死者と竜の交わる時

逸れの二時

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第一章

偏見を越えて

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冒険の準備を整えるため、二人は明け方に村を離れて比較的大きな街であるカルムに向かっていた。辺りは少しずつ明るくなってはいるものの、足元はまだハッキリとは見ない。

街道脇の草むらから聞こえる虫たちのさざめきと、空をうっすらと覆うオレンジ色の雲。

その中でアロイスの頭上を漂う魔術光は、煌々とその存在をアピールしていた。

きちんとした目的のある冒険が初めての二人は、とりあえず当たり障りのない会話をしている。明け方に外に出るのは初めてであるとか、カルムの町にはまだ行ったことがないとか。そんな程度の他愛もない話だ。

ところがある話題になった途端に二人の関係性は大きく変わった。

「ところでザルムさんは冒険者としてギルドに登録してありますか?」

「いや、俺はまだしてないぜ。本当は昨日の内にドメレクに行って登録するつもりだったんだ」

「おやおや、ザルムさんもでしたか。私も大都市なら駆け出しの仕事が揃っているだろうと思って向かっている途中でした」

「そうだったのか。これから向かうカルムにもギルドはあるし、そこで登録しようぜ」

「ええ、もちろんです。カルムもエラミエルの領土ですから問題なく登録できるでしょう」

「それならどうせギルドに寄るんだし、仮パーティを組んで適当な魔物退治の依頼でも受けてみないか?」

そこでアロイスは一瞬考え込んだが、それでもなんとか快諾した。少なくともそう見せようとした。

自分の過去、さらには自分の正体が知られたらどう思われるか。それは恐怖とも言える感情を呈していたからだ。

不自然になりつつもそれをなんとかごまかした後、今度は詳しい素性や戦闘に関する能力についての話題になった。しかしそこでもアロイスは所々で返答をはぐらかすしか道はなかった。

相手のザルムはあえて見て見ぬフリをしてくれているようではあったが、やはり気にかかっているのか若干会話に違和感がある。何となく申し訳なく思いつつも、アロイスにはやはりごまかすことしかできないのだ。

二人が町に近づくにつれて段々と日が昇り始める。顔を出したばかり太陽は、遠くの山やその近くの石造りの建物まで、焼けつくようなオレンジ色で染め上げている。それを見たザルムは高揚を覚える一方、アロイスは魔法帽を深く被り直すのだった。

朝のカルムは市場の活気で賑わっており、売り手の声がところどころから聞こえてくる。

それもそのはず、門をくぐったすぐ先は商業地区になっていて、町の西側と東側をつなぐ大きな橋や、宿屋への通り道にさえ沢山の露店が並んでいるのだ。

ちょうどそこでは、穀物や野菜、動物の肉から日用の衣類まで様々なものが取引されていて、物を揃えたり売ったりするには好都合だ。

山に囲まれた大都市への中継地点とも言えるこの街には、大都市に引けを取らない規模の冒険者ギルドが設立されている。それは商人や冒険者など、数多くの旅人が集まって来るからだろう。

そんな街でアロイスが冒険に必要なものをピックアップして買い物をしていると、彼は奇妙な視線がザルムに向いていることに気付いた。

道具店の店主やすれ違う人の一部が竜族を珍しがったり、忌避したりするような視線に感じられる。

この街には少ないが、貴族が平民を見下すような視線とよく似ていた。アロイスは幸いこのような視線を受けることはあまりなかったが、自分には耐えられないだろうと漠然と思った。

しかしザルムはというと、気付いていないのかただ気にしていないだけなのか、特に反応するようなこともない。

それよりも金銭的に苦しいことの方が彼には問題らしい。

望みの遠距離武器をまるで恋人との今生の別れのような目つきで見送ると、周りを気にしながら遠慮がちに地団駄を踏んだ。それでもバキャッと石畳が割れたのを、アロイスが素早く直したことで一応難は逃れたが、もし誰かに見られていたらあわや大惨事だった。

「あ、すまねえ。でもロープにランタンでもう使える金が残らないんだ。あんなデカイ熊をぶっ倒したっていうのに厳しくないか?」

「そうですね。あの熊から取れたものすべてを運べるだけの手段や能力があればまた違ったのでしょうが……あのロングボウはまたの機会ということにしましょう」

「そうだな……」

「お金が貯まるまでどんな武器を買うか考えておくのもいいじゃありませんか」

「そうだよな……」

意気消沈しているザルムをよそに、アロイスは冒険者ギルドを探して辺りを見渡した。冒険者ギルドの支部にあたる冒険者の店は歩いているうちに既に見つかっているが、当のギルドはなかなか見つからない。

街の中心にあるのではと考えたのはどうやら検討違いらしかった。

しびれを切らしてとうとう人に聞くことにしたアロイスは、その相手を武具店の店主にした。確実に場所を知っていて尚且つツテを作っておいて損は無い人物だと目星をつけたのだ。

「すみません、冒険者志望のアロイスという者ですが、冒険者ギルドの場所を教えていただけませんか?」

アロイスが尋ねると、ハンマーを叩いていた筋骨隆々の男がカウンターの奥からやってきて、意外にも愛想良く丁寧に答えた。

「おう、それならこっちの道なりにずっと真っ直ぐ進んで政治地区の広場に行ったら、あとはそこを左に曲がるとすぐ右手に見えるぜ。羽ペンと書類のマークの吊り看板が目印の建物だ」

「ご丁寧にありがとうございます。さっそく行かせていただきます」

ザルムを引き連れて行こうとすると、店主に引き留められる。

「なあ、そっちの竜族の兄ちゃんは君の仲間か?」

何かを期待するような、そんな目つきで店主が尋ねる。

「そうですが。どうかなさいましたか?」

「そうかそうか。そいつはいいな。人間種以外とはパーティを組まねえ輩しかいやがらなくて残念に思ってたんだ。俺の友と呼べるやつも人間種じゃなくてな。偏見でかなり辛い思いをしたらしいんだよ」

長いこと真下を見ていたザルムがようやく顔を上げた。人間種以外という言葉がどうしても気になってしまったようである。

「まさかその友達ってのは俺と同じ竜族か?」

「いや、半魔族だ。ヴェルマンってやつだな。二本の角と黒い翼があって尻尾が特徴的な種族さ」

期待した回答ではなかったが、ザルムには偏見を受けている当事者として聞き逃せない話題だ。

「俺の故郷にはそんな種族のやつはいなかったが、やっぱり偏見があるんだな」

「残念ながらそのようですね。猫族として知られるエンクという種族も偏見の対象と聞いたことがあります」

三人はしばらく無言であったが、お互いに考えていることは同じであるように思えた。

「悪いな、引き留めちまって。これから冒険者になるんだろ? 是非とも名を挙げて偏見なんかに負けるんじゃねえぞ?」

そう言って店主は小さい鉄製のダガーをザルムに手渡した。

「サブウェポンとして使ってくれ。ダガーは持ち運びやすいし投擲もできるから持ってて損は無いはずだぜ」

ザルムはダガーを腰にしまって、店主に大仰に感謝した。

そうして二人は冒険者ギルドへと真っ直ぐ向かって行ったが、道行く人とすれ違うその度に、彼らの歩調は早くなるかのようだった。
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