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第3章 黒江くん、突っ走る

第18話

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「と、とにかく、見学したいそうですから、わたしたちは普段通りの活動をしましょう。黒江くん、ここ座って」
「うん。ありがとう」

 わたしたちが座ると、門倉部長も座って、「ああ……眼が幸せ! 創作意欲が刺激されたわ!」と言って、再びイラストを描きはじめた。
 わたしも読書に戻る。

 一分後――。黒江くんが口を開いた。

「ええと、これはどういう状態?」

 ですよね~。わたしたちの活動って、ホントに地味で……。

「わたしはいつも本を読むの。ファンタジー系の物語が多いかな」

 言いつつ、読んでいた本の表紙を黒江くんに見せる。

「門倉部長は少女漫画が好きなんだけど、読むというより、ここではイラストを描いているの」

 わたしが説明すると、門倉部長の手が止まった。

「みてみて~。完成!」

 白いペラ紙に鉛筆で書かれたイラストを見せてくれた。イケメンが美少女にあごクイしている絵。
 イケメンは黒江くんっぽいし、美少女は門倉部長……?

 まあ、それはともかく、門倉部長はものすごく絵が上手い。
 将来は漫画家かイラストレーターになるのが夢だと言っているけれど、必ずかなうだろうと思う。家ではパソコンでも描いているみたい。

 黒江くんはイラストには無反応だった。

「――普段はこんな感じですか? なにかコンテストに作品を出したりとかは?」
「してないわね~。そういうのは」

 門倉部長が首を横にふる。

「小説や俳句とかを冊子にまとめたり……」
「わたし、文章を書くのが苦手で……。読むのが専門なの」

 わたしが苦笑まじりに答えると、黒江くんは考えこむような仕草しぐさを見せて。

「そう……。俺が想像してた文芸部の活動とは違うな……」

 うーん、確かに部活らしいことはしてないかも。なにか目標があるわけでもなく、各自が好きなことをしているだけで。
 だから……。

「やっぱり黒江くんは吹奏楽部のほうが……」

 前の学校で吹奏楽部にいたなら、絶対に続けたほうがいいよ。こんなホコリっぽい物置で、黒江くんみたいな男子が、本を読んでいるだけなんてダメだよ。

「俺、ここに入部します」
「うん、そのほうがいいよ。吹奏楽部のほうが……」
「違うよ、赤木さん。ここがいいんだ。文芸部が……」
「ええっ!」

 わたしと門倉部長は、同時に叫んで立ち上がった。

「ど、ど、どうして!?」

 口が開いたままのわたしに、黒江くんはクスッとして言ったの。

「どうしてって……雰囲気が気に入ったから……かな」

 ええええっ! 気に入るような要素あった!?

「ダメだよ、こんなところ! 黒江くんは……」
「ちょっと待ちなさい、ヒナちゃん! こんなところってなによ!」

 詰め寄ってくる門倉部長。マズった!

「あはは。ごめんなさい。つい……」

 門倉部長は顔がニヤケているし、本気で怒っているわけでもなさそう。

「黒江くん! 大歓迎よ!」
「ありがとうございます、門倉部長」
「だーかーらー、さゆりんだってば」

 頭がクラクラしてきた。黒江くん、あなたどうして……?

「黒江くん、本当にいいの?」
「いいも悪いも、ここには君がいるんだから……」

 あっ! そういうこと言ったら……。
 門倉部長の目が光った。

「やっぱり! あなたたちはカップル!?」
「違います、違います!」
「ただならぬ関係だったのねー!」
「違いますってばー!」

 普段の文芸部では考えられないほど、今日の部室はさわがしい……。


   ◆ ◆ ◆


 結局、あいさつ運動の当番最終日の金曜日まで、黒江くんはわたしといっしょにあいさつしてくれた。
 安田先生も「随分と声が出るようになったよ」って笑顔で言ってくれて、まあ苦手な先生ではあるけれど、少しだけ印象はよくなった。少しだけ……ね。

 そして週末が過ぎて、月曜日の今日――。
 あいさつ運動の当番も終えたので、待ち合わせ時間を少し遅らせ、わたしと黒江くんはいっしょに登校していた。
 まだ信じられないよ。こんなイケメンといっしょに登校している自分が!

 もちろん友だち……なんだけど、周りはそうは見てくれない。山川さんいわく「ちょっと不釣り合いなカップル成立」という、わたしにとってはビミョーな噂が学校に広まっているらしい。

「――これ、親父から借りて、持ってきたよ」

 黒江くんがカバンから文庫本を取りだして見せてくれた。
 ちょっと難しそうなミステリー小説。

「すごい。もうこんなの読めるんだ」

 フリガナも最低限しか入っていない。図書室にある小中学生向けの本ばかり読んでいるわたしにはハードルが高そう。

「いや、俺にもよくわかんないところがあるけどね。でも、ミステリー系は結構好きだよ。小学生のころは江戸川乱歩の少年探偵団とか読みまくってたし」
「あっ、わたしも好き!」

 黒江くんは文芸部への入部届を提出し、今日から本格的に入部することになっていた。

「でも……本当にいいの?」
「えっ、なにが?」
「文芸部に入ること。吹奏楽やめちゃってもいいの?」
「もう決めたから。心の声にしたがうのが一番いいと思う」
「心の声は、なんて言ってるの……?」
「赤木さんのそばにいて、守れってさ」

 ニコッとする黒江くん。
 もうっ! そんな漫画のセリフみたいなことをサラッと、ごく自然に言わないでよ! ドキドキするじゃん!
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