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本編
おいしいひととき
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「真一伯父さん、ブログで『黄金のリンゴ』の画像を載せていたけど、食品用のメタリックスプレーだなんてねぇ…?」
「ふむ、秀吉辺りが好みそうだな」
なるほど、慎重第一で健康オタクの家康なら、まずはそんな怪しい食材など拒むだろう。ただ、「ネズミの味噌汁を食べて死にかけた」なんて逸話のある伊達政宗なら、問題のスプレーを使いそうな気がする。加奈子はそう思う。
伯父の「黄金のリンゴ」画像は、ギリシャ神話のパロディだ。リンゴには英語で「最も美しい女神に捧ぐ」と書かれていたが、三国志で言えば「晋」に相当する立場の聖母マリアがリンゴの受取人になりそうだ。
秀虎は、現代についての知識をみるみる身につけていた。いや、首から下の「身」はまだまだ未完成だが、血管や神経などがだんだんと「体」の形に出来つつある。さらに、骨格らしきものすら見える。この状態の秀虎も、あのホラー嫌いの叔母には見せられない。
「それにしても、わしの時代にインターネットがあったならば、ますますひどい謀略が行われていたな」
「敵に偽物の情報をつかませたり?」
「うむ」
「そうだ、バレンタインのチョコをあげる」
「ありがとう」
秀虎は意外と甘いものが好きだ。加奈子は一口ずつ、チョコを秀虎に食べさせた。
加奈子は一口ずつチョコを親指と人差し指でつまんで秀虎に食べさせるたびに、その唇と舌の温もりと感触にドキドキする。まさしく「官能的」。
「どうした? 顔が赤いぞ」
「いいえ、何でもない!」
いや、何でもなくない。加奈子は秀虎との距離が近づくたびにときめくが、それでも「慎み」を保ちたい。そもそも彼女は、義務教育時代のいじめの被害のせいで男性不信になったのだから、ここまで男に接する機会なんて、今までなかったのだ。
「ごちそうさま。うまかったよ」
秀虎は微笑んだ。
加奈子にとってバレンタインデーとは、秀虎と出会うまでは嫌いな日だった。中学時代、さえないいじめられっ子の女子だった彼女にとっては、バカな男子クラスメイトにチョコをくれてやるなんて論外だった。おいしいチョコがあるなら、バカ男子にやるより自分が食べた方がいい。
初恋相手だった若い男性の担任の先生にすら、チョコを渡せなかった。なぜなら、先生は婚約を発表していたし、その時点で彼女の失恋は決まった。
とは言え、先生にとっては彼女はただの教え子に過ぎなかったし、彼女にとっても先生は過去の人に過ぎない。彼女は、中学の同窓会には出席しない。あの頃は、嫌な思い出ばかりだったからだ。
今はこうして秀虎と共にいると安心する。昔の男性恐怖症の自分からは想像もつかない事態だ。秀虎がそんな彼女に訊く。
「お前、来週は友達に会いに行くんだろう?」
「うん、涼ちゃんとワカとケーキバイキングにね」
「うらやましいな。わしも元の体に戻ったら、お前と一緒にどこかに行きたいな」
「それってデート?」
秀虎は微笑む。
「ああ、思う存分デートしよう」
加奈子は顔を赤らめつつ微笑んだ。
⭐
加奈子は久しぶりに涼子と若菜に会う。以前と同じ、駅前のホテルのケーキバイキングだ。さやかは今回も、スケジュールの都合で来られなかった。
「ひょっとしてあんた、彼氏でも出来た? それともまさか彼女?」
涼子がズバリ聞いた。加奈子はその大胆な質問に顔が真っ赤になった。
「確かに…今、好きな人はいるよ」
「うーん、その様子からして、あまり深くは追及しない方がいいようね」
あえて深くは追及しない。だからこそ、加奈子はこの二人を信頼している。
若菜が言うには、さやかの人気連載のテレビアニメ化が決まったという。それは加奈子も購読している百合漫画雑誌に連載している漫画だが(ちなみに加奈子はボーイズラブというジャンルにはあまり興味がない)、アニメ版は放送時間がかなり遅いようだ。そもそも、オタク向けのアニメの多くは、深夜に放送される番組が多い。
加奈子も秀虎も、その時間帯には寝ている。何しろ、仕事の都合上などで早起きする必要があるのだ。弁当のおかずは前の日の夕食のおかずの残りを転用するし、仕事場は歩いて数分だけど、あまり夜更かしは出来ない。
⭐
もうすぐ3月だ。加奈子は花粉症が心配だった。余市の真一伯父たちは、本州の住人ほど花粉に悩まされないのだろう。加奈子はそれがうらやましかった。
「北海道、行ってみたいな」
ホテルを出て解散してから、加奈子はスーパーに買い出しに行った。基本的な食材の他に、お菓子もいくつか買った。今日はたまたま沖縄の名産品コーナーがあったので、ランチョンミートの缶をいくつか買った。このポーク缶は色々な料理に使えるから便利なのだ。
これらはほとんど非常食みたいなものだから、すぐには使わない。今日の夕食はカレー、それも秀虎が特に好きなポークカレーだ。
秀虎が初めてカレーを見た時には、かなり仰天したが、言わずと知れた理由だ。しかし、予想以上に現代への順応性が高い秀虎は、現代日本の「事実上の国民食」を気に入るようになった。
「ヒデさん、早く元通りの体に戻るといいな」
加奈子は願う。
「ふむ、秀吉辺りが好みそうだな」
なるほど、慎重第一で健康オタクの家康なら、まずはそんな怪しい食材など拒むだろう。ただ、「ネズミの味噌汁を食べて死にかけた」なんて逸話のある伊達政宗なら、問題のスプレーを使いそうな気がする。加奈子はそう思う。
伯父の「黄金のリンゴ」画像は、ギリシャ神話のパロディだ。リンゴには英語で「最も美しい女神に捧ぐ」と書かれていたが、三国志で言えば「晋」に相当する立場の聖母マリアがリンゴの受取人になりそうだ。
秀虎は、現代についての知識をみるみる身につけていた。いや、首から下の「身」はまだまだ未完成だが、血管や神経などがだんだんと「体」の形に出来つつある。さらに、骨格らしきものすら見える。この状態の秀虎も、あのホラー嫌いの叔母には見せられない。
「それにしても、わしの時代にインターネットがあったならば、ますますひどい謀略が行われていたな」
「敵に偽物の情報をつかませたり?」
「うむ」
「そうだ、バレンタインのチョコをあげる」
「ありがとう」
秀虎は意外と甘いものが好きだ。加奈子は一口ずつ、チョコを秀虎に食べさせた。
加奈子は一口ずつチョコを親指と人差し指でつまんで秀虎に食べさせるたびに、その唇と舌の温もりと感触にドキドキする。まさしく「官能的」。
「どうした? 顔が赤いぞ」
「いいえ、何でもない!」
いや、何でもなくない。加奈子は秀虎との距離が近づくたびにときめくが、それでも「慎み」を保ちたい。そもそも彼女は、義務教育時代のいじめの被害のせいで男性不信になったのだから、ここまで男に接する機会なんて、今までなかったのだ。
「ごちそうさま。うまかったよ」
秀虎は微笑んだ。
加奈子にとってバレンタインデーとは、秀虎と出会うまでは嫌いな日だった。中学時代、さえないいじめられっ子の女子だった彼女にとっては、バカな男子クラスメイトにチョコをくれてやるなんて論外だった。おいしいチョコがあるなら、バカ男子にやるより自分が食べた方がいい。
初恋相手だった若い男性の担任の先生にすら、チョコを渡せなかった。なぜなら、先生は婚約を発表していたし、その時点で彼女の失恋は決まった。
とは言え、先生にとっては彼女はただの教え子に過ぎなかったし、彼女にとっても先生は過去の人に過ぎない。彼女は、中学の同窓会には出席しない。あの頃は、嫌な思い出ばかりだったからだ。
今はこうして秀虎と共にいると安心する。昔の男性恐怖症の自分からは想像もつかない事態だ。秀虎がそんな彼女に訊く。
「お前、来週は友達に会いに行くんだろう?」
「うん、涼ちゃんとワカとケーキバイキングにね」
「うらやましいな。わしも元の体に戻ったら、お前と一緒にどこかに行きたいな」
「それってデート?」
秀虎は微笑む。
「ああ、思う存分デートしよう」
加奈子は顔を赤らめつつ微笑んだ。
⭐
加奈子は久しぶりに涼子と若菜に会う。以前と同じ、駅前のホテルのケーキバイキングだ。さやかは今回も、スケジュールの都合で来られなかった。
「ひょっとしてあんた、彼氏でも出来た? それともまさか彼女?」
涼子がズバリ聞いた。加奈子はその大胆な質問に顔が真っ赤になった。
「確かに…今、好きな人はいるよ」
「うーん、その様子からして、あまり深くは追及しない方がいいようね」
あえて深くは追及しない。だからこそ、加奈子はこの二人を信頼している。
若菜が言うには、さやかの人気連載のテレビアニメ化が決まったという。それは加奈子も購読している百合漫画雑誌に連載している漫画だが(ちなみに加奈子はボーイズラブというジャンルにはあまり興味がない)、アニメ版は放送時間がかなり遅いようだ。そもそも、オタク向けのアニメの多くは、深夜に放送される番組が多い。
加奈子も秀虎も、その時間帯には寝ている。何しろ、仕事の都合上などで早起きする必要があるのだ。弁当のおかずは前の日の夕食のおかずの残りを転用するし、仕事場は歩いて数分だけど、あまり夜更かしは出来ない。
⭐
もうすぐ3月だ。加奈子は花粉症が心配だった。余市の真一伯父たちは、本州の住人ほど花粉に悩まされないのだろう。加奈子はそれがうらやましかった。
「北海道、行ってみたいな」
ホテルを出て解散してから、加奈子はスーパーに買い出しに行った。基本的な食材の他に、お菓子もいくつか買った。今日はたまたま沖縄の名産品コーナーがあったので、ランチョンミートの缶をいくつか買った。このポーク缶は色々な料理に使えるから便利なのだ。
これらはほとんど非常食みたいなものだから、すぐには使わない。今日の夕食はカレー、それも秀虎が特に好きなポークカレーだ。
秀虎が初めてカレーを見た時には、かなり仰天したが、言わずと知れた理由だ。しかし、予想以上に現代への順応性が高い秀虎は、現代日本の「事実上の国民食」を気に入るようになった。
「ヒデさん、早く元通りの体に戻るといいな」
加奈子は願う。
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