砂漠のガイナス

霜月

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第5話 盗賊と覚悟

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 だだっ広い砂漠には目印となるものなんて何もない。故に準備を怠れば瞬く間に自分の居場所を見失い、砂漠を彷徨う亡霊となってしまう。
 そこで役に立つのが羅針盤だ。適宜位置を確認し、進路が間違っていないかを確認して進む。

「誰もいませんね」
「ここは主要路から離れてる。走ってるのはオレ達くらいだろうな。遠回りになるが、他の奴らに見つかる心配はねぇよ」

 そういった反面、オアシスの監視、管理がない以上、何が起きても自己責任になる訳だが。

「そういえば今向かっている場所の人ってどんな人なんですか?」
「奇人変人」
「へ?」
「会えば分かる」

 そう。会えば分かる。とにかく変わった奴だということが。
 それからどれくらい車を走らせただろうか。日も完全に沈み、肌寒い空気が全身から温度を奪っている。

「今日はここで野宿だな」
「うっ……はい」

 夜間の走行は危険だ。周囲への警戒が難しくなるし、自然の罠を見落としてしまう可能性が高くなる。まして主要路から外れた道。警戒しすぎて困ることはない。
 砂漠で野宿なんて、遭難者か物好きくらい。アームドのいる世界で安全の確保されない野宿など、やるほうがおかしいし、やっている者など少数だ。故にポルンの反応は当たり前。

「安心しろ。テントがある」

 と言っても、何もなしで野宿する訳では無い。
 砂漠の夜は冷え込む。少しでも快適に過ごす為、車に積んであるテントを取り出し、ピュイと共に組み立てていく。

「ピュイ、杭取ってくれ」
「ピ」
「あの、何か手伝えることは……」
「ん? あー」

 申し訳なさそうにポルンが聞いてくる。
 正直言ってピュイとオレだけで進めた方が早い。だが何もせずに見ているだけの状況だと、ポルンの様子を見るに、引け目を感じてしまうだろう。これからの付き合いを考えると、そういったことはない方がやりやすい。

「なら、今打った杭が車にあるから、他の隅に軽く刺しといてくれないか?」
「はい! 分かりました!」

 なんて元気な返事か。
 ポルンはテキパキと動いて、あっという間に仕事を終える。

「終わりました!」
「なら、ほら」
「え?」
「やってみろよ。これから何回も野宿するかもしれないんだ。出来るようになっとけよ」

 若干迷いながらもポルンは差し出したハンマーを受け取る。
 そしてけっして上手いとは言えないハンマーさばきで真剣に杭を打ち込んでいく。そんな様子をピュイと共に見守った。

「よし、出来たな」

 あとはテントが崩れないようにしっかりと張って完成だ。
 テントを立てれば残りは一つ。食事だ。
 食料を持って、テントの中へと移動する。

「悪いな。ちゃんとした食べ物はないから、これで我慢してくれ」
「いえ、ありがとうございます」

 あいにくとサボテンの天日干しなんていう好んで食べる奴なんていない食料しか持ち合わせていない。
 食べれば口の中の水分を奪われ、ひたすらに水分を欲したくなる悪魔の食べ物。
 そんな物を渡した訳だが、ポルンは嫌がる素振りすら見せずにかぶりついた。

「サボテンの天日干しを食べるなんて、子供の時以来です。やっぱりこれは喉が渇きますね」
「だよな。オレも非常食として入れてただけだからな。食べるのは久しぶりだ。ほら、水置いとくぜ」
「いえ、そんな」
「気にすんなって。てか、ずっと逃げててろくに飯も水もとってないんじゃねぇのか? 倒れられたら困るのはこっちだ。遠慮なんてすんなよ」

 もっといい言い方があったのかもしれない。だがあいにくとそこまで賢い方じゃあないので、今の言葉を投げ掛けるくらいしか出来ない。
 催促した訳ではないと言いたげな表情だが、渇きには抗えなかったのか、ポルンはコップに入れた水を一息で飲み干した。

「いい飲みっぷりだな」
「こんなに水が美味しいと感じたの、生まれて初めてです」
「そりゃ良かったな」

 サボテンをかじってみると、やっぱりバカみたいに喉が渇く。
 前に大量の水を買っておいて良かったと思いつつ、腹を満たした。

「なぁピュイ、人間と人造人間の違いってなんだろうな」
「ピピ?」

 食事を終え、ポルンを寝袋に寝かした後、寒空の下、ピュイに聞く。
 ポルンとオレは同じ復讐者だ。片や兄の仇を。片や兄を討つ為。
 しかしどうしてか。向かう先は同じでも、何か違う気がしてならなかった。
 まるでぽっかりと胸に穴が空いたような感覚だった。

「ま、今考えたってしょうがねぇな。さっさと町長ぶっ飛ばしにいこうぜ」
「ピ、ピピピ!」
「んじゃ、ちょっと寝るから交代になったら起こしてくれ」

 ごちゃごちゃ考えたって、今やるべきことは決まっている。まずはそれを成し遂げる。考えるのはそれからだ。
 チェーンソーを抱き、オレは目を瞑った。

 ※※※

「おはようございます」
「おう、よく寝れたか?」

 日が昇り、砂漠が熱を帯び始めると、ポルンが寝ぼけた様子で目をこすりながら出てくる。

「寝袋を貸してもらったので、ぐっすり眠れました。ありがとうございました。ガイナスさんは何もなしで大丈夫でした?」
「大丈夫だ。人造人間は色々と強いからな。朝飯食ったら出発だ。今日中には着くはずだからな」

 テントを片付け、再度目的地へ向け車を走らせる。
 ノンストップで走らせて、着く頃には夕方くらいだろうか。なんて考えていると、ポルンが何かを見つける。

「何でしょうか、あれ」

 ポルンの指差す先、そこには異物があった。双眼鏡で確認してみると、思わず舌打ちが出る。

「面倒だな」

 ここらの砂漠は平らな砂があるのみで、他には何ない。そのはずなのに異物の発見。即ち、異常の報せだ。
 それが近付いてきている。

「人……ですか?」
「盗賊だ」
「盗賊!?」
「主要路から外れていれば警察もいない。そんなところじゃ、好き勝手やる奴らも出てくるさ」

 広大な砂漠の全てを管理する力を人間は持っていない。
 そうなると他人を侵害することに何の疑問も抱かない輩が出てくる。
 盗賊に狙われれば、逃げる術はないに等しい。
 ハイエナのようにどこまでも執拗に追ってくる。
 故にやるべきは一つ。
 荷台に置いてあるチェーンソーを取る。

「ポルンは運転出来るか?」
「はい。一応」
「なら頼む」
「ガイナスさんはどうするんですか?」
「アイツらを殺す」

 盗賊と出会った場合、命が残る確率はゼロだ。
 何故ならあちらには生かす理由がないから。
 やり過ごす為には殺すしか全力逃避。それが世界共通の盗賊への対処法だ。

「ニ、三台か」
「どどど、どうしたら。もう来ますよ!」

 慌てるポルンに一つ、重要な質問をする。

「ポルン、人を殺したことは?」
「……ありません」
「そうか。だったら見ておけ。アンタがしようとしていることを」

 チェーンソーのエンジンを掛けるとドッドッドッと鼓動のように震える。

「行け、ポルン! アクセル全開! そのまま突っ込め!」
「は、はい!」

 もう目と鼻の先。左右正面から車が来ていた。
 本来であれば踵を返すなり、それるなりするだろう。だがそんなことしていればスピードが落ちる。そうなれば盗賊の罠にハマるも同然だ。

「ぶつかる!」
「いいやいい! 行けぇ! 止まるんじゃねぇぞ!」

 マックススピードで突っ込んだ。だが正面衝突。なんてことにはならなかった。
 もちろん大破もしていない。車は空を飛んでいた。
 計算通りだ。正面の車はまさかこっちが突っ込んでくるなんて思ってもみなかっただろう。逃げる素振りを見せず特攻をかましてくるオレ達に怯え、ハンドルを切った。そこを他よりも大きなタイヤが特徴のオレの愛車で乗り上げ、空を飛んだ。ただそれだけ。
 一台無効化し、こちらは全力で逃げおおせれる。
 車から飛び降りた中、ポルンが無事に着地したのを見届け、オレも襲って来た車に勢いよく降り立つ。

「よぉ、盗賊共。ねんねの時間だ」
「コイツ、空から!?」

 運転席と助手席に盗賊は一人ずつ。拳銃にナイフと、随分と楽しそうなおもちゃを持っているらしい。
 それで出会った人間を襲うつもりだったのだろう。襲ってきたのだろう。
 だがそれも今日で終わりだ。
 人類を救うことが人造人間の使命だとしても、コイツらは対象外。
 一振り、二振り。一瞬にして二つの生首が空を舞う。
 人を殺すことを生業とするような奴らだ。慈悲はない。
 運転席の盗賊を退けて、残りの生きている車を追う。
 仲間がやられて戸惑っている今が好機だ。アクセルを踏み抜き、横から車を全力でぶつけた。

「ぐわぁぁ!」
「ぐおっ!」

 悲鳴と共に盗賊が車外へ投げ出される。衝突の衝撃は相当なものだったのだろう。うめき声を上げて転がっている。
 オレはというと、ぶつかる直前で車から飛び降りていたから無傷だ。
 動けない二人に、一つ目の車両にあった拳銃を向ける。

「ま、待ってくれ……。殺さないでくれ……」

 片方の盗賊が力を振り絞り声を出す。
 ここに来て命乞いとは呆れる。ため息すら出ない。
 罪もない人々を散々殺した。そのくせ、自分が殺されるとなると助けを乞うなど。

「殺すってことは殺される覚悟があるってことだ。覚えとけ」
「い……いやだ……」

 発砲音が何度も響くと、二人は動かなくなった。
 乾いた音が風に流れていくと、今度は別の音が流れてくる。

「ガイナスさん、大丈夫ですか!?」
「オレは大丈夫だ」

 車から降りたポルンは辺りを見回して、口元を押さえる。

「これは……」

 普通に暮らしていれば見ることはない光景だ。衝撃を受けるのは仕方がない。
 嗚咽の音が聞こえてくる。ポルンにとっては耐え難い光景だろう。
 だがーーー

「これがポルンのやろうとしていることだ」

 無理やりその手に拳銃を握らせる。
 人間を殺す覚悟。それを決めなければ復讐なんて出来ない。きっと今のポルンは動物さえも殺すことを躊躇する人間だろう。
 だが兄の仇を討つというのなら、そこで止まっていてはいけない。

「コイツを殺せ。お前の覚悟を見せてみろ」

 最初にひっくり返った車の下敷きになった盗賊が一人生きている。

「クソがぁ……、舐めやがって」

 そいつに対して銃口を向けさせる。

「で……出来ません」
「やるんだ」

 ポルンの手が震え、カタカタと銃が鳴る。
 浅い呼吸が極度の緊張と恐怖を示している。

「やれ。兄貴の仇を討つんだろ」

 静かに、だが圧をかけて言い放つ。

「う、うわぁぁぁ!」

 涙に揺れる眼で捉え、ポルンは突き動かされるように引き金を引いた。
 だが鳴ったのは発砲音ではなく、軽い引き金の音だけだった。

「え?」

 時に思いと行動は一致しない。
 本気で成し遂げたいと願うのならば、すり合わせは絶対条件だ。
 ポルンにやらせたのは覚悟を見極める為の試験。

「弾は入ってねぇよ」

 他の盗賊を倒した際に撃ち尽くしてあった。渡したのは空の拳銃だ。

「無茶させてすまなかったな。けどこのまま行くと、ポルンがただ殺される気しかしなくてな。覚悟を見させてもらった」
「そ……そうなんですね」

 すっかり気が抜けたらしくポルンはへたり込む。
 すると、どこに隠し持っていたのか、盗賊がポルンに銃口を向ける。

「ふざけんじゃねぇ! オレはおもちゃじゃねぇんだ!」
「ひっ!」

 完全な油断。ポルンは反射的に手で顔を覆うが、防げるはずもない。
 銃口から火花が散る。放たれた弾丸はポルンの胸を貫いたーーーかに思われたが。

「ピ!」

 空から降ってきたピュイが盗賊の手に激突し、軌道が逸れて弾丸はポルンの頬をかすっていく。

「ピュイ、ナイスだ」

 突然の事態の連続に青ざめた顔で固まるポルン。それを横目に、回収していたもう一つの拳銃で盗賊の頭を撃つ。

「優しさは悪いことじゃねぇ。けどそれが自分に牙を向くことだってある。今みたいにな」
「は、はい……」
「ポルンが踏み込もうとしているのはそんな世界だ」
「はい……」

 返事が更に小さくなる。
 根本的に住む世界が違う。それを実感したのか、ポルンは俯いていた。
 仕方のないことだ。だから体験してもらった。
 何事もなく無事に終わるとは限らない。その時に守ってやれる保証はない。自分の身は自分で守ってもらわねばならない。

「立てるか?」
「ありがとうございます」

 引っ張り立たせるとポルンは言葉を選ぶように質問してくる。

「あの……この人達は、どう……なるんですか?」
「ここら辺にいる生物が食べるだろ。安心しろ。ここで起きたことは犯罪にはならねぇ。監視の行き届かない場所は治外法権だ」
「そうなんですね……」

 弔ってやりたいとでも言うのだろうか。もしそうだとするのならば、とことんまで戦い向きの性格ではない。復讐なんて尚のことだ。
 しかしそれ以上は言ってこず、車へと乗り込む。

「ちょうどいい。ガソリンだけ入れとくか」

 オアシスで大きな動きはしたくない。盗賊達の車からガソリンを頂戴していく。それに拳銃と予備の弾も。

「銃貸してくれ」
「え? はい、どうぞ」

 ポルンの銃に弾を詰めると、それを渡す。

「次は本番だ。自分の身は自分で守れよ」

 伸びた手が一瞬止まる。しかしやるべきことは分かっているのだろう。ポルンは力強く銃を受け取る。

「頑張ります」
「ちゃんとしてくれよ?」

 一悶着あったが、なんとか乗り越えられた。
 再び車は目的地へ向け、砂漠を走り始めた。
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