黒焔の保有者

志馬達也

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第Ⅲ話

Ⅲ ⑨

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 異変に気付いたのは通信が切れたあとだった。

突然の雑音と途切れ途切れの舞の声。そして、そのあと何度も通信を送っても雑音が帰ってくるだけだ。

 この雑音が聞こえるということは俺たちのインカムが壊れたのではない。もし、俺たちのものが壊れていたならば、何も聞こえなくなるはずだからだ。

 となると、舞たちの方のインカムに何か起こったと考えるべきだろう。故障でもしたのだろうか。




「つながんねぇな……」




 大和や久遠も同じように通信を送っているが二人とも俺と同じような結果のようだった。




「どうする? 一旦、向こうと合流するか?」

「何言っているの秋月くん。一班がどこにいるかわからないのに、合流できるわけないじゃない」

「あ……そうか……」




 シュンと大和がしょげる。

 こいつの体格でそれをすると何だか、気持ち悪く見える。

 とはいえ、このまま試験続行というのもあまり良くはない。二人の意識がそっちに向いてしまっている以上、戦闘に集中ができないからだ。

 かと言って、久遠の言った通り一班の所在が分からない以上、下手に動くと無駄な体力消費になりかねない。

 さて、どうするかと思っていたところにピピッピピッと小さく電子音は二回鳴る。

 途端に、緊張が走る、なぜなら、この音が鳴るということは『任務』の通信だからだ。教師用チャンネルでもなく本物の任務中に使用するチャンネルはこの音が鳴る。これは戦闘中でも通信に気付くように設定されたシステムだ。今のところバベル機関以外では使用されていない。

 二人に怪しまれないように通信ボタンを押す。




『聞こえるか上瀬少尉』




 通信越しでもわかるドスの利いた声。間違いなく、黒木少佐の声だ。




『返事はしなくても良い。近くにいる秋月と久遠には怪しまれたくはない。そのままで良いから聞け』




 うなずきもせずに黙ってそれに耳を傾ける。

 急に黙り込んでは二人に怪しまれるため、「ちょっと試験本部に通信のことを報告する」と言って少し離れた。




『現在、演習場内にコード909が発生。数は予想通りそれほど多くはないが……だが、出現地域付近に生徒が数名確認されている』

「はぁ?」




 思わず声に出してしまった。

 後ろの二人が驚いて俺の方を見る。何でもないという風に装いながら通信を聞き続ける。




『……出現地域が予測できなかったんだ。奴らは突然、現れて来た。現状、秘密裏に処分することが難しくなってきている』

「予測ができなかったって……どういうことですか?」




 あまりに不自然な状況なため、思わず聞き返していた。

 黒木少佐は少しの沈黙をしてから口を開いた。




『今回のケースは門ゲートの反応が見られなかった。発見できたのも先ほど、しかも監視カメラでの目視でだ。完全にこちらが後手に回っている以上、速やかに対処しなければならない。だが……』




 少佐は口にはしていなかったが、その先に言いたいことはわかった。

 奴らはこことは違う次元から現れてくる。こちらの世界に出現する際、門みたいなものを通って出現する。

 その際に発生する反応を感知して、敵の規模などを確認する。しかし、今回はそれがなかった。それだけで今の状況はかなり不利だ。

 さらに秘密裏に処理するはずが生徒まで巻き込んでしまっているとなると、俺一人で処理するには負担が大きすぎる。




『少佐、そこからは私が説明します』




 横から入ってくる月島大尉の声。




『少尉。当初の計画を変更する』




 ゴクリと息を飲む。

 計画を変更と言うが……どのようになるのだろうか。




『まず、目標にただちに接触し、生徒が巻き込まれていた場合は速やかに目標を作戦区域へおびき寄せる。その場合の作戦区域はこちらから指示する。そして指定するポイントまで到着したら、そこで時定中佐の「遮断インストした世界レア」を発動させる』




 生徒の安全確保が先か……秘匿性が無くなった場合、それは当然か。




『その区域には我々も待機している。速やかに目標を殲滅。状況終了とする。概要は以上だ。何かあるか?』

「質問が一つあります」

『許可する。何だ?』

「もし……目標の誘導が難しい場合はその場で殲滅ということでよろしいですか?」




 この作戦の一番重要なところは誘導だ。

 いつもならばそれなりに装備を整えて戦闘に入るので、誘導は難しくはない。だが、今回はイレギュラーな状況下での誘導だ。当然、成功率は低い。

 時間がかかってしまうと、さらに低くなる。最悪の場合、囲まれてしまう可能性がある。そうなってしまうと、俺もそうだが巻き込まれている生徒も危険にさらされてしまう。それだけは絶対に避けなければならない。




『いや、それは許可できない。今のお前では殲滅は難しいだろう。確実にそして迅速に仕留めるためには能力を十分に発揮してもらう必要がある。何としても作戦区域まで誘導しろ』

「……了解しました」




 何とも無茶なことだが、それが命令なら仕方がない。

 やるしかないか……。




『それと、巻き込まれている可能性のある生徒は三名。名前は……』




 そんなことを言われても、まだ入学して半年も経っていない。たぶん、言われても顔を名前が一致しないだろう。

 だが、聞いておいても問題はないだろう。もしかしたら知っている名前かもしれないだろうし。

 そう思っていた。




『一年一組、佐久間玲二。一年三組、夏波茜。一年五組、城川舞。以上三名だ』










「おい、悠一! おいったら!」




 後ろから大和の制止がかかる。それを振り切って走るがそれでも二人は追いかけてくる。




「いや、だから着いてこなくって良いって! お前らは待機しとけって!」

『だったら、理由を教えてもらいしましょうか』




 すぐそ後ろにいるのインカムから久遠の声が聞こえる。

 そこまで面倒なのかと思ってしまう。




「いくらお前でも単独行動は危険だろうが! 連携することが大事って言ったのはお前だぜ!?」

「いや……確かにそうだが……」




 まずいな。

 もうすぐ、戦闘区域に入る。そうなったら、二人を置いていくということはもうできないだろう。

 そうなったら作戦自体が破綻する。最悪の状況も覚悟しなければならないかもしれない。

 かと言って、二人を説得するには時間が惜しい。

 覚悟を決めよう。今は一刻を争う。

 俺は走っていた足を止めて、後ろを振り返る。




「おっと……何だよ、急に立ち止まるなよ」

「二人に話すことがある」

「あ、話すこと?」

「そうだ。でも、時間がないから移動しながら話す」

「それって、私たちに関係あること?」

「ああ。ていうか、関係者だしな……」




 こうなったらもう、懲罰覚悟で話すしかない。月島さんに何と言われるかわからないけど……。




「このままだと佐久間たちが危ない」




 それを聞いた瞬間、二人の表情が強張った。










 それは突然のできごとだった。

 少しの休息ということで目を閉じた。そこからどれくらい時間が経ったのかわからないけど、私の体が突然、激しく揺らいだ。




「舞、起きて」




 茜ちゃんの声が聞こえる。

瞼がいまだに重たい。本当はまだこのままでいたいけど、何度も何度も揺らされるのでちゆっくりと視界を広げる。




「あ、起きた」




 目の前に茜ちゃんの顔。ものすごく近い。茜ちゃんは何とも思っていないのか、すました表情でいるけど、私にとったらすぐ目の前にいるのだ。ドキドキもするし、何より驚いた。




「どうしたの?」




 すぐに何かおかしいと気づいた。茜ちゃんはさっきから私を見ずに周囲を警戒しているし、少し離れたところにいる佐久間くんは必死に何かを探そうとしている。




「ちょっと、静かに。状況次第じゃすぐに離脱するわよ」




 私はわけがわからなかった。最初は他の小隊の襲撃でも受けたのかと思った。

 だけど、それだと茜ちゃんが臨戦態勢になっていないのがおかしい。いつでも撃てるようにしておかないといけないのに。

 二人のその様子につられて私も息を殺すように静かにする。

 静寂。風の音も一人の息遣いも聞こえない、まったくの静寂。何も聞こえない。さっきまでの世界とは別の世界に来たような……そんな感覚にすら陥ってしまうほどに。

 その時だった。パキッパキッと地面に落ちている枝が割れる音が聞こえた。

 それも一人二人の音じゃない。数はわからないけど。5人以上はいるように聞こえる。足音は周囲から聞こえる。つまりは私たちは囲まれている。

 ゆっくり、着実に迫ってくる足音。さっきとは違う意味で心臓が早く鼓動を打つ。

 どこ……どこに相手はいるのだろう。

 自然と視線が周りを見る。ふと、後ろも見たときにユラッと黒い何かが動いた。

 目を凝らしてそれをよく見る。その影は一つではなく二つ三つと増えていく。




「あ……」




 その時、私の体に緊張が走った。見たくはない。だけど、体が言うことを聞かない。動かない。

 そしてあの日の……私がずべてを失ったあの日を同じ唸り声が聞こえる。




――――――グルルルル。




 獣が警戒する時と同じ鳴き声。

 ゆっくりとその影が茂みから現れ姿を表わす。






 間違いない。






 ゴーストだ。






 黒く鈍く光るその体、体格は二メートルもないくらいだけど、それでも大きい。その姿は目がないトカゲが二足歩行している。口は大きく裂け、尖った刃のような歯が見える。そして背からはトゲが生えている。

忘れもしない。その姿、その声。たぶん、一生かかっても忘れることなんて不可能だろう。

 ゴーストは手足を力なくぶら下げながら近づいてくる。歩く速度は遅い。子どもが歩いているようだ。

 それぐらいの速さなのに私は動けなかった。立とうとしても、足に力が入らない。




「舞!」




 急に首を掴まれて後ろへと体が動く。そして、その前には銃を構えた茜ちゃんがいた。




「何してるの! とにかく動いて!」




 その叱咤で我に返る。

 やっとの思いで立ちあがる。ふらふらとよろけている私をすかさず佐久間くんが支えてくれる。




「ありがと……」

「いや。とにかく夏波の邪魔にならないように移動しよう」




 佐久間くんは悔しそうに言う。

 そうか……攻撃ができるのは茜ちゃんだけ。佐久間くんや私はあくまでサポートとしているから今の状況ではあまり役立つことはない。

 私たちはできるだけ近くの木の陰に身を寄せた。

 茜ちゃんは銃口をゴーストに向ける。

 狙いをしっかりと定める。外さないように、慎重に。




「斉射ファイャッ!」




 五つの銃口から光が発射される。『流星銃ミーティアバレッド』が何体かのゴーストに命中する。顔にあるいは胴体に、足に手に。

 命中した部分が弾けて紫の血が地面に飛ぶ。普通の生物ならそこで絶命している。

 だけど、奴らは違う。倒れたかと思えば、起き上がり、そして被弾した部位はすぐに再生する。




「クッ……」




 ノロノロと動きながら再生を始める。そして確実にゆっくりとこちらに迫ってくる、




「佐久間! どうする!?」




 茜ちゃんが声を上げる。このままここにいては奴らの餌食になるだけだ。

 そして今の私たちにはこれだけの数に対処できる能力も知識も経験もない。




「決まっている、退くぞ」




 だからその決断は当然のことだった。だけど、周りを見る限り奴らに囲まれてしまっている。




「ちょっと待ってろ」




 佐久間くんが『生命感知』を展開させる。三匹の黒い影が様々な方向に散らばる。




「早くしてよ!」




 そう言いながら茜ちゃんは自分を中心として円状に銃を展開させた。そして全方位に向かって『流星ミーティア銃バレット』を奴らの足に向かって連続で撃ち続ける。これなら例え倒せなくても奴らを遅らせることができる。

 現に奴らはさっきよりも進行速度が落ちている。これなら逃げられるかもしれない。

 だけど、連続して能力を使うということは当然、負担がかかる。だんだんと茜ちゃんの連続射撃のインターバルは長くなっていった。

 このままじゃ完全にジリ貧だ。だけど、どうすれば良いのかわからない。




「ハァハァ……」




 茜ちゃんの息使いがだんだんと荒くなる。おそらく、そろそろ限界だと思う。

 もう何発撃ったかわからない『流星ミーティア銃バレット』を撃ったその瞬間、ヒュンと空気を切るような音と風が舞った。今のはなんだろうと考えたと同時に、暖かい何かが私の右頬にかかる。




「ッ!」




 短い悲鳴が聞こえた。見ると、茜ちゃんの左腕から大量の血が飛び出ていた。




「茜ちゃんちゃん!?」

「大……丈夫」




 見るからに痛そうな顔をしている。その場に座り込んでしまった。




「ちょっと見せて」




 それでも撃ち続けようとしていたのを止めて、負傷個所を見せてもらう。

 それほど傷は深くはないけれど軽傷というものでもない。まるで何かに切られたようなものだった。




「これくらいなら……」




 怪我の部分に右手を当てて集中する。これより大きい怪我なら『祝福ベネディクション・の樹ツリー』を使用しないと治せないけど、これぐらいなら大丈夫だ。

あまり能力を使ったことがないけれど、今はそんなことを言っていられない。こうしている間にも奴らは近づてくる。




「おい、大丈夫なのか?」




 その時、佐久間くんが戻ってきた。どうやら、索敵が終わったみたいだった。




「うん……けど、茜ちゃんが……」

「なに?」




 状況を見て一瞬で察したようだ。佐久間くんは難しい顔をした。




「6時の方向。そこには奴らがあまりいない。何とか突破口をと思ったが……それじゃあ無理だな」

「でも、やらなきゃあたしたちはやられる」




 傷を抑えながらヨロヨロと立ち上がる。




「無理だよ! 能力も限界なんでしょ?」

「けど……」




 その時、またヒュンという音が聞こえた。一斉に全員がその場から逃げる。今度は誰も怪我はないようだった。




「城川! 後ろだ!」




 振り返ると私たちがさっきまでいた大木が音もなく切り倒されていた。そしてゆっくりと私の方に倒れてくる。




「舞!」




 済んでのところで避ける。大木はすさまじい音と土埃をあげて倒れた。




「全員、無事か!」




 土埃で見えないけど佐久間くんの声が聞こえる。




「あたしは大丈夫!」

「私も何とか……」




 良かった、何とかみんな無事みたいだ。だけど、これで散り散りになってしまった。




「急いで戻らないと……」




 あの怪我では、まともに戦えない。早く治さないと茜ちゃんが危ない。

 動こうとしたその瞬間、背後からうめき声が聞こえた。




「え……」




 振り向くとそこには奴がいた。かなりの至近距離。逃げ出そうとする間もなく、奴の腕が振り下ろされる。

 右の脇腹にものすごい衝撃と痛み、そして体が宙に浮く。少しの間をあけて背中に何かが打ちつけられた。




「グッ……ゴホッゴホッ」




 口から少量の血が出た。どうやら私は木に打ち付けられたようだった。ものすごく痛い。動こうとしても体が痛すぎて言うことを聞かない。ゴーストはそれがチャンスみたいだと言わんばかりに私に向かってゆっくりと歩く。

 あ……これは本当にヤバイやつだ。

 だんだんと意識が朦朧としてきたのか、視界が暗くなっている。動けない、逃げられない。

 もう、奴との距離は目の前だ。遠くから誰かの声が聞こえる。たぶん、佐久間くんだと思うけれど何も聞こえない。

 ゆっくりと手が伸ばされる。

 ああ……私はここで終わるのだろう……あの日、何もかも失ったみたいに今度は自分の命すら奪われる、

 覚悟を決めて目を閉じた。最後に悠一くんにお礼だけ言いたかったな……。

 そして頭を掴まれ、そのまま持ち上げられた。そのまま私は食われた。







 はずだった。




「その手を離しやがれえええええぇぇぇぇぇぇ!」




 叫び声と同時に何かが切り裂かれたい音がした。私は急に地面へと落とされた。




「おい、大丈夫か!?」




 ゆっくりと目を開けるとそこには悠一くんの顔があった。心配そうな表情で私を見ている。




「う……ん……」

「そうか……」




 安堵した表情、そして次の瞬間には私の方を向かずに奴らの方を向いて鋭い視線をしていた。




「ちょっと待ってろ……すぐに終わらすから。舞はここで休んでいてくれ」




 そう言うと真っ先に奴らの方へと向かっていった。

 私はその後ろ姿を見たあと、安心して目を閉じた。
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