恋愛栽培 ―A Perfect Sky ―

明智紫苑

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本編

闇の中の炎

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「何だ!?」
 突然、加奈子とブライティを囲んで走り回っていた暴走族たちが炎に包まれた。
「ギャー!!」
「何だ!?」
「放火だ!」
「焼け死ぬ~!!」
「ひぇえぇぇ~!?」
 二人の乙女たちを囲んで走り回っていた暴走族どもは、炎に包まれた。そこで、誰かが叫んだ。
「ブライティ、加奈子に乗り移って飛べ!」
 知らない男の叫びが聞こえ、ブライティは消えた。そして、加奈子はその場で飛び上がった。
「きゃっ!」
「果心さん、サンキュー!」
 加奈子はまたブライティに体を乗っ取られた。一体化した二人は、暴走族の輪から飛び上がって逃れた。加奈子の脳内でブライティの声が響く。
「果心さんは本物の火を使う事もあるけど、あれは幻だ。さあ、早く逃げよう!」
 ブライティが乗り移っている加奈子はまた走り出した。早く家に戻りたいが、それはブライティ次第だ。加奈子は秀虎が心配だった。
「あ! 一台追ってきている!」
「え!?」
 二人はさらに急いだ。しかし、一台のバイクはしぶとく二人を追っている。
「あいつらを雇った奴、かなりの報酬の約束をしているみたいだね」
 加奈子はブライティの言葉にゾッとした。やはり、「あすかももこ」=浜凛華は裏社会とのつながりがあるのだ。何て事だ。自分はとんでもない相手を敵に回してしまったのだ。
 しかし、今さら後悔してもしょうがない。凛華たちの魔の手から、いかに逃げ延びられるか? 二人はジグザグに道を曲がりながら、追っ手のバイクから逃げたが、バイクはなおもしつこく追いかけてくる。
 さっきとは違って、だんだんと家に近づいているが、しかし、あのバイクの奴をどうにか出来ないだろうか?
「うーん、何とか奴らを追い払いたいけど、手荒な真似は出来ないね」
 ブライティは言う。

「おのれ…くじけてたまるか…!」
 秀虎の意識は、再び目覚めた。
 彼は、再び這い上がった。何としても立ち上がろう。しかし、まだ体の自由が利いているとは言えない。
「うっ!」
 彼は、また倒れ込んだ。
「加奈…!」
 彼が許嫁いいなずけ加奈と出会ったのは、彼が20歳、彼女が15歳の頃だった。そして2年後、二人は祝言を挙げた。
 二人は仲睦まじい夫婦だった。しかし、なかなか子供が出来なかった。周りの者たちからは妾を迎えるのを勧められたが、秀虎はかたくなに拒んだ。
「他に女はいない」
 当時の武士たちの間では衆道が盛んだったが、彼は他の男たちとそのような関係にはならなかった。「色」をもって権力者に媚びるような男を、彼は軽蔑していた。
 数年後、加奈が妊娠した。秀虎は喜んだが、加奈は元々病弱な体だった。無事に子を産めるかどうか分からなかった。そして、不安は的中した。
 加奈は流産し、病床についた。
「私、死ぬのは怖くはありません。ただ、あなたを残していくのが心配です」
 もうすぐ生命の火が消えかける。それでも加奈は、精いっぱいの笑顔を夫に見せた。
「どうか泣かないで。またいつか、あなたに逢えるはずです」
 またいつか。それは来世なのか?
 加奈は安らかに息絶えた。幸せな夢を見るかの如き微笑みを浮かべて。
 秀虎は、声もなく涙を流した。
「他に女はいない」
 彼は、周りの再婚の勧めを拒んだ。
 そして彼は、北条氏の軍勢を相手に奮戦した。敵将と相討ちになり、息絶えた。
「加奈…!」
 あの太公望呂尚のはからいで、彼は亡き妻の生まれ変わりと再会出来たのだ。たとえ以前の記憶などなくても、彼は今の加奈子を愛していた。
 意識が再び薄れ、彼は倒れた。夢の中で、昔の加奈と今の加奈子のイメージが錯綜する。どちらも最愛の女である事には変わりない。
 闇が彼を包んだ。

「さて、お前らを雇った奴は誰だ?」
 果心は、暴走族たちを尋問した。幻の炎はすでに消えている。もちろん、火傷を負った者はいない。
 その代わり、暴走族たちは果心の魔力で身動きが取れなかった。
「正直に答えないと、本当にお前らを燃やすぞ。答えろ」
 暴走族たちの中には、失禁して泣きじゃくっている者もいる。それぐらいの衝撃だったようだ。
 一人、恐る恐る語り出した。
「お…俺たちの先輩の彼女だった人がいて、その人があの人を始末するようにって、俺らに依頼したんスよ…」
「なるほど、その女の名は?」
「浜凛華さんという人です。『あすかももこ』という源氏名で、そっち方面の仕事をしています」
 果心はため息をついた。
「やはり、あの女か…」
 あの違法風俗店のある雑居ビルから出てきて、ハンバーガーショップでセコい「バニラシェイク詐欺」をしていた、いかにもギャル系ファッション誌の読者モデル風のいでたちの女。熟し過ぎて腐りかけた果実のような色香を放つそいつが、加奈子を陥れようとしているのだ。
 しかし、あの二人には一体何の接点があるのだろう? とりあえず、本人が住んでいる場所に行ってみよう。
 果心は、光の玉になって、飛び出した。残された暴走族たちは、ある者は呆然とし、またある者は失禁しながら泣きわめいていた。
「あの女が住んでいる安アパート…」
 光の玉は、ある安アパートにたどり着いた。木造モルタル2階立て、築20年以上の安アパートである。
 あの女、凛華はこのアパートの2階に住んでいる。
 果心は光の玉の姿のままで、凛華の寝室を覗いた。どこもかしこも散らかっている。いわゆる「汚部屋」だ。まさしく、この部屋の主の殺伐とした心そのままだった。
「あの様子…間違いなく危ない薬をやっているな」
 凛華は、何やら「訳の分からない念仏」を唱えている。自分以外の全ての存在を呪うように。
 それが彼女の心の支え。生きながらにして、彼女は半ば「悪霊」と化していた。
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