恋愛栽培 ―A Perfect Sky ―

明智紫苑

文字の大きさ
9 / 25
本編

おいしいひととき

しおりを挟む
「真一伯父さん、ブログで『黄金のリンゴ』の画像を載せていたけど、食品用のメタリックスプレーだなんてねぇ…?」
「ふむ、秀吉辺りが好みそうだな」
 なるほど、慎重第一で健康オタクの家康なら、まずはそんな怪しい食材など拒むだろう。ただ、「ネズミの味噌汁を食べて死にかけた」なんて逸話のある伊達政宗なら、問題のスプレーを使いそうな気がする。加奈子はそう思う。
 伯父の「黄金のリンゴ」画像は、ギリシャ神話のパロディだ。リンゴには英語で「最も美しい女神に捧ぐ」と書かれていたが、三国志で言えば「晋」に相当する立場の聖母マリアがリンゴの受取人になりそうだ。
 秀虎は、現代についての知識をみるみる身につけていた。いや、首から下の「身」はまだまだ未完成だが、血管や神経などがだんだんと「体」の形に出来つつある。さらに、骨格らしきものすら見える。この状態の秀虎も、あのホラー嫌いの叔母には見せられない。
「それにしても、わしの時代にインターネットがあったならば、ますますひどい謀略が行われていたな」
「敵に偽物の情報をつかませたり?」
「うむ」
「そうだ、バレンタインのチョコをあげる」
「ありがとう」
 秀虎は意外と甘いものが好きだ。加奈子は一口ずつ、チョコを秀虎に食べさせた。
 加奈子は一口ずつチョコを親指と人差し指でつまんで秀虎に食べさせるたびに、その唇と舌の温もりと感触にドキドキする。まさしく「官能的」。
「どうした? 顔が赤いぞ」
「いいえ、何でもない!」
 いや、何でもなくない。加奈子は秀虎との距離が近づくたびにときめくが、それでも「慎み」を保ちたい。そもそも彼女は、義務教育時代のいじめの被害のせいで男性不信になったのだから、ここまで男に接する機会なんて、今までなかったのだ。
「ごちそうさま。うまかったよ」
 秀虎は微笑んだ。

 加奈子にとってバレンタインデーとは、秀虎と出会うまでは嫌いな日だった。中学時代、さえないいじめられっ子の女子だった彼女にとっては、バカな男子クラスメイトにチョコをくれてやるなんて論外だった。おいしいチョコがあるなら、バカ男子にやるより自分が食べた方がいい。
 初恋相手だった若い男性の担任の先生にすら、チョコを渡せなかった。なぜなら、先生は婚約を発表していたし、その時点で彼女の失恋は決まった。
 とは言え、先生にとっては彼女はただの教え子に過ぎなかったし、彼女にとっても先生は過去の人に過ぎない。彼女は、中学の同窓会には出席しない。あの頃は、嫌な思い出ばかりだったからだ。
 今はこうして秀虎と共にいると安心する。昔の男性恐怖症の自分からは想像もつかない事態だ。秀虎がそんな彼女に訊く。
「お前、来週は友達に会いに行くんだろう?」
「うん、涼ちゃんとワカとケーキバイキングにね」
「うらやましいな。わしも元の体に戻ったら、お前と一緒にどこかに行きたいな」
「それってデート?」
 秀虎は微笑む。
「ああ、思う存分デートしよう」
 加奈子は顔を赤らめつつ微笑んだ。



 加奈子は久しぶりに涼子と若菜に会う。以前と同じ、駅前のホテルのケーキバイキングだ。さやかは今回も、スケジュールの都合で来られなかった。
「ひょっとしてあんた、彼氏でも出来た? それともまさか彼女?」
 涼子がズバリ聞いた。加奈子はその大胆な質問に顔が真っ赤になった。
「確かに…今、好きな人はいるよ」
「うーん、その様子からして、あまり深くは追及しない方がいいようね」
 あえて深くは追及しない。だからこそ、加奈子はこの二人を信頼している。
 若菜が言うには、さやかの人気連載のテレビアニメ化が決まったという。それは加奈子も購読している百合漫画雑誌に連載している漫画だが(ちなみに加奈子はボーイズラブというジャンルにはあまり興味がない)、アニメ版は放送時間がかなり遅いようだ。そもそも、オタク向けのアニメの多くは、深夜に放送される番組が多い。
 加奈子も秀虎も、その時間帯には寝ている。何しろ、仕事の都合上などで早起きする必要があるのだ。弁当のおかずは前の日の夕食のおかずの残りを転用するし、仕事場は歩いて数分だけど、あまり夜更かしは出来ない。



 もうすぐ3月だ。加奈子は花粉症が心配だった。余市の真一伯父たちは、本州の住人ほど花粉に悩まされないのだろう。加奈子はそれがうらやましかった。
「北海道、行ってみたいな」
 ホテルを出て解散してから、加奈子はスーパーに買い出しに行った。基本的な食材の他に、お菓子もいくつか買った。今日はたまたま沖縄の名産品コーナーがあったので、ランチョンミートの缶をいくつか買った。このポーク缶は色々な料理に使えるから便利なのだ。
 これらはほとんど非常食みたいなものだから、すぐには使わない。今日の夕食はカレー、それも秀虎が特に好きなポークカレーだ。
 秀虎が初めてカレーを見た時には、かなり仰天したが、言わずと知れた理由だ。しかし、予想以上に現代への順応性が高い秀虎は、現代日本の「事実上の国民食」を気に入るようになった。
「ヒデさん、早く元通りの体に戻るといいな」
 加奈子は願う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...