金管の奏でる青い空 〜星降る丘のハーモニー〜

霞音

文字の大きさ
8 / 11

第7章 青い空の下で

しおりを挟む

七月下旬、コンクール県大会当日。朝の空気はすでに夏の強い日差しを含み、空はどこまでも高く、青く澄み渡っていた。まさに「青い空の下」での決戦日和だ。

早朝に学校に集合した青空学園吹奏楽部のメンバーは、少し眠そうな目をこすりながらも、その表情には抑えきれない興奮と緊張が浮かんでいた。バスに楽器と共に乗り込み、会場となる県立音楽ホールへと向かう。車内では、おしゃべりをして気を紛らわす者、黙って音楽を聴き込む者、窓の外をぼんやり眺める者と様々だったが、誰もが胸の奥に静かな闘志を燃やしているのが伝わってきた。

陽菜も窓の外を流れる景色を見ながら、イヤホンで自由曲の音源を繰り返し聴いていた。隣の席には美咲が座っている。

「陽菜、緊張してる?」

美咲が小声で尋ねる。

「うん、すごく……。でも、なんだかワクワクもしてる」

「わかる。私も、心臓が口から出そうだけど、早く演奏したい気持ちもあるんだ」

二人は顔を見合わせ、ぎこちなく笑い合った。これまでの厳しい練習の日々が、走馬灯のように頭をよぎる。

バスが会場に到着すると、そこはすでに戦場のような熱気に包まれていた。色とりどりのユニフォームや制服に身を包んだ他校の生徒たちが行き交い、楽器ケースを抱えて足早に移動している。ロビーに響く様々な楽器の音出しの音、ざわめき、そして独特の緊張感が、否が応でも本番が近いことを実感させた。


1.コンクール会場の緊張

指定された控室に入ると、青空学園の部員たちもすぐに楽器の準備を始めた。あちこちで小さな音出しの音が響き、普段は賑やかな部員たちも口数は少なく、真剣な表情で自分の楽器と向き合っている。

水城は、壁に向かって一人、黙々とマウスピースの手入れをしていた。その横顔は普段通りの涼しげな表情を装っているが、指先がわずかに震えているのを陽菜は見逃さなかった。彼女もまた、この大舞台に緊張しているのだ。

霧島は、控室の隅で目を閉じ、静かに呼吸を整えていた。彼の周りだけ、空気が違うように感じられる。一切の乱れを許さない、研ぎ澄まされた集中力。しかし、以前のような刺々しい孤高の雰囲気ではなく、静かな闘志と、どこか達観したような落ち着きが感じられた。

陽菜は自分のトランペットを丁寧に組み立てながら、深呼吸を繰り返す。心臓がドキドキと大きく脈打っている。けれど、不思議と嫌な緊張感ではなかった。隣で音を出している仲間たちの存在、そして霧島と水城の存在が、陽菜の心を支えてくれていた。

「陽菜、がんばってね! 最高の演奏しよう!」

クラリネットの準備を終えた美咲が、力強く陽菜の肩を叩いた。

「うん! 美咲もね!」

陽菜は笑顔で応え、マウスピースを唇に当てる。大丈夫、やってきたことを信じよう。

顧問の高田が時計を確認し、低い声で指示を出す。

「よし、時間だ。あと15分でステージ裏へ移動する。楽器を持って、静かに整列!」

その声に、控室の空気がぐっと引き締まった。いよいよだ。


2.舞台袖――三人の約束

いよいよ青空学園の出番が近づき、ステージ裏に並ぶ部員たち。広い会場からは他校の演奏が聞こえてきて、客席の拍手やざわめきが一層プレッシャーを高める。

霧島と水城はソロパートを任されている。そんな二人が並んでいるのを見て、陽菜は胸がいっぱいになる。

星見が丘で何度も音を合わせた。今度はこの大舞台で、三人は同じ曲を奏でる――合奏全体の中で、それぞれの役割を果たしながら。

(大丈夫、私たちは一人じゃない……)

陽菜がそっと声をかける。

「水城さん……霧島、せん……ううん、蓮さん……」

二人が陽菜の方を向く。その瞳には、緊張と共に、強い決意の色が宿っていた。

「緊張、してる?」

陽菜が尋ねると、水城はふっと息を吐き、少しだけ口元を緩めた。

「……当たり前でしょ。でもね、不思議と怖くはないわ。だって……」

彼女は陽菜と霧島を交互に見て、続けた。

「あなたたちが、隣にいるから」

その素直な言葉に、陽菜の胸が熱くなる。霧島も、静かに頷いた。

「……ああ。俺も、まあ……悪くない気分だ。一人で立つ舞台より、ずっといい」

彼は少し照れたように視線を逸らし、「だから、足を引っ張るなよ。……二人とも」と付け加えた。

三人はアイコンタクトを交わし、拳を軽く突き合わせた。

あの嫌がらせのことも、水城の孤独も、霧島の冷たさも、すべて乗り越えるために今日まで走ってきた――そんな思いが彼らを結びつける。

「次、青空学園高等学校吹奏楽部の皆さん、ステージへどうぞ」

場内アナウンスが聞こえ、一気に緊張が高まる。


3.青い空の音色

ステージに足を踏み入れると、眩しいライトと大きな観客席の光景が目に飛び込む。指揮台の前に並んだ部員たちが、各々譜面台を整え、顧問の高田が指揮棒を構える。

最初の曲は、静かな序奏から始まる。木管が繊細なハーモニーを紡ぎ、打楽器がほんの小さなリズムで支える。

やがて、トランペットセクションの出番がやってくる。水城の完璧な高音がクリアに響き渡り、客席からかすかな感嘆の息が漏れる。

続く霧島のソロは、完璧だけではなく、どこか懐かしさを宿したように優しさを含んでいる。以前の冷たい孤高の音色にはない、しっとりとした温度を感じる。

(霧島先輩、本当に変わったんだな)

その二つのソロが重なり合う瞬間、陽菜は自分の伴奏ラインに一層心を込める。三人で夜に星見が丘で合わせた感覚を、今ここで再現するように――。

穏やかで、どこか切なくて、それでいて力強いハーモニーがステージを包む。

ラストの盛り上がりでは、打楽器や木管、金管が一体となって曲をフィナーレへ運ぶ。トランペットパートの高らかなファンファーレに合わせ、最後の一音が響き渡ったとき、大きな拍手が会場を満たす。


4.終わった瞬間

指揮棒が下ろされ、会場からの拍手が熱を帯びる。客席を見渡すと、保護者たちや他校の生徒たちが立ち上がりかけているのが分かる。

霧島は無表情のまま静かにトランペットを下げ、水城はほんのわずかに涙を浮かべていた。陽菜は大きく息を吸い、胸がじんと温かくなるのを感じる。

ステージ袖へ戻る途中、三人は自然と視線を交わした。言葉はいらない。それぞれが最高の演奏を出し切った実感があった。


5.結果発表と新たな一歩

他校の演奏を聴きながら待つこと数時間。最終的に、青空学園は金賞を獲得し、次の地区大会へ進めることが決まる。部員たちは歓声を上げ、喜びを分かち合う。

霧島も水城も、さすがに嬉しそうに微笑み、陽菜は嬉し涙を隠せない。

「私……こんなに嬉しいなんて思わなかった」

水城がポツリとつぶやく。

「完璧に吹ききるより、みんなと心を合わせて作り上げる音楽のほうが、ずっと楽しいって……変ね、私」

「変じゃないよ。私も、同じ気持ち」

陽菜はそう言って、そっと笑いかける。霧島は照れたように目をそらしたが、どこか誇らしげだ。

帰りのバスの中、部員たちがわいわい盛り上がる中、三人は隣り合わせの席に座るわけでもない。それでも、たまに視線が重なると、互いに微笑み合う――そんな暗黙の絆が芽生えていた。

(まだ先は長い。関東大会、そしてその先の全国へ……。もっともっと、私たちの音を響かせたい。星見が丘で見つけた“一人では出せない音色”を、もっと大きく育てていけばいいんだ)

車窓から見える夏の夕空は、まるで祝福するかのように眩しい青さを湛えている。

陽菜はトランペットのケースをぎゅっと抱きしめ、これからの道のりを思い描く。霧島や水城とともに、どこまで高い空へ上っていけるのか――想像するだけで胸が高鳴った。

こうして、青空学園吹奏楽部の初陣とも言える県大会は大成功のうちに幕を閉じる。

互いに反発しあいながらも、星見が丘での秘密のレッスンによって紡がれた三人の音――それは確かに、多くの観客の心に届いたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...