「きみは強いからひとりでも平気だよね」と婚約破棄された令嬢、本当に強かったのでモンスターを倒して生きています

猫屋ちゃき

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16、スイーラの秘密、アヒムの事情

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「ああ、やっぱりそうだったか!」

 大きくなってしまったスイーラを前に、私もディータもただ呆然とすることしかできなかった。
 ただひとり、アヒムだけは様子が違う。
 彼はスイーラが大きくなったことに特に驚きはなく、むしろ知っていたというふうな口ぶりだ。
 中型犬ほどの大きさだったスイーラは、今や馬くらいの大きさになっている。出会ったときは私が抱っこしなければならなかったのに、今では人を背中に乗せられそうなほどに成長している。
 これを成長というかは、少しわからないのだけれど。

「これ、どうなってるんだ? アヒムは何か知ってるのか?」

 事態が呑み込めていないディータが、戸惑う様子で尋ねた。
 アヒムはスイーラの背を褒めるように撫でながら、自分の脚を指差した。

「僕の装備は、体内から溢れ出る魔力や、自然界に溢れる魔力をチャージしておく能力があります。ソーサラーという特性上、魔力の外部保存はあるだけ安心ですから。それで、スイーラくんが僕の脚によく噛みつくのは、もしかしたら装備が貯め込んでいる魔力が目当てだったのでは……と思って魔石を与えてみたら、案の定だったというわけです」
「……つまり、スイーラは必要な栄養素を摂取したことで適切に成長した、ってことか?」
「そういうことです。この子、やたらお腹を空かせている様子はありませんでしたか? 食べ物からも魔力を摂取できますが、やはりダイレクトに吸収しなければ足りなかったんですよ」
「そうだったのか……」

 アヒムの解説とディータとの会話を聞いて、私はいろいろなことが腑に落ちていた。
 スイーラは食べ物の選り好みが激しく、好みの肉とそうでないときの食いつきの差がはっきりしていた。でも、よく考えるとモンスターの肉が好きで、それ以外の普通の獣の肉では食いつきが悪かっただけなのかもしれない。
 私たちがよく行く食堂でスイーラが好んで食べる豚肉だと思っていたものも、猪型モンスターの肉だとこの前判明したのだった。

「スイーラ、いつもお腹を空かせていたのね。ごめんね」

 成長に必要なものを与えていなかったことが申し訳なくてスイーラに謝ると、スイーラは気にするなというように鼻先を擦り付けてきた。体は大きくなってもまだ甘えん坊なその仕草が、とても可愛い。大きくなった背中の翼で私を包み込むようなことをするのも、何とも言えず愛おしい。

「よし。とりあえず目的のひとつである、スイーラくんに魔石を与えてみるのが完了したから、次は僕の本来の目的のために動いてもいいでしょうか」

 まだこちらとしてはスイーラの突然の成長に戸惑っているというのに、アヒムはそれを軽く流し、次へ進もうとしている。

「目的って? そういうのは、最初から言っててくれねぇと」
「いえいえ。ご迷惑はおかけしませんから」

 事前に何も言わず魔石採取に連れてこられてきたわけだから、ディータが文句を言うのももっともだ。でも、文句を言われたところで気にするアヒムではない。

「何か難しいことをするわけじゃないんです。僕のご主人様探しのために、教会へ行くだけなんで」
「……教会?」

 その単語を聞いて、私もディータも身構えた。
 私は別に気まずいとかではないけれど、そういえば長いこと顔を出していなかった場所だ。
 そしてディータは、私と教会の関係性を知っているから、あまりよく思っていない。というより、ギルドから事情を聞かされている人は誰もいい印象を抱かないだろう。

「アヒム、あんたは教会の手下だったのか?」
「手下? そんなまさか。ご主人様が教会と縁のある方だったから、何度か立ち寄ったことがあるだけですよ。なぜ二人はそんなに教会に警戒心を?」

 アヒムの疑問は当然のものだから、私はかいつまんで事情を話した。
 ディータにも話していないことだから、婚約破棄をきっかけに強さを求めて家を飛び出したことは伏せて、あくまで己の強さを確かめるためにモンスターを狩っていたこと、その際に教会と利害関係があって関わっていたことを伝えた。
 それから、知っているとは思うけれど一応、ギルド職員から聞いた教会への不満も添えておく。

「なるほど。そういうことでしたか。僕は別にギルドと教会のどちらの味方というつもりはないのですが、お二人は心情的にギルド寄り、ということですね」
「いや……そういうわけでもないんだが、あくまで俺はイリメルにろくな装備も与えずタダ働きさせてたのが解せないだけで」
「まあ、わかりました。僕は別に教会から言われてあなたがたを追っていたとかではないのでご安心を」
「そうだよな……だったら、わざわざゴブリンに捕まって椅子になってるわけないもんな」

 双方の主張を擦り合わせて、ようやく落ち着くことができた。
 ディータの言うとおり、わざと罠にかかって椅子になりたがる追手なんて嫌だなと思うし、そもそも私も追手を差し向けられることなんてしていないのだった。

「というわけで、ギルドへ戻るのは後回しにして、魔石を持って教会近くへこれから行くのでいいですか?」

 話は済んだということで、アヒムは魔石を集めた袋を抱えていそいそして言う。よほど早くご主人様と再会したいのだろう。

「徒歩での移動はわずらわしいですから、今から転送魔法の陣を描きますね。実は、知ってる場所くらいなら移動できるんですよ。ギルドには推奨されてないですから、内緒ですよ」

 アヒムは何だか照れたように言ってから、地面に大きな模様を描いていく。
 今現在使われている魔法は先人が研究し簡略化したもののため、こんなふうに魔法陣を自分の手で描くことはほとんどない。わたしも描いたことはない。
 こんなふうに魔法陣を描いて魔法を発動できるのは、どこかの高等機関で学んだ者か隠れ里に暮らしている賢人たちの末裔だけだと聞いたことがある。

「すごいな、アヒム。こんなことができるなんて」
「いえいえ。僕はただご主人様が吝嗇家だったから、時間もお金も節約できる手段としてこの移動魔法を学んだだけなんですよ」

 ディータが褒めると、アヒムはまた照れた様子を見せる。それでも手は止めず、魔法陣を描き上げた。

「さあ、円の中心に入ってください。スイーラくんはぴょんと跨げますか」

 アヒムに指示され、私たちは紋様を消さないように注意して魔法陣の中心に入った。スイーラも器用に紋様を跨ぎ、私の隣でいい子にしている。

「移動玉や出発ゲートを通るときより少し時間が長いですし揺れますから、気分が悪くなりそうだったら目と耳を塞いで酔わないように。それでは、出発します」

 アヒムに声をかけられて目をつむった直後、足元がふわりと揺れた。確かに、出発ゲートや移動玉と比べると浮遊感が強い。でも、気分が悪くなるほどではなかった。

「そういえば、魔石を集めていたのは、ご主人様に渡すためですか?」

 思っていたほど気分が悪くなるものではなかったけれど、何となく黙っているのは手持ち無沙汰で、私は尋ねてみた。

「そうなんだ。実は、ご主人様を怒らせて置いていかれるきっかけになったのも、魔石のことで」
「なくしてしまったとか?」
「いえ。爆発させました」
「え……」

 思わぬ回答に言葉をなくしているうちに、浮遊感が収まった。
 目を開けると、見慣れた森がある。教会近くの森だ。

「アヒム、何で魔石を爆発させたんだ? 吝嗇家の主人がそんなの許すわけないだろ」

 思わずといった感じで、ディータも会話に入ってきた。
 今の話の流れは驚くのは当然なのだけれど、アヒムはそれに対してさらに驚く返答をしてきた。

「怒られるかなって思って」

 自分の恋を打ち明けたうら若き乙女のように恥じらって、アヒムはもじ……とした。
 今の発言に恥じらうようなところがあったのかとか、そのポーズは何なんだとか、いろいろつっこみたいところはあるけれど、つっこんだら何となく負けな気がして私は何も言えなかった。

「じゃあ、今からそのときのお詫びにご主人様を探して、集めた魔石を渡したいんですね?」
「いいや。また爆発させるんだ」
「え!?」
「たぶん、教会近くで魔石を爆発させたら、怒ってすっ飛んでくるんじゃないかと思うんだよね」

 私たちの理解が追いつくよりも先に、アヒムは袋の中から魔石をジャラジャラ取り出して、それに向かって魔法をかけていく。
 魔石は魔力が結晶化したものだから、そこに魔法を、魔力の流れを注入すれば当然許容量を超える。
 許容量を超えた魔力は、魔石を空高くへと打ち上げ、そこで砕け散らせた。
 その欠片が次々降り注ぐ様子は、さながら花火のようだった。
 アヒムがあまりに迷いなく、手際よく魔石を打ち上げ続けるから、私もディータも止めることができず、ただそれを見上げることしかできなかった。
 アヒムは楽しそうに、どこか確信めいた表情を浮かべて魔石花火を打ち上げ続ける。
 そしてしばらくしたとき、それは起こった。

「魔石が爆発してると思ってきたら、やっぱりお前かー!!」

 突如森に響く怒号。
 その直後、ものすごい勢いで飛んできた何かの気配。
 その気配は、きれいな軌道を描いて、アヒムの横っ面に到達した。
 それは、華麗な飛び蹴りだった。
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