砂漠のガイナス

霜月

文字の大きさ
3 / 22

第2話 兄の形見

しおりを挟む
 オアシスに向かっている最中、気になっていたことを、ピュイを抱いて助手席に座るポルンに質問する。

「ポルンはあんなところで何をしてたんだ?」
「あっ、えーと……」

 案の定、ポルンは言葉に詰まる。
 予想はしていたことだ。こんな砂原に無装備の女が一人。ただ事じゃあない。

「言いたくないなら別にいい。けどそれならオレはアンタを警察に引き渡すだけだ」
「それは駄目です!」

 カマをかけると、ポルンは食い気味に声を荒げる。

「何で?」
「そ、それは……」

 目を逸らした。そうとう都合が悪いと見える。何かしらの犯罪に加担しているのか、それとも追われているのか。
 生憎とまだまだオアシスまで時間はたっぷりある。その間に答えなければ、さっき言った通り、警察に引き渡すだけだ。
 オレはポルンが答えるまで黙って運転を続けた。その道中、ポルンは気まずそうに俯いていた。
 砂の流れる音と車のエンジン音が耳を揺らし続けて、どれくらい経っただろうか。代わり映えのない砂原に欠伸が出てくる中、覚悟を決めたのか、漸くポルンは口を開く。

「私が……あそこにいたのは、ヤクザに追われてたからです」
「ヤクザだぁ?」

 思わず欠伸が引っ込んだ。
 予想としては闇バイトに首を突っ込んだ結果、怖くなって逃げたとか、そのくらいの規模だと思っていた。
 それがまさかのヤクザ絡み。借金で首が回らなくなって、アームドに食わされたのか。いや、ポルンの面なら、店に入れられるだろうから、あそこにいたのは別の理由だろう。

「ヤクザに何したんだよ」
「……これを、盗みました」

 ポルンがショートパンツのポケットから取り出したのは、玉のように大きなルビーのついたネックレスだった。

「はぁ!?」

 と大声が出る。
 よりにもよってヤクザから物を盗むなんて、命知らずにもほどがある。
 だがまだ理由が分からない。動機次第では同情の余地くらいはあるだろう。

「何でそんなもん盗んだんだ?」
「これは……」

 その質問に、ポルンは怒りを滲ませながら、強くネックレスを握り締める。

「これは、私の兄の形見なんです。アイツらは兄を殺した。P.C.108番地の不正を暴こうとした兄を! 町長と結託して! それだけでは飽き足らず、兄をゴミのように捨て、私物も全て奪い去っていった! ……これは、兄が婚約者にプロポーズする為に買ったものなんです。だから何としてでも取り返したかった……」

 それを聞いて、思わず目を見開いた。
 ポルンの素性も、ことの詳細なんかも全くもって分からない。だが、不正を暴こうとして兄が殺された。その内容だけで、オレの中に怒りという名の炎が荒々しく燃える。

「兄貴を殺した相手から逃げててアームドに食われたって訳か」

 怒りを殺して聞いた質問に、ポルンは無言で頷いた。震える体が、流す涙が、その言葉に嘘はないことを証明している。

「今も追ってきてるのか?」
「いえ、アームドに襲われた際に追ってきていた人達は殺されました。私だけ偶然食べられて……」

 仲間が死んで、盗まれた物も、盗人も捕まえられていない。考えうる限りの中で最悪な事態だ。
 そうなると奴らは自分達のメンツの為に、ポルンを何がなんでも捕まえようとするだろう。
 そして捕まれば最後。人らしい死に方なんてさせてもらえない。

「これからどうするんだ? 一生逃げて回るのか?」
「いえ、復讐します。絶対に許さない。たとえ足がもげようと、手が千切れようと、アイツらを殺します」
「……」

 復讐。それは、自分の人生を投げ捨て、修羅の道を進むということ。
 ポルンの兄貴からすれば、そんなことはせずに普通の人生を送ってほしいはずだ。
 だが、ポルンの目を見れば分かる。もう戻る気はないと。とっくに修羅の道の奥地に足を踏み入れている。
 そしてオレにも、ポルンの気持ちは痛いほどに分かる。

「一人でやるのか?」
「大丈夫です。ガイナスさんを巻き込んだりはしません。オアシスに着いたら、私はすぐに離れますので。ですから、私のことは誰にも話さないでもらえると助かります。ベラベラと喋っておいて、こんなことをお願いするのも変ですが……」
「オレの質問に答えてくれただけだ。安心しろ。復讐の邪魔になるようなことはしねぇ。オレにも復讐したい奴がいるし、気持ちは分かる」
「ガイナスさんにも?」

 こっちから身の上話を聞き出したんだ。こちらの話も教えるのが筋というものだろう。
 オレは一息吐いて、脳裏にこびりついて離れない顔を思い出しながら話す。

「オレにも兄がいてな。けどそいつはオレ達の育ての親を殺しやがった。オレがハンターをやってるのはそいつを見つける為だ。オアシスを巡って、必ず見つけ出して博士の敵を討つ」

 思い出すだけで血管がはち切れそうになる気分だ。
 無力だったかつての自分が何も出来なかったことに。愛し育ててくれた博士を殺したあの男に。その日の全てに怒りが湧いてくる。

「だからポルンの復讐を邪魔したりはしねぇよ」
「ありがとうございます……」

 オレにもオレの復讐がある。残念だが、ポルンの復讐の手伝いは出来ないし、守ってやることも出来ない。
 非情だと言われても、それぞれの道があるのだ。

「あの……」

 と、一拍おいてポルンが聞いてくる。

「博士ってどういうことですか?」

 どういうこととはどういうことだと聞き返したかったが、質問の意味は分かる。
 普通、育ての親を博士なんて呼んだりはしない。ポルンはそこに引っ掛かったのだ。
 口を滑らせたこちらの責任だ。それに隠す必要も特にはない。説明してやるか。

「博士は博士だ。オレと兄を、人造人間を造った人間だ」
「人造人間……」

 ポルンの唾を飲み込む音が聞こえた。
 突拍子もない発言なのだから驚いて当たり前だ。

「人間が見つけられない水源を探す為に、過酷な環境でも生きられるように改造されたのが、オレ達人造人間だ」

 ぱっと見は人間と変わらない。少ない食料や水で生きていけるし、人間よりも丈夫で力もある。それもこれも人間の未来の為。博士が必死の想いでオレ達を造ったのだが……、そんな想いをアイツは踏みにじった。

「まぁだから、オレは今は敵を討ちがてら見つかってないオアシスを探してるって感じだな。勿論、敵を討てればちゃんとオアシスは探すぜ」
「嫌じゃないんですか?」

 それは生き方を決められていることについてだろうか。それならとんだお節介というやつだ。

「別に? オレは博士の夢を叶えたい。全員が渇きに苦しまなくて済む世界にしたいからな」
「すごいですね。私なんて、兄が死ぬまではただ流されて生きていただけで……」
「動き始めたんならいいじゃねぇか。世の中、口だけで何もしない奴なんてざらにいる。自分で考えて決断した。それだけで大きな一歩だ」

 それが正しいこととは限らないがと続けたかったが、それを言葉にするのは決意を固めた者の前では無礼というもの。そもそもポルンも覚悟の上での行動だろう。
 オレの言葉にポルンの口元が少し緩んだ気がしたが、多分気のせいだろう。
 それからは会話もなく、だだっ広い砂原に吹くざらついた風が、心の傷を抉るように肌に打ち付け続けた。

 ※※※

 それから随分と時間が経って……。

「ここがP.C.105番地……。大きい……」

 オアシス入口の駐車場から全体を見渡すポルンは、感嘆の声を溢していた。
 オアシスの中でも屈指の広さを誇る場所だ。初めて来たのなら驚くのも無理はない。
 立ち並ぶビル群、行き交う人々、そこらのオアシスとは比べものにならない。
 それ故に警備も厳重。特に規律を乱す輩には容赦はしない。それがこのオアシスを治める町長の方針だ。

「ここならヤクザも簡単には手を出せない。しばらくここで身を潜めるんだな」

 そう言って金の入った麻袋を渡すと、ポルンは驚いてオレの顔と麻袋を目で往ったり来たりする。

「知り合っちまったからな。せめてもの情けだ。生活の足しにしてくれ」
「いいん……ですか?」
「いいって。ほら行けよ」

 当分の生活には困らない程度には金を入れた。
 バシッとポルンの背中を押すが、しかしどうにも申し訳なさそうにしてこちらを見てきやがる。
 仕方がないので、踵を返し、その場を去る。
 深々と頭を下げる気配がしたが、振り向かず、軽く手だけ上げて返事をして、オレはアームド駆除の報告の為に役場へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勘当された少年と不思議な少女

レイシール
ファンタジー
15歳を迎えた日、ランティスは父親から勘当を言い渡された。 理由は外れスキルを持ってるから… 眼の色が違うだけで気味が悪いと周りから避けられてる少女。 そんな2人が出会って…

あざとしの副軍師オデット 〜脳筋2メートル義姉に溺愛され、婚外子から逆転成り上がる〜

水戸直樹
ファンタジー
母が伯爵の後妻になったその日から、 私は“伯爵家の次女”になった。 貴族の愛人の娘として育った私、オデットはずっと準備してきた。 義姉を陥れ、この家でのし上がるために。 ――その計画は、初日で狂った。 義姉ジャイアナが、想定の百倍、規格外だったからだ。 ◆ 身長二メートル超 ◆ 全身が岩のような筋肉 ◆ 天真爛漫で甘えん坊 ◆ しかも前世で“筋肉を極めた転生者” 圧倒的に強いのに、驚くほど無防備。 気づけば私は、この“脳筋大型犬”を 陥れるどころか、守りたくなっていた。 しかも当の本人は―― 「オデットは私が守るのだ!」 と、全力で溺愛してくる始末。 あざとい悪知恵 × 脳筋パワー。 正反対の義姉妹が、互いを守るために手を組む。 婚外子から始まる成り上がりファンタジー。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

貞操逆転世界に転生してイチャイチャする話

やまいし
ファンタジー
貞操逆転世界に転生した男が自分の欲望のままに生きる話。

処理中です...