「きみは強いからひとりでも平気だよね」と婚約破棄された令嬢、本当に強かったのでモンスターを倒して生きています

猫屋ちゃき

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5、不穏な光

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 店主のあまりの剣幕に、私もディータも驚いてしまった。
 でも、ディータはすぐに気を取り直した様子で、店主に向き直る。

「……その、なぜヒーラーはローブ以外着てはいけないんだ? 理由があるなら、聞きたいんだが」
「そんなの! ローブが一番セクシーだからに決まってるでしょーが! たおやかな女の子たちがまとう、頼りない布切れ一枚! 日頃はダボッとしたそれが、ふとしたときにあらわにする体のライン! 時折いたずらな風がその裾をめくっちゃったりなんだりしたときのドキドキ! そして、その下に何を着ているのかという想像をかきたてるあの秘密めいた感! すべてが完璧! ローブしか勝たん!」

 理性的に尋ねようとしたディータに対して、店主は欲望のままに自身の性癖(フェチ)を叫んだ。早口だ。口を挟む隙もなく、立て板に水でフェチが垂れ流されていく。
 初めは理解しようとしていたのだけれど、途中から脳が受け入れることを拒否していた。
 それはディータも同じだったらしく、遠い目をしていた。彼の意識は、空の彼方、宇宙にまでいっていたのではないかと思う。

「……それはつまり、店主の趣味ということか?」
「趣味で悪いですか!? 俺は、可愛いヒーラーさんたちにローブを売りたくてこの店をやってんだ。野郎の治癒職のことは知らねぇが、女の子ヒーラーさんはローブ一択だ。異論は認めねえ」

 よさそうな店だと思ったのに、まさかローブを偏愛する店主の店だったなんてと私は驚いていた。
 しかし、ディータはそれでもこの店から立ち去ろうとしなかった。

「ここまでこだわりがあるのなら、逆に信頼がおけるな。店主、見ての通りこの子はただのヒーラーではない。どちらかというと、戦闘職に素質がありそうなんだ。だから、討伐中もよく動き回るため、この通りローブが裂けてしまっている。……それは、店主としては風情ある光景だろうか?」

 何を思ったのか、ディータは真面目な顔をして私にローブが相応しくない説明を始めた。
 こんなふうに言われてしまうと私がガサツで破いたみたいで嫌だけれど、よく動き回るのは確かだ。

「なるほど……俺は楚々としたヒーラーさんが着てこそのローブだと思っています。なので、ダンナの言うとおりよく動き回るお嬢さんにはお嬢さんの、相応しくて魅力的な格好があるはずということですね」

 ディータの話を聞いて店主は私を見つめてから少し考え、それからまた店の奥へと戻っていった。そして、いくつかの商品を手に戻ってきた。
 ローブ偏愛の店主のことだ。何だかんだいってまたローブを勧められるのではないかと不安だったのだけれど、広げて見せられたものは意外なことに別のものだった。

「ジャケットにロングブーツ、ビスチェ、それからこれは……丈の短いキュロット、ですか? 確かに、これなら動きやすそうです」

 見せられたものを頭の中で組み合わせて思い浮かべてみると、なかなかしっくりきた。
 これまでの人生でドレスが常だった私にとっては馴染みのない服装だけれど、これから冒険者として活動するには相応しい服のように思える。

「イリメルが気に入ったのならよかった。これと、先ほどの装具と武器を一緒にもらおう」
「毎度あり。……本当は、男の娘ヒーラーさんにこそ着てほしかった組み合わせなんだがな。まあ、いいか」

 店主の呟きに「おとこのこ?」と私が疑問を持つと、ディータはなぜか笑顔で首を振った。それから、代金を払ってから装備一式を私に手渡し、店の横のフィッティングルームへと押し込む。
 本当だったらこんな幕一枚で外界と隔たっているだけのところで着替えるのは心もとないけれど、いつまでも太ももを晒したままにはしておけない。
 だから、私は急いで新しく購入した装備に着替えた。
 ドレスともローブとも違う着心地の服だった。体にぴったりフィットしているのも不思議だし、何より短いキュロットから脚が覗いているのが少し恥ずかしい。膝上まであるロングブーツだったからよかったものの、その間からわずかに覗く肌にすぐに慣れることができない。
 着替え終えてイヤリングなどの装具をつけたら、最後はワンドを背負って完成だ。

「……どうでしょうか?」

 フィッティングルームを出て、ディータに尋ねた。すると彼は、にっこり笑った。

「すごく似合ってる。これなら、イリメルの動きを阻害しないんじゃないかな」
「え、ええ……そうですね」

 ディータの返答を聞いて、私は少し驚いてしまった。
 というのも、これまで新しい服を身につければ、周りにいる人はまず賞賛を口にするからだ。きれいだとか、美しさが際立つだとか、そんな言葉を。
 けれどディータは、似合っていることと、私の戦い方に合っていることを評価しただけだ。そのことに拍子抜けはしたけれど、嫌ではなかった。
 お人形ではなく、人になった気分とでもいうのだろうか。

「じゃあ、ギルドに戻ろうか。そろそろ試験の詳細が決まったかもしれない」
「そうですね。どんなのだろう……」

 無事に新しい装備が整ったため、私たちは再びギルドに戻った。
 どうやらまた人が混み始める時間になったようだけれど、カウンターに近づくと列に並ぶより先にあの眼鏡の職員が走ってきてくれた。

「上長との協議の結果、イリメルさんの試験の内容が決まりましたよ!」

 眼鏡の職員は笑顔で言う。そんなふうに明るく告げるということは、試験の内容は良心的ということだろうか。
 教会に対してよい感情を持っていない様子だったから、もしかしたら試験はわざと難しいものにされるのではないかと心配していたのだ。

「どんな内容ですか?」
「調達任務です。イリメルさんは治癒職の扱いなので、戦闘職向けの内容とは異なるものをご用意しました」

 この言い方だと、おそらく戦闘職向けの試験と比べると難易度が低いということだろう。
 自分を治癒職だとは思っていないけれど、試験の難易度が低めに設定してあるのは助かる。

「それで、何を調達すればいいのでしょうか?」
「火吹き鳥の卵です」
「え……?」

 ものによっては今日中に行って帰って、無事に本登録できるのではないか――そんなことを私は考えていた。
 しかし、職員の言葉を聞いて、自分の考えが甘かったことに気づかされる。

「火吹き鳥って、あの……火を吹いて地面を燃やして暖めて卵を孵す、おっきな鳥ですよね?」
「そうです。でも、卵をひとつ持ち帰るだけですから。討伐任務ではないぶん、簡単かと」

 職員は笑顔だけれど、私は不安でいっぱいだった。
 なぜなら、火吹き鳥については伝聞でしか知らないし、これまで一度もその手の種類のモンスターとやり合ったことがないからだ。
 いくら簡単だと言われても、全く楽観視できなかった。
 それでも、やるしかないのだけれど。私はこれからもモンスターを倒して生きていきたいし、そのためにはギルド登録は必須だから。

「わかりました。卵をひとつ調達すればいいんですね?」
「そうです。あくまで手段は問いません。また、個数に応じてランクアップボーナスもあります。簡単に言うと、ただ卵をひとつ持ち帰るだけなら最低ランクでの登録からスタートですが、個数をたくさん持ち帰ればそのぶん、上のランクで登録できます」

 私の反応から〝ランク〟というものがわからないと察した職員は、冒険者の登録制度について説明してくれた。
 今回の試験で私が無事に卵を持ち帰ることができれば、Eランクからスタートするのだという。その後、順調に依頼をこなして難しいことができるようになってくると順に上がっていき、一番上のランクがSと呼ばれるらしい。
 ちなみに、ランクに応じて受けられる依頼の種類が異なり、当然報酬も違ってくるということのようだ。
 高額報酬には興味はないけれど、強い敵とは戦ってみたい。そのためには、ランクアップを目指すべきなのだろう。

「わかりました。なるべくたくさん、卵を持ち帰りますね!」
「その意気です。ちなみに、当然ディータさんは付き添いますよね?」

 これまでずっと黙って隣に立っていたディータに、職員が水を向けた。すると、何かを考えるようにして、彼は頷いた。

「それはもちろん、最初からそのつもりだ」
「……いいんですか?」
「これも何かの縁だからさ。右も左もわからないような新米さんをほったらかしにするような薄情者だと思ってた?」
「でも……ありがとうございます」

 何から何までお世話になって、その上これからの試験にまで付き添ってもらうなんて申し訳ないと私は思った。
 でも、ひとりで行くのに不安があるのも確かだ。それなら、多少迷惑をかけてでもその不安要素を取り除くべきだろう。
 できないくせにひとりでできると見栄を張るよりも、素直にできないと誰かを頼るのが正しいはずだ。それは、貴族の娘として、次期公爵夫人として教育されたことのひとつである。

「それでは、よろしくお願いします」
「そんな堅苦しくなくっていいって」

 私が頭を下げると、ディータは何でもないことのように笑った。その笑顔を見れば、彼が本当に親切な人なのがわかる。
 貴族として生まれ、常々〝持つべき者の義務を果たせ〟と教育されてきたけれど、こんなふうに誰かのために気持ちよく労を取ることができる人はそういないと思う。
 あのとき助けてくれたのがディータで、本当によかった。

「じゃあ、サクッといくか。たぶんだけど、真っ昼間に行くよりこれから暗くなり始めるってときのほうが、やつらもおとなしいはずだ」
「すぐに終わると思いますよ」

 ディータと職員の勧めで、すぐに出発することになった。
 手続きをすると、出発ゲートというところへ通される。それは、小部屋ほどの大きさの場所で、依頼の目的地の最寄りスポットにまで飛ばしてくれるという魔法装置なのだという。
 
「あの、ディータさん……どうかしましたか?」

 ゲートに入って魔法が発動する直前、隣に立つディータが何かを考え込んでいる様子なのが気になった。もしかしてやはり気乗りがしないのかと、少し不安になる。

「いや……ちょっとこの試験、気になるなと思って。難易度低めっていうのは、疑ってかかったほうがいいかもしれないな」
「え?」

 ディータが不穏な言葉を発した瞬間、小部屋の壁全体に魔法陣が浮き上がり、淡い光に包まれた。
 眩しさに目を細めた数秒後、オレンジ色の光が点在しているのがわかった。
 夕暮れの光に包まれた森――そう思ったのだけれど、目が慣れてくると違うとわかった。
 それは、目だった。たくさんの目が、夕暮れ迫る薄暗い森の中からこちらを見ていた。
 
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