返す。相手も避けながら攻撃を繰り出す。

「すばっしこい奴だ」
「回りこめ、囲むんだ!」

 当たらない攻撃にイラついたのか、リーダーらしい生徒が指示を出す。その指示を受けて三人の生徒が別行動を取って俺の後ろに回り込もうとしている。
 限界か。さらに距離を取ろうとしたその瞬間、その三人の悲鳴が聞こえる。

「なんだ……!」

 その方向を見ると、久遠がいた。

「もう一人いたのか……!」

 突然、現れたもう一人に混乱している。
 久遠はその隙を見逃さず、仕掛ける。
 右手の太刀の刀身が細かくなり、ヒラヒラと宙に散らばる。小さな薄い長方形となった刀身は勢いよく相手に襲いかかる。
 『刃桜』。これが久遠の習得した技だ。『剣舞』という能力の保有者らしい攻撃だ。

「なんだ、これは!」

 腕で防御しているが、襲いかかるのが刀身のため無数の切り傷が見える。防御に徹しているため攻撃が繰り出せない。久遠は体を低くして地を這うように素早く距離を詰める。
 いつのまにか元に戻っていた太刀を右へ左へ振り回し、残りの人数をあっという間にダウンさせた。

『305小隊、ダウン!』

 その瞬間にインカムから先生の声が聞こえる。
 フゥと久遠が息を吐き、安堵した表情を見せる。

「おつかれ」

 駆け寄り、言葉をかける。

「うん」

 短く応える。絶妙なタイミングでの攻撃、さらにあの制圧力は本当に見事なものだと思う。

「上瀬くんも囮役、お疲れさま」
「ああ」

 久遠がねぎらいの言葉をかけながら、辺りを見渡す。
 せっかく、ダウンさせたというのに、もう次のことを考えているようだった。

「あーもう! 俺の出番なかったじゃねぇか!」

 ガサゴソと少し前の茂みから大和が出てきた。
 打ち合わせでは、俺が囮となって相手を混乱させ、久遠と大和が奇襲をかけるという段取りだった。
 それを久遠が即座にダウンさせたので大和は何もせずにいることとなってしまった。

「まあ、良いじゃねぇか。次、頑張れよ」
「いや……何か納得できないというか……せっかく気合い入れたのに何か肩透かしというか……」

 本気でヘコんでいるようだった。
 当の久遠は気にせずに自分の太刀を眺めながら、どこか異常がないか確認していた。
 とりあえず、佐久間に通信入れて次の行動を決めるか……。




「わかった。次の索敵まで少し時間がかかる。それまで、慎重に行動してくれ」
『了解。適当にブラブラしておくわ』

 そう言って悠一くんからの通信が切れる。
 どうやらさっきのダウン宣言は悠一くんたちの攻撃だったらしい。開始から15分も経たないのに本当にすごいと思う。

「さて、俺は索敵に入る。夏波、頼むぞ」
「はいはい、わかったわよ」

 佐久間くんは魔道書に目を落とす。そこには彼にしか読めない文字や図が並んでいる。一度、見せてもらったことがあるけれども、まったく読めなかった。というか何が書いてあるのか理解できなかった。
 一呼吸して魔道書から光が漏れる。そして佐久間くんを中心として地面に赤い魔法陣みたいなものが浮かび上がる。
 その魔法陣から黒い犬みたいな影が三体現れる。それを現れると同時に三方向に素早く散らばって行った。
 『生命感知』。佐久間くんが今日まで練習してきた魔術みたいだ。魔法陣から現れたあの影と佐久間くんの視界をリンクさせて索敵を行うという仕組みらしい。今は三体しか使役できないらしいけれども、もっと使いこなせれば倍以上の数を使役できるらしい。
 本当は攻撃系の魔術を練習していたみたいだけれど、今の小隊に必要なのはサポート系の能力だと思ってこの魔術を練習して、習得したみたいだ。
 ちなみに、あの影は他の小隊に気づかれないように姿を消せるらしい。

「なるほど」

 どうやら他の小隊を見つけたらしい。そのまま悠一くんたちに伝えるかと思ったけれどそうはしなかった。
 その代わり茜ちゃんの方を見る。

「夏波、前方に六人。距離は800メートルほど。いけるか?」
「誰に言っているのよ」

 不敵な笑顔を浮かべながら、マスケット銃を構える。手で構えているのは一つだけだけれども、他に五つもの銃が茜ちゃんを囲むようにして地面に突き刺さっていた。それらは、構えた銃と呼応するように同じ方向を向きながらサークル状になって宙に浮いた。
 茜ちゃんは構えたまま動かない。何かをジッと待っているようだった。
 緊張した空気が流れる。風が静かに吹いたところ。その瞬間。

「ファイヤ」

 小さく呟くその言葉と引き金を引いた。
 それと同時に六つの銃口から光が放たれる。細く光るそれは音も立てずに真っ直ぐそのまま森の中に吸い込まれる。
 『流星銃ミーティアバレット』
 それが名前らしい。茜ちゃんの能力である『流星』を弾丸として武現具から撃つというものだ。今回の試験ではあまり威力は出せないけど。練習では1000メートルぐらいの先の的を木っ端微塵にしていた。
 構えの体勢から一度、持っていた銃を下ろす。

「どう?」

 初めて実戦で使用したのが不安なのか、眉をひそめながら佐久間くんに聞く。

「まだだ。あと、二人」

 短くそう答える。
 どうやら、さっきの攻撃では全員をダウンさせられなかったらしい。
 それを聞くと茜ちゃんは再び構えて、撃つ。
 しかし、視界の悪い森の中。しかも相手が見えない。それで四人もダウンさせたのだから、さすがというべきなのか。
 ガサッと茂みをかき分けながら走る音が聞こえてくる。どうやら、二射目は外れたようだ。こちらに気づいて向かっているようだ。
 茜ちゃんから短く舌打ちが聞こえる。そして三射目を放つが、かき分ける音は止まらない。

「待て、夏波」

 佐久間くんからの制止の声。茜ちゃんは構えたまま動かない。

「俺が指示する。その通りに撃て」
「……わかったわ」

 それを聞くのと同時に、再び赤い魔法陣が展開される。そこから、さっきの影が一体現れ、茜ちゃんの足元へとつく。

「そいつを介して、視界をリンクさせる。相手は左右に別れて仕掛けるつもりだ。まずは武現具を持っている右から片付ける。右に三発、左にずらしながら撃て」

 三丁が茜ちゃんの正面に移動して、横に等間隔で並ぶ。そして、その銃から言われた方向に『流星銃』が放たれる。一発一発が右から左に流れるように撃たれる。
 足音が止まる。どうやら、直撃は避けられたようだ。

「足が止まったか……そのまま斉射してチェックだ」
「言われなくても!」

 横に並んだいた銃がさっきと同じ位置に戻る。そして六つの銃口は引き金を引くのと同時に非光が放たれた。
 そして、少しの間を置いてドサッと何かが倒れる音がした。

「次、左の方を片付ける!」

 どうやら、さっきの音は命中してダウンした音だったようだ。
 佐久間くんの指示で茜ちゃんは左の方へと銃口を向ける。

「今度は一撃でしとめるわ」

 手に持っていた銃で地面をトントンと叩く。
 それが合図になってサークル状に収まっていた五つの銃の先端がまるで花が開くかのように大きく割れた。

「さあ、これでどうかしら!」

 五つの銃口からさっきより大きく光が放たれる。
 さっきのが弾丸くらいの光だとしたら、今のは大砲くらいの大きさだ。それが真っ直ぐに相手が居るとされている方向へと飛ぶ。

「うわああああ」

 悲鳴が聞こえた。そのあとはシーンとした静寂が戻ってきた。

「どうやら……命中したみたいだな」
「当たり前よ。今ので当たらなかったらおかしいわ」

 得意げに答える。
 笑みを浮かべながら左手を腰に当てて、エッヘンという言葉が浮かび上がるような場面を私はこの時初めて見た。
 練習では今の銃口が割れるというものはしていなかったはずなのに、いつのまにできるようになったのだろう。
 茜ちゃんの努力が垣間見えたそれに、私は少し落ち込んでしまう。
 自分は一つ、しかも中途半端だから余計にだ。

「よくやった。俺はまた、索敵に入るから警戒は任せる」
「はいはい」

 そんな私の気持ちとは関係なく、二人は次のことを考えていた。
 その姿を見て自分もウジウジしていられない。とにかく自分のできること、やれることをしよう。そう決意した。
 インカムからは黒木先生のダウン宣言が聞こえ、残りの小隊は7つとなった。
しおりを挟む

処理中です...