上 下
9 / 34
4 ふたりでダンス

第8話

しおりを挟む
 体育館の一角――。
 ここがダンスクラブの練習場所。
 三年生から六年生までのダンス好きの女子があつまって、週に三回練習しているんだよ。
 涼ちんだけは例外で、ひとりきりの男子部員だけどね。
 顧問は塚原先生で、いつも練習を見てくれるんだけど、今日はまだ来ていない。
 ストレッチが済んでも塚原先生が来ないので、六年生の結衣ゆいちゃんが指示を出した。

「もう始めちゃおう。『夢幻むげんZONE』から」

 備品のCDデッキで音楽を流す。
 大人気のダンスユニット【ブルームスティック】の最新曲『夢幻ZONE』だ。
 ミュージックビデオを参考にしつつ、みんなで振り付けやフォーメーションを考えたの。

 きっもちいい~!
 自分の体の動きがどう見えているのか。
 手足の指先にまで神経を配りつつ、みんなとも息を合わせる。
 その一方で、ある意味では頭をからっぽにして、音楽に身をまかせてしまう。
 この瞬間が、あたしは大好きだ。

 しばらくみんなで踊っていると、塚原先生がやってきた。

「おーい、あつまってくれ」

 音楽が止まり、みんなが塚原先生のところへ集合する。
 塚原先生の横に立っているのは――Tシャツと短パンに着がえた美月!?
 涼ちんが興奮したように何度もひじで突いてきて、「青柳さんだよ……」と小声でささやいてる。
 あたしも胸の高鳴りを感じながら美月を見つめていると、塚原先生が口を開いた。

「今週、五年二組に転校してきた青柳美月さんだ。このクラブに入部希望らしいので、さっそく連れてきた」

 みんながどよめくなか、あたしは涼ちんとハイタッチ!
 やった! 涼ちんの情報は正しかった!
 美月と、同じクラブの部員同士になれるっ!

 あらためて見ると、やっぱり美月はお人形さんのように美しくて、スラリとのびた脚はかなり細かった。
 スタイルはいいのだけれど、積極的にスポーツをしたり、ダンスを踊っている姿は想像できない。
 だからダンスクラブに入ってくるなんて、正直、意外だよ。

「青柳美月です。前の学校にはダンスクラブはなかったのですが、ダンスは大好きで、独学で踊っていました。よろしくおねがいします」

 美月が大人びた話し方で自己紹介を終えると、拍手がひびいた。
 校内のうわさになっていた美少女は、みんなに大歓迎で迎えられたみたい。
 ――と、美月と目が合う。
 にっこりとほほ笑みかけてくれたので、あたしもほほ笑み返した。

「――とりあえず、青柳にはどんな感じか見学してもらおうか。さっきの『夢幻ZONE』を最初からやってみてくれ」
「はい!」

 あたしたちは、ふたたびポジションについた。
 音楽が流れ、踊りはじめる。
 その様子を、美月はじっと見つめていた。

 ……ていうか、あたしだけを目で追ってるんですけど!?
 美月の視線に気づいて、気はずかしさを覚えると同時に、うれしくもあった。
 ヒップホップ主体の激しいダンスなんだけど、もっと激しく! もっとキレよく!
 あたしは気合いが入って、美月に見せつけるように、いつもより動きが派手になっていく。

 曲が二番に入ったとき――。

「え……?」

 気がつけば、あたしのとなりに美月がいた。
 美月……?
 とまどうあたしにお構いなく、リズムをとって、踊りはじめる。

「わあっ……」

 みんながおどろきの声をあげて動きを止め、踊っているのは、あたしと美月のふたりだけになった。
 美月はちょっと見ただけで、振り付けを大体覚えてしまったらしい。
 最初は微妙にズレていたけれど、アイコンタクトと呼吸で修正していく。

 青味がかってるように見える美月の瞳が、その色をどんどん濃くする。
 美月と何度も目を合わせるうちに、あたしの頭の中に流れこんでくるイメージ――。
 それは【水】だった。
 水の流れと、美月のダンスが重なっていく。
 しなやかな動きは、まさに水が流れていくかのように自然で。
 体を大きく動かして、キレを意識しているあたしのダンスとは対照的に思えた。

 まさに太陽と月。

 持ち味がちがうから、合わさったときは最強なんだ!
 出会ったばかりなのに、もう何年もいっしょに踊ってきた……みたいな安心感。
 ダンスって、こんなに楽しかったんだ……。
しおりを挟む

処理中です...