「きみは強いからひとりでも平気だよね」と婚約破棄された令嬢、本当に強かったのでモンスターを倒して生きています

猫屋ちゃき

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21、イリメルの決意

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 父の顔を見れば、本気で心配してくれているのがわかる。
 母は、私が迷いなく家に帰ってくると信じている顔をしている。
 二人の顔を見て、私は胸が痛んだ。自分の中に、令嬢としての暮らしに少しの未練もないのを自覚してしまったから。

「確かに、家を飛び出したときは自棄になっていたと思います……」

 当時のことを振り返れば、自分が冷静ではなかったのは理解している。
 でも、家を飛び出してからずっと、私は外の暮らしを楽しんでいた。帰りたいとは、あの日々に戻りたいとは、一度も考えなかったのだ。
 
「『きみは強いからひとりでも平気だよね?』と言われて、頭に血が上っていたのは確かだと思うんです。でも、思えば私はずっと強くなりたかった。強さにこだわっていた。だから、本当は剣を習いたかったし、代わりに学んだ魔法も治癒やバリアだけではなくて攻撃も会得したんです。これはたぶん、私の生まれ持ったさがです」

 冷静になった今だからこそ、自分の性質というのが理解できる。
 私はエーリクとの破局がなくてももしかしたら、遅かれ早かれ自分の〝強さ〟を試したいと外へ飛び出していただろう。下手なりに冒険者生活が馴染んだ今なら、それがわかる。

「イリメル……それは勘違いだ。むきになっているだけだよ」
「そうよ。自分を不幸にした男の言葉を呪いにしてはいけないわ」

 これまで黙っていた母が、目に涙を溜めて私の手を握った。
 呪いという言葉に、胸がひやっとする。
 そんなわけないと思っても、それを否定するだけの言葉を私は持たない。
 強さを試すのが楽しいと、冒険者生活が楽しいと思うのは、むきになっているからだと両親は捉えているのだろう。
 そしてそれは、エーリクのせいだと。
 両親にとって、私が家を出て冒険者になったのはエーリクのせいだ。そして、強さにこだわり家に戻らない道を選ぶのは、彼の言葉に呪われたからだと考えるに違いない。
 そうではないと伝えたいのに、どう言えばいいのかわからなかった。何を言ってもきっと、両親には傷ついた私の強がりに聞こえるだろうから。

「イリメル嬢は、本当に強いんですよ」

 何も言えずにいた私に代わって、ディータが口を開いた。

「俺と出会うまでひとりでモンスターと戦っていました。俺と出会ってからも、よくサポートしてくれ、隣に立って戦ってくれることもあります。護衛をしていたといっても、それはあくまで煩雑な処世から不慣れなイリメル嬢を守っただけで、冒険者として彼女は、十分に腕が立つんですよ」

 ディータはこれまでの生活の中で倒したモンスターの話を、両親にしてくれた。
 どんなところが苦戦したかだとか、私がどんな働きをしたのかとか。そんなふうに彼の口から語られると、自分がなかなかの戦いぶりができている気がしてくる。
 そう感じたのは、両親も同じだったらしい。

「……イリメルがそんな生活をしていただなんて、信じられないわ」
「だが、何も持たずに飛び出して今日まで無事に過ごしていたというのは、この子が立派に冒険者として身を立てていたからにほかならないだろう。……普通の令嬢なら、怪我をしたりお腹を空かせたりしてすぐに帰ってくるものだ。それをしなかったのは、この子がやれていた証拠じゃないか」

 父は母に言い聞かせるように言いながら、自分自身も説得しているようだった。

「イリメル嬢は己の強さを誇っていい。思うままに生きる、それを支える役目は俺が引き受けます」

 ディータは、まだ答えを出しかねている両親に向かって言った。
 その言葉は、私の胸を強く打つ。
 これまで彼はいつも私を助けて支えてくれていたけれど、まさかそんなふうに思ってくれているなんて知らなかった。

「心配かけてごめんなさい。でも、私はまだ冒険を続けたいんです」

 私は両親に対して頭を下げた。
 両親の気持ちはわかるけれど、私には戻る意思がない。戻る日が来るとしても、それは今ではないのだ。

「お前の意志がかたいのなら、仕方がないな」
 
 父がそう言ったところで、応接室のドアがノックされた。
 入ってきたのは、兄だった。

「フランツ、どうしたんだ?」
「領地から戻ったら、執事がイリメルが帰ってきているというので、顔を見ようと思って。もしかして邪魔だったか?」

 フランツは私を見て、それから後ろに控えるディータを見た。それから、何か考え込む様子を見せた。

「使用人たちからかいつまんで話を聞いたのだが、イリメルは今、冒険者をしているのだろう? それなら、誰か頼りになる仲間と一緒にうちの領地を見に行ってくれないだろうか」

 父や母と違い、フランツはイリメルの現状をすんなり呑み込んでくれたようだ。その上で提案をしてくるあたり、さすがという感じか。
 兄はその才覚を認められ、早くに父から領地経営の主導権を譲り受けている。現在シュティール家の実質的な領主は、このフランツだ。

「領地を見に行ってほしいとは、どうしたのですか? 野盗の類なら、騎士団に頼んだほうがいいと思うのですが」
「野盗じゃない、モンスターに悩まされてるんだ。このままじゃ、領民たちが安心して暮らせないんだよ」

 そう話すフランツの顔には、疲れが滲んでいた。おそらく領地でその対応に追われていたのだろう。
 兄の頼みだから聞くのはやぶさかではないのだけれど、どういう状態なのか気になる。それに何より、ギルドを通さずいきなり冒険者に話を振るというのは、どういうことなのだろうか。

「あの、お兄様。こういったモンスターに関する問題は、ギルドというところに依頼するといいんですよ。私はしばらくの間ギルドの存在を知らなかったのですが、知ってからはよくお世話になっているんです」

 フランツがもしかしたらギルドの存在について知らないのかと思い、私はギルドのことや、教会がギルドを通さず能力のある人に直接、しかも無償でモンスター討伐を頼んでいる問題について話した。
 教会がまるまる悪というわけではないけれど、仕組みを理解していなければ迷惑をかけることになるということを伝えたかったのだ。
 しかし、私の話を聞いたフランツは、眉間に深く皺を刻んで、難しい顔をしていた。

「イリメルの言い分はわかるんだが、それはかなりギルド寄りの考え方になっているぞ。それだけ聞くとまるで教会が悪いことをしている気がするが、こちらの内情としてはギルドにも悪いところがあると言わざるを得ないんだよな……」

 フランツはちらりとディータのほうを見た。おそらく、冒険者である彼の前でギルドへの不満を洩らしていいのか考えたのだろう。
 だから私は、彼は私が窮地に陥ったときに助けてくれ、それからずっとともに冒険者生活をしてくれていることを話した。 
 それから、ギルドの仕組みをすべて肯定して活動しているわけではないことも、一応言い添えた。

「じゃあ、ギルドへの不満を抑えつつ現状を説明するとな、今世界は何かしらの異変が起きているんだ。お前たちももしかしたら感じてるんじゃないのか?」

 フランツに水を向けられ、ディータが口を開いた。

「モンスターの様子がおかしいことを言っていますか?」
「そうだ。各地で起きている異変らしい。うちの領地にも、本来人里まで下りてこないモンスターが何度もやってきて、畑を荒らしたり人を襲ったりしているんだ。ギルドに討伐を依頼しても、人が多いところに冒険者を派遣して戦闘を行わせるのは、何かあったときの責任が取れないだの何だので渋るんだよ」
「それなのに、教会のやり方を批判していると」
「そういうこと。被害を訴えているほうとしては、どっちに悪感情抱くかなんて明白だろ? ギルドに頼んでないんじゃなくて、彼らがこちらの頼みを聞いてくれないという問題もあるんだ」

 フランツの話を聞いて、私は自分がかなりの思い違いをしていたことに気がついた。
 これまではギルド側の言い分を信じて教会が悪いと信じてきたけれど、この話を聞くとそうだとは言い切れない。
 
「冒険者としてギルドに身を寄せているイリメルには言いにくいんだが……」

 フランツが悩みながら、そう切り出した。
 そんなふうに言われると聞くのが怖いけれど、きっと聞かなければならないのだろう。
 だから私は、大丈夫だというように頷いた。それを見て、フランツも覚悟を決めた顔になる。

「ギルドはお前たちを、世間を、騙しているんだぞ」

 
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