砂漠のガイナス

霜月

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第8話 人造人間vs人造人間

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「あああぁぁぁぁぁ!」

 気絶したウパルの両腕を掴み、背中に足を置いて肩を外すと、ウパルは悲鳴と共に目を覚ます。

「騒ぐな。お前には色々と聞かなきゃならねぇことがある。一緒に来てもらうぞ」

 ウパルから取ったベルトを、ウパルの首に巻き、即席の首輪を作る。
 抵抗はしないものの、睨みつける目には殺気が籠もっており、今にも喉元を噛み千切られそうな迫力だ。
 これで腕が使えない上に、逃げようとすれば固定されていないベルトで首が絞まる。足は使えても逃亡は難しい。それに暴れようものなら彼女の使用していたナタがある。

「随分とお優しいんですね。腕を切り落とせばよかったじゃないですか。同じ人造人間だからって同情でもしたんですか?」

 しかし予想と反して、観念したのか、隙を伺っているのか、ウパルは大人しく連れ犬のように前を歩き、そして聞いてくる。

「そんなんじゃねぇよ。出血多量で死んだらどうすんだ。ようやくグロリアを見つけられそうなんだ。こんなチャンスのがしてたまるか」
「な~んだ。ボクの心配してくれた訳じゃないんですね」
「当たり前だろ。殺そうとしてくる奴に同情なんてねぇよ」
「酷いですねぇ。ボクは仕事でやってるだけなんですよ?」
「そうかよ」

 となると当たり前のことだが、ウパルに依頼を出した奴がいる訳だ。

「誰に言われた、どんな依頼だ」
「え~? 言うわけないじゃないですかぁ。でもぉ、ガイナスさんがボク達の仲間になってくれるって言うのなら、口が滑っちゃうかもしれません」

 甘えるような気持ちの悪い声だ。
 今日一つ確実に分かったこと。オレはこの女が嫌いだ。こういうタイプは無理だ。
 だがまぁもう暫くは付き合わないと行けない訳で。

「仲間の規模はどれくらいだ」

 答える訳ないだろうが聞くだけ聞いてみる。
 するとウパルはなんと隠す様子すら見せずに答え始める。

「ボク合わせて十人ですよ。その全てが人造人間。まぁ、何でも屋ってやつですよ。殺しからおつかいまで幅広くやらせてもらっていますよ」
「お前みたいなのが十人も……」

 もしもウェルト達が鉢合わせていたら危険だ。早急に合流したいが、しかしここはどこで、ウェルト達が今どこにいるのかも分からない。
 とにかく今は外に繋がる道を見つけるしかない。

「ボク達はヴェルナーによって創られた人造人間。そして夢に向かって歩む仲間です。ガイナスさんも一緒に夢を追ってくれると思ったんですけどねぇ」
「ならねぇ。オレのやることはとっくの昔に決まってる」

 グロリアを殺すこと。そして博士の夢を叶えること。それだけだ。

「そうそう。夢って言うのはですねぇ……」
「興味ねぇ。それよりヴェルナーって奴も人造人間なのか」
「そうですよ」

 つまりは人造人間に支配されたオアシスという訳だ。ポルンの兄もさすがにそこまでは見抜けていなかったようで、データにはなかった。大きな収穫だろう。
 だがそうなると次々と疑問が湧いてくる。

「ヴェルナーは何をしようとしてる」
「え~? さっき興味ないって言ったじゃないですかキュッーーー」

 ベルトを引っ張ると、鳴き声のように高い声が出る。
 少し引っ張っただけ。わざとだ。

「オレらはダチじゃねぇんだ。さっさと答えろ」
「分かりましたよ。ボク達の夢は人造人間の為の世界をつくることです」
「くだらねぇ。人間に反逆でもするつもりか?」
「知らないですよ。ボクはボクの生まれた意味を知りたいだけです」

 ウパルの背中から重い空気が流れてくる。
 聞いていた話からして、ウパルを含めた十人の人造人間はヴェルナーの駒といったところだろう。
 ただ命令をこなしていくだけ。過去も未来も見えずに走っている。それが変わることを彼女は望んでいるのかもしれない。
 オレとは違う。自分を自分たらしめる器が完成していないのだ。

「それはヴェルナーと一緒にいれば分かるのか」
「どういうことですか」

 返事に若干の怒気が含まれる。

「ヴェルナーの駒として生きて、その夢とやらを叶えたら生まれた意味が分かるのかって聞いてんだ」
「分かりますよ。余計なお節介焼かないでもらっていいですか。不愉快です」

 突き放す、棘のある言葉だ。どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
 彼女の人当たりのいい調子に乗せられたのか、同じ人造人間に初めて出会えた高揚感が知らず知らずの内にあったのか。何にせよ、踏み込みすぎた。
 オレとウパルは敵関係だ。排除すべき障害だ。

「そうかよ。じゃあ話を戻す。ヴェルナーはどこで人造人間の造り方を知ったんだ」
「さぁ? 気にしたこともないですし、知っていても教えません。ムカついているので、もう話し掛けないでください」

 博士以外が人造人間を造れるなんて話は聞いたことがない。独自で生み出したか、どこからか博士の研究を得たのか。
 今は答えずとも、ここを抜けるまではまだまだ時間はあるだろう。落ち着いてから聞き出せばいい。
 そこからは特に会話もせずに進んでいった。
 足音だけが孤独に響く。
 そうしてどれくらい歩いただろうか。アリの巣のように入り組んだ道の途中、扉を見つける。
 電子ロックもなければ施錠もされていない扉。中に入ってみると、階段が天井に刺さり、途絶えている。

「このまま行け」
「道塞がってますよ」
「どうせ蓋でもしてあるんだろ。開けろ」
「開けろって酷いですね。肩外れてるのに」
「頭があるだろ」
「分かりましたよ」

 ため息混じりにウパルが天井に頭を押し当てると、予想通りズズズと石畳が動く。

「どこだよここ」

 出てみるとそこはコンテナ置き場だった。
 山のように積まれたコンテナが、ポツポツとある天窓から月明かりに当てられ、雄々しさを醸し出して並んでいる。
 とりあえず地上には出られた。外に出るかと歩を進めようとした、その時だったーーー
 ウパルが急に走り出す。

「ちっーーー!」

 ベルトを引っ張るが、ウパルはベルトを噛みつくと、力任せに噛み千切り、そのままコンテナへと激突する。

「従順だからって警戒緩んでたんじゃないですかぁ?」
「逃がすかよ!」

 しくじった。手足を切り落としておくべきだった。知らない間に雑念に惑わされていたのか。
 だが後悔しても遅い。反省は後からだ。
 ここで逃がせば、今後必ず脅威になる。
 ナタを構え、突っ込んだ。
 相手は丸腰、しかも両腕は使用不可。
 いける。と思っていたのだが……。
 ウパルの右腕が動き、左肩を掴んで無理やりはめた。

「無茶苦茶だな」

 コンテナにぶつかった衝撃を利用して、右の肩をはめた訳だ。力業にもほどがある。
 だがそれでもまだ力量は五分には届かない。こちらには武器がある。それに手合わせてして分かった。格闘スキルはこちらが上。
 聞かねばならないことはまだあったが、こうなった以上、ここで確実に排除する。
 ウパルの首筋目掛けてナタを振るう。全力の一撃。しかしその一振りはコンテナを大きくえぐるのみでウパルには当たらない。

「無茶苦茶はどっちですかねぇ?」

 コンテナを登り、回避したウパルが見下ろしてくる。

「安心してください。逃げませんよ。目的はポルンさんを殺し、盗品を取り返すことですが、今はアナタを倒したい。アナタのせいで頭が痛むんですよ」

 ウパルは銃で殴られた頭を腹立たしそうに爪を立てて触る。

「おーおー、怖いことだな」

 月明かりを吸収し、動物のように光る桃色の目を見るに、言葉に嘘はないらしい。
 ならば好都合。乗ってやる。

「やってみろよ。お前には出来ねぇだろうけどなぁ!」
「安い挑発ですね!」

 ウパルはコンテナの裏へと姿を消す。
 逃亡の選択肢を消す為の発言はバレていたが、まぁ問題はない。相手も元より退くつもりはないのだから。
 さて、どこから攻撃を仕掛けてくるのか。
 外には何もないのか静かなものだ。
 そんな中で動けば移動音は丸聞こえ。位置の特定は容易い。
 今のところは無音。動いていないか、足音を消しているのか。ウパルに武器はない。ここで下手に動くよりも、迎え討つ方が確実。
 目を、耳を、触覚をフル稼働させ、出方を待った。
 すると、ウパルが裏に消えたコンテナが轟音と共に降ってくる。

「馬鹿力が!」

 咄嗟にジャンプして避けるが、その方向からウパルが現れる。
 眼前に迫る拳。コンテナを動かすほどの力だ。当たれば頭が砕け散る。
 空中で無理やり体を捻って回避し、その流れで体に蹴りを叩き込んだ。
 体勢が崩れた状態での攻撃故に威力はないが、追撃を抑えるには充分な威力は込めた。
 軽く吹き飛ばされたウパルが動き出す前に、こちらも体制を整える。

「上手いですね。まだまだ行きますよ!」

 体術の連撃が襲い来る。
 武器を持っていた時よりもキレがある。つまりウパルの専門は体術。

「クソッ……」

 こっちは対人格闘なんてからっきし。浴びせられる絶え間ない攻撃をさばくので手一杯だ。
 だがこのまま防戦一方という訳にはいかない。
 一か八か。攻撃に転ずる。
 ここだ!
 弾く流れで腕を掴み、引き寄せて腹部に膝蹴りを見舞う。
 続けてナタを背中に刺そうとした。だがそこに発砲音が鳴る。

「ガッ……」

 連続で三発。腹部に焼かれたような激痛が走る。
 脳内に警告が響く。このまま掴み合っていれば殺られると。
 咄嗟にウパルを蹴り飛ばし、距離を取る。

「あれれぇ? 同じ人造人間なのに、ガイナスさんは銃が効くんですねぇ」
「テメェみたいに頑丈じゃねぇんだよ、こっちは」

 あの一瞬でズボンのポケットに入れていた銃を奪われた。こっちの行動を予測していなければ出来ない動きだ。この戦い。あちらの方が上手だった。
 栓を抜いたように空いた穴から血が流れてくる。
 人造人間によってこうも強度に差があるとは。こればっかりは博士に文句を言いたくなる。

「じゃあ殺すのは簡単ですねぇ」
「言ってろ」

 会話で時間を稼ぎつつ、腹の中に入った弾をほじくり出す。
 たまらなく痛いし、内蔵なんていう気持ちの悪いものを触らないといけないが、中に弾が残るよりマシだ。
 手にブニブニとした感覚、内臓に手が触れる感覚を同時に味わいながら弾を抜き取り、捨てる。

「うわぁ、痛そぉー。大丈夫ですか?」

 口に手をやり、心にもないことを言ってくる姿には、苛立ちしかないが即座に追撃されるよりかはマシか。
 おそらく銃は効かないものだと思っていたが為に、驚き、行動が止まったのだろう。こっちとしてはありがたい限りだが……。

「どうも調子に乗ってるみたいだな」

 初めに対峙した時とは逆の状況。しかし戦況に関してはこちらが不利のままと言ったところか。
 だがあちらも無傷という訳じゃあない。平静を装ってはいるが、大きなダメージがある筈だ。
 いや、それはオレも同じか。
 とにかく、銃を奪われてしまったのは痛手だ。
 しかし奪われた銃の残りの弾数は五。替えがない以上、撃たせられればやり過ごせるか。
 ナタを強く握り直し、足を引き、力を溜めてーーー地面を蹴る。
 そして一直線に距離を詰めた。

「はっ! いい的ですね!」

 強い武器を持てば、誰であれ思考は単純になる。
 直進してくる相手なんてオレからしても的。
 素手での接近戦を得意とするウパルが銃を持てば、この状況、自ずと道は限られる。
 一発の弾が火花を散らし放たれた。
 確実に命中を狙った胸元への発砲。
 全てが予測通り。
 同じ人造人間。ウパルに出来て、オレに出来ない訳が無い。
 初めての試みだった。だが出来るという自身があった。
 オレは息を止め、全ての神経を手先と目に集約させて、弾丸をナタの腹で受け流した。

「ッ!?」

 避けると思っていただろう。無理だと思っていただろう。
 その動揺は動きと思考を鈍くする。
 遅れて放たれた三発の銃弾が放たれる。焦りからか照準はブレ、全て腹部へと向いていた。
 ならば問題はない。避けはしない。

「っらぁ!」

 腹に穴を開けながら、首を跳ねにかかった。
 ウパルが防御に回るがもう遅い。
 防ごうと出された腕ごと切り落とす。
 だが、当たりどころが悪かった。拳銃にナタが触れた瞬間、盛大な破裂音と共にナタと銃が砕け散ってしまう。
 火薬に触れたことで暴発したのか。
 考える時間なんてない。そのまま残った棒部分でウパルを殴り飛ばした。
 豪快な金属音を立て、コンテナに飲まれるウパル。中は暗く見えないが、すぐに動き出す気配はない。 

「あー、いってぇ……」

 もう一度嫌な感覚を味わいながら弾を摘出する。
 弾によって止められていた血がダラダラと流れ出る。まぁ放っておけばすぐに止まる。問題はない。
 それより問題なのはウパルだ。
 一撃は逸れて頭に当たった。位置は銃で殴った箇所と同じ。だが銃弾も効かない頑丈さ。あれで死んだとは到底思えない。
 そして案の定、暗闇の中に濃い影が揺れる。

「危な……かったですよ……。走馬灯が……見えました」
「頑丈だな」

 コンテナの中から現れたウパルの頭からは溢れんばかりの血が流れて、熟れた桃のように真っ赤に染まっている。
 明らかに出血過多。脳へのダメージも相当な筈だ。
 なのに立てているのは人造人間故。楽に死ぬことすら許されないらしい。

「絶対に……許しません……。許しませんよぉ!」

 目は虚ろ。足腰だって悲鳴を上げて震えている。限界は近いだろう。
 それでも動くのは、語っていた夢の為か。
 そういった輩は諦めが悪く、どれだけ叩き折っても立ち上がってくる。
 そして手負いになればなるほど、何をしでかすか分からない。
 武器はもうない。だがやるしかない。
 構えをとったその時だったーーー

「通報があったのはここだな」
「はい」

 外から声が聞こえた。おそらく警察だ。
 中での騒ぎを誰かに聞かれていた。
 一瞬注意がそれてしまった。その隙を突いて、ウパルが攻撃を仕掛けてくる。
 まるで狂犬。それまでとは異なり、粗が目立ち、技術なんて存在しない。
 だからこそなんとかくらわずに防御することが出来た訳だが……。

「離……れろ!」

 蹴り飛ばすと、ウパルは地面を転がりながら体勢を整える。

「殺す……殺してやる……」

 最悪な事態になってしまった。
 このまま戦えば勝てる可能性は高い。だがあちらも簡単にはやられてくれないだろう。
 そうなると警察が突入してきてしまう。現場を見られ、素性が割れれば、ポルンにも捜査の手が伸びるだろう。そうなれば警察とヴェルナーの出した刺客、二つを相手取る必要が出てくる。
 それはウェルトの協力があっても切り抜けるのは困難になる。
 ウェルトの発言から、このオアシスとヴェルナーが手を組むことはないと信じる。
 故に今やるべきはーーー
 オレはコンテナを登った。

「逃がすかぁ!」

 ポルンが即座に追ってくるが、こちらの方が速い。追いつけはしない。
 このまま天窓から外へと逃げる。
 一番高く積まれたコンテナを足場に全力で飛んだーーーのだが。

「うそだろ……」

 先の戦闘でコンテナの積み方が不安定になっていた。
 足に溜めた力は全て逃げ、体はコンテナと共に落ち始める。
 手を伸ばすが外には届きはしない。
 こんな凡ミス。後悔してもしきれない。
 自分へのぶつけようもない怒りが渦巻く。

「あはは!」

 背後に伸びる手が拒絶しようもなく迫っていた。
 ふと、天窓から見える空から、星が一つ近付いてきているのが見えた。
 それが何なのか。考えずとも分かった。
 それは奇跡の一等星。
 一等星は天窓を突き破ると、オレの伸ばした手を掴んだ。

「ピュイ!」

 そして大きく羽ばたくと、外へと飛んだ。
 ギリギリのところまで迫っていた手は、すんでのところで空をきり落ちていく。

「ッ……ガイナスー!」

 断末魔に似た叫びと共に、ウパルは崩れ行くコンテナ群の津波の中に消えていった。
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