9 / 84
第一章
冒険と不安
しおりを挟む
準備を整えてカルムの街を出発してから、遺跡まであと三時間程というところで日が暮れた。二人は念のため、六時間交代で見張りを立てて眠ることにする。
テントを買うお金と持ち運ぶ手段を持ち合わせていないことを悔やんだアロイスだったが、ザルムは気にする様子もなく自然のベットに横になった。
先に見張りの番をするアロイスは、闇夜に浮かぶ焚き木に当たりながら小さな魔術光を見つめている。ふわふわと漂う光の中に彼は自身の過去を見ていたのだ。
突如割れる青い花瓶に優しげな老婆の顔。彼女が大きな暖炉のある部屋で、火の鳥や幻のポニーを魔法で創りだして踊っている様。それは細切れの映像のように一瞬見えては消えてまた別の場面へと切り替わる。
映像が暗い夜の月を映しだした途端に、彼は目を閉じた。
これらが何を意味するのかは彼にしかわからないが、少なくとも、彼の使った魔術光の魔法は、光源を創りだすだけのものであることは間違いない。ふとしたときに遠い過去を思い出すことが彼にだってときどきあるのだ。
おぼろげに輝く星々の明るさも、肌に伝わってくる空気の冷たさも、とうとう意識されないまま夜は更けていった。
それに続いて番を変わったザルム。彼もまた光を絞ったランタンの火を見つめていた。
彼にはその炎の煌めきがやけにおどろおどろしくやけに恐ろしく思えた。これからの冒険に対する不安を表しているのか。それとも己の欲望に対する恐怖を体現しているのか。それは彼にもわからなかった。
そしてその不条理な思考を抑えたら、次には重厚な盾や大きな剣に意識が向き、気が付けば自身の手を眺めていた。それは紛れもなく、灰色がかった竜人の手だった。
今までもこれからも変わらない。そう思った彼だったが、その手に掴むものは着実と変わっていきつつある。
一人物言わぬ彼は、それでも集中して見張りを続けた。
特に何事もなく朝を迎えると、二人は整備された街道に戻って順調に進んでいく。街道の傍にある小さな丘には、控えめながら美しい花々が所々に咲いており、微かな甘い香りが穏やかな風に運ばれてくる。
心地よい陽気に晴れ晴れとした青空。足を休めたくなるような美しい自然を前に、不意に強烈な眠気が二人に襲い掛かった。
しかしアロイスもザルムも、なんとか地面を踏みしめて眠気に耐える。
「ザルムさん、急いでここを離れましょう」
その言葉を契機に、ザルムも出来るだけ息をしないようにしながらその場を離れた。一息ついてから改めて危険な丘を見てみると、僅かにピンク色の粉が舞っているのが確認できる。
それをさらに注意深く観察すると、風によって運ばれるそれの正体が、風上から羽をはばたかせる大きな蝶のりんぷんだと分かった。
独特な紫色をした蝶は直接襲って来るような様子はなく、あくまで毒によって眠りについた動物が目当てのようだ。
「あんなデカイ蝶は初めて見るぜ。アロイスはどこかで見たことあるか?」
「私も見たのは初めてです。眠らせてから麻痺毒を注入して血液を吸い尽くすポイゾナスフライという魔物ですね。一度麻痺毒をもらってしまうと二時間は動けなくなってしまいますから、眠らずに済んで本当に幸運でした」
「全くだぜ。アイツは追ってはこないみたいだし、このまま無視しようぜ。それにしてもアロイスはいろいろ知ってるな」
「この本のおかげですよ」
例の本当に茶色かわからない本が姿を現した。ザルムは堪らず聞いてしまう。
「相当古いものみたいだが、一体どこで手に入れたんだ?」
「それはですね……」
彼は自慢げだ。
「ある優秀な冒険者から貰ったんです。彼女直筆らしいですよ」
へえと呟きながらザルムは女性だったかと思った。彼の憧れの冒険者は男性だったはずだ。
しかし、当ては外れたものの、その彼女にも感謝するべきなのかもしれなかった。食人植物と言い危険な蝶と言い、彼女の知識が自分たちの冒険に役立っていることは事実なのだ。その知識は今やアロイスのものとも言えるが。
それから警戒しながら丘を抜け、二時間ほど何事もなく進むことができた。そこから景色は変わって、今度は大きな木が点在する広い平野に出る。ここには特に危険なものは無いと信じたかった二人だが、残念ながら奇異なものを見つけてしまった。
「なあ、これいったいなんだろうな」
そう言うザルムが見つめているのは金属の手枷だ。ちょうど木の陰になっているところにひっそりと落ちている。拾い上げて見てみると、鍵の部分に傷跡がついており、鍵ではない何かでこじ開けられたような状態になっている。
「あまり錆びていませんし、ここ最近の物のようですね。何者かが脱走したのでしょうか」
「どうだかな。まあ罠ってことでもなさそうだが……」
落ちているものがものだけに、不気味さを感じるアロイスとザルム。しかし気にしても仕方がない。そう思って、彼らはまた歩き出した。
この落し物の場所からはるか遠くに見えるコンデス山の方へ、そのままずっと真っ直ぐ向かって行くと、ほどなくしてようやく、今回の目的地であるギンベルト遺跡が見えてくる。地上部分の外観は殆ど残されておらず、黄色味がかった石造りの柱が散在していた。
この場所で合っているのか不安になったザルムが地図を確認すると、地下遺跡と言うだけあって地上部分は見ての通り閑散としているらしい。問題の地下への入り口は、囲いのような建物の残骸に分かりにくく隠されているとのことだ。
そこでアロイスと手分けして辺りを探すと、そう時間もかからずに地下への階段が発見できた。
手間取ることなく階段を見つけられたことを地図に感謝しつつ、ザルムを先頭にして遺跡内部へと降りて行った。
テントを買うお金と持ち運ぶ手段を持ち合わせていないことを悔やんだアロイスだったが、ザルムは気にする様子もなく自然のベットに横になった。
先に見張りの番をするアロイスは、闇夜に浮かぶ焚き木に当たりながら小さな魔術光を見つめている。ふわふわと漂う光の中に彼は自身の過去を見ていたのだ。
突如割れる青い花瓶に優しげな老婆の顔。彼女が大きな暖炉のある部屋で、火の鳥や幻のポニーを魔法で創りだして踊っている様。それは細切れの映像のように一瞬見えては消えてまた別の場面へと切り替わる。
映像が暗い夜の月を映しだした途端に、彼は目を閉じた。
これらが何を意味するのかは彼にしかわからないが、少なくとも、彼の使った魔術光の魔法は、光源を創りだすだけのものであることは間違いない。ふとしたときに遠い過去を思い出すことが彼にだってときどきあるのだ。
おぼろげに輝く星々の明るさも、肌に伝わってくる空気の冷たさも、とうとう意識されないまま夜は更けていった。
それに続いて番を変わったザルム。彼もまた光を絞ったランタンの火を見つめていた。
彼にはその炎の煌めきがやけにおどろおどろしくやけに恐ろしく思えた。これからの冒険に対する不安を表しているのか。それとも己の欲望に対する恐怖を体現しているのか。それは彼にもわからなかった。
そしてその不条理な思考を抑えたら、次には重厚な盾や大きな剣に意識が向き、気が付けば自身の手を眺めていた。それは紛れもなく、灰色がかった竜人の手だった。
今までもこれからも変わらない。そう思った彼だったが、その手に掴むものは着実と変わっていきつつある。
一人物言わぬ彼は、それでも集中して見張りを続けた。
特に何事もなく朝を迎えると、二人は整備された街道に戻って順調に進んでいく。街道の傍にある小さな丘には、控えめながら美しい花々が所々に咲いており、微かな甘い香りが穏やかな風に運ばれてくる。
心地よい陽気に晴れ晴れとした青空。足を休めたくなるような美しい自然を前に、不意に強烈な眠気が二人に襲い掛かった。
しかしアロイスもザルムも、なんとか地面を踏みしめて眠気に耐える。
「ザルムさん、急いでここを離れましょう」
その言葉を契機に、ザルムも出来るだけ息をしないようにしながらその場を離れた。一息ついてから改めて危険な丘を見てみると、僅かにピンク色の粉が舞っているのが確認できる。
それをさらに注意深く観察すると、風によって運ばれるそれの正体が、風上から羽をはばたかせる大きな蝶のりんぷんだと分かった。
独特な紫色をした蝶は直接襲って来るような様子はなく、あくまで毒によって眠りについた動物が目当てのようだ。
「あんなデカイ蝶は初めて見るぜ。アロイスはどこかで見たことあるか?」
「私も見たのは初めてです。眠らせてから麻痺毒を注入して血液を吸い尽くすポイゾナスフライという魔物ですね。一度麻痺毒をもらってしまうと二時間は動けなくなってしまいますから、眠らずに済んで本当に幸運でした」
「全くだぜ。アイツは追ってはこないみたいだし、このまま無視しようぜ。それにしてもアロイスはいろいろ知ってるな」
「この本のおかげですよ」
例の本当に茶色かわからない本が姿を現した。ザルムは堪らず聞いてしまう。
「相当古いものみたいだが、一体どこで手に入れたんだ?」
「それはですね……」
彼は自慢げだ。
「ある優秀な冒険者から貰ったんです。彼女直筆らしいですよ」
へえと呟きながらザルムは女性だったかと思った。彼の憧れの冒険者は男性だったはずだ。
しかし、当ては外れたものの、その彼女にも感謝するべきなのかもしれなかった。食人植物と言い危険な蝶と言い、彼女の知識が自分たちの冒険に役立っていることは事実なのだ。その知識は今やアロイスのものとも言えるが。
それから警戒しながら丘を抜け、二時間ほど何事もなく進むことができた。そこから景色は変わって、今度は大きな木が点在する広い平野に出る。ここには特に危険なものは無いと信じたかった二人だが、残念ながら奇異なものを見つけてしまった。
「なあ、これいったいなんだろうな」
そう言うザルムが見つめているのは金属の手枷だ。ちょうど木の陰になっているところにひっそりと落ちている。拾い上げて見てみると、鍵の部分に傷跡がついており、鍵ではない何かでこじ開けられたような状態になっている。
「あまり錆びていませんし、ここ最近の物のようですね。何者かが脱走したのでしょうか」
「どうだかな。まあ罠ってことでもなさそうだが……」
落ちているものがものだけに、不気味さを感じるアロイスとザルム。しかし気にしても仕方がない。そう思って、彼らはまた歩き出した。
この落し物の場所からはるか遠くに見えるコンデス山の方へ、そのままずっと真っ直ぐ向かって行くと、ほどなくしてようやく、今回の目的地であるギンベルト遺跡が見えてくる。地上部分の外観は殆ど残されておらず、黄色味がかった石造りの柱が散在していた。
この場所で合っているのか不安になったザルムが地図を確認すると、地下遺跡と言うだけあって地上部分は見ての通り閑散としているらしい。問題の地下への入り口は、囲いのような建物の残骸に分かりにくく隠されているとのことだ。
そこでアロイスと手分けして辺りを探すと、そう時間もかからずに地下への階段が発見できた。
手間取ることなく階段を見つけられたことを地図に感謝しつつ、ザルムを先頭にして遺跡内部へと降りて行った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる