砂漠のガイナス

霜月

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第9話 脱出

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 外は閑散としており、街中と比べて人通りは少なかった。コンテナ置き場から光る赤色灯を背に走りながら、オレはピュイに聞く。

「ウェルトとポルンは無事なのか?」
「ピピッ、ピピピ! ピピピピ!」
「まじかよ。ウェルト、しくじったな……」
「ピピッピ、ピピ!」

 捕まってしまったらしい。
 今は集合場所の倉庫に囚われているとのこと。
 証拠品は押収されてしまっているのだろうか。それよりも二人の安否が気になる。

「でもピュイが無事でよかった。おかげで助けに行ける」
「ピピピッ! ピ!」

 ここからはそう時間は掛からない。
 急ぎ倉庫へと足を走らせた。

 ※※※

 集合場所の倉庫に着くと、砂漠へと繋がる場所故か人通りは皆無だった。ウェルト達が捕まっているにしては異様な静けさを放っている。

「誰もいねぇな」

 中で待ち伏せていると考えるのが妥当だろう。
 窓もなく、突入口は扉のみ。

「ピュイ、行くぞ」

 やれることは一つしかない。
 意を決して、扉を蹴って突入した。
 すると、中の様子は想像とは全く異なっていた。

「んだよこれ……」

 椅子に縛られ気を失っているウェルトとポルン。床に転がる九人の、仮面をつけた追手と思われる者達。

「大丈夫か!」

 明らかな異常。しかし、どうなった結果なのかまるで分からない。
 二人の縄を解いて揺すると、ウェルトがゆっくりと目を開ける。

「やぁ……遅かったね……」
「何が起きてるかは後で聞く。行くぞ」
「頼む……。もうすぐ警察も来るはずだ……」

 ということは、ウェルトが何かしたのだろう。
 追手を倒す為だけのつもりが、自分達も巻き込まれた。そんなところか。
 そして発言通り、サイレンの近付く音が聞こえてくる。ここの警察は仕事が早いらしい。
 こいつらを殺していきたいが、そんな時間はない。
 オレは二人を倉庫内に置かれている車に乗せ、急ぎその場を後にする。

「起きるんだ。ポルンくん」
「ん……んう……? ウェルト……さん?」

 揺れる車の中、後部座席でウェルトが起こすと、ポルンは状況が理解出来ていない様子でしばしばと目を開ける。

「起きたかポルン」
「へ……? ガイナスさん? ガイナスさん!?」

 よほど驚いたのだろう。文字通り飛び起きた。

「二人共大丈夫か? 何があったんだ」
「実はあそこに着いた後、居場所がバレていたのか、アイツらが侵入してきてね。キミが来るまでの間、尋問を受けそうになっていたんだよ。けど、あそこには遠隔で作動させられる睡眠ガスがあったからね。ほら、これを使って倉庫内の装置を起動させたのさ。まぁ、防ぐ手段がなくて僕達も巻き込まれちゃったんだけどね」
「そうか。よく無事だったな」

 安全対策様々という訳だ。
 だがそれがなければと思うとゾッとする。
 今回は運が良かっただけに過ぎない。ヴェルナー側が今後どのように仕掛けてくるかは分からないが、オレとウェルトがウパルを匿っていることはバレてしまった。全員が顔を晒して外を歩くことは出来ない。これからは動きにくくなると考えておいた方がいいだろう。

「車はこれを使うか?」
「キミの車と両方で行く。途中で燃料を移し替えれば給油所に寄る必要もなくなるからね」
「確かにそうだな。ここから駐車場までは近いか?」
「いや、少し距離がある」

 一刻もこのオアシスを離れたいが仕方がない。
 多少のリスクを負っても、安全策を選んだ方が後々を考えるといいだろう。あっちなら武器や食料も積んである。

「案内頼む」
「任せてくれ」

 ウェルトの案内に従い、オレはハンドルを切った。

「ガイナスさんは大丈夫だったんですか?」

 オレの車のある駐車場へ向かう為、オアシス内にある自動車専用道路を走っている最中、ポルンが心配した様子で聞いてくる。

「まぁなんとかな。腹には何発か穴空いちまったけどな」

 笑って言うと、ポルンは大慌てでピュイの座る助手席に転がってくる。

「だだだ大丈夫なんですか!?」
「人造人間だからな。ほら」

 血に濡れた服を捲り、傷の塞がった腹を見せるとポルンは面白いくらい目を見開く。

「人造人間は傷の治りが早いんだよ。簡単には死なねぇ。……だからアイツもきっと生きてる」

 出来ればもう会いたくはないが、また戦わざるをえないだろう。
 憂鬱な気分を抱え、暫く運転を続けると、オレの車のある駐車場が見えてくる。

「誰もいませんね」

 そうなると好都合だ。証拠を残さない為にも、出来るだけ人目につかない方がいい。

「ガイナス、キーをくれ。僕がキミの車を運転する」

 オレがウェルトにキーを渡し、車を横につけたその時だった。

「見つけ……ましたよ……」
「なんでテメェ、ここに……」

 別の車の陰から、なんとウパルが現れる。
 立っているのもやっとといった様子の全身が、真っ赤に染まっている。自身の出血もあるだろう。だが、その血の濡れ方は、明らかに他人のものが混じっていた。

「警察を殺してきたのか」

 どこまでやりたい放題すれば気が済むのか。
 ヴェルナーの手先だとバレても問題ないというのか。それとも元より、いない者として存在しているのか。
 とにかくこの異常な執念。厄介極まりない。
 人間を殺したんだ。ここにもすぐに警察が来るだろう。
 とことんトラブルを持ち込んで来やがる疫病神だ。

「ガイナス! 行くぞ!」
「分かってる!」

 オレの車に乗ったウェルトと共に全力でアクセルを踏み、その場を離脱する。
 だが背後で発砲音が聞こえたかと思うと、ハンドルが岩のように重くなり、車はあらぬ方向へと進んでいく。

「クソッ……なんだ!」
「タイヤがパンクしてます!」

 警察から拳銃を奪っていたのか。

「ピュイ! ポルンを連れてけ!」
「ピピ!」

 指示を出すと、ピュイは即座にポルンを掴み、ウェルトの運転する車へと飛んでいく。
 地面からの衝撃が直で伝わってくる。明らかに車にとってよくない音がなっているが、動かせはする。
 ウパルはこちらよりも先にポルンを仕留めに掛かるだろう。
 もうこの車は使えない。それならば最後に大暴れさせてやる。

「オラァ!」

 無理やりハンドルを回し、ヘッドレストを外してアクセルに挟み込んだ。
 強制的にアクセル全開。車の悲鳴なんて無視して特攻させる。
 疲労困憊だろう。意識も朦朧としているだろう。そんな中、暴走車が突っ込んでくるとなると容易には躱せない。ポルンを狙うよりもそちらに意識が向く筈だ。
 オレが車から飛び降りると、ちょうどポルンが車に投げ入れられている姿が見えた。
 それと同時、人の跳ねられる鈍い音が響く。

「ガイナス!」
「緩めるな!」

 ウパルはあれでは死なない。速度を落とせば必ずその隙を突いてくる。
 あとはオレの脚力次第。速度の上がりきっていない今ならまだ追いつける。
 筋肉が裂ける勢いで走った。

「ガイナスさん!」

 ポルンが荷台から身を乗り出して手を差し伸べてくる。掴もうとするが、しかしあと少し足りない。
 ギリギリのところを何度も掠る。

「んぐぐ」
「……ッ! クソッ」

 徐々に引き離されていく。このままでは追いつけない。
 だが諦める訳にはいかない。ここで止まる訳にはいかない。
 全身全霊。オレは最後の望みに掛けて飛んだ。

「ガイナスさん!」
「届……けぇ!」

 諦めなければ希望も奇跡も手繰り寄せられる。
 力強く握る手を、オレも決して放さぬように掴んだ。
 そしてなんとか引き上げられ、荷台に転がると、どっと息が漏れ出る。

「はぁ……はぁ……、ポルン、助かった」
「いえ……、はぁ……はぁ……よかったです」

 体を起こし、オアシスを見ると、ウパルがこちらに向けて無意味な発砲をしている姿が見えた。
 まるでそれは逃げ切れた祝砲の音のように、何度も何度も鳴っていた。
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