魔王の息子、勇者育成の為に人間界に降り立ちます

除湿マン

文字の大きさ
1 / 6

001.魔王の意志

しおりを挟む
 魔王は巨大に膨れあがっていた。一瞬、巨大な壁かと見紛う程の大きさであった。それは、魔王の力の強大さと同時に、如何に彼が怠惰であるかということを物語っていた。怠惰な人間は太る傾向があるが、魔王とてそれは同じだった。


「我は怠惰だ」


 巨体から発せられる言葉には、力がある。声量だとか、音圧だとか、そういう次元の話ではない。魂を揺さぶり掛けるような、目には見えない、数値では測れない圧倒的な力だ。

 魔王の言葉に当てられて脆く朽ち果ててしまう下級魔族や魔物の数知れず。最も、魔王自身、自分の言葉にいくつの命が失われているかなど知る由もない。

「魔王様。”永眠”まで残り幾ばくかの日数を如何されるおつもりですか? 」

 巨大な魔王の肩に座った栗色の短い髪の女が、魔王の顎元を摩りながら問いかける。魔王は巨大な眼球で彼女を見つめると、再び言葉を発する。

「実は考えていることがある。レイラを呼んでくれ」

「俺ならここにいます、父上」

 魔王の求めるレイラという男は、既に魔王の傍にいた。
 漆黒の髪は闇よりも黒く、赤い眼は無限の深淵を感じさせる。レイラは、魔王の前に立った。
 巨大に膨れ上がった父の姿を、レイラの瞳はしっかりと捉えていた。

「レイラよ。いくつになった? 」

「ちょうど800です、父上」

 レイラは表情を変えずに自らの年齢を伝えた。栗色の髪の女は魔王の肩から降り、レイラと同じ大地に降り立った。

「失礼致しましたレイラ様。私めが、レイラ様を上から見下ろすなどと…」

「別にいい。というか、普通に立っててもお前は俺を見下ろせるだろミカ」

 栗色の髪のミカと呼ばれた女は、長身だった。細身で身体の凹凸があまりなく、スレンダーな体格といったところだろう。
 かくいうレイラは、その身長はおよそ170センチ。180に近いミカには、同じ大地に立っていても見下ろされるのだ。

「何を仰いますか。私、レイラ様が自分より小さいなどと思ったことはただの一度もございません。貴方は我々にとって常に偉大な存在。比べることすらおこがましいですわ」

「父上に媚でも売るように吹き込まれたか?」

「やめてくださいませ」

 冗談半分でミカは笑って見せた。レイラも少し冗談を言って見せたが、すぐに魔王の方へ向き直った。魔王は、ミカとレイラのやり取りが終わったのを察し、再び力のこもった声を上げる。

「レイラよ。お前は生まれてこの方、人間を目にしたことがあるか?」

「あるはずもありません。父上と勇者デインの意志がある限り、人間を目にする機会など皆無なはずです」

 レイラは真っ直ぐ言い放った。便乗したのか、ミカも笑みを含めて言う。

「そうでございます。最も、今の人間にこのアルマカンドに乗り込む力があるとは思えませんわ」

 アルマカンドとは、魔王を筆頭に魔族が住まう世界であった。
 アルマカンドの王は、微動だにせずに続ける。

「そうだ、ミカよ。今の人間に、そのような力は無い」

「父上。何が仰りたいのでしょうか」

 魔王の言いたいことが、レイラにはいまいち分からなかった。

「レイラよ。勇者デインのことは知っているな?」

「はい。かつて父上と互角にやりあった唯一の存在。聖剣に選ばれし勇者デインのことですね」

「いかにも」

 かねてより対立関係にあった人間と魔族。それぞれの筆頭、勇者デインと魔王アリアルは、数多もの戦争を繰り広げた。勇者デインは人間でありながら、100を越える寿命をもち、その後数百年に渡り魔王アリアルと命を懸けて戦い続けたのだ。

「その後、父上は勇者デインに和解を持ち込んだ。デインはそれに応じ、魔王と勇者は今後一切交わることのないよう、大陸を二分し、三つの魔層と一つの巨大な滝によって隔てられた。それから今まで、人間がこのアルマカンドに足を踏み入れたことはございません」

 レイラは淡々と語って見せた。この逸話は、アルマカンドの魔族達には勿論、別の大陸に住む人間達の間にもよく知られたものだった。
 レイラは続ける。

「そしてお二人は、二分された大陸のうち、人間が住まう大陸、デイン大陸の中心に断罪宮という名の塔を建てた。今後人間がこの平和を乱し、魔族と再び争いを起こそうとすれば、断罪宮がそれを許さず、巨大な滝は裂け、三つの魔層は砕け散る…そう聞いております」 

「……うむ」

 魔王アリアルは頷いた。そして、続ける。

「しかしレイラよ。我はどうにも、怠惰じゃ」

「怠惰…ですか」

「うむ。お前にも分かるであろう?勇者デインの死後、我と互角に渡り合える存在は現れず、我は自らの力を自らの体に不本意にもため込むこととなった。そして今となってはこの有様。我の身体の中で、溜め込まれた力は腐ってしまったようだ。見るも無惨に、肥えてしまった」

「無残などとは、思っておりません」

 レイラは少し頭を下げて弁解をして見せる。ミカも膝をつき、頭を垂れた。魔王アリアルは構わず続けた。

「そして我は、永眠を余儀なくされた」

 魔王にとっての永眠とは、死ぬことではない。
 それは、一時の休息を意味する。怠惰によって膨れ上がった魔王の身体は、千年間の休息をもって元の姿へと回復を果たす。この千年間の休息を、魔族は永眠と呼んでいる。

「千年…永いようで短い。はたまた、短いようで永いか。我にはまだ分からぬ」

「ああっ…魔王様…! 」

 ミカは嘆き、泣き崩れる。魔族にとって、魔王は絶対的存在。象徴であった。その象徴が千年の間、永い眠りについてしまうことは、魔族達にとっては大いなる喪失に他ならない。

「そこでだ、レイラよ」

 魔王アリアルはミカの涙に動揺することなく声を張った。アルマカンド全域に緊張が張り詰める。

「お前に一つ、試練を課す」

「試練…?」

 それまで不変だったレイラの表情に、少し変化があった。

「我が眠りにつく千年のうちに、お前が我の理想とする世界を創り上げるのだ」

「理想…?」

 レイラは眉を潜めた。

「お言葉ですが父上。理想とする世界とはどういう意味でしょうか? 父上と勇者デインがかつて望んだ人間と魔族が交わらない世界。それこそが貴方の理想とする世界なのではないのですか?」

 レイラの返した言葉に、魔王は黙りこくった。その場にいた魔族達は、ミカも含め、実の父と言えど魔王に言葉を返すレイラの姿に唖然としていた。
 しかし魔族の驚嘆は杞憂であった。魔王アリアルは怒るどころか、大きな声で笑ってみせた。

「レイラよ。やはりお前は我が息子よ」

「父上…」

「レイラよ」

 魔王アリアルは、息子の名前を呼ぶ。

「我は考えるのだ。平和とはなんだろうかと。ずっと、考えていた」

 アルマカンドに沈黙が流れる。

「我と勇者デインの意志は人間と魔族が争うことのない平和。そう伝えてあるな? 」

「はい」

「しかし、あれは嘘だ」

 魔族達の中でどよめきが起こった。レイラも、驚きを隠せなかった。

「なぜ、嘘を…? 」

「レイラよ。我が眠り続けている千年の間に、我の思い描いたシナリオ通りの世界を創り上げてみせよ。それが出来れば、我と勇者デインの本当の意志を教えてやろう」

「本当の意志…」

 古来より魔族達は、魔王アリアルと勇者デインの意志の元、生きてきた。しかしそれは嘘であり、二人の意志は別のものであった。
 魔族達は、少なからず失望を隠せていなかった。

「魔王様、なぜそのような嘘を…! 」

 ミカも声を荒げる。しかし、魔王アリアルは口を割らずに立ち上がり、その巨大な背を同族に向ける。

「魔王様…! 」

「どこに行かれるのですか…?! 」

「本当の意志とは一体何なのですか!? 」

 魔族達からの失望の声と、本当の意志を羨望する声が交差した。

「黙らないか」

 そんな魔族達の喧噪を一瞬で沈黙に変えたのは、レイラの一言だった。沈黙はやがて、魔王アリアルが破った。

「我はこれから千年の眠りにつく。異論はあるか?」

 背中で語る魔王アリアルを見つめる赤い瞳。レイラは膝をつき、頭を垂れた。そして、少し間を開けて静かに口を開いた。

「ありません。おやすみなさいませ」

 レイラの一言の直後、他の魔族達もまた静かになり、レイラと同じように膝をつき、頭を垂れた。その光景は、魔王アリアルの姿が見えなくなるまで続けられた。
 やがてレイラは顔を上げ、立ち上がった。

「お前達の気持ちが分からないわけではない。しかし、お前達は今まで父上の何を見てきた?」

 レイラは背を向けたまま他の魔族達に語りかける。ミカは涙ぐんだ瞳でレイラの背中を見つめた。

「父上は、魔王だ。父上なりの考えがあるはずだ。そしてそれは、かつて勇者デインとの間で交わされた真の意志である。我々に出来ることは、父上の眠りを妨げないように尽くすこと。そして俺に出来ることは、父上の理想とする世界を創り上げることだ」

 圧巻であった。
 レイラに言葉を返す者は愚か、心の中で魔王アリアルの言動に疑問を抱く者すら、ただの一人としてこのアルマカンドには存在しなかった。



「俺を信じろ。そして、父上を信じろ」







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

勇者のハーレムパーティー抜けさせてもらいます!〜やけになってワンナイトしたら溺愛されました〜

犬の下僕
恋愛
勇者に裏切られた主人公がワンナイトしたら溺愛される話です。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...