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9 超変身!

第30話

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「どこに行くの?」

 咲也くんには、ハッキリと目的地があるみたいで、迷いなく歩いていく。

 行き先をたずねても、
「イイところだよ」
 と、いたずらっぽい笑みを浮かべるだけの咲也くん。

 商店街の通りからはずれて、細い路地をぬけていく。
 不安はあるけれど、素敵なことが待っている予感がして、手をふりほどく気にはなれない。
 咲也くんの手はひんやりと冷たくて、この暑さのなかでは心地よかった。

「着いたよ」

 ようやく、咲也くんが立ちどまった。

「ここ……?」

 静かな住宅街のなか、独特の存在感をはなっている洋服屋さんだった。
 ヨーロッパ風の店がまえで、壁はクリーム色にぬられている。白い木製のドアはアンティーク調で、かわいらしい。
 レースのカーテンのかかった大きな窓から、店内がちょっぴり見えた。

「うん、ここに一千花センパイをつれてきたかったんだ」

 ようやく手が離れると、咲也くんはドアをあけて、なかにずんずんと入っていく。
 ドアの横に、「semer」と書かれた看板がかかっている。
 ここ、女性向けのセレクトショップみたいだよ?
 とまどいつつ、わたしも店内に足をふみ入れる。

「わあ……」

 思わず声がもれた。
 洋服、アクセサリー、ハンドバッグなどが、空間と一体となって陳列されている。
 ここに、こんな素敵なお店があったなんて知らなかった。

「いらっしゃいませ」

 奥から出てきたのは、二十代前半くらいの、美人なお姉さん。
 ロングの髪に、ゆるふわなパーマがかかっていて、前髪パッツン。シースルーの入った黒のブラウスに、茶色いドット柄のスカートを合わせている。
 スタイルもいいし、雑誌にのっているモデルさんみたいだ。

「なんだ、咲也か」

 お姉さんは営業スマイルをくずして、くだけた調子で咲也くんに話しかけた。

「つれてきたよ、お客さん」

 咲也くんが言うと、お姉さんは、わたしを見た。

「ああ、この子が、アンタの彼女?」
「そうなる予定……かな」

 にんまりする咲也くん。
 ええっ!? なにを言ってるの!?
 てか、あなたたちは、どういう関係!?

「おれのイトコなんだ」

 謎はすぐにけた。

「乙黒芽依めいだよ。よろしくね」

 ウインクされて、わたしもあわてて自己紹介。

「あっ、愛葉一千花です。こちらこそ、よろしくおねがいします!」
「一千花ちゃんね。かわいい! 咲也、アンタにはもったいないよ」

 咲也くんの腕を、ひじでつつく芽依さん。

「かもね」

 咲也くんはクールに返すと、わたしに向きなおった。

「一千花センパイ。おれ、着がえてくるから、ちょっと待ってて」
 と言って、奥に引っこんでしまった。

 着がえてくる……? ここって、咲也くんのお家……?
 新たな謎も、すぐに解けた。
 不思議そうにしているわたしを見て、芽依さんが教えてくれたんだ。

「あの子ね、今日は一千花ちゃんをデートに誘うって、決めてたらしいのね。朝早く店に来て、着がえを置いていったのよ」
「はあ……」
「ここはね、あたしが店長やってる店。オープンしてちょうど一年かな。まあ、オーナーがべつにいて、あたしは雇われ店長だけどさ。住んでるのは、咲也の家なんだ」
「咲也くんの……?」
「あの子の父親――あたしの父さんの弟だけど、二年前、神戸に転勤になったのね。それは聞いてる?」
「はい、聞いてます」

 こくっとうなずく。

「屋敷みたいにバカでかい家でさ、あの子の家族がこっちに戻るまで、管理をたのまれたってわけ。知ってる? 西地区の二丁目の――」
「ああっ! 茶色い屋根の!?」

 思いあたる屋敷があって、わたしは大きな声を出した。

「そうそう、それ」

 小学生のころ、前を何度か通りかかったことがあって、「どんなお金もちが住んでるんだろう?」って思ったっけ。
 咲也くんの家って、お金もちだったんだ!
 そういえば、戦っていたころも気品があったような……。

「――で、この四月に、開花町に帰ってきたじゃん? お役御免ごめんになったけど、このお店のことがあるからね。まだ居候いそうろうさせてもらってるの」

 芽依さんはとっても気さくで、話しやすい。
 ほんの数分で、すっかり打ちとけちゃった。
 店名の「semer」がフランス語で、「種をまく」って意味だと教えてもらった。

「この町にピッタリでしょ? 気に入ってるんだぁ」
 と、ほほ笑む芽依さんは、キラキラしてる。

 素敵だなぁ。
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