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本編
二人の音楽
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今日はクリスマスイヴだ。現代の日本においては、クリスチャンでなくても特別な日になっているが、結局は商業主義あっての「特別な日」だ。今夜の加奈子は、祖母が亡くなってからは、たった一人で過ごす事になる。そう思っていた。テレビであまり面白くない特番を観ながら、近所のスーパーで買ったローストチキンを食べるつもりだった。
近所に加奈子の従弟倫と、倫の恋人・小百合が住んでいるが、倫は加奈子の弟みたいなものだし、小百合も妹みたいなものだ。しかし、おそらく二人はクリスマスイヴを「恋人同士らしく」二人きりで過ごすのだろう。うらやましいし、寂しい。加奈子はそう思っていた。
「でも、今年はヒデさんがいるから寂しくない」
しかし、秀虎の首の切り口から生えている「根っこ」がだいぶ成長しているから、そろそろもっと新しい水槽に替えなければならない。加奈子はその作業に取りかかった。
《ピンポーン!》
「はーい!」
加奈子は玄関に行った。そこには、倫と小百合がいた。
「倫!? それにサユ!? どうしたの?」
「加奈姉ちゃん、一人じゃ寂しいだろうから、俺たち一緒に来た」
「お土産としてフライドチキンとオードブルを持ってきたよ。それからケーキも。加奈さんが好きなレアチーズもあるし」
加奈子は二人を家に入れたが、謎の同居人秀虎の存在が知られるとマズい。どうしよう?
「あれ? 床が水でビショビショだよ?」
「え!?」
加奈子は焦る。水を取り替える、と言うか、秀虎の頭をもっと大きい水槽に置き換える途中だ。どうごまかそう?
「あれ? じいちゃんの熱帯魚部屋に何かあるの?」
「あ! ダメー!」
倫も小百合も、当然、謎の生首男秀虎の姿に仰天したが、何とか冷静さを取り戻し、クリスマスパーティーを始めた。実に順応性が高い。茶の間に水槽ごと秀虎の頭を移して、四人。これなら、テレビのくだらない特別番組を観ながらわびしいクリスマスイヴを過ごさなくても済む。
「ヒデさんって、本物の戦国武将だったんスか~? すげぇ!」
「さぞかしカッコ良かったんでしょうね」
「…うむ、返答には困るが、その…」
「そうだ、あんたたち、ヒデさんを別の水槽に移し替えるのを手伝ってほしいの。だいぶ『根っこ』が成長してきたし」
ご馳走を(明日の朝食分は残して)食べ終わってから、加奈子たちはもっと大きな水槽に水を溜めて、秀虎の頭を移した。この一番大きな水槽は、成人男性がまるまる一人は入りそうな大きさだ。
「あんたたち、これは秘密だからね」
「うん、分かってるよ」
倫と小百合は帰った。
⭐
「ねぇ、先生」
「何だ、ブライティ?」
呂尚は、ブライティという名の少女と一緒に、マンションの屋上にいた。二人は、加奈子と秀虎のいる一軒家を見下ろしている。
雪は黙々と降り続ける。繁華街から離れたこの辺は、住人がテレビの年末特番を観るために家にいるのか、静かだった。コンビニにたむろする客もほとんどいない。
「あのお侍さん、元の体に戻ったらどうするんですか?」
「まあ、色々とこっそり工作して、あやつの戸籍やら経歴の記録やらを作っておくな。ただ生き返らせるだけでは不十分だ」
「確かに戸籍などがないと、色々と不便ですねぇ」
大晦日の夜、加奈子は秀虎の水槽がある部屋に、布団とテレビとCDラジオを持ち込んでいた。すでにパジャマ姿だ。加奈子は、家にいる間の大半を秀虎と一緒に過ごしていた。小説執筆のためのノートパソコンも、この部屋に置いている。
今年の大晦日も、紅白歌合戦を観る。子供の頃からの毎年の習慣だから、というのもあるが、「昔の人」である秀虎と一緒に観る番組としては、一番無難だからだ。そもそも秀虎は、あるお笑い芸人が好きではないらしい。加奈子自身も、お笑い番組にはあまり興味がなかった。
ブライティ…ブライトムーン。年格好は十代半ばの、ブロンド白人の少女である。彼女はマフラーと一体化した形の猫耳付きニット帽をかぶり、ダウンジャケットを着ている。
呂尚はダークグレーのコートを着ている。彼は傘を差していたが、この傘はどんな形態にも変えられる万能武器だった。
ある時は釣り竿、またある時はステッキ。いざという時には、剣やライフルやバズーカ砲などにもなる。
しかし、そのような物騒な物体として使う機会は、そうそうない。
「果心の奴、『悪霊』が出てくる可能性があると言っていたな」
「果心さんが?」
「それで子胥のところに行ったようだ」
「子胥様…?」
「奴は子胥から何かを借りてくるらしい。あまりムチャせんでほしいがなぁ」
「その悪霊というのは、あのお侍さんと関係あるんでしょうか?」
「それは私にも分からん。『敵』は意外なところからやって来るかもしれんぞ」
呂尚は眉をひそめた。
アイドルもいれば、自作自演アーティストもいる。ロックもあれば、演歌もある。おまけに、クラシックの声楽の人まで出たりする。
三顧の礼で迎えた(大げさか)大物ミュージシャンもいる。しかも、海外からの中継。いかにもそのミュージシャン自身のプライドの高さがモロ出しな演出だ。
この番組をあくまでも「音楽番組」として観るならば、色々と奇妙なものだと言える。これほど「雑多な」ジャンルを扱う音楽番組なんて、他にはない。
いわば、音楽の幕の内弁当だ。
「実に学ぶべき物事は多いが、さて…?」
「確かに昔の人たちにとっては、音楽って贅沢品だよね」
加奈子と秀虎は、紅白歌合戦を観ている。去年は祖母と一緒に観ていたが、今年はヒデさんと一緒。
音楽=贅沢品。しかし、「悪名高き二つのもの」テクノロジーと資本主義の発達のおかげで、音楽は一般庶民でも気軽に楽しめるものになった。
ちなみに諸子百家の墨子が音楽嫌いだったというのは、孔子が音楽好きで、なおかつ儒教が音楽を重視したのに対するアンチテーゼだったらしい。墨家の見解では、音楽とは「贅沢は敵だ」的なものだったらしい。
なるほど、禁欲的な墨家の「音楽排除」はまだ納得は出来る。しかし、ラファエル前派のダンテ・ゲイブリエル・ロセッティが音楽嫌いだったらしいのが謎だ。音楽嫌いのクセに、楽器を小道具にした美人画を何枚か描いたのは一体、どういう事なのか?
「ロセッティという人は、奥さんや愛人たちを振り回して不幸にした最低のダメ男だったけど、ヒデさんは信頼出来る人」
加奈子はそう思う。秀虎は生前は側室も男性の愛人も作らず、加奈という名の妻を一途に愛していた。
だけど、加奈子が本当に秀虎の妻・加奈の生まれ変わりなのかは、分からない。
「男女に別れて歌合戦をしているが、男女一緒の集まりもあるではないか?」
言われてみれば、確かに男女混合グループは何組かいる。一応はメインヴォーカリストの性別で決めるようだが、なるほど、この辺に違和感があるのだ。
まあ、紅白どちらが勝ってもどうでもいい。加奈子も秀虎も、好きなミュージシャンは男女どちらもいるのだから。
「起きてから、あの二人と一緒に神社に参るのだろう?」
「うん。帰りにお土産を買ってくるね」
あの二人とは、倫と小百合の事だ。電気を消して、加奈子は布団に潜り込んだ。今夜はどんな初夢を見るのだろう?
近所に加奈子の従弟倫と、倫の恋人・小百合が住んでいるが、倫は加奈子の弟みたいなものだし、小百合も妹みたいなものだ。しかし、おそらく二人はクリスマスイヴを「恋人同士らしく」二人きりで過ごすのだろう。うらやましいし、寂しい。加奈子はそう思っていた。
「でも、今年はヒデさんがいるから寂しくない」
しかし、秀虎の首の切り口から生えている「根っこ」がだいぶ成長しているから、そろそろもっと新しい水槽に替えなければならない。加奈子はその作業に取りかかった。
《ピンポーン!》
「はーい!」
加奈子は玄関に行った。そこには、倫と小百合がいた。
「倫!? それにサユ!? どうしたの?」
「加奈姉ちゃん、一人じゃ寂しいだろうから、俺たち一緒に来た」
「お土産としてフライドチキンとオードブルを持ってきたよ。それからケーキも。加奈さんが好きなレアチーズもあるし」
加奈子は二人を家に入れたが、謎の同居人秀虎の存在が知られるとマズい。どうしよう?
「あれ? 床が水でビショビショだよ?」
「え!?」
加奈子は焦る。水を取り替える、と言うか、秀虎の頭をもっと大きい水槽に置き換える途中だ。どうごまかそう?
「あれ? じいちゃんの熱帯魚部屋に何かあるの?」
「あ! ダメー!」
倫も小百合も、当然、謎の生首男秀虎の姿に仰天したが、何とか冷静さを取り戻し、クリスマスパーティーを始めた。実に順応性が高い。茶の間に水槽ごと秀虎の頭を移して、四人。これなら、テレビのくだらない特別番組を観ながらわびしいクリスマスイヴを過ごさなくても済む。
「ヒデさんって、本物の戦国武将だったんスか~? すげぇ!」
「さぞかしカッコ良かったんでしょうね」
「…うむ、返答には困るが、その…」
「そうだ、あんたたち、ヒデさんを別の水槽に移し替えるのを手伝ってほしいの。だいぶ『根っこ』が成長してきたし」
ご馳走を(明日の朝食分は残して)食べ終わってから、加奈子たちはもっと大きな水槽に水を溜めて、秀虎の頭を移した。この一番大きな水槽は、成人男性がまるまる一人は入りそうな大きさだ。
「あんたたち、これは秘密だからね」
「うん、分かってるよ」
倫と小百合は帰った。
⭐
「ねぇ、先生」
「何だ、ブライティ?」
呂尚は、ブライティという名の少女と一緒に、マンションの屋上にいた。二人は、加奈子と秀虎のいる一軒家を見下ろしている。
雪は黙々と降り続ける。繁華街から離れたこの辺は、住人がテレビの年末特番を観るために家にいるのか、静かだった。コンビニにたむろする客もほとんどいない。
「あのお侍さん、元の体に戻ったらどうするんですか?」
「まあ、色々とこっそり工作して、あやつの戸籍やら経歴の記録やらを作っておくな。ただ生き返らせるだけでは不十分だ」
「確かに戸籍などがないと、色々と不便ですねぇ」
大晦日の夜、加奈子は秀虎の水槽がある部屋に、布団とテレビとCDラジオを持ち込んでいた。すでにパジャマ姿だ。加奈子は、家にいる間の大半を秀虎と一緒に過ごしていた。小説執筆のためのノートパソコンも、この部屋に置いている。
今年の大晦日も、紅白歌合戦を観る。子供の頃からの毎年の習慣だから、というのもあるが、「昔の人」である秀虎と一緒に観る番組としては、一番無難だからだ。そもそも秀虎は、あるお笑い芸人が好きではないらしい。加奈子自身も、お笑い番組にはあまり興味がなかった。
ブライティ…ブライトムーン。年格好は十代半ばの、ブロンド白人の少女である。彼女はマフラーと一体化した形の猫耳付きニット帽をかぶり、ダウンジャケットを着ている。
呂尚はダークグレーのコートを着ている。彼は傘を差していたが、この傘はどんな形態にも変えられる万能武器だった。
ある時は釣り竿、またある時はステッキ。いざという時には、剣やライフルやバズーカ砲などにもなる。
しかし、そのような物騒な物体として使う機会は、そうそうない。
「果心の奴、『悪霊』が出てくる可能性があると言っていたな」
「果心さんが?」
「それで子胥のところに行ったようだ」
「子胥様…?」
「奴は子胥から何かを借りてくるらしい。あまりムチャせんでほしいがなぁ」
「その悪霊というのは、あのお侍さんと関係あるんでしょうか?」
「それは私にも分からん。『敵』は意外なところからやって来るかもしれんぞ」
呂尚は眉をひそめた。
アイドルもいれば、自作自演アーティストもいる。ロックもあれば、演歌もある。おまけに、クラシックの声楽の人まで出たりする。
三顧の礼で迎えた(大げさか)大物ミュージシャンもいる。しかも、海外からの中継。いかにもそのミュージシャン自身のプライドの高さがモロ出しな演出だ。
この番組をあくまでも「音楽番組」として観るならば、色々と奇妙なものだと言える。これほど「雑多な」ジャンルを扱う音楽番組なんて、他にはない。
いわば、音楽の幕の内弁当だ。
「実に学ぶべき物事は多いが、さて…?」
「確かに昔の人たちにとっては、音楽って贅沢品だよね」
加奈子と秀虎は、紅白歌合戦を観ている。去年は祖母と一緒に観ていたが、今年はヒデさんと一緒。
音楽=贅沢品。しかし、「悪名高き二つのもの」テクノロジーと資本主義の発達のおかげで、音楽は一般庶民でも気軽に楽しめるものになった。
ちなみに諸子百家の墨子が音楽嫌いだったというのは、孔子が音楽好きで、なおかつ儒教が音楽を重視したのに対するアンチテーゼだったらしい。墨家の見解では、音楽とは「贅沢は敵だ」的なものだったらしい。
なるほど、禁欲的な墨家の「音楽排除」はまだ納得は出来る。しかし、ラファエル前派のダンテ・ゲイブリエル・ロセッティが音楽嫌いだったらしいのが謎だ。音楽嫌いのクセに、楽器を小道具にした美人画を何枚か描いたのは一体、どういう事なのか?
「ロセッティという人は、奥さんや愛人たちを振り回して不幸にした最低のダメ男だったけど、ヒデさんは信頼出来る人」
加奈子はそう思う。秀虎は生前は側室も男性の愛人も作らず、加奈という名の妻を一途に愛していた。
だけど、加奈子が本当に秀虎の妻・加奈の生まれ変わりなのかは、分からない。
「男女に別れて歌合戦をしているが、男女一緒の集まりもあるではないか?」
言われてみれば、確かに男女混合グループは何組かいる。一応はメインヴォーカリストの性別で決めるようだが、なるほど、この辺に違和感があるのだ。
まあ、紅白どちらが勝ってもどうでもいい。加奈子も秀虎も、好きなミュージシャンは男女どちらもいるのだから。
「起きてから、あの二人と一緒に神社に参るのだろう?」
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