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10 あたしの魔眼

第26話

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 美月は涼ちんから目を離さずに、あたしにささやいた。

「耳を貸さないで。これは緑山さんの本心じゃない」
「うん、わかってる」

 あたしは、【洞察】の魔眼の魔力を強めた。
 もっと! 深いところまで! 闇にかくされた真実を、あたしに見せて!

「あっ……」

 見えた!
 涼ちんの心臓をわしづかみにしている、黒い手が!
 その手はホースのように長くのびていて、その先にあるのは――校舎についている大きな掛け時計だった。

 美月にそっとささやく。

「あの時計が、ダークピース本体だよ」
「ありがとう。あとはまかせて」

 美月の顔がけわしくなった。眉間にしわが寄り、額には血管が浮かびあがる。
 ウラ魔眼にするんだ!
 美月の左目の青い光が、黄色い光へと変化して……。

「【石】の魔眼! 石弾せきだん!」

 大小さまざまな石が現れ、ものすごい勢いで、掛け時計に向かって飛んでいった。
 まるで石のマシンガンのよう。
 石弾がすべて掛け時計に命中!
 破壊音にまじり、「ぎゃあっ!」という悲鳴が校庭にひびきわたる。

「……ヒナタ?」

 紫色の光が消えて、元の瞳にもどった涼ちん。黒い手も消えさっている。

「涼ちん! 元にもどったの!? あたしがわかる!?」

 あたしの問いかけに、こくりとうなずくと、涼ちんは気を失って倒れこんだ。
 あわてて涼ちんの体を抱きとめる。

「涼ちん……。もう、こんなこわい目にはわせないからね」

 あたしは涼ちんを地面にそっと寝かせて、キッと校舎のほうをにらみつける。
 掛け時計の針が消え、弱々しい紫色の光をはなつものが、地面に落ちるのが見えた。
 ダークピースだ! あれを破壊すれば!
 大量の魔力を一気に使ってしまった美月は、肩で息をして動けないでいる。
 あたしがやるよ!

「待って、ヒナタちゃん!」

 あせっていたのかもしれない。
 早く終わらせたくて、美月の声も耳に入らず、かけだしていた。
 転がっていた紫色のカケラ――ダークピースをふみつけようとした瞬間。
 それは大きくふくらみ、姿を変えた。

「――っ!」 

 あたしの前に立ちはだかったのは、巨大な黒い影。
 その影には手足があり、不気味な目があり、キレツのような口もある。
 五年前の悪夢がよみがえった。


 ――闇に選ばれた……。闇に染まれ……。


 頭の中に、あの声がひびく。
 身体が固まり、身動き一つできない。

「ヒナタちゃん!」

 美月の声が、あたしの耳に届いた。
 そうだ! あたしはひとりじゃない!
 ただ泣いて逃げることしかできなかった、あのときとはちがうんだ!

 右目から、全身に力が流れこんでくる。

「闇よ、下がれ!」

 あたしは力いっぱい、さけんだ。

「ぐぅ……」

『執念の魔女』がうろたえて、後ずさったのがわかった。
 あたしには見える。『執念の魔女』の恐怖心が!

「おまえは、あたしたちがおそろしいんだ。太陽と月がそろったから! 魔眼ホルダーがふたりも相手では勝てないから! すべてお見通しだよっ!」
「な、なにを馬鹿な……。おまえたち人間ごときに!」

 若い女の声で強がる『執念の魔女』の黒い体に、桃色の光がうつっている。
 それは、あたしの魔眼がはなっている光!

「おまえは多彩たさいな能力を持ちながら、正々堂々と戦おうとはしなかった。人間を操ったり、自分はコソコソとかくれたり。卑怯者のおまえに、あたしたちが負けるわけがない」
「や……やめろ……。そんな目で私を見るな……」

 全身をふるわせて、さらに後ずさる『執念の魔女』。

「光を前にして、闇は無力なり。消えされ!」
「見るなーーーーーーーーーーっ!」

 とり乱した『執念の魔女』は、あたしに飛びかかろうとした。
 だけど、あたしにはあらかじめ見えていたんだ。ヤケを起こす『執念の魔女』の姿が。
 そして、背後から走りこんでくる美月の姿も。

「ヒナタちゃん! せてっ!」

 だから、あたしは美月の声が届くより先に、伏せる体勢に入っていたんだ。

「撃って!」

 地面に伏せてさけぶと、美月はふたたび石弾を発射した。

「ぐはっ!」

 石のマシンガンが全弾命中して、『執念の魔女』は吹っとんだ。
 ふうっ……と大きく息をつく美月。

 あたしはというと、まだ警戒を解けないでいた。
 生きのびたいという欲求が、『執念の魔女』にうずまいているから。
 やはりというべきか、『執念の魔女』の背中に大きな翼が生えた。

「あいつ逃げる気だよ!」

 あたしがさけぶと、美月の左目の光が強くなった。

「逃がさない……。【石】の魔眼! 岩石落とし!」

 空中から、巨大な岩石が現れ、それは垂直に落下した。

 ドシーーーーン!
『執念の魔女』の黒い体に落ちて、そのままペシャンコにつぶしてしまったであろう音と衝撃――。

「やった! やったよ、美月!」

 美月のほうを見ると、美月は両ひざをついてうなだれていた。
 あわてて、かけよるあたし。

「美月! 大丈夫!?」
「……連続で魔力使いすぎちゃったからね。さすがに疲れたよ……」

 力なくほほ笑む美月。
 
 あたしもほほ笑み返して、
「美月のおかげで、もうあいつは動けないよ。あたしたちの――」
 言いかけて、あたしは口をつぐんだ。

『執念の魔女』の闇のオーラはまだ力を失っていないから。
 イヤな予感とともに、雷鳴が鳴りひびいた。

「きゃっ!」

 耳をつんざくような破裂音と、閃光――。
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