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第4章 白野先輩とふたりっきり!

第26話

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「サッカーやってるとさ、笑ってないで、もっと感情むき出しでプレーしろって先生に怒られるんだ。楽しんでプレーしてるのは伝わるが、楽しむだけじゃダメだって。遊びじゃないんだって。それで僕も腹が立ってさ。こっちだって遊びのつもりでサッカーやってない。本気なんだってこと、思い知らせたくてさ。それで週に一回、居残りでシュート練習はじめたんだ」

 そんな事情があったんだ……。白野先輩の爽やかな笑顔に隠された悲しみの正体――。それは、自分の意思に反して、いつも笑顔になってしまうこと。

「白野先輩の笑顔は素敵だと思うんです。周りを明るくしてくれるから……。でも同時に、悲しみが感じられたんです。笑っているけれど、泣いているようにも見えたというか……」
「……赤木さんは不思議な力をもってるの? そんなことを言ってくれたのは君がはじめてだよ……」

 街灯に照らされた白野先輩の笑顔からは、悲しみが感じられなかった。かわりに感じたのは喜び!
 ドキドキして、わたしは思わず顔をそらした。

「あ……。着きました。ここ、わたしの家です」

 いつの間にか、わたしの家の前で。
 ああ、もうっ! 学校からもっと遠ければよかったのに……。

「へえ、ここなんだね」
「白野先輩のおうちは……?」
「僕は西地区の一丁目だよ」

 ええっ! それじゃ、わたしの家からかなり遠い!

「すみません! 遠回りになっちゃうのに……」
「いいんだよ、気にしないで。僕が送るって言ったんだから……。色々と話せて楽しかったしね。……どう? 嘘は言ってない顔でしょ?」

 いたずらっぽく笑う白野先輩。思わずわたしも笑った。

「はい。嘘は言ってません」

 笑い合ったあと、しばしの沈黙――。ドキドキと高鳴るわたしの心臓。
 白野先輩からフッと笑顔が消えて、なにかを言いかけた。だけど、再び笑顔になって「それじゃあ、また学校で」と手を上げ、背中を向けて歩きはじめる。

「あっ、ありがとうございました!」

 お礼を言うと、白野先輩はふり返った。そして、ほほ笑みなから戻ってきて。

「あのさ……」

 な、なんだろう!?

「今度の日曜、二中との交流戦があるんだよね。よかったら、見に来ない?」

 わたしたちの中学校は、五色町立第一中学校。そして、町内にはもう一つ、第二中学校がある。通称「二中」だ。
 伝統的に、毎年この時期に、野球部やサッカー部などの運動部が交流戦をしていた。わたしにはまったく縁のないイベントだったけれど……。

「あっ、行きます! 応援に行きます!」

 わたしは反射的にそう答えていた。

「ありがとう。引退試合だし、がんばってプレーするよ」
「楽しみにしてます」
「うん。それじゃあ」

 白野先輩はきびすを返して、足早に歩いていく。
 わたしはその背中が暗闇に溶けて見えなくなるまで見つめていた。


   ◆ ◆ ◆


「おかえり。ユメちゃんが来てるよ」

 白野先輩に送ってもらったあと、玄関に入るなりお母さんが教えてくれた。

「えっ、ユメちゃんが!」
「そうなのよ。うちに遊びにきてくれたの、随分と久しぶりだねぇ。背ものびて、大人っぽくなっちゃって……」

 そう言いつつ、わたしをしげしげと見つめるお母さん。

「なによー」

 フンだ。どうせわたしは背がのびないし、いつまでも子どもっぽいですよーだ。
 白野先輩とふたりっきりで話したドキドキの余韻よいんはすっかり消し飛び、わたしはジト目でお母さんを見やった。
 お母さんはまるで動じない。

「リビングで待っててもらったから。ハルと遊んでるわ」

 あわててリビングに駆けこむと、横並びで座り、楽しげな声を出している青井結女――ユメちゃんと、ハル。対戦型のテレビゲームに熱中している。

「ユメちゃん!」
「あっ、おかえり、ヒナ! お邪魔してまーす」
「お姉ちゃん! ユメちゃん、めっちゃくちゃつえーよ」

 ふたりは一度ふり返ったけど、またゲームに戻って。

「ちょっと待っててね。キリのいいとこまで……っと!」
「うん……」

 わたしはカバンを置いて、ソファにちょこんと腰かけた。
 ユメちゃんは希世学園の制服姿のままだ。かたわらにはカバンを置いてるし、家に帰らず、わたしの家に寄ってくれたらしい。

「ああっ! また負けた!」

 声変わりが済んでいないハルが甲高い声を上げると、ユメちゃんは得意げに。

「フフッ。まだまだ修行が足りませんな」

 思わず吹き出すわたし。
 小学生のころ、ユメちゃんはハルの遊び相手にもなってくれていたっけ。
 お母さんが出したらしいジュースを一気に飲み干すと、ユメちゃんはわたしに向き直った。

「じゃあ、ふたりで話せる?」
「うん。わたしの部屋に行こ」

 すると、ハルが「えー、もう一勝負!」と口をとがらせた。

「わがまま言わない。わたしに会いにきてくれたんだから」
「ごめん。また今度ゆっくりね」

 手を合わせてウインクしたユメちゃんに、顔を赤らめておとなしくなったハル。
 これは惚れたね。
 ユメちゃんが立ち上がると、台所からお母さんが出てきた。

「ユメちゃん、晩ご飯食べていくでしょ?」
「えっ、いいです、いいです。話が済んだら、もう失礼しますから……」
「遠慮しなくていいのよ。久しぶりなんだもの。ゆっくりしていきなさいな。わたしからお母さんに電話しておくから」
「そうだよ。食べていきなよ」

 わたしが言うと、ユメちゃんは眉を下げた。

「でもいきなり来て、晩ご飯までご馳走になるなんて……」
「いいじゃん。昔みたいにみんなで食べようよ」

 そう。小学生のころ、ユメちゃんをまじえて食卓を囲むことはしょっちゅうあったし、逆にわたしがユメちゃんでご馳走になることもあった。
 ユメちゃんはまだ迷っているので、ハルもすかさず援護射撃。

「そう、そう。それがいいよ。食べ終わったら、もう一勝負!」
「そう……? じゃあ、そうしよっかな?」
「やったあ!」

 わたしとハルはハイタッチした。

「じゃあ、腕によりをかけて作るからね。できたら呼ぶから、降りてらっしゃい」

 お母さんもうれしそうだ。なつかしく思っているのかも。

「はーい」

 ふたりの返事がハモったので、わたしたちは顔を見合わせて笑った。
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