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第1話 ハンター:ガイナス
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P.C.105番地。そこは砂漠の中に残ったオアシスの一つだ。
その周囲を取り囲む荒廃した砂原をオレ、ガイナスは愛車のオフロードカーで颯爽と走っている。
命の気配のない死の砂原。そんな場所で、ある獲物を探していた。
こんな所にいるオレは、さしずめそこに咲く一輪の炎のように紅い花。
なーんて、キザなことを言えればこの道のりも楽しかっただろう。実際はと言えば、ただただ真っ赤な短髪を風になびかせ、防塵ゴーグル越しにつまらない景色を眺めながら、目的地へと車を走らせ続けているだけだ。
「ここら辺だったよな、ピュイ」
「ピピッ、ピピピ」
助手席にちょこんと座るのは相棒のピュイ。
目も口もない黄色くて丸い体に、大きな羽根と足という、どう見たって普通の生物ではない見た目だが、害はないしもう一度言うが、オレの相棒だ。
言葉は喋れないが、こちらの言葉は理解するし、ピュイの言いたいことはオレもなんとなく分かる。まさに以心伝心。
ちなみにピュイのさっきの発言は肯定。
つまり目的地に着いたということだ。
「ッ!」
突然、砂原が波打ち始める。地震なんかじゃあない。これは生物による揺れだ。
どうやら真下に来てしまっていたらしい。
「来るぞピュイ。構えろ!」
このままでは大切な愛車がお陀仏だ。こんな砂しかない場所を歩いて移動するなんて考えただけでもゾッとする。
そんな焦りを原動力にアクセルを目一杯踏み込んで、震源地から遠ざかる。
すると次の瞬間、震源地から人間なんて丸呑み出来るほどに巨大な、ミミズのような生物が姿を現れた。
「ワーム型。しかも装甲タイプか」
その生物の名前は【アームド】。死にゆく星に突如として現れた謎だらけの生命体だ。
姿形は多種多様。共通して言えることは、放っておけば甚大な被害が出る。
こんな何もない所を走っていたのは、コイツを見つける為。
つまりはオアシスに被害が出る前に、このアームドを倒しに来たという訳だ。
ハンドルを切って、アームドと並走する。
ちなみに動きだけ見れば、このアームドはミミズというよりヘビだ。
横並びになると一段と際立つその巨体。写真を撮ったら、車はミニチュアにしか見えないだろう。
それが砂埃を巻き上げて砂原を進んでいる。全身砂まみれになるし、打ち付ける砂の粒が痛いのなんの。
それに一歩間違えれば車体ごとすりつぶされて終わり。だけどびびってちゃあ、この仕事は勤まらない。ピッタリと横につけて車を走らせ続ける。
「んじゃピュイ、頼んだぜ」
ピュイが止まり木にしていたチェーンソーを手に取ると、車の運転をピュイに任せて、アームドに飛び移る為、車から飛んだ。
ピュイの運転は正直言ってオレより上手い。車を無事に避難させてくれるだろう。
ちなみに張り合う気はないのだが、人の形をしていない生物に運転技術が負けていると心に来るものがある。なーんて余所事に気を取られている時間はない。
掴み損ねれば挽き肉確定。そんなのは丁重にお断りさせてもらうので、必死に手を伸ばして、瓦のように生えている硬い装甲の溝を右手だけで掴む。
「暴れんなよ」
と軽口を叩いてみるが、実際は暴れてなどいないし、こちらの存在にも気付いていない。ただ移動しているだけ。だがそれだけで充分な脅威だ。
動いている汽車に掴まっているような状況下で、振り落とされそうになる揺れを堪え、オレはなんとか頂上へとよじ登る。
上につくとより一層風が強くなる。打ち付ける砂風も相まって、口呼吸なんか絶対に出来ない。やろうものならその瞬間、砂で蓋されるだろう。そんなのはゴメンだ。首元のスカーフで口元を隠しておく。
「さてと」
アームドの装甲は硬く、爆弾でも簡単には壊せない。チェーンソーなんて尚更だ。そんな装甲が全身を覆っている。
よじ登ったところで出来ることなんてないように見えるだろう。だが何も考えなしに来た訳じゃあない。
「さっさと終わらせて水でも飲むか」
目的地はアームドの頭。チェーンソーを片手に走った。不安定な足場だろうと、オレにとってはお遊び同然。あっという間に頭まで辿り着く。
ここまで来ればあとは楽勝だ。ズボンのポケットに入れてあった水の入った小瓶を取り出す。
この水こそが、窮地を切り拓く突破口。
「さてと。その口開けてもらうぜ」
そんな挽回の一手を頭の装甲の隙間に一滴垂らす。
すると予想通りアームドは驚き、突然、天を仰ぐように頭を上げた。
「はっはー! ビビったな!? そりゃそうだよな! こんなところに水なんてないもんなぁ!」
アームドが上を向いた影響で空へと打ち上げられたが、何ら問題はない。それどころか作戦通りだ。
上手く行きすぎて興奮してしまうが、本番はここから。チェーンソーのスターターロープを引っ張り、チェーンソーを稼働させる。
ブルルと戦いの唸りが広がったのと同時、燃料の匂いが鼻を抜けていく。血湧き肉躍るいい匂いだ。
真下には、アームドの顎のない丸い口が大きく開いている。口中はやすりのような細かい歯がびっしりと並んでいて、集合体恐怖症なら卒倒レベルだろう。そして食われれば肉を削がれながら死ぬ。
考えるだけで身震いしそうになるが、生憎とその口の中に入ることがオレの目的。
「どっちが先に死ぬか、我慢対決といこうじゃねぇか!」
打ち上げられた体は重力に従い、落ち始める。
体を垂直にして抵抗を減らすと、そのまま口の中に吸い込まれるように入った。それと同時にバクンと口が閉じられ、視界は漆黒に包まれる。
「あーいってぇ……」
一番下まで一気に落ちてしまった。中心を通ってきたからか、運良く歯に削られずに済んだが、結果として勢いが殺されず胃の中に叩き付けられた形になったのだろう。
しかしまぁ、運というのは連鎖するもの。というか、分かっていて突っ込んだのだが、胃がクッション代わりになって、そこまで痛くはない。
「んじゃま、やりますか」
なんにも見えやしない胃の中で、チェーンソーの刃をフルスロットルで回転させる。
暗闇で過敏になっている聴覚にエンジンの猛々しい音が、触覚には熱いエンジンの震えがそれぞれ伝わってくる。
どんなに装甲が硬くとも生物である以上、内部は柔らかい。つまりは内から掻き回してやれば、倒すのは簡単。
勿論リスクはある。この空っぽの胃の中に消化液が流れてくればオレは死ぬ。百パーセント苦しんで死ぬ。消化が先か、アームドが死ぬのが先か。極限のチキンレースという訳だ。
「オラァ!」
チェーンソーを胃に突き刺すと、回転する刃に肉が削られ、勢いよく血が吹き出す。
何度も何度も何度も、斬って斬って斬りまくる。
刺したまま走ったり、まさに縦横無尽。至るところを斬り裂きまくった。
血が溜まり、どんどんと足場が埋まっていく。
それでもまだまだ止まらない。止まってなんてやらない。
悶え苦しみ、暴れ狂うアームドの中で、その肉体を削り続ける。
そして遂に限界が来たのか、アームドは大量の紫色の血を吐き出した。
オレも一緒に吐き出され、血の波に流されて地面に転がる。
「おー眩し」
血で前が見えなくなったゴーグルを外して首に掛けると、太陽の光が目に染みる。
というか、全身血でべとべとで気持ち悪い。トレードマークの赤髪も血でしんなりしているのでかき上げておく。
そんなオレの所に、ピュイが車を持って来る。
「どうだ? ピュイ。オレの勝ちだ」
横たわり動かなくなったアームドに対し、こっちはぴんぴんしている。つまりチキンレースに完全勝利した。
「ピピ! ピピピッ!」
相変わらずどこから発声しているのか分からないが、ピュイも喜んでくれているようだ。嬉しそうにオレの周りを飛んでいる。
「ん? 何だあれ?」
ふと、沈黙したアームドの口元に陽光を反射して金の光を放つ、大きな塊があることに気付く。
金塊……だったら嬉しくはあるが、近付いて確認してみると、なんとそれはーーー
「人間じゃねぇか! 嘘だろ!? 食われてたのか!?」
若い女だった。金光の正体は女の持つ長髪だ。
見た限り消化はされていない。食べられたのは最近だろう。
危なかった。あの暗闇では知らずに斬ってしまっていた可能性もある。だが奇跡というのだろうか、歯による傷以外に目立った外傷は見当たらない。その傷も浅いものばかりだ。
「おい起きろ! おい!」
息はしている。死んではいない。しかし目覚める気配はない。
必死に声を掛け、体を揺すった。
折角アームドを倒したのに、目の前で人死にが出たら、最高な気分からどん底まで突き落とされる。そんなのはゴメンだ。
そんな願いが通じたのか、女の体がピクリと動く。そしてゆっくりと瞼が開かれる。
「あーよかった」
安心してその場に座り込むと、女は状況が分かっていないのか、キョロキョロと辺りを見回す。
「あれ……? ワタシ、食べられた筈じゃ……」
「らしいな。偶然オレと一緒に吐き出されたんだ」
こちらの存在には気付いてなかったのか、女はビクッとした後、黄金の瞳でジッとこっちを見つめてくる。
「……アナタが助けてくれたんですか?」
「ん? あぁ、助けたっつっても偶然だけどな。アイツを倒したら、さっき言った通り、たまたまアンタも吐き出されたんだ」
「倒した……? このアームドを一人でですか?」
「そうだ。おかげでビチャビチャだ」
血の染み込んだ服を引っ張って、惨状をアピールする。
オレが中で暴れ回っていたことは言わないほうがいいだろう。下手すれば体を傷付けてた訳だし。後で難癖つけられたらたまったもんじゃあない。
「すごい……。あっ! そうだ」
唐突に思い出したように、女はふらつきながらも立ち上がると、深々と頭を下げた。
「助けてくださってありがとうございます!」
「いいって。傷だらけなんだから無理せず座ってろ。あとこれ着ろ。服がボロボロだ」
律儀な人間だが、消化されかけて体も傷ついているのだ。今は安静にしているべきだ。というのは半分建前。
本音を言えば、はだけて見えている胸元が見えてしまって気まずかったからなのだが。劣情なんてないし、自分で言うのもなんだが、オレは紳士だ。血に濡れていて申し訳ないが、薄着女に着ていたローブを被し、座るよう促す。
「すみません……」
女は申し訳なさそうにしつつも、言葉に甘えて腰を下ろと再度口を開く。
「あの、アナタのお名前を聞いてもいいですか?」
「オレはガイナス。ハンターだ。アンタは?」
「ポルンです」
「そうかポルン、よろしくな。ほらピュイも」
名前を出すと、ずっと横で大人しくしていたピュイがパタパタと飛び、ポルンの肩に止まる。
見たことのない生物がいきなり肩に乗ってきたのだ。当然ポルンは驚き、叫ぶ。
「ななな、何ですかこれ⁉」
「オレの相棒のピュイだ。害はねぇから安心しろ」
「ほほほ、本当ですか!? これアームドじゃないんですか!?」
「大丈夫だって。アームドかは知らねぇけど」
後半の言葉は小さく聞き取れないように返しておく。アームドかどうかなんてオレも知らないんだから。
ただ、ずっと一緒にいる大切な相棒であることは確かだ。
「ピ!」
「ピュイもよろしくだってさ」
ピュイは羽を片方上げて、気前よく挨拶をする。
「よ、よろしく……お願いします」
「とりあえずオアシスに戻るか。ポルンも乗れよ」
「いいんですか? ありがとうございます」
これがオレとポルンとの出会い。
そして、ここから運命は交差し、思いもしなかった方向へと動き始める。
その周囲を取り囲む荒廃した砂原をオレ、ガイナスは愛車のオフロードカーで颯爽と走っている。
命の気配のない死の砂原。そんな場所で、ある獲物を探していた。
こんな所にいるオレは、さしずめそこに咲く一輪の炎のように紅い花。
なーんて、キザなことを言えればこの道のりも楽しかっただろう。実際はと言えば、ただただ真っ赤な短髪を風になびかせ、防塵ゴーグル越しにつまらない景色を眺めながら、目的地へと車を走らせ続けているだけだ。
「ここら辺だったよな、ピュイ」
「ピピッ、ピピピ」
助手席にちょこんと座るのは相棒のピュイ。
目も口もない黄色くて丸い体に、大きな羽根と足という、どう見たって普通の生物ではない見た目だが、害はないしもう一度言うが、オレの相棒だ。
言葉は喋れないが、こちらの言葉は理解するし、ピュイの言いたいことはオレもなんとなく分かる。まさに以心伝心。
ちなみにピュイのさっきの発言は肯定。
つまり目的地に着いたということだ。
「ッ!」
突然、砂原が波打ち始める。地震なんかじゃあない。これは生物による揺れだ。
どうやら真下に来てしまっていたらしい。
「来るぞピュイ。構えろ!」
このままでは大切な愛車がお陀仏だ。こんな砂しかない場所を歩いて移動するなんて考えただけでもゾッとする。
そんな焦りを原動力にアクセルを目一杯踏み込んで、震源地から遠ざかる。
すると次の瞬間、震源地から人間なんて丸呑み出来るほどに巨大な、ミミズのような生物が姿を現れた。
「ワーム型。しかも装甲タイプか」
その生物の名前は【アームド】。死にゆく星に突如として現れた謎だらけの生命体だ。
姿形は多種多様。共通して言えることは、放っておけば甚大な被害が出る。
こんな何もない所を走っていたのは、コイツを見つける為。
つまりはオアシスに被害が出る前に、このアームドを倒しに来たという訳だ。
ハンドルを切って、アームドと並走する。
ちなみに動きだけ見れば、このアームドはミミズというよりヘビだ。
横並びになると一段と際立つその巨体。写真を撮ったら、車はミニチュアにしか見えないだろう。
それが砂埃を巻き上げて砂原を進んでいる。全身砂まみれになるし、打ち付ける砂の粒が痛いのなんの。
それに一歩間違えれば車体ごとすりつぶされて終わり。だけどびびってちゃあ、この仕事は勤まらない。ピッタリと横につけて車を走らせ続ける。
「んじゃピュイ、頼んだぜ」
ピュイが止まり木にしていたチェーンソーを手に取ると、車の運転をピュイに任せて、アームドに飛び移る為、車から飛んだ。
ピュイの運転は正直言ってオレより上手い。車を無事に避難させてくれるだろう。
ちなみに張り合う気はないのだが、人の形をしていない生物に運転技術が負けていると心に来るものがある。なーんて余所事に気を取られている時間はない。
掴み損ねれば挽き肉確定。そんなのは丁重にお断りさせてもらうので、必死に手を伸ばして、瓦のように生えている硬い装甲の溝を右手だけで掴む。
「暴れんなよ」
と軽口を叩いてみるが、実際は暴れてなどいないし、こちらの存在にも気付いていない。ただ移動しているだけ。だがそれだけで充分な脅威だ。
動いている汽車に掴まっているような状況下で、振り落とされそうになる揺れを堪え、オレはなんとか頂上へとよじ登る。
上につくとより一層風が強くなる。打ち付ける砂風も相まって、口呼吸なんか絶対に出来ない。やろうものならその瞬間、砂で蓋されるだろう。そんなのはゴメンだ。首元のスカーフで口元を隠しておく。
「さてと」
アームドの装甲は硬く、爆弾でも簡単には壊せない。チェーンソーなんて尚更だ。そんな装甲が全身を覆っている。
よじ登ったところで出来ることなんてないように見えるだろう。だが何も考えなしに来た訳じゃあない。
「さっさと終わらせて水でも飲むか」
目的地はアームドの頭。チェーンソーを片手に走った。不安定な足場だろうと、オレにとってはお遊び同然。あっという間に頭まで辿り着く。
ここまで来ればあとは楽勝だ。ズボンのポケットに入れてあった水の入った小瓶を取り出す。
この水こそが、窮地を切り拓く突破口。
「さてと。その口開けてもらうぜ」
そんな挽回の一手を頭の装甲の隙間に一滴垂らす。
すると予想通りアームドは驚き、突然、天を仰ぐように頭を上げた。
「はっはー! ビビったな!? そりゃそうだよな! こんなところに水なんてないもんなぁ!」
アームドが上を向いた影響で空へと打ち上げられたが、何ら問題はない。それどころか作戦通りだ。
上手く行きすぎて興奮してしまうが、本番はここから。チェーンソーのスターターロープを引っ張り、チェーンソーを稼働させる。
ブルルと戦いの唸りが広がったのと同時、燃料の匂いが鼻を抜けていく。血湧き肉躍るいい匂いだ。
真下には、アームドの顎のない丸い口が大きく開いている。口中はやすりのような細かい歯がびっしりと並んでいて、集合体恐怖症なら卒倒レベルだろう。そして食われれば肉を削がれながら死ぬ。
考えるだけで身震いしそうになるが、生憎とその口の中に入ることがオレの目的。
「どっちが先に死ぬか、我慢対決といこうじゃねぇか!」
打ち上げられた体は重力に従い、落ち始める。
体を垂直にして抵抗を減らすと、そのまま口の中に吸い込まれるように入った。それと同時にバクンと口が閉じられ、視界は漆黒に包まれる。
「あーいってぇ……」
一番下まで一気に落ちてしまった。中心を通ってきたからか、運良く歯に削られずに済んだが、結果として勢いが殺されず胃の中に叩き付けられた形になったのだろう。
しかしまぁ、運というのは連鎖するもの。というか、分かっていて突っ込んだのだが、胃がクッション代わりになって、そこまで痛くはない。
「んじゃま、やりますか」
なんにも見えやしない胃の中で、チェーンソーの刃をフルスロットルで回転させる。
暗闇で過敏になっている聴覚にエンジンの猛々しい音が、触覚には熱いエンジンの震えがそれぞれ伝わってくる。
どんなに装甲が硬くとも生物である以上、内部は柔らかい。つまりは内から掻き回してやれば、倒すのは簡単。
勿論リスクはある。この空っぽの胃の中に消化液が流れてくればオレは死ぬ。百パーセント苦しんで死ぬ。消化が先か、アームドが死ぬのが先か。極限のチキンレースという訳だ。
「オラァ!」
チェーンソーを胃に突き刺すと、回転する刃に肉が削られ、勢いよく血が吹き出す。
何度も何度も何度も、斬って斬って斬りまくる。
刺したまま走ったり、まさに縦横無尽。至るところを斬り裂きまくった。
血が溜まり、どんどんと足場が埋まっていく。
それでもまだまだ止まらない。止まってなんてやらない。
悶え苦しみ、暴れ狂うアームドの中で、その肉体を削り続ける。
そして遂に限界が来たのか、アームドは大量の紫色の血を吐き出した。
オレも一緒に吐き出され、血の波に流されて地面に転がる。
「おー眩し」
血で前が見えなくなったゴーグルを外して首に掛けると、太陽の光が目に染みる。
というか、全身血でべとべとで気持ち悪い。トレードマークの赤髪も血でしんなりしているのでかき上げておく。
そんなオレの所に、ピュイが車を持って来る。
「どうだ? ピュイ。オレの勝ちだ」
横たわり動かなくなったアームドに対し、こっちはぴんぴんしている。つまりチキンレースに完全勝利した。
「ピピ! ピピピッ!」
相変わらずどこから発声しているのか分からないが、ピュイも喜んでくれているようだ。嬉しそうにオレの周りを飛んでいる。
「ん? 何だあれ?」
ふと、沈黙したアームドの口元に陽光を反射して金の光を放つ、大きな塊があることに気付く。
金塊……だったら嬉しくはあるが、近付いて確認してみると、なんとそれはーーー
「人間じゃねぇか! 嘘だろ!? 食われてたのか!?」
若い女だった。金光の正体は女の持つ長髪だ。
見た限り消化はされていない。食べられたのは最近だろう。
危なかった。あの暗闇では知らずに斬ってしまっていた可能性もある。だが奇跡というのだろうか、歯による傷以外に目立った外傷は見当たらない。その傷も浅いものばかりだ。
「おい起きろ! おい!」
息はしている。死んではいない。しかし目覚める気配はない。
必死に声を掛け、体を揺すった。
折角アームドを倒したのに、目の前で人死にが出たら、最高な気分からどん底まで突き落とされる。そんなのはゴメンだ。
そんな願いが通じたのか、女の体がピクリと動く。そしてゆっくりと瞼が開かれる。
「あーよかった」
安心してその場に座り込むと、女は状況が分かっていないのか、キョロキョロと辺りを見回す。
「あれ……? ワタシ、食べられた筈じゃ……」
「らしいな。偶然オレと一緒に吐き出されたんだ」
こちらの存在には気付いてなかったのか、女はビクッとした後、黄金の瞳でジッとこっちを見つめてくる。
「……アナタが助けてくれたんですか?」
「ん? あぁ、助けたっつっても偶然だけどな。アイツを倒したら、さっき言った通り、たまたまアンタも吐き出されたんだ」
「倒した……? このアームドを一人でですか?」
「そうだ。おかげでビチャビチャだ」
血の染み込んだ服を引っ張って、惨状をアピールする。
オレが中で暴れ回っていたことは言わないほうがいいだろう。下手すれば体を傷付けてた訳だし。後で難癖つけられたらたまったもんじゃあない。
「すごい……。あっ! そうだ」
唐突に思い出したように、女はふらつきながらも立ち上がると、深々と頭を下げた。
「助けてくださってありがとうございます!」
「いいって。傷だらけなんだから無理せず座ってろ。あとこれ着ろ。服がボロボロだ」
律儀な人間だが、消化されかけて体も傷ついているのだ。今は安静にしているべきだ。というのは半分建前。
本音を言えば、はだけて見えている胸元が見えてしまって気まずかったからなのだが。劣情なんてないし、自分で言うのもなんだが、オレは紳士だ。血に濡れていて申し訳ないが、薄着女に着ていたローブを被し、座るよう促す。
「すみません……」
女は申し訳なさそうにしつつも、言葉に甘えて腰を下ろと再度口を開く。
「あの、アナタのお名前を聞いてもいいですか?」
「オレはガイナス。ハンターだ。アンタは?」
「ポルンです」
「そうかポルン、よろしくな。ほらピュイも」
名前を出すと、ずっと横で大人しくしていたピュイがパタパタと飛び、ポルンの肩に止まる。
見たことのない生物がいきなり肩に乗ってきたのだ。当然ポルンは驚き、叫ぶ。
「ななな、何ですかこれ⁉」
「オレの相棒のピュイだ。害はねぇから安心しろ」
「ほほほ、本当ですか!? これアームドじゃないんですか!?」
「大丈夫だって。アームドかは知らねぇけど」
後半の言葉は小さく聞き取れないように返しておく。アームドかどうかなんてオレも知らないんだから。
ただ、ずっと一緒にいる大切な相棒であることは確かだ。
「ピ!」
「ピュイもよろしくだってさ」
ピュイは羽を片方上げて、気前よく挨拶をする。
「よ、よろしく……お願いします」
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