黒焔の保有者

志馬達也

文字の大きさ
上 下
20 / 24
第Ⅲ話

Ⅲ ⑩

しおりを挟む
 ポイントに着くとそこはもう、奴らがいた。数はそこまで多くない。見たところSTAGE1のみが十数体。だが、この三人で正面突破するには難しい数だ。

 幸い、奴らはまだ俺たちに気がついてはいない。奇襲をかけるには絶好の機会だ。




「これがゴースト……おいおい、けっこういるじゃねぇか」

「…………」




 後ろの二人は初めて見る奴らの姿と数に圧倒されているようだった。大和は明らかに引いているし、久遠も口には出さないが緊張が見られる。




「いいな。二人は前に出るなよ。死にたくなかったら、サポートだけに徹してくれ良いな?」




 その言葉に各々が頷く。

 まあ、大和が多少無茶はしてもそれを久遠が止めてくれるだろう。

 問題は大尉から聞かされた作戦のことだが……それは後回しだ。




「じゃあ、行くぞ」




 二つの刀を構え、少し溜めてから一気に走る。

 まずは一番近い二体。

 仕留め損ねて他の奴らに気付かれると面倒だ。だから、どちらも一撃で仕留める。

 ゴーストには各個体ごとに核コアを持っており、そこを潰さない限り再生し、復活する。STAGEごとに核コアの場所は数は違ってくるが、今回の奴らは一つしかそれを持っていない。しかも場所も固定されている。胸部のど真ん中だ。

つまり、その部分を貫けば……再生せずに死滅する。

俺はまず右の方の奴に狙いを定める。

『炎』を両刀に集中させ、刀身に宿らせる。

 そのまま一気に近づき右の刀で思い切り突き刺した。




「グォオオオオオオオオ」




雄たけびを上げながらゴーストは一瞬で霧散した。どうやら、上手く破壊できたようだ。

もう一体が攻撃をする前に片を付ける。距離は一歩踏み出せば届く。

奴が顔を向けた瞬間、左の刀で首から上を斬り上げる。切り口から紫色の液体が勢いよく吹き出す。首を失った胴体はヨロヨロと後ろによろけながら何とか距離を取ろうとする。

すかさずに踏み出し両方の刀で突き刺す。そしてそのまま引っ張るようにゴーストを切り裂いた。




「ふぅ……」




 二体とも死滅したことを確認すると、後方の二人を見る。

 二人とも安全だと確認できたのだろう、ゆっくりこちらに向かってくる。

 だが、二人に合わせては佐久間たちの安否が確認できない。俺は前を向き、そして走った。

 その時だった。

 ドォンと何かが倒れる大きな音がした。それを合図にするかのように一斉にゴーストが音が鳴った方向に移動を開始する。




(まさか……)




 背筋に冷たい汗が走る。

 音が鳴った方向は今、まさに俺たちの進行方向だからだ。

 地面を蹴るように走る。さっきよりも速く、速く。

 目の前にゴーストが数体見える。ユラユラしながら前へ歩いているためか、俺にはまったく気づいていない。




「邪魔だッ!」




 一体ずつ倒している暇はない。

 なら、動きを止めるしかない。

 すれ違いざまに左右の刀でゴーストの足を切り落とす。両足ともというわけにはいかなかったが、片足が無くなったことによってゴーストは低いうめき声を上げながら前のめりに倒れていった。

 何体かをそうして地面に伏せさせた。そうして進んだ先に、大きな広場へと出た。

 そこには中心に立っていたであろう大木が無残にも倒れていた。そのすぐそばでがオーストが一体、舞の首を掴みながら立っていた。




「その手を離しやがれえええええぇぇぇぇぇぇ!」




 無我夢中だった。気づいたら俺は舞を掴んでいた腕を切り落とし。そのゴーストにとどめをさしていた。

 舞は支えを失った人形のように地面に落ちた。そして、そのまま軽くせき込む。




「おい、大丈夫か!?」




 しゃがみこんで。状態を確認する。

 見たところ、掴まれてからそれほど時間は立っていないようだ。掴まれたアザもないし、少し苦しそうだが、ダメージはそこまでないみたいだ。




「う……ん……」




 喉を押させて、苦しそうに返事をする。




「そうか……」




 とりあえず、無事みたいだったので安心する。




「ちょっと待ってろ……」




 舞が無事なのを確認してから、周囲を見渡す。

 全方向から、ジワジワと近づいてくる。早く、ここから脱出しないと、さすがに三人も守り切りながら戦うのは難しい。

さっき、俺が通ってきたルートも足を切り落としただけだ。きっともう再生しているだろう。

ふぅと一息つく。状況はあまり良くはない。だけど、やり切らなければ、全員が死ぬ。

後ろを向くと、舞が不安げにしている。

 俺は心配させないようになるべく笑顔を作った。




「すぐ終わらせるから、舞はここで休んでいてくれ」




 コクリとうなずくと目を閉じていた。相当に疲れていたのだろう。今はそっとするしかない。

 さて。

 今の状況はあまり良くはない。他の二人の安否はまだ、確認できていないし、何より大尉からの作戦を実行できそうにない。

 時間をかけすぎるとゴーストたちに喰われる。それは考えうるなかで最悪のケースだ。かと言って装備は実戦用ではなく訓練用だ。まともに戦える状態ではない。




「仕方ない……か」




 確実にかつ迅速に状況を打破するには、これしかない。

 幸い、目撃する人間は少ない。上手くいけば誰にも目を触れずに済むかもしれない。というか、そうであって欲しい。

 覚悟を決めて、一歩踏み出す。

 両手に持っていた刀を一度光へと霧散させる。

 そして、集中する。心の底からくみ上げるように。

 周囲の地面から俺を中心に徐々に炎が上がる。それはただの炎ではなく、真っ黒い炎だった。

 だんだんとその炎が大きくなる。俺の身長ぐらいまでの高さだ。それを見て右手を伸ばす。




「来い! 『黒神』!」




 黒い炎が一斉に右手に吸い込まれるように集まりだす。

 炎はだんだんと細くなり、一つの形を作った。

 それは太刀だった。刀身のすべてが黒く染まっている。とても見た目は刀つは思わないだろう。

 これが俺のもう一つの能力である『黒焔』の武現具、黒焔刀『黒神』だ。

 武現具はある一定の領域に達するとその武器の真名が分かる。これを臨界点と呼ぶらしい。臨界点を突破した武現具は通常の武現具の倍以上のスペックになるらしい。

 俺は『黒神』を手に取る。ズシリと重い感触。こいつを使うのはいつぶりだろうか。

 目の前では低いうめき声をあげながら一体のゴーストが近づいてくる。

 左足を少し、前に出す。そして右足を大きく一歩出し、『黒神』を勢いよく振り下ろす。

ゴーストの右腕を斬り飛ばすことには成功したが、 残念ながら、核コアの位置からは外れてしまった。

その証拠にゴーストは止まらずに左腕を伸ばしてくる。しかし、俺は避けようとしない。ジッと奴の、目がない顔を見つめる。このままでは力いっぱい掴まれて何もできずになるだろう。

そうわかっていても俺は動かなかった。

黒いその手があと数センチで顔を掴めるというところでピタリと腕が止まった。急にゴーストが後ろへとよろめき始める。さっきよりも低く、そして苦しそうなうめき声をあげながら。

さっき斬りおとした右腕。その傷口から徐々に黒い炎が見える。その炎はゴーストの傷口から瞬く間に右上半身、そして全身に渡った。




「グォオオオオオオオオオ」




 悲鳴にも似た雄たけびを上げながら、ゴーストは火だるまになり、そして消えた。

 たぶん、他に人がいたら、困惑するだろう。一体何が起こったのかと。

これは『黒神』の自動能力オート「滅火」だ。この『黒神』でどんな小さな傷でも相手に付けられれば、そこから黒焔が燃え上がり、対象を一瞬にして火だるまにして消してしまうというものだ。

ものすごく便利な能力なのは確かだが、一歩間違えると自分もそうだが、味方までもやしかねない非常に取り扱いが難しい能力だ。

再び、周囲を見渡す。

ゴーストの数は16体。

大丈夫だ。この数なら、一気に片を付けられる。

奴らは、さっきまで歩いていた足を止め、茂みで様子をうかがっている。まるで、怯えて出てこないかのように。

それはそれで好都合だ。動かないでいてくれるのなら、格好の的になる。

俺は『黒神』を逆手に持ち、それを思いっきり地面に突き刺した。

すると突き刺した『黒神』から、いくつもの黒い線がゴーストめがけて伸びていった。そしてその線は16体、全てに繋がった。

いくつかは逃げようと抵抗しているみたいだが、逃げようとしても無駄だ。




「燃え果てろ」




 次の瞬間、その線を沿うように黒焔が勢いよくゴーストめがけて走る。

 黒い炎が逃げる間もなく、ゴーストへと到達し、足に焔が付き、そして全身を核ごと燃やし尽くした。

 さっきと同じように悲鳴を上げて、奴らはその姿を跡形もなく消えた。




「ふぅ……」




 自分の能力を過信するわけではないが、今の攻撃でゴーストは死滅したはずだ。

 一応、周りを確認するとゴーストの姿は見えない。これで、任務達成で間違いないはずだ。

 まあ、作戦を無視してその場で倒してしまったことはあとでたっぷりと絞られるだろうが……そんなことよりみんなが無事でいてくれる方が良い。

 俺は眠っている舞を起こそうと、肩に触れようとしたその時。

 ―――――ヒュン

 何かが切り裂けるような音。次の瞬間、左頬に鋭い痛みが走る。




「なっ……」




 触れると、そこには赤い液体。血だ。

 もう一度、さっきと同じ切り裂くような音がした。とっさに身をかがめ、その何かを避ける。

 スパッという音とともに、俺の目の前の木が何本か音を立てて倒れていった。




(何だ……)




 最初は他の小隊の奇襲かと思った。だが、違う。

 さっきの攻撃は明らかに俺を殺す意思を持っての狙いだ。もし、その攻撃をしたのが生徒なら、いきなり首を切り裂く攻撃なんてしないだろう。

 疑惑を確かにするために、試しに通信をしてみた。だが、状況はさっきと同じ。雑音が鳴り響くばかりでつながらない。




(ということは……)




 おそらくというか……確実にまだ、ゴーストがいる。しかも、能力、攻撃の威力を考えてSTAGE1ではないだろう。




(やるしかないだろうな……)




 相手は1体だろう。なら、さっさと片づけるにこしたことはない。

 俺は地面に突き刺さっている『黒神』を抜いて、そのゴーストがいると思われる方向へと走り出した。
しおりを挟む

処理中です...