黒焔の保有者

志馬達也

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第Ⅲ話

Ⅲ ③

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 先生のダウン宣言が聞こえたその頃。
 俺たちは警戒しながら辺りをグルグルと回っていた。佐久間からの索敵の通信が来ない以上、相手と遭遇しないように歩くことが精一杯だった。
 向こうでは交戦があったらしいが、見事にダウンするのに成功したらしい。あっちの攻撃担当は茜だからさすがといったところか。
 試験開始三十分で二小隊ダウン。なかなかのペースだと思う。
 残りは俺たちを除いて7小隊。先生の宣言が聞こえてこないということは他の小隊はまったく交戦していないか、あるいは交戦していても全員ダウンというところまでいっていないのか。
 いずれにせよ、多くの小隊が彷徨いているのは確かだ。佐久間はあちらの方で手一杯みたいで、索敵は使えない。だとしたら、頼りになるのは自分の目しかない。
できるだけ静かに歩く。周りは静かなため、どんな小さな足音でも聞こえてしまうためだ。それは逆に相手の音も聞こえるというわけになるわけだが。

「さすがに都合よく見つかるわけないか……」

 元々、中心部へと来たのは演習場の中を移動するにここを通ったほうが近いからだ。だから小隊が移動して別の小隊を見つけようとしたら、この中心部を通ったほうが近道だ。そう考えるのは必ず少なくはないはず。だったらここで待ち伏せして、相手が集まってきたところを一網打尽にできれば、てっとり早いと踏んだからだ。
 だが、現実はそうも上手くはいかない。未だに一つの小隊しか遭遇していないのであれば、ここに来た意味はあまりないかもしれない。

「大和、久遠。移動しよう」

 俺は二人にそう告げた。佐久間から通信が来ない以上、攻撃を受ける前に自分たちから移動した方が良いかもしれない。

「よし、わかった。移動しようぜ!」

 久遠も頷き、その場から離れようとしたときだった―――。
 いきなりだった。後ろからビュンという音が聞こえた。

「伏せろ!」

 大和がわけのわからないという顔をしていた。それを久遠が素早く手で頭を押さえる。鈍い音ともに痛ッという小さな声が聞こえる。
 俺もしゃがみこんだのとほぼ同時に頭上に突風が起こる。それほど強くはないが、あのままでいたら確実に飛ばされていただろう。
 ガサゴソと後ろから聞こえる。手に持っていた右手の武現具を左から右に振る。その振った軌跡から小さな炎が矢のように放たれる。
 だが、それは避けられたようで放ったあと、何の音も聞こえなかった。
 目を動かし、様子を伺う。
 茂みは動いていない。そして、足音も聞こえない。ということは、周りにはもういないと見て良いだろう。

「大丈夫か?」

 後ろの二人に問いかける。

「大丈夫よ」

 久遠は短く答えて、息を吐く。
 いつも無表情な久遠だが、さっきの奇襲にはさすがに驚いたようだった。

「なら、良かった。それと……」

 視線を久遠から地面の方へと向ける。
 そこには、久遠の手に頭を押さえつけられ、身動きがとれなくなっている大和がいた。どれくらいの力で伏せられたのかわからないが、少しだけ地面にめり込んでいた。

「ああ……ごめんなさい」

 慌てて手を話す。やっと解放されたからか、勢いよく泥だらけの顔を上げた。

「ブハァ……死ぬかと思った」

 ゼェゼェと荒い息を吐きながら、大和は自分の顔についていた泥を払い落とす。

「というか久遠! いくらなんでも少しくらい手加減しろよ! おかげで相手にダウンさせられ前に味方にやられるところだったわ!」
「だって、あのままじゃ秋月くん直撃くらっていたじゃない」
「だとしてもだなーもう少しやり方ってもんが……」
「とりあえず、二人とも移動するぞ。相手に見つかる前に……」

 再びビュンという音が前から聞こえる。その数秒あとにまた突風が吹く。
 今度はさっきよりも威力が大きい。きちんと狙ってきたのか、それとも相手が近くなったのか。
 いずれにせよ、ここにいては危険だ。しかし、相手が複数いる場合はもう囲まれている可能性もある。さっきの攻撃は前からのものだった。ということは完全に俺たちの位置がわかっていて、狙ってきている。
 動きたくても動けない。かと言って迂闊に動くと能力をくらってそのままダウン確定だ。
 俺の攻撃は接近して初めて威力が発揮できるものだし、久遠の『刃桜』も今使っても何の効果も得られないだろう。相手の距離も正確にわからないのに、今使うのはただの自殺行為だ。
 だとしたら、方法は一つしかない。

「大和、出番だ」
「へ……俺?」

 自分で指をさしながら、呆気に取られた顔をしている。

「ああ、今の状況だったらお前の攻撃が一番手っ取り早い」

 元々は俺たちが奇襲をかける側だったが、逆にかけられている。それが不利だということは誰だってわかる。
 しかも向こうは見事なまでに連携を取り合っている。そんな相手に勝つ方法は単純だ。連携を取れなくすれば良い。

「おっしゃ! じゃあ、さっきのリベンジといきますか」

 大和がパンと拳で手のひらを鳴らす。
 攻撃はだんだんと短いスパンで続いている。しかも威力が上がるというおまけ付きでだ。これは早く決着をつけないとさすがにヤバい。

「で。範囲はどうする?」
「できるだけ最大の範囲で頼む」
「オッケー。じゃあ遠慮はいらないってことだな」

 大和がしゃがみこんだ状態で右手を地面に当てる。目を閉じて一呼吸。いつものおちゃらけた雰囲気とは一転して真剣になっていた。

「じゃあ、いくぜ!」

 目をカッと開けて宣言する。その瞬間に大和の武現具である両腕の篭手が淡い光を放ち始める。

「くらいやがれ! 『陥没サブサイデンス』! 大地よ、ヘコみやがれ!」

 右手を地面に当てながら、左手で拳を作りそれを勢いよく地面に向かって振り下ろす。トンという小さい音が響いたあと、グラグラと大地が揺れる。
 少し揺れたあと、周りの木々がズンズンという音を立てながら倒れ初めて行く。

「うわあああああ」

 悲鳴が聞こえる。それも一人ではなく、複数人の。
 しばらく木々が倒れたあとは、何事もなかったように静かになる。攻撃もピタリとやんだ。

「何が起こったの……?」

 その場で動かずにいた久遠は何が起こっているのかまったくわからないようだった。

「まあ、とりあえず見てみろよ」

 俺も立ち上がり周りを見渡す。釣られて、久遠も立ち上がって今何が起きたかの確認を行った。
 周りのは倒れた木々。それらの地面には何かでエグられたように地面が陥没していた。だが俺たちのいたところ以外はそのままの地面だ。
 離れたところに奇襲をしかけてきたと思われる相手が倒れている。確認しただけで四人。この調子じゃ残りの二人もどこかで倒れているだろう。

「これが……」
「そう、大和の能力だ」

 大和はその能力でドーナツ状に、地面を陥没させた。俺たちがいたところ以外は見事に地面がヘコんでいる。
 練習の時はこれほど器用なことができなかっただけに、この状況でここまで正確に範囲が指定できるようになったのは素直に驚いた。
 大和の能力自体は今の段階ではあまり工夫は必要がなく、使い方を変えるという方が合っていた。
 だから、陥没させる対象と範囲だけを徹底的に練習して今日までに備えたわけだ。ここまでできるとは予想していなかったが。

「やったな、大和! ……何してんだ?」

 手柄を立てた当の本人は地面に伏せってそのまま動かない。唯一、聞こえるのは苦しそうなうめき声だけだ。
 久遠がツンツンと体をつつくが一向に動く気配がない。

「大丈夫なの?」

 そう、久遠が聞くと顔だけ上げる。
 その表情は非常に疲れていた。

「……すまん……まったく……動けん……」

 それだけ言うとすぐに顔をうずくめる。そのまままた動かなくなっていた。

「お前……やりすぎだ……」

 完全に能力の使いすぎでバテていた。練習の時にあれほど、ペースを考えろと言っていたのに……。いやまあ、最大の範囲でやれと言ったのは俺だけれども。

「しょうがないか……」

 少し休憩すれば、回復するだろう。まさか、ここに一人置いていくわけにはいかないしな。
 俺たちはその場で大和の回復を待って次に動くことにした。




 中央管制室。
 そこのモニターでは今まさに生徒たちが自分の能力をぶつけ合い、闘っている姿が映しだされていた。
 試験開始から数時間。各分隊ともなかなかの激闘を繰り広げており、徐々にだが脱落する小隊も増えており、一日目は予定よりも早く終了しそうな感じだ。

「それにしても……スゴいっすね。あいつら」
「ああ」

 隣では森崎と月島が感心しながらモニターを見ていた。中でも気になっているのはやはり上瀬がいる小隊だ。
 二つの班にわけての行動は成果を上げているらしく、四つの小隊をダウンさせている。他の小隊も善戦しているため、第三分隊で生き残っている小隊は残り三つとなっている。

「まあ、悠一は別としてあの小隊。ホントに入学したばかりの奴らだけですか? それにしては動き良すぎません?」
「そうそう! 特にあの金髪! あれだけの範囲を能力で陥没させるなんていろいろと反則じゃないっすか? あれじゃあ、他の小隊とのパワーバランス崩れまくりっすよ」

 口々に絶賛の言葉を言う。
 確かにあの短い期間で武現化に成功し、ここまで武現具を使いこなせるとは思ってもいなかった。

「だが……まだまだだな。致命的すぎるものがある」
「まあ……確かにそうですが」

 月島がそれに気づいたようだ。

「え、え。何がですか?」

 森崎はまったくわからないという顔でモニターと私たちを交互に見る。
 こいつは……よくそれでガーディアンフォースの班長をやっていられるな。

「まあ、攻撃力だけ見れば問題はないだろう。正直、上瀬を抜いても全小隊中トップクラスだと言っても良い。下手なバベル機関の部隊よりかは使い物になれるレベルだ。だが……二つの班の連携がまったくと言って良いほど取れていない。正直、グダグダだ。あれではいくら個々の能力が良かろうが小隊としては使い物にはならん」

 森崎がなるほどと呟く。

「今回はあれで良いかもしれん。連携が取れていなくても力で黙らせれば良いからな。しかし、それではいつか限界が来る。連携が取れていないほど、実戦では恐ろしいことはない。それはお前たちもよく知っているだろう?」
「あー……そうっすね。小隊として一番必要なのはチームワーク。次いで攻撃力ですからねー。一人でも連携が取れてないと小隊全員が死にますからね」

 バベル機関では小隊行動が原則となっている。それは効率的にゴーストと戦うためである。一対一では確実な勝算は得られない。だが、一対多ではより確実に勝つことができる。そうすれば貴重な戦力を失わずに済むし、何より突然のことが起こっても対処が容易である。
 しかしそれはあくまできちんと連携が取れていればの話だ。それがなければいくら実力があっても互の足を引っ張り、それが惨事に繋がりかねない。
 だからこそ、早い段階から小隊行動に慣れさせるために学園入学時から、小隊に分けているのだ。その小隊は日本支部と学園が能力と適性を厳選して組ませている。そのため、性格の不一致がなければなかなかの力が発揮できるだろう。
 この小隊は正式にバベル機関本部に登録されるため、無下にはできない。メンバーの誰かが殉職あるいは戦死でもしないかぎり変更はできない決まりとなっている。そのための今回の試験である。実戦形式にすることによって、本当に小隊として機能するのかどうかを実際に体験してもらうという目的がある。さらにそこで無理だと感じられればもう一度編成すれば良い。本部に登録するのはこの試験が終わってからとなっている。
 それほど、小隊というものは重要視するものである。なのに……上瀬と来た……一応、メンバーの役割は自身で理解できているようだが。

「まあ、あいつも明日のことがありますからね。明日に備えて早めに決着をつけるつもりなんでしょう」

 私の様子を察したのか月島が話しかけてくる。
 自分では表に感情を出さないようにしていたが……さすがは元副官だ。私の思っているその先をいってくれる。

「ああ……その心意気だけは嬉しいのだかな」

 だからと言ってメンバー同士との連携をお粗末にするなと言いたいが。
 と、思っているその間に第一分隊からダウンの小隊が出る。

「103小隊、ダウン!」

 インカムを片手で口に近づけてから宣言する。
 今年はなかなかのペースで脱落する小隊が増えていく。
 この調子なら明日の試験もなかなかのものが見られるだろう。

『黒木先生、第三分隊試験終了です』

 別の管制室からインカムに通信が届く。
 一応、ここにはすべての演習場の様子が見られるがそれでは細かいところで見落としてしまう可能性がある。そのため、演習場ごとに別の管制室でより細かな監視を行っていた。今、第三演習場を監視していたところからその通信が入ったというわけだ。

「了解した。残った小隊は第一グラインドに集めさせてください。ちなみに、どこの小隊が残りましたか?」
『はい、残った小隊は301小隊と309小隊です』

 やはり、309小隊は残ったか。
 大方、予想通りの二つであったため、それほど驚かずには済んだ。

「ありがとうございます。では、私が直接明日のことを説明しに行きますので、何かあればご連絡を」
『わかりました。お願いします』

 それだけ言うと通信は切れた。

「さて、私は行くが……お前たちはどうする?」
「俺はこのままモニターを見ときますわ。おもしろそうな奴らがいるかもしれませんし」
「自分もです。というか、俺たちが行ったらいろいろとマズいでしょ」

 月島が苦笑しながら答える。
 冗談で言ったつもりだが、本気で取られてしまったようで。
 そういうところも昔から少しも変わっていない。

「わかった……では、私は行くぞ」

 そう短く告げて中央管制室を出た。




試験が終了してグラウンドへ行くと、黒木先生が仁王立ちで待ち構えていた。
 その姿を見て、全員が一瞬たじろぐが早く来いというオーラが出ていたため、恐る恐る近づくしかなかった。
 俺たちの他に四人。たぶん、生き残った小隊だろう。確か……301小隊だったと思う。全員が攻撃系の能力持ちで武現具を展開できるメンバーも四人と分隊の中では多かったはずだ。
 四人しかいないということは二人はダウンさせられたのだろう。今頃、救護班に手当を受けているだろう。脱落条件は「小隊全員が戦闘不能になる」だったはずだ。例え一人になったとしても脱落ではないということだ。

「さて揃ったな……全員、整列!」

 その声とともに二小隊がきれいに整列する。
 全員が緊張した様子で前の方を見る。

「第三分隊はこれにて一日目は終了とする。残ったお前たちは明日の0900にここに集合、二日目の試験について説明する。今日はこれにて解散とするが、残って明日に備えて準備するのも良し、早めに休むのも良い。それは各小隊で話し合って決めてくれ。では、解散!」

 先生はそれを言うのと同時に颯爽と立ち去って行った。
 そのあまりの早さに俺たちは呆然とその場に立ち尽くしていた。

「えーっと……どうする……?」
 舞が恐る恐る聞く。
 他のメンバーはうーんと唸りながら考えている。

「とりあえず……もう一回フォーメーションを確認しておくか」
 佐久間がそう切り出し、とにかくそれを確認しておこうということになった。
 そこで第二グラウンドへ移動しようとした瞬間に。

『上瀬、聞こえるか?』

 突然の通信。その相手はさっきまでそこにいた黒木先生だった。
 人前で呼び出さずに密かに通信で呼び出さすということは明日のことについてだろう。

『聞こえているならそのまま聞け。明日のことで月島と森崎と打ち合わせを行う。今すぐに中央管制室へ来い』

 それだけ言うとプツリと通信は切れた。相変わらず一方的というか……まあ、あまり公にできないから仕方がないとは思うが。
 とにかく早く行かないと何を言われるかわからない。

「悪い、ちょっと先生に呼び出されたから行ってくるわ」
「え……どうしたの?」

 舞が首をかしげて聞いてくる。

「あー……えーっと……」

 まさか本当のことを言うわけにはいかない。かと、言って下手にごまかすと怪しまれる。

「先生から何か話があるらしいから、ちょっと言ってくるわ」

 精一杯のごまかし。今の俺にはこれしか思いつかない。
 舞がうーんという顔をしていたがそれ以上、追求されないように素早く俺は立ち去った。
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