砂漠のガイナス

霜月

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第11話 過去からの恵み

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 翌日、オレ達は水源を探し、ウェルトの運転で車を走らせていた。

「どうだ? ピュイ、ありそうか?」
「ピィ……」

 座席が足りないので、荷台に座りながら聞くと、ピュイは申し訳なさそうに返事をする。
 長い時間が経ったが、未だに水源は見つからない。まぁ、簡単に見つかるなら苦労はないので、当たり前ではあるのだが。
 しかし今は一刻も早く見つけたいものだ。リスクを少しでも減らす為にも。
 そんなことを考えていると、突然地面が小刻みに揺れ始める。

「これは……」
「な、なんですか」
「面倒なところに来ちまったかもな」

 地震とは違う。
 揺れはどんどんとデカくなり、数を増やしていく。
 これは生物による揺れだ。この下に何かがいる。しかも沢山。

「ウェルト停まれ。それとエンジンを切れ」
「こんなところで!?」

 何かがいるとウェルトも分かっているのだろう。ここに留まるのは危険だと言いたいのだ。
 だがもしも予想している相手ならば、下手に動く方が危険だ。

「早くしろ」
「分かったよ。ハンターとしてのキミの言葉を信じる」

 エンジンが切られると、途端に揺れは収まる。
 やはり予想通りだったらしい。
 そして今度は砂の中から、揺れの正体が顔を表す。

「ひっ!」

 赤子ほどの大きさで、尖った口を持った魚に似た姿をしたアームドだ。それが大量に砂中から顔を覗かせている。

「コイツらは振動を察知して獲物を捕らえる。いきなり獲物がいなくなったんで探しに来たんだろ。目はよくねぇくせにな」

 だからこうしてじっとしていれば見つかることはない。大きな声で喋らなければ襲われることもない。
 だがこのアームドの探知範囲は広い。ここを乗り切っても、倒さない限りずっと追ってくる。

「ピュイ、頼む。二人共、しっかり耳塞いどけ」
「ピ? ピピッピ!」

 オレの意図を理解したのか、ピュイは高くに飛んでいく。

「何するんですか?」
「今に分かる。ちゃんと耳塞いどかないと、耳死ぬぞ」

 その言葉を聞いて、ウパルは慌てて耳を塞ぐ。ウェルトも何のことやらといった様子で続く。
 鼓膜が破れるのはゴメンだ。オレもしっかりと耳を押さえ、ピュイに合図を出す。

「いいぞ」

 そうして次の瞬間、ピュイが膨らんだからと思うと、脳が揺れるほどの爆音が砂漠に響く。
 耳を塞いでいても突き抜けてくる爆音は砂の中へも染み渡る。
 アームドには防ぐ手立てのない、全方位音響爆撃。
 本来聞くことのない爆音に、アームドは驚き飛び跳ね、砂上に打ち上げられる。

「よくやったな、ピュイ」
「ピピ」

 褒めてと言わんばかりに肩に止まるので頭を撫でてやる。
 さてと、こうなれば後の処理は簡単だ。
 一匹一匹とどめを刺していくだけ。ナイフを持って、車を降りる。
 数が多いので面倒だが、復活されても迷惑なので処理を済ましていく。すると車から怒りの声が飛んでくる。

「ガイナス! こういうことは、何をするかしっかり説明してからやれ!」
「ちゃんと耳塞げって言っただろ」
「何を言っているか聞こえないが、言いたいことは分かるぞ! どうせ忠告したとか言っているんだろ! 限度がある! あんな爆音ならちゃんと言え!」

 ふらふらと頭を押さえて怒る姿は傑作だが、まぁ確かにウェルトの言葉にも一理ある気がしないでもない。
謝っておいたほうがいいだろう。

「悪かった」

 軽く謝罪のポーズを決めて処理に戻ると、怒鳴り散らかす声が聞こえてくるが、まぁ放っておいていい。あれだけ元気なら大丈夫だ。
 さてと、結局どれくらいいたのか。ちゃんと数えていないが、二十匹くらいいた気がするが。
 ここにいた痕跡を消す為、アームドを砂に埋め、六匹ほど引きずって戻ると、姿の見えなかったポルンが二日酔いしたように頭を押さえて助手席から姿を現す。

「無事だったか?」
「無事じゃ……ないです」
「それは悪かったな」
「悪かった!? 悪いに決まってるだろ! いいかキミは……」
「うるせぇな」
「うわぁ!」

 追従してまた怒ってくるウェルトを黙らせる為にアームドを投げつけると、キャッチしそこねて下敷きになる。

「これで美味くねぇ飯からおさらば出来んだろ」

 ワーム型ならともかく魚型は不味くはない。
 サボテンなんかよりもよっぽど味のある食事が出来る。

「ならあとは水だけだね」
 切り替えたのか諦めたのか、落ち着いた様子のウェルトはアームドを押し退け、顔を出す。

「どこかにあればいいんだけどな」

 再度探索を開始するが、やはり簡単には見つからない。
 あっという間に日が傾き始めた頃。

「なんだあれ?」

 目を凝らして見た先、砂漠の中には珍しい、建築物が映った。

「何か……あります?」
「いや、見えないけど」

 人造人間と人間では視力が違う。見えないのも仕方がない。

「ここから真っすぐ行ったところに建物がある。廃墟っぽいが」
「盗賊はいるかい?」
「見た感じいないな」

 盗賊の拠点なら、奪った物資を置いておく為、完全に留守にするとは考えにくい。
 つまりは完全な廃墟と考えていいだろう。

「だったら行こうか。野宿よりは幾分かマシだ」

 今日の宿泊地を決め、オレ達は廃墟へと向かう。
 近付いてくると鮮明になる。かつては人が住んでいたであろう、半分ほど砂に埋れた建物が。

「これは教会か何かかい?」
「そうみたいですね」

 とんがり帽子のような屋根が三つ、顔を出している。
 入口と呼べる場所はなく、オレ達は車を横につけ、割れた窓から中に入る。

「案外綺麗なもんだな」

 砂に削られ色褪せているが、ステンドガラスの壁面は光を通して尚も美しい。
 中は殆どが砂に埋もれた、散策出来るような状況ではないが、不意にピュイが階下へ続く、砂に埋まった階段へと飛んでいく。

「ピピッピ。ピピピ」
「本当か!?」

 なんて運がいいのか。

「どうしたんですか?」
「水があるんだよ! この下に!」
「本当かい!?」
「本当だって!」

 感情の昂りに任せ、オレは車からスコップを持ってきて砂を掘った。
 人が暮らしていたということは、生活出来る場所であるという、至極当たり前の証明。
 なぜその当たり前に気付かなかったのか。
 無我夢中で掘り進めていくと、ガキンッと鉄に当たる音がする。

「んだこれ」

 辺りの砂も退けてみると、階段の途中を塞ぐように置かれた金属の蓋が現れる。
 分厚く重い蓋だ。生半可な力ではびくともしない。

「なんでこんなに……重いんだ……よ……!」

 血管がはち切れんばかりに力を込めて押すと、蓋は徐々に動き始める。
 そうして蓋を動かしきると、階下へと繋がる続きの階段が出迎える。

「この下に……水源があんのか?」

 疑問を口にすると、答え合わせだという勢いで、ピュイが階下へと飛んでいく。

「おい、ピュイ!」

 慌てて後を追おうとすると、地上で見守っていた二人が心配そうに声を掛けてくる。

「ガイナス、進んで大丈夫なのか?」
「危険そうだったら、私が先に様子を見てきますよ」
「ピュイが先に行った。きっと大丈夫だ。二人も来てくれ」

 ピュイの後を追い、三人で逸る気持ちに足を任せ、階段を降りていく。
 不思議なことに蓋の下は砂が一切積もっていない。蓋をしてあるのだから当たり前だろうと思えるが、そうだとしても砂の自重で壁が壊れていてもいい筈だ。と言うより壊れていないとおかしい。
 蓋も含め、作為的な部分が気になる。
 降りきれば何か分かるのか。そう考え、足を進めて行くと、そこには想像もしていなかった光景が広がっていた。

「ここはいったい……」

 ウェルトの驚愕の声が空間に溶けていく。
 オレとポルンは声も出なかった。
 ただ目に映る全てに驚きを隠せずにいた。
 教会であったのは外側だけ。その内部は堅い金属の壁に守られ、人の出入りを拒む神域とも呼べる場所となっていた。
 なぜそんな造りにしたのか。そんなことは一目瞭然だった。
 ピュイが足を休めているその場所こそが、その証明。
 質素ながらに壊されない為に堅牢な造りをした囲いの中で、小さな泉が水面を揺らしている。

「水……ですよね。あれ……」

 それはこれまでに見つけた水源とは違う。量は少ないながらに簡単には枯れることのない泉だ。

「そうだ。そうだって。やったな、おい!」

 湧き出る透き通った水だ。思わず飛びつきそうになったが、気持ちを堪えて、ポルンの手を掴み、全力で喜ぶ。
 オレだけじゃない。全員が喜びの衝動を抑えられずにいる。

「まさに天の恵みだ!」
「こんなに早く見つかるなんて、ピュイちゃんすごいです!」
「あぁ、本当にな!」

 ピュイの大手柄だ。無茶苦茶になるまで褒め撫でまくる。
 嫌な顔を、顔はないのだが、されようとも構わずに撫でまくった。
 これまでのちっぽけな数時間命を延ばすだけの水源とは違う。簡単には枯れないであろう正真正銘、量のある水源。感情が昂らずにはいられない。
 これで飲み水の心配はなくなった。食料もある。万全の状態が出来上がった。

「でもどうしてこんなに厳重にしてるんですかね」

 確かにそうだ。状態を見るにここに人はいない。誰にも使われずに放置されている。それを見つからないように砂に埋めてある。ピュイがいなければ見つかることのないほどに完璧なカモフラージュだ。
 誰がいったい何の目的で行なったのか。
 ふと泉の囲いに石板が埋め込まれていることに気付く。

「なんだこれ」
「ここの制作者の伝言か何かかい?」

 横からぬっと現れたウェルトがまじまじと石板を観察する。

「ここを見つけた者に告ぐ。この泉を見つけたということは、水を求め、探したのだろう。ここにあるのは微かな量だけだ。決して無駄遣いせず、友がいるなら分け合い、争うことのないように。そして絶対に枯らしてはならぬ。いつか迷い込む人の為、受け継いでいってほしい。ここが希望の拠り所とならんことを」
「ここを造った人間はそうとうな善人らしい」

 遭難者の為に、この水源を残していたという訳だ。いつ出来たのかは分からない。もしかすると砂に埋まる前はしっかりとした教会だったのかもしれない。そこを改造し、今に至った。本当は蓋なんか退けずとも入る道があり、時間と共に消えてしまったか。
 とにかく、人類の為を思い、希望を絶やさずに残してくれたその人間には感謝してもしきれない。

「だったら大切に使わせてもらわないといけませんね」
「そうだね」
「ピッピ」

 過去から紡がれた恵みを噛み締め、オレ達は泉の水を頂戴した。
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