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30、私は強いけれど
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話がこじれないように陰に隠れてもらっていたディータが、感心したように言った。
これは褒められているのだとわかって、私は素直に嬉しくなる。
「確かに私は強いですけれど……でもそれは、一緒にいてくれる人がいるからなので」
「そ、そうだな。あのさ、イリメル……」
「しょ、食事に行きませんか?」
ディータが何か言おうとしているのがわかって、私は慌ててそれを遮った。
ここのところ、いつもそうだ。彼は、私に何か言おうとしている。それが怖くて、私はずっと聞かないで済むようにしようとしてしまうのだ。
「そうだな。スイーラも、今日こそ目を覚ますかもしれないしな」
そう言ってディータは、まだ眠っているスイーラの頭を優しく撫でる。
戦いのあとで小さくなって眠ってしまってからというもの、この子はずっと眠ったままだ。でも、医者やギルドで会ったテイマーに見てもらったところ、健康状態に問題はなく、ただ寝ているように見えるとのことだから、ひとまず安心している。
「今日もいつもの店でいいか?」
「はい。この子の好物もありますし」
ギルドを出て、足は自然と馴染みの食堂へ向かう。そこは依頼をこなしていたあの日々に、よく行っていた場所だ。
スイーラを拾ってからは特に、お気に入りの店となった。この子が好きなモンスターの肉の料理を扱う店だったから。
邪竜討伐という出来事のせいで、あの日々が遠くに感じられる。
それに、こういう時間もいつまで持てるのか、もうわからない。
戦いが終わってからというもの、ディータはディータで忙しそうにしている。彼にも何か、処理しなければいけないゴタゴタがあったらしい。
私やスイーラのこととは別口で教会の人たちに熱心に声をかけられていたし、アヒムと何やら話し込んでいる姿を見た。そして、日に日に彼が何かに悩むようになっているのを、私は気づいていた。
それに、食事の最中も上の空だった。
ディータが私に何か話さなければいけないことがあって悩んでいるのは、もはや明確だった。
「このあとさ、少し時間あるかな?」
店を出たところで、ディータが思いきったように言った。その少し緊張した顔を見れば、彼が話す機会を作ろうとしているのがわかる。
本当なら、逃げ出してしまいたい。だってきっと、この話を聞いたら、私の冒険は終わってしまうから。
何となくだけれど、ディータは私とのパーティーを解消したがっているのではないかと感じている。だから、深刻そうな顔をして、折を見て何か言おうとしているのだと。
それがわかっているから、私はたくみに避け続けていた。
でもそれも限界ではあると、ちゃんとわかっていた。
「大丈夫ですけれど」
「じゃあ、ここから少し歩いたところにきれいな湖があるらしいから、そこに行かないか?」
「ええ」
なぜデートスポットのような場所に誘われているのかわからないけれど、これが最後になるのならそれもいいのかもしれない。
私は歩きながら、ドレスに汚れがないか、髪型が崩れていないかさりげなく確認した。
出会ってからはずっと、冒険者らしい服装でディータの隣にいたから、ドレス姿で彼と歩くのは不思議な気分だ。
でも、その服装の違いが二人を分かつようで、少し嫌になる。どんな服を着ていたとしても、私が私であることは変わりないのに。
「教会の方は、ずいぶん熱心にディータさんに声をかけていますね。もしかして、教会所属にならないかというお誘いですか?」
道中の沈黙が嫌で、私はそんなことを尋ねた。でも、よく考えたらとてもデリケートな話題だ。こんな世間話のノリで尋ねるべきことではなかったかもしれないと、口にしてから後悔した。
「ああ、あれな。そうだな、勧誘みたいなもんだ……俺の故郷の連中が、実は教会関係者にたくさんいるみたいで。邪竜の話とか英雄の話とかは、俺の故郷が発祥みたいでさ……それで、まあ教会関係者にならないか、みたいなことを声かけられてる」
ディータはやや歯切れ悪く、尋ねたことに答えてくれた。何となく、伏せなければならない情報が多いからそうなっていることは察せられた。
だから、それでも話してくれたのが嬉しい。
「アヒムはさ、今後の俺の人生を考えたら、教会の誘いに乗ったほうがいいんじゃないか、いざとなったら自分も口添えするって言ってくれるんだけど……」
「ディータさんの、今後の人生……」
パーティーを組んで行動を共にしていたときは、ずっとこんな時間が続くのだと思っていた。
その日その日に行ける依頼をこなして、宿代や食事代を稼いで、次にほしい装備とそのための資金のことを考えて、スイーラの食事に頭を悩ませて……そんな日々が、ずっと続くのだと。
でも、そんなわけがないのだ。
いつかどこかへたどり着かなければいけないのだ。ディータも、私も。
その話をこれからされるのだなと、私は覚悟を決めた。
「生きていくのにも、ほしいものを手に入れるのにも、権威とか立場ってものが必要なのはわかってるんだよ。だから、それを手にできるかもしれないのに突っぱねるのは愚かだってわかってる。それでも俺は、まずは自分の存在そのものでぶつかってみたいと思ってる」
何を語ろうとしているのかはわからないけれど、ディータの目が真剣でまっすぐなのはわかった。
その目を見たら、きっと何だってうまくいくのではないかという気がしてくる。
「ディータさんらしいですね」
寂しさを悟られないように、私は笑ってみせた。これから先、彼がどこへ行こうとしているのかはわからないけれど、せめて笑って見送りたいから。
そんな私を見て、ディータはほっとした顔をする。
「そう言ってもらえてよかった……イリメルが何て言うか、どうしたらきみを一番喜ばせられるか、そればっかり考えてた」
「え……?」
何を言い出すのかと身構えていたら、ディータがポケットを探るような動きをした。そして、何かをギュッと握りしめて、それをこちらに差し出す。
「……俺と、結婚を前提にお付き合いしてください。貴族のお嬢さんに結婚を申し込むのに何の立場もない俺のままじゃ、だめなのかもしれないけど……」
そう言って差し出された小箱の中にあるのは、小さな石の光るきれいな指輪だ。
質素ではあるものの、それが決して安いものではないのは見てすぐわかった。
でも、なぜディータがこれを私に差し出しているのかがわからない。
「本当はさ、イリメルが俺にくれた、あの魔法剣をいつか贈りたいなって思ってたんだ。でも、先越されちゃって、同じものを贈るのも野暮だなと思って……悩んでたら、アヒムが無難に指輪を渡せ、もしくは首輪だっていうから、指輪を用意した。ちなみに、アヒムはミアに首輪でプロポーズを申し込んで何回もフラレてるらしいけど」
「ぷ、ぷ、プロポーズ!?」
何の話だろうと聞いていたところに突然出てきた単語に、私は思わずお淑やかではない声が出てしまった。
指輪を差し出されるのはプロポーズしかないとは思っていたけれど、それより前の部分が気になる。
「あの、魔法剣を贈るのって……」
「冒険者界隈では、武器を贈るのはプロポーズの意味があるんだよ。特に、魔法職が剣士に魔法剣を贈るのは……その、『自分の魔力をあなたにあげます』っていう、共同作業へのお誘いというか、深く結びついていきましょうねっていう意味合いが強くて……」
「え……」
自分が知らず知らずのうちにとんでもなく大胆なことをしでかしていたのがわかって、顔から火が出るかと思った。
だったらあのとき、魔法剣を渡したときにディータが少し戸惑った様子だったのも理解できる。
「……ちょっと待って。イリメルは、魔法剣を渡す意味を知らなかった?」
苦悩するように眉間の皺に手を添え、ディータが尋ねた。私はそれに、激しく頷く。
「え……嘘だろ。俺、勝手に告られたと思って舞い上がって、悩んで覚悟決めてたのに、勘違いだったってこと……?」
「か、勘違いじゃないですっ!」
ディータが指輪の小箱をまたポケットにしまおうとしたから、私は慌ててそれに飛びついた。そして、素早く左手の薬指に装着してしまう。
「も、もうつけちゃいました! 外れません! 私のプロポーズは意識外でしたけれど、ディータさんのプロポーズはこれでもう取り消せませんから!」
「もう外れないって……ブカブカじゃん」
「こ、これからちょうどよくなるから問題ありませんっ!」
「無茶苦茶言うな……」
指輪を必死に渡すまいとする私を、ディータは呆れたように見ている。でも、その顔は優しい。
「イリメルは強いな」
これはどっちの意味なんだろうかと、私は身構えた。
褒めてくれるときもあるけれど、私にとっては〝強い〟は少し怖い言葉だ。その言葉で拒絶されるのは、もう嫌だった。
「私は確かに、強いです。強いですよ……普通の侯爵令嬢と比べたら……でも、まだまだなんです! まだまだだから、ディータさんにそばにいてもらわないと……」
拒絶の言葉を口にさせまいと、私は必死だった。
本当は、ぜんぜん強くなんてない。そうあろうとしてきただけだ。
貴族の令嬢らしい生活よりも冒険者の生活が楽しいのは認めるけれど、それは強いからではない。
「そっか。そうだよな。イリメルは、俺がいなきゃだめだもんな」
くしゃっと笑って、ディータは私の頬を撫でた。気づかないうちに、私は泣いてしまっていたらしい。その涙の雫を拭うように、そっと唇が重なるだけのキスをされた。
「イリメルは強いから守ってやる必要はないかもしれないけどさ、でもやっぱりそばにいたい。俺、イリメルが好きなんだよ」
「わ、私も好き……ディータさんが好きです!」
絶対に離してなるものかと、私はぎゅうぅっとディータの体にしがみついた。
そんなのはしたないだとか、淑女にあるまじきだとか、そういうことは意識から追いやった。
レーナのように相手に押しつけるふるふるふるんとした大きな胸はないけれど、逃したくないほど好きな人がいるなら、こうして抱きつくしかないのだ。
そのことが今、理屈ではなくわかった。
「わかったわかった! 離れないから安心して。あと、スイーラが潰れるぞ」
「あ……」
思わず夢中でしがみついてしまったけれど、私の腕の中にはスイーラがいるのだった。
でもこの子は、こんな騒ぎの中にあってもスヤスヤしている。
二人でその顔を覗き込んで、笑った。
「それじゃあ、帰ろうか」
「そうですね」
「帰り、だっこ替わる」
「お願いします」
せっかくきれいな湖畔にきたというのに、景色を見る余裕はなかった。
でも、こうしてスイーラを挟んで二人と一匹でいる時間が幸せで、それはそれで満足している。
これから先、まだたくさんの問題が山積みだ。
スイーラを守って育てていかなくてはならないし、ギルドと教会の連携をとっていかなくてはならない。
ディータと結婚するために実家を説得するのも……そこそこ骨が折れるだろう。
それでも、私はやれそうな気がしていた。
だって私の隣には、大好きな人がいるから。
〈END〉
これは褒められているのだとわかって、私は素直に嬉しくなる。
「確かに私は強いですけれど……でもそれは、一緒にいてくれる人がいるからなので」
「そ、そうだな。あのさ、イリメル……」
「しょ、食事に行きませんか?」
ディータが何か言おうとしているのがわかって、私は慌ててそれを遮った。
ここのところ、いつもそうだ。彼は、私に何か言おうとしている。それが怖くて、私はずっと聞かないで済むようにしようとしてしまうのだ。
「そうだな。スイーラも、今日こそ目を覚ますかもしれないしな」
そう言ってディータは、まだ眠っているスイーラの頭を優しく撫でる。
戦いのあとで小さくなって眠ってしまってからというもの、この子はずっと眠ったままだ。でも、医者やギルドで会ったテイマーに見てもらったところ、健康状態に問題はなく、ただ寝ているように見えるとのことだから、ひとまず安心している。
「今日もいつもの店でいいか?」
「はい。この子の好物もありますし」
ギルドを出て、足は自然と馴染みの食堂へ向かう。そこは依頼をこなしていたあの日々に、よく行っていた場所だ。
スイーラを拾ってからは特に、お気に入りの店となった。この子が好きなモンスターの肉の料理を扱う店だったから。
邪竜討伐という出来事のせいで、あの日々が遠くに感じられる。
それに、こういう時間もいつまで持てるのか、もうわからない。
戦いが終わってからというもの、ディータはディータで忙しそうにしている。彼にも何か、処理しなければいけないゴタゴタがあったらしい。
私やスイーラのこととは別口で教会の人たちに熱心に声をかけられていたし、アヒムと何やら話し込んでいる姿を見た。そして、日に日に彼が何かに悩むようになっているのを、私は気づいていた。
それに、食事の最中も上の空だった。
ディータが私に何か話さなければいけないことがあって悩んでいるのは、もはや明確だった。
「このあとさ、少し時間あるかな?」
店を出たところで、ディータが思いきったように言った。その少し緊張した顔を見れば、彼が話す機会を作ろうとしているのがわかる。
本当なら、逃げ出してしまいたい。だってきっと、この話を聞いたら、私の冒険は終わってしまうから。
何となくだけれど、ディータは私とのパーティーを解消したがっているのではないかと感じている。だから、深刻そうな顔をして、折を見て何か言おうとしているのだと。
それがわかっているから、私はたくみに避け続けていた。
でもそれも限界ではあると、ちゃんとわかっていた。
「大丈夫ですけれど」
「じゃあ、ここから少し歩いたところにきれいな湖があるらしいから、そこに行かないか?」
「ええ」
なぜデートスポットのような場所に誘われているのかわからないけれど、これが最後になるのならそれもいいのかもしれない。
私は歩きながら、ドレスに汚れがないか、髪型が崩れていないかさりげなく確認した。
出会ってからはずっと、冒険者らしい服装でディータの隣にいたから、ドレス姿で彼と歩くのは不思議な気分だ。
でも、その服装の違いが二人を分かつようで、少し嫌になる。どんな服を着ていたとしても、私が私であることは変わりないのに。
「教会の方は、ずいぶん熱心にディータさんに声をかけていますね。もしかして、教会所属にならないかというお誘いですか?」
道中の沈黙が嫌で、私はそんなことを尋ねた。でも、よく考えたらとてもデリケートな話題だ。こんな世間話のノリで尋ねるべきことではなかったかもしれないと、口にしてから後悔した。
「ああ、あれな。そうだな、勧誘みたいなもんだ……俺の故郷の連中が、実は教会関係者にたくさんいるみたいで。邪竜の話とか英雄の話とかは、俺の故郷が発祥みたいでさ……それで、まあ教会関係者にならないか、みたいなことを声かけられてる」
ディータはやや歯切れ悪く、尋ねたことに答えてくれた。何となく、伏せなければならない情報が多いからそうなっていることは察せられた。
だから、それでも話してくれたのが嬉しい。
「アヒムはさ、今後の俺の人生を考えたら、教会の誘いに乗ったほうがいいんじゃないか、いざとなったら自分も口添えするって言ってくれるんだけど……」
「ディータさんの、今後の人生……」
パーティーを組んで行動を共にしていたときは、ずっとこんな時間が続くのだと思っていた。
その日その日に行ける依頼をこなして、宿代や食事代を稼いで、次にほしい装備とそのための資金のことを考えて、スイーラの食事に頭を悩ませて……そんな日々が、ずっと続くのだと。
でも、そんなわけがないのだ。
いつかどこかへたどり着かなければいけないのだ。ディータも、私も。
その話をこれからされるのだなと、私は覚悟を決めた。
「生きていくのにも、ほしいものを手に入れるのにも、権威とか立場ってものが必要なのはわかってるんだよ。だから、それを手にできるかもしれないのに突っぱねるのは愚かだってわかってる。それでも俺は、まずは自分の存在そのものでぶつかってみたいと思ってる」
何を語ろうとしているのかはわからないけれど、ディータの目が真剣でまっすぐなのはわかった。
その目を見たら、きっと何だってうまくいくのではないかという気がしてくる。
「ディータさんらしいですね」
寂しさを悟られないように、私は笑ってみせた。これから先、彼がどこへ行こうとしているのかはわからないけれど、せめて笑って見送りたいから。
そんな私を見て、ディータはほっとした顔をする。
「そう言ってもらえてよかった……イリメルが何て言うか、どうしたらきみを一番喜ばせられるか、そればっかり考えてた」
「え……?」
何を言い出すのかと身構えていたら、ディータがポケットを探るような動きをした。そして、何かをギュッと握りしめて、それをこちらに差し出す。
「……俺と、結婚を前提にお付き合いしてください。貴族のお嬢さんに結婚を申し込むのに何の立場もない俺のままじゃ、だめなのかもしれないけど……」
そう言って差し出された小箱の中にあるのは、小さな石の光るきれいな指輪だ。
質素ではあるものの、それが決して安いものではないのは見てすぐわかった。
でも、なぜディータがこれを私に差し出しているのかがわからない。
「本当はさ、イリメルが俺にくれた、あの魔法剣をいつか贈りたいなって思ってたんだ。でも、先越されちゃって、同じものを贈るのも野暮だなと思って……悩んでたら、アヒムが無難に指輪を渡せ、もしくは首輪だっていうから、指輪を用意した。ちなみに、アヒムはミアに首輪でプロポーズを申し込んで何回もフラレてるらしいけど」
「ぷ、ぷ、プロポーズ!?」
何の話だろうと聞いていたところに突然出てきた単語に、私は思わずお淑やかではない声が出てしまった。
指輪を差し出されるのはプロポーズしかないとは思っていたけれど、それより前の部分が気になる。
「あの、魔法剣を贈るのって……」
「冒険者界隈では、武器を贈るのはプロポーズの意味があるんだよ。特に、魔法職が剣士に魔法剣を贈るのは……その、『自分の魔力をあなたにあげます』っていう、共同作業へのお誘いというか、深く結びついていきましょうねっていう意味合いが強くて……」
「え……」
自分が知らず知らずのうちにとんでもなく大胆なことをしでかしていたのがわかって、顔から火が出るかと思った。
だったらあのとき、魔法剣を渡したときにディータが少し戸惑った様子だったのも理解できる。
「……ちょっと待って。イリメルは、魔法剣を渡す意味を知らなかった?」
苦悩するように眉間の皺に手を添え、ディータが尋ねた。私はそれに、激しく頷く。
「え……嘘だろ。俺、勝手に告られたと思って舞い上がって、悩んで覚悟決めてたのに、勘違いだったってこと……?」
「か、勘違いじゃないですっ!」
ディータが指輪の小箱をまたポケットにしまおうとしたから、私は慌ててそれに飛びついた。そして、素早く左手の薬指に装着してしまう。
「も、もうつけちゃいました! 外れません! 私のプロポーズは意識外でしたけれど、ディータさんのプロポーズはこれでもう取り消せませんから!」
「もう外れないって……ブカブカじゃん」
「こ、これからちょうどよくなるから問題ありませんっ!」
「無茶苦茶言うな……」
指輪を必死に渡すまいとする私を、ディータは呆れたように見ている。でも、その顔は優しい。
「イリメルは強いな」
これはどっちの意味なんだろうかと、私は身構えた。
褒めてくれるときもあるけれど、私にとっては〝強い〟は少し怖い言葉だ。その言葉で拒絶されるのは、もう嫌だった。
「私は確かに、強いです。強いですよ……普通の侯爵令嬢と比べたら……でも、まだまだなんです! まだまだだから、ディータさんにそばにいてもらわないと……」
拒絶の言葉を口にさせまいと、私は必死だった。
本当は、ぜんぜん強くなんてない。そうあろうとしてきただけだ。
貴族の令嬢らしい生活よりも冒険者の生活が楽しいのは認めるけれど、それは強いからではない。
「そっか。そうだよな。イリメルは、俺がいなきゃだめだもんな」
くしゃっと笑って、ディータは私の頬を撫でた。気づかないうちに、私は泣いてしまっていたらしい。その涙の雫を拭うように、そっと唇が重なるだけのキスをされた。
「イリメルは強いから守ってやる必要はないかもしれないけどさ、でもやっぱりそばにいたい。俺、イリメルが好きなんだよ」
「わ、私も好き……ディータさんが好きです!」
絶対に離してなるものかと、私はぎゅうぅっとディータの体にしがみついた。
そんなのはしたないだとか、淑女にあるまじきだとか、そういうことは意識から追いやった。
レーナのように相手に押しつけるふるふるふるんとした大きな胸はないけれど、逃したくないほど好きな人がいるなら、こうして抱きつくしかないのだ。
そのことが今、理屈ではなくわかった。
「わかったわかった! 離れないから安心して。あと、スイーラが潰れるぞ」
「あ……」
思わず夢中でしがみついてしまったけれど、私の腕の中にはスイーラがいるのだった。
でもこの子は、こんな騒ぎの中にあってもスヤスヤしている。
二人でその顔を覗き込んで、笑った。
「それじゃあ、帰ろうか」
「そうですね」
「帰り、だっこ替わる」
「お願いします」
せっかくきれいな湖畔にきたというのに、景色を見る余裕はなかった。
でも、こうしてスイーラを挟んで二人と一匹でいる時間が幸せで、それはそれで満足している。
これから先、まだたくさんの問題が山積みだ。
スイーラを守って育てていかなくてはならないし、ギルドと教会の連携をとっていかなくてはならない。
ディータと結婚するために実家を説得するのも……そこそこ骨が折れるだろう。
それでも、私はやれそうな気がしていた。
だって私の隣には、大好きな人がいるから。
〈END〉
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