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第一章
村娘の薬草探し
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「助けていただいて、本当にありがとうございました!」
ピンクのカチューシャが艶やかな栗色の髪によく映える少女は、二人に向かって何度も、そして何度も頭を下げた。
「構いませんよ。困るどころか命の危機ですからね。誰でも助けようとするはずです」
「そ、そうだよな。誰だって助けるよな」
竜族の戦士はぎこちなく笑う。
「そんな! 私のような力のないただの村娘には決してできないことです!」
少女は全力で否定してから、二人に尊敬の眼差しを向けた。そのタイミングで竜族の戦士は疑問を呈す。
「ところで、君のような村娘さんが魔物の出る森まで、しかも護衛なしで何をしてたんだ?」
途端、少女は生気を失うかのように目を伏せた。二人はただ黙って次の言葉を待つ。
「森には隣町の市場で売るための薬草を取りに行っていたんです。護衛は……護衛は付けられません」
そこで彼女は祈るかのように手を組んだ。
「私は貧しい村娘です。護衛をつけたら生活できるほどのお金は到底できません。父は大工をしていましたが、事故で命を落としました。母も病気で遠出はできず、弟はまだ幼いので、私が家族を養わなければならないのです。ですから……」
「なるほど。それならば私が護衛につきましょう。報酬は私たちで採取した薬草を売った金額の三割程ということでいかがでしょうか? 魔物の出る森ですし、本当は私一人で行きたいところなのですが、どうしても薬草の知識が必要になります。ご一緒いただけるのでしたら喜んで協力しましょう」
「よろしいのですか? 三割だと一日生活するのにやっとなほどの金額しかお支払いできないと思います」
そこで竜族の戦士が口を開く。
「そういうことなら俺も行こう。力には自信があるんだ。大量に持って帰れば金額も少しはマシになるだろう」
「それはありがたいですね。あなたほどの戦士なら護衛の方も心強いというものです。私はアロイス ダルクールと申します」
「俺はザルム グラルトだ」
「私はフィオナ シャーロンと申しますわ。命を助けていただいた上に護衛まで勤めていただけるなんて、お二人はきっと英雄になるお方だわ」
そう言われてアロイスとザルムはフィオナから目をそらした。それもそのはず、英雄だなんてそんな大層な人物ではないと、彼ら自身が思っていたからだ。
アロイスは食器さえ持てれば力はいらないと思っていたが、戦利品を持てなかったおかげで食器に乗せる食べ物が買えずに泣きそうになったことがあるし、ザルムは力さえあれば生きていけるだろうと何の裏付けもなく思っていたが、落とし穴に落とされてから、力だけではどうにもならないこともあるのだということを認めざるを得なくなった。
そういう過去があって、二人とも謙遜するといった返答をすることもなく、ただ目をそらしただけだったのである。そんなことを知らぬまま、フィオナは“英雄候補”たちと共に森の中に入っていくのだった。
彼女のように“英雄候補”の二人と入れば、危険を恐れずにゲルナードの森の美しさに目を向けることができるだろう。
フィオナが住む村の住民も、こんな風に森の美を味わうことができればよかったのだが。
と言うのも、森に関する酷い誤解がどういうわけか横行していたのだ。農具が宙を浮いて土を耕しているだとか、小さなおじさん顔の妖精が、毎日せっせと奇妙な薬をまいて植物を成長させているだとか、そんなとんでもない話が村のあちこちで独り歩きをしていた。
フィオナはそれを聞くたびに笑いを堪えていたのだが、今日でそれも終わりを迎えそうだ。
そんなおかしな認識を持ったままでも森に入らないでいた方が、中途半端に実情を知っているよりよほど安全なのだから。
そんな皮肉が過ぎるフィオナの思考を遮るように、ザルムは突然身の上話を始めた。
「実は俺、故郷が嫌になって出て来たんだ。村の連中は竜族ってのがどうも気に食わないみたいでな。酷い扱いをされる毎日だったんだ。ずっと気にしないように耐えて来たんだが、流石にそろそろ限界が来た。だから村のことは気にせずに大都市に出て、自分の人生をやり直そうと思ったんだ」
フィオナはそれを聞いて思わず苦悶の表情を浮かべてしまった。弟が昔いじめられていたことを思い出してしまったのだ。
今でこそいじめは無くなったが、弟の心の傷が完全に無くなることはないだろうと思うと、彼女は表情を隠すことができなかった。
そんなフィオナの隣にいたアロイスも、しばらくは相槌を打ちながらザルムの話を聞いていたが、ついにはため息を吐いてしまっていた。
「異種族に対する差別的な扱いは、小さな村では珍しいことではないでしょうね。大都市に比べて種の絶対数が少ないですし、よく知らないことに対する拒絶反応というのは誰にでもあるものではありますから……」
「それでも理性のある種族として相手のことをわかってあげられるように努力するべきだと思います!」
フィオナの毅然とした発言にザルムの口元は自然と緩んだ。身の上話の通り、彼が関わってきた人間種たちは殆どが軽蔑か敵対のどちらかの態度だったのだ。
平民の生まれというだけで蔑まれることが当たり前の世界で、竜族という特性が加わればそれはまさに悲惨だった。ましてや同じ竜族の両親でさえ何かにつけて竜族だからと自身の種族を言い訳にしていた。竜族だから貴族にはなれない。竜族だから貧しい。
そんなものはザルムにとってはもうたくさんだったのだ。それに比べて若い人間種のフィオナは種族による差別は反対だと明言している。よもや覆しがたい差別の奔流の中で、反対の立場を取る者がいるのはザルムにとっては感激ものだった。
そういうわけで上機嫌になったザルムを先頭にして進んでいくと、背の高い木々の合間にある美しい光景が待っていたとばかりに三人を出迎えた。
「これは驚いたぜ。綺麗な赤い花がこんなに沢山咲いてるなんてな。しかもここの一か所だけとんでもなく日の光が差し込んでるぜ」
「確かにここだけ他の場所より断然明るいですね。大きな木がこのあたりだけ伸びていないからのようですが」
アロイスがそこまで言うと、フィオナは突然声をあげた。
「ザルムさん、止まってください!」
フィオナがここまで声を張り上げることの意外さに、ザルムは困惑する。しかし少し考えて察したようだ。
「もしかして何かの罠か? こんな森のど真ん中だが」
アロイスも遠目から観察して、なるほどとでも言うように頷いた。フィオナのアシストによって、アロイスの膨大な知識の一片にこの光景のことが該当したようである。
「森ならではの罠ですね。そこの植物、何か様子が変だと思いませんか?」
「ああ、なんか花がやけに大きいように思うが。つるにも変な棘が付いてるし」
返事の代わりにアロイスは、腰に付けていた小さなカバンから一冊の本を取り出した。
アロイスにとってこの本は、この世界を冒険するに当たって非常に重要で本当に役立つことが書かれている大事な本だ。
しかしそれはかなり年季の入ったもので、しわくちゃな茶色い表紙は、実は他の色をしていたのではと推測できそうなほど古びていた。
そんな怪しげな本の一ページを差し出されたザルムは、怪訝そうな表情を見せまいと努力しながら覗いてみる。
するとそこには鮮明に描かれた挿絵と丁寧な説明書きが所狭しと並んでいた。
「この植物はここに書いてある通り、食人植物とも言われるブラッディプラントですね。力尽きた動物や人間の亡骸を糧に生息するそうです。不用意に踏み込めばつるで身動きが取れなくなって……まあとにかく大怪我していたでしょう。フィオナさん、ありがとうございます。お手柄ですね」
「お手柄だなんてそんな……」
フィオナは照れながらも謙遜する。
「おお。恐ろしいこともあるもんだな。助かったぜフィオナさん」
ザルムも礼を言いつつ、ブルッと身を震わせていた。
食人植物に気を付けながら日光に強い植物を採取すると、フィオナの用意していた籠が半分ほど埋まった。
解熱、強壮薬として用いられる薬草や、止血、消炎作用のある木の根など、様々な効能を持つ薬草を数多く採取することができたようで、フィオナの表情も明るくなってきている。
「こんな花みたいな植物の根が薬に使われたりするものなんだな」
ザルムが取った薬草を物珍しそうに見ていると、そのフィオナは不思議そうに首を傾げた。
「ザルムさんは怪我をしたときなどに薬草を使ったりはしなかったのですか?」
するとザルムは恥ずかしそうに目を細める。
「使っていたはずなんだが……まあそんなに興味がなかったんだろうな」
「そもそも煎じられたり乾燥されていたりして形が変わっていることが多いですからね。無理もないと思いますよ」
そうアロイスがフォローすると、それもそうですわねとフィオナは優しく笑った。
ピンクのカチューシャが艶やかな栗色の髪によく映える少女は、二人に向かって何度も、そして何度も頭を下げた。
「構いませんよ。困るどころか命の危機ですからね。誰でも助けようとするはずです」
「そ、そうだよな。誰だって助けるよな」
竜族の戦士はぎこちなく笑う。
「そんな! 私のような力のないただの村娘には決してできないことです!」
少女は全力で否定してから、二人に尊敬の眼差しを向けた。そのタイミングで竜族の戦士は疑問を呈す。
「ところで、君のような村娘さんが魔物の出る森まで、しかも護衛なしで何をしてたんだ?」
途端、少女は生気を失うかのように目を伏せた。二人はただ黙って次の言葉を待つ。
「森には隣町の市場で売るための薬草を取りに行っていたんです。護衛は……護衛は付けられません」
そこで彼女は祈るかのように手を組んだ。
「私は貧しい村娘です。護衛をつけたら生活できるほどのお金は到底できません。父は大工をしていましたが、事故で命を落としました。母も病気で遠出はできず、弟はまだ幼いので、私が家族を養わなければならないのです。ですから……」
「なるほど。それならば私が護衛につきましょう。報酬は私たちで採取した薬草を売った金額の三割程ということでいかがでしょうか? 魔物の出る森ですし、本当は私一人で行きたいところなのですが、どうしても薬草の知識が必要になります。ご一緒いただけるのでしたら喜んで協力しましょう」
「よろしいのですか? 三割だと一日生活するのにやっとなほどの金額しかお支払いできないと思います」
そこで竜族の戦士が口を開く。
「そういうことなら俺も行こう。力には自信があるんだ。大量に持って帰れば金額も少しはマシになるだろう」
「それはありがたいですね。あなたほどの戦士なら護衛の方も心強いというものです。私はアロイス ダルクールと申します」
「俺はザルム グラルトだ」
「私はフィオナ シャーロンと申しますわ。命を助けていただいた上に護衛まで勤めていただけるなんて、お二人はきっと英雄になるお方だわ」
そう言われてアロイスとザルムはフィオナから目をそらした。それもそのはず、英雄だなんてそんな大層な人物ではないと、彼ら自身が思っていたからだ。
アロイスは食器さえ持てれば力はいらないと思っていたが、戦利品を持てなかったおかげで食器に乗せる食べ物が買えずに泣きそうになったことがあるし、ザルムは力さえあれば生きていけるだろうと何の裏付けもなく思っていたが、落とし穴に落とされてから、力だけではどうにもならないこともあるのだということを認めざるを得なくなった。
そういう過去があって、二人とも謙遜するといった返答をすることもなく、ただ目をそらしただけだったのである。そんなことを知らぬまま、フィオナは“英雄候補”たちと共に森の中に入っていくのだった。
彼女のように“英雄候補”の二人と入れば、危険を恐れずにゲルナードの森の美しさに目を向けることができるだろう。
フィオナが住む村の住民も、こんな風に森の美を味わうことができればよかったのだが。
と言うのも、森に関する酷い誤解がどういうわけか横行していたのだ。農具が宙を浮いて土を耕しているだとか、小さなおじさん顔の妖精が、毎日せっせと奇妙な薬をまいて植物を成長させているだとか、そんなとんでもない話が村のあちこちで独り歩きをしていた。
フィオナはそれを聞くたびに笑いを堪えていたのだが、今日でそれも終わりを迎えそうだ。
そんなおかしな認識を持ったままでも森に入らないでいた方が、中途半端に実情を知っているよりよほど安全なのだから。
そんな皮肉が過ぎるフィオナの思考を遮るように、ザルムは突然身の上話を始めた。
「実は俺、故郷が嫌になって出て来たんだ。村の連中は竜族ってのがどうも気に食わないみたいでな。酷い扱いをされる毎日だったんだ。ずっと気にしないように耐えて来たんだが、流石にそろそろ限界が来た。だから村のことは気にせずに大都市に出て、自分の人生をやり直そうと思ったんだ」
フィオナはそれを聞いて思わず苦悶の表情を浮かべてしまった。弟が昔いじめられていたことを思い出してしまったのだ。
今でこそいじめは無くなったが、弟の心の傷が完全に無くなることはないだろうと思うと、彼女は表情を隠すことができなかった。
そんなフィオナの隣にいたアロイスも、しばらくは相槌を打ちながらザルムの話を聞いていたが、ついにはため息を吐いてしまっていた。
「異種族に対する差別的な扱いは、小さな村では珍しいことではないでしょうね。大都市に比べて種の絶対数が少ないですし、よく知らないことに対する拒絶反応というのは誰にでもあるものではありますから……」
「それでも理性のある種族として相手のことをわかってあげられるように努力するべきだと思います!」
フィオナの毅然とした発言にザルムの口元は自然と緩んだ。身の上話の通り、彼が関わってきた人間種たちは殆どが軽蔑か敵対のどちらかの態度だったのだ。
平民の生まれというだけで蔑まれることが当たり前の世界で、竜族という特性が加わればそれはまさに悲惨だった。ましてや同じ竜族の両親でさえ何かにつけて竜族だからと自身の種族を言い訳にしていた。竜族だから貴族にはなれない。竜族だから貧しい。
そんなものはザルムにとってはもうたくさんだったのだ。それに比べて若い人間種のフィオナは種族による差別は反対だと明言している。よもや覆しがたい差別の奔流の中で、反対の立場を取る者がいるのはザルムにとっては感激ものだった。
そういうわけで上機嫌になったザルムを先頭にして進んでいくと、背の高い木々の合間にある美しい光景が待っていたとばかりに三人を出迎えた。
「これは驚いたぜ。綺麗な赤い花がこんなに沢山咲いてるなんてな。しかもここの一か所だけとんでもなく日の光が差し込んでるぜ」
「確かにここだけ他の場所より断然明るいですね。大きな木がこのあたりだけ伸びていないからのようですが」
アロイスがそこまで言うと、フィオナは突然声をあげた。
「ザルムさん、止まってください!」
フィオナがここまで声を張り上げることの意外さに、ザルムは困惑する。しかし少し考えて察したようだ。
「もしかして何かの罠か? こんな森のど真ん中だが」
アロイスも遠目から観察して、なるほどとでも言うように頷いた。フィオナのアシストによって、アロイスの膨大な知識の一片にこの光景のことが該当したようである。
「森ならではの罠ですね。そこの植物、何か様子が変だと思いませんか?」
「ああ、なんか花がやけに大きいように思うが。つるにも変な棘が付いてるし」
返事の代わりにアロイスは、腰に付けていた小さなカバンから一冊の本を取り出した。
アロイスにとってこの本は、この世界を冒険するに当たって非常に重要で本当に役立つことが書かれている大事な本だ。
しかしそれはかなり年季の入ったもので、しわくちゃな茶色い表紙は、実は他の色をしていたのではと推測できそうなほど古びていた。
そんな怪しげな本の一ページを差し出されたザルムは、怪訝そうな表情を見せまいと努力しながら覗いてみる。
するとそこには鮮明に描かれた挿絵と丁寧な説明書きが所狭しと並んでいた。
「この植物はここに書いてある通り、食人植物とも言われるブラッディプラントですね。力尽きた動物や人間の亡骸を糧に生息するそうです。不用意に踏み込めばつるで身動きが取れなくなって……まあとにかく大怪我していたでしょう。フィオナさん、ありがとうございます。お手柄ですね」
「お手柄だなんてそんな……」
フィオナは照れながらも謙遜する。
「おお。恐ろしいこともあるもんだな。助かったぜフィオナさん」
ザルムも礼を言いつつ、ブルッと身を震わせていた。
食人植物に気を付けながら日光に強い植物を採取すると、フィオナの用意していた籠が半分ほど埋まった。
解熱、強壮薬として用いられる薬草や、止血、消炎作用のある木の根など、様々な効能を持つ薬草を数多く採取することができたようで、フィオナの表情も明るくなってきている。
「こんな花みたいな植物の根が薬に使われたりするものなんだな」
ザルムが取った薬草を物珍しそうに見ていると、そのフィオナは不思議そうに首を傾げた。
「ザルムさんは怪我をしたときなどに薬草を使ったりはしなかったのですか?」
するとザルムは恥ずかしそうに目を細める。
「使っていたはずなんだが……まあそんなに興味がなかったんだろうな」
「そもそも煎じられたり乾燥されていたりして形が変わっていることが多いですからね。無理もないと思いますよ」
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