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8 フラワーロードの戦い

第29話

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「いないけど……」

 わたしは目を泳がせながら、そう答える。

「そうですかぁ。乙黒くんも、おつきあいしてる子はいないらしいんですよね」
「…………」

 なにを言いたいんだろう?

「あたし、乙黒くんが気になってるんですよね。愛葉センパイにおねがいなんですけど、あたしが彼とつきあえるよう、応援してくれませんか?」

 そういうことか。
 咲也くんとうわさになってるわたしは、桃井さんにとっては邪魔者で。
 だから、わたしをけん制してるんだ。

「応援って言われても、わたし、恋愛とかにうといから……。いきなり言われても、困っちゃうよ」

 なんとか返事すると、ちらりと咲也くんに視線を送る。
 商店街の人と雑談していて、こっちで女同士の修羅場になっていることに気づいてないっ!
 まったくもうっ! わたしを守るって言ったくせに!

「作業がぜんぶ終わったみたいね。全員、植草先生のところに集合よ!」

 緊張の走る空気を断ち切るように、小百合センパイが声を張りあげた。


 時間は、お昼の十二時を過ぎたところ。

「みんな、暑いなか、お疲れさま。助っ人も来てくれたし、予定より早く終わったな。ただ、苗を植えて終わりじゃない。これからも商店街の人たちと協力して、立派なフラワーロードにしていこう。じゃあ、今日のところは解散ということに――」

 植草先生が言い終わらないうちに、桃井さんが咲也くんに話しかける。

「ねえ、乙黒くん。お昼いっしょに食べない?」

 甘ったるい声を出して、上目づかいで誘ってる。
 フンだ、わたしには関係ないもんね。

「里桜、なにか食べに行こうか?」

 わたしは、里桜を誘った。

「あたしはいいけどさ……いいの?」

 里桜は、ちらちらと咲也くんたちを見ている。

「いいの、いいの。行こ」

 わたしは、里桜の腕を引っ張ろうとした。
 すると――。

「わりぃ。このあと予定あるんだよ。今日は、手伝ってくれてサンキューな。お疲れ!」

 桃井さんの誘いを断ってる咲也くんの声が聞こえる。

「愛葉センパイ」

 わたしを呼びながら、かけよってくる咲也くん。


「おれとデートしてください」


 あまりにストレートな誘いに、ぽかーんとしてしまった。

「え? え? え?」

 返事もできずに、うろたえるばかり。

「行ってきなよ、一千花!」

 にんまりして、わたしの肩をたたく里桜。

「望月センパイ、ありがとうございます。愛葉センパイをお借りします」

 咲也くんがほほ笑むと、里桜は「どうぞ、どうぞ」と言いながら、わたしの背中をぐいぐいと押した。

「ちょ、ちょっと、里桜!」

 抵抗むなしく、咲也くんの正面に押しだされてしまった。

 咲也くんは、わたしの顔をのぞきこみ、
「今日は、おれにつきあってもらいますよ」
 と言うと、わたしの手をとった。

 わあっ! みんなのまえで、手をにぎっちゃったよ!
 咲也くんの大きな手が、わたしの小さな手をつつみこんでいて――。

「乙黒くん! それってどういうこと!?」

 わわっ、桃井さんが、目をつりあげて怒ってる!

「さっき、つきあってる人いないって言ったじゃん!」
「おれ、ウソはついてないよ。つきあってる人はいない」

 咲也くんは、まったく動じてない。

「じゃあ、それって……」

 固くにぎりしめられた、わたしと咲也くんの手を、いぶかしげに見る桃井さん。

「愛葉……一千花センパイは、おれの大切な人なんだ。つきあってるとか、つきあってないとか、そんな次元、越えちゃってるんだよな。それだけ深ーい仲なんだ」

 どこか遠い目をして言うと、咲也くんは、わたしの手を引いて歩きだす。

「うおー。やっぱり熱いな!」
「やるな、一年坊!」

 赤松センパイと、高梨センパイがはやしたてる。
 蓮くんは、だまって、わたしたちを見つめていて。

「お先に失礼します!」

 咲也くんは頭を下げて、蓮くんたちの横をすりぬける。
 あとにつづいたわたしと、蓮くんの視線がまじわった。

「…………」

 さびしげな目でわたしを見ていたから、なにも言葉が出ないまま、通り過ぎてしまった。
 蓮くん、どうしたんだろう……?
 ぜったい、からかってくると思ったのに。

 咲也くんは最後に、小百合センパイにあいさつした。

「門倉部長、お先に失礼します」
「きゃああああ! ほら! ほら! 私の妄想どおりでしょ、愛葉さん! スズランには毒があるのよ! キケンだわっ!」

 体をくねらせ、商店街に響きわたる音量でさけぶ小百合センパイ。
 その声が聞こえなくなるまで、わたしは顔を上げることができなかった。
 わたしの顔は、きっと真っ赤だと思う。

 もうワケがわからぬまま、咲也くんと手をつないで、商店街を進んでいったんだ。
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