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10 あたしの魔眼

第28話

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「もう限界がきたようだな、青柳美月! さらばだ!」

 石化の効果が消えて、『執念の魔女』はふたたび翼を広げ、羽ばたいた。
 邪悪な高笑いが校庭にひびきわたる。

「あっ……」

 空中に浮かびあがった『執念の魔女』を見て、美月が絶望の声をもらした。

「――逃がすものか」

 あたしは、右手のひらを『執念の魔女』に向けて、声をふりしぼった。

「ウラ魔眼! 【炎】の魔眼!」

 その瞬間、『執念の魔女』の黒い巨体に、赤い光がうつった。
 ひらいた! 赤い眼――【炎】の魔眼が!

「地獄の業火ごうか!」

 手のひらから、炎がはなたれて、それは『執念の魔女』に届いた。
 一瞬にして、その黒い巨体を包みこんで――。

「ぎゃああああああああ!」

 炎に包まれた『執念の魔女』は、ふたたび地面に落下し、のたうち回った。

「おのれええええええええええ! おまえたちを呪ってやる! 呪ってやるぞ!」

 そんな言葉にいまさらビビるわけがない。
 あたしは怒ってるんだ!

「邪悪な執念にまみれた魂よ。そのまま灰になるがいい」
「い、いいのか!? おまえの大事な存在が、私の中にいるんだぞ!? 緑山涼を、私もろとも燃やしてしまうつもりか!?」 

 もはや魔女の威厳いげんなんか、どこにもない。ただ、あわれみを誘うだけ。
 だけど容赦はしない。
 あたしの赤い眼から、全身に魔力がかけめぐり、それを炎として『執念の魔女』めがけてはなつ。
 そう、なんの迷いもなく。怒りをこめて。

「勘ちがいするな。魔眼の力は、『闇の魔女』に対抗するためのもの。善良な人間を傷つけることはない。……絶対に」

 炎は勢いを増した。

「ぎええええええええええええ! ……闇を……もっと闇を……もっと…………」

 断末魔のさけびのあと、ささやくような声が続いたけれど、それも聞こえなくなった。
 黒い巨体はもちろん、中のダークピースも燃えてしまって、灰一つ残らなかった。
 ひとりの女の子をのぞいて……。
 横たわる涼ちんを見て、ようやく赤い魔眼はしずまった。

「やった……。勝ったよ……」

 あたしはひざをつき、美月を見た。

「やるわね、ヒナタ。あなたのウラ魔眼、見せてもらったわ」

 にっこりする美月。

「やったよー! うわああああん!」

 美月に抱きつくあたし。
 安心からか、どんどん涙があふれてくる。

「よしよし。よくがんばったね」

 美月はあたしをぎゅっと抱きしめて、やさしい声でほめてくれる。

「……ちょっと待って」

 冷静になって考えてみると――。
 あたし、とんでもないことをやってしまったんじゃ……?

「涼ちん、大丈夫かな!?」

 あたしは、気を失っている涼ちんにかけよった。
 ダークピースといっしょに燃やしちゃったもん! 火傷やけどとかしてないかな!?
 着ているTシャツとジャージはげてないし、見たところ、体に火傷しているところは無さそうだけれど……。
 考えてみれば、人質の涼ちんごとダークピースを燃やすなんて、鬼のような行動だ。

「だって、善良な人間は傷つけないって!」

 パニクって、あたしは頭を抱えた。
 あれ? そもそも、なんでそんなことを確信してたんだっけ?
 そうだ。頭の中に声が流れこんできて……。あれは『光の魔女』?
 ……って、そんなことはどうでもよくて!

 ぼうぜんとしていると、美月がよろよろと立ちあがって、
「ヒナタ。大丈夫だよ」
 と言ったけど、美月は大丈夫そうじゃない。

「美月! 無理しないで!」

 あわててかけより、肩を貸す。
 美月は言葉を続けた。

「あなたが言ったとおり、魔眼の力は、善良な人間を傷つけることはないの」
「ホント!? ……あれ?」

 美月の手がうすくなってる? いや、目にうつるものすべてが、うすくなってきた。

「美月!」
「大丈夫。『執念の魔女』にねじ曲げられた世界が、元にもどるだけ。また会えるわ」

 美月の笑顔が消えていき、やがて視界は真っ白になった。
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