上 下
12 / 51
4 みんなが見てるっ!

第12話

しおりを挟む
 こほんとせきばらいをひとつ入れて、話しはじめる小百合センパイ。

「花を育てることは、楽しいです。イケメンをでている気分になれるからです」

 しーんと静まり返る理科室。
 気にするそぶりもなく、スケッチブックをひらいて、みんなに見せる小百合センパイ。

「私が好きな花は、スズランです!」

 言葉どおり、スズランのイラストが描かれている。
 淡いパステルカラーで色づけされた、とっても上手なイラストだ。
 ただ、スズランの横には、クールなイケメンも描かれていて。

「大きな葉にかくれるように、そっと白い花を咲かせるスズラン。控えめで、クールなイケメンを連想しますっ!」
 
 小百合センパイのテンションがどんどん高まっていく。
 あちゃー。妄想スイッチが入っちゃったよ。

「ですが、スズランには毒があります。そんなキケンなところも、魅力です」

 顔を赤らめ、体をくねらせると、咲也くんに視線を送る小百合センパイ。
 咲也くんを「入部希望者です」って紹介したとき、小百合センパイ、「創作意欲をかきたてられるわ!」って興奮してたもんなぁ。
 咲也くんがモデルなのは明らかだ。
 小百合センパイは少女マンガが大好きで、将来の夢は、漫画家かイラストレーターなんだとか。

 さらに、イケメンと恋愛する自分を妄想しては、自分だけの世界に入っちゃう人なんだよね。
 だから、小百合センパイにとっては、花をイケメンに見立てるのは、ごくごく自然なのであります。
 となりの咲也くんをちらっと見やると、反応に困っている感じ。

「ああいう人なの。ごめんね」

 こそっと言うと、咲也くんは肩をすくめて、
「おもしろいセンパイじゃないですか」
 と言って、苦笑い。

 春だというのに、理科室の空気は完全に冷えきってる。
 新入生たちはドン引きだ。
 うん、わかるよ。
 わたしも最初は、小百合センパイのテンションにとまどったけど、今はもうなれてきた。

「ガーベラも好きです!」

 小百合センパイはスケッチブックをめくり、次のイラストを見せる。
 色とりどりの花を咲かせているガーベラ。

「ガーベラの花言葉は『希望』『前進』。前向きで明るいイケメンを連想しますっ!」

 短髪で、元気みなぎる長身のイケメンも描かれている。
 あー、これは蓮くんがモデルだね。
 小さいころからずっといっしょだから、そう感じないけど、ほかの女の子にとって蓮くんはイケメンらしい。
 そういえば蓮くんはよくモテる。空手バカだけど、女の子にはやさしいし、ワイルドな魅力があるそうで。

 ガラッ!
 扉がひらいて、三人の男の子が飛びこんできた。

「わりぃ! 遅くなった!」

 なぜか空手着に身をつつんで息を切らした蓮くんと、あとのふたりは、たしか蓮くんの友だちだ。

「ガーベラ! ……じゃなかった、御堂くん! 遅いじゃない! てか、なあに、そのカッコウ!」

 妄想モードを解除して、金切り声をあげる小百合センパイ。

「きゃあ! 御堂センパイよ!」
「かっこいい!」

 新入生たちのなかから、黄色い歓声が飛ぶ。
 蓮くん目当ての女の子もいたみたいだ。

「まぁまぁ。おもしろい出し物を思いついて練習してたんだよ。ここからは、おれにまかせてくれよな。園芸部の魅力をアピールするからさ」

 蓮くんがウインクすると、
「しょうがないわね。見学会もあるから、三分以内でね」
 と、場所をゆずって、わたしのとなりに立つ小百合センパイ。

「ウケをとれよ!」

 蓮くんの友だちふたりは、一番うしろの席に座った。

「――では、副部長のおれ、御堂蓮が、園芸の心がまえを空手の演武えんぶで表現します」

 ええっ!?
 園芸と空手が結びつかない。どんなふうになるんだろう?

「園芸は忍耐力が必要です。水やりや雑草ぬきなど、地道な作業が一年を通して、ずっと必要です」

 すると、蓮くんは気合いの入った声を、理科室に響かせた。

「忍耐だー! うりゃあ! せやあっ!」

 さけび声とともに、まるでだれかと戦っているかのように、突きや蹴りをくりだす。
 空手のかただ。
 わあっと、みんなが沸いた。
 やがてピタッと動きを止めると、蓮くんは、ふたたび口をひらく。

「そして、植物の敵は害虫です。予防や駆除作業が必要になってきます」

 言葉を切って、大きく深呼吸。
 蓮くんの額には、玉のような汗。

「害虫をー! ぜったいにー! 倒すっ!」

 さけんで、また動きだすと、さらにキレのある演武を披露する蓮くん。
 キラキラと光る汗が、あたりに飛びちる。
 黄色い歓声と、爆笑と、拍手が混ざりあって、ものすごい盛りあがり!
 蓮くんの友だちだろうか、指笛まで聞こえてきた。

 えっと、結局、園芸部の説明に、なんで空手……?
 まあ、園芸部の活動に興味を持ってもらうのが目的だし、盛りあがって大成功! ではあるのかな……?
しおりを挟む

処理中です...