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第一章
冒険と不安
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準備を整えてカルムの街を出発してから、遺跡まであと三時間程というところで日が暮れた。二人は念のため、六時間交代で見張りを立てて眠ることにする。
テントを買うお金と持ち運ぶ手段を持ち合わせていないことを悔やんだアロイスだったが、ザルムは気にする様子もなく自然のベットに横になった。
先に見張りの番をするアロイスは、闇夜に浮かぶ焚き木に当たりながら小さな魔術光を見つめている。ふわふわと漂う光の中に彼は自身の過去を見ていたのだ。
突如割れる青い花瓶に優しげな老婆の顔。彼女が大きな暖炉のある部屋で、火の鳥や幻のポニーを魔法で創りだして踊っている様。それは細切れの映像のように一瞬見えては消えてまた別の場面へと切り替わる。
映像が暗い夜の月を映しだした途端に、彼は目を閉じた。
これらが何を意味するのかは彼にしかわからないが、少なくとも、彼の使った魔術光の魔法は、光源を創りだすだけのものであることは間違いない。ふとしたときに遠い過去を思い出すことが彼にだってときどきあるのだ。
おぼろげに輝く星々の明るさも、肌に伝わってくる空気の冷たさも、とうとう意識されないまま夜は更けていった。
それに続いて番を変わったザルム。彼もまた光を絞ったランタンの火を見つめていた。
彼にはその炎の煌めきがやけにおどろおどろしくやけに恐ろしく思えた。これからの冒険に対する不安を表しているのか。それとも己の欲望に対する恐怖を体現しているのか。それは彼にもわからなかった。
そしてその不条理な思考を抑えたら、次には重厚な盾や大きな剣に意識が向き、気が付けば自身の手を眺めていた。それは紛れもなく、灰色がかった竜人の手だった。
今までもこれからも変わらない。そう思った彼だったが、その手に掴むものは着実と変わっていきつつある。
一人物言わぬ彼は、それでも集中して見張りを続けた。
特に何事もなく朝を迎えると、二人は整備された街道に戻って順調に進んでいく。街道の傍にある小さな丘には、控えめながら美しい花々が所々に咲いており、微かな甘い香りが穏やかな風に運ばれてくる。
心地よい陽気に晴れ晴れとした青空。足を休めたくなるような美しい自然を前に、不意に強烈な眠気が二人に襲い掛かった。
しかしアロイスもザルムも、なんとか地面を踏みしめて眠気に耐える。
「ザルムさん、急いでここを離れましょう」
その言葉を契機に、ザルムも出来るだけ息をしないようにしながらその場を離れた。一息ついてから改めて危険な丘を見てみると、僅かにピンク色の粉が舞っているのが確認できる。
それをさらに注意深く観察すると、風によって運ばれるそれの正体が、風上から羽をはばたかせる大きな蝶のりんぷんだと分かった。
独特な紫色をした蝶は直接襲って来るような様子はなく、あくまで毒によって眠りについた動物が目当てのようだ。
「あんなデカイ蝶は初めて見るぜ。アロイスはどこかで見たことあるか?」
「私も見たのは初めてです。眠らせてから麻痺毒を注入して血液を吸い尽くすポイゾナスフライという魔物ですね。一度麻痺毒をもらってしまうと二時間は動けなくなってしまいますから、眠らずに済んで本当に幸運でした」
「全くだぜ。アイツは追ってはこないみたいだし、このまま無視しようぜ。それにしてもアロイスはいろいろ知ってるな」
「この本のおかげですよ」
例の本当に茶色かわからない本が姿を現した。ザルムは堪らず聞いてしまう。
「相当古いものみたいだが、一体どこで手に入れたんだ?」
「それはですね……」
彼は自慢げだ。
「ある優秀な冒険者から貰ったんです。彼女直筆らしいですよ」
へえと呟きながらザルムは女性だったかと思った。彼の憧れの冒険者は男性だったはずだ。
しかし、当ては外れたものの、その彼女にも感謝するべきなのかもしれなかった。食人植物と言い危険な蝶と言い、彼女の知識が自分たちの冒険に役立っていることは事実なのだ。その知識は今やアロイスのものとも言えるが。
それから警戒しながら丘を抜け、二時間ほど何事もなく進むことができた。そこから景色は変わって、今度は大きな木が点在する広い平野に出る。ここには特に危険なものは無いと信じたかった二人だが、残念ながら奇異なものを見つけてしまった。
「なあ、これいったいなんだろうな」
そう言うザルムが見つめているのは金属の手枷だ。ちょうど木の陰になっているところにひっそりと落ちている。拾い上げて見てみると、鍵の部分に傷跡がついており、鍵ではない何かでこじ開けられたような状態になっている。
「あまり錆びていませんし、ここ最近の物のようですね。何者かが脱走したのでしょうか」
「どうだかな。まあ罠ってことでもなさそうだが……」
落ちているものがものだけに、不気味さを感じるアロイスとザルム。しかし気にしても仕方がない。そう思って、彼らはまた歩き出した。
この落し物の場所からはるか遠くに見えるコンデス山の方へ、そのままずっと真っ直ぐ向かって行くと、ほどなくしてようやく、今回の目的地であるギンベルト遺跡が見えてくる。地上部分の外観は殆ど残されておらず、黄色味がかった石造りの柱が散在していた。
この場所で合っているのか不安になったザルムが地図を確認すると、地下遺跡と言うだけあって地上部分は見ての通り閑散としているらしい。問題の地下への入り口は、囲いのような建物の残骸に分かりにくく隠されているとのことだ。
そこでアロイスと手分けして辺りを探すと、そう時間もかからずに地下への階段が発見できた。
手間取ることなく階段を見つけられたことを地図に感謝しつつ、ザルムを先頭にして遺跡内部へと降りて行った。
テントを買うお金と持ち運ぶ手段を持ち合わせていないことを悔やんだアロイスだったが、ザルムは気にする様子もなく自然のベットに横になった。
先に見張りの番をするアロイスは、闇夜に浮かぶ焚き木に当たりながら小さな魔術光を見つめている。ふわふわと漂う光の中に彼は自身の過去を見ていたのだ。
突如割れる青い花瓶に優しげな老婆の顔。彼女が大きな暖炉のある部屋で、火の鳥や幻のポニーを魔法で創りだして踊っている様。それは細切れの映像のように一瞬見えては消えてまた別の場面へと切り替わる。
映像が暗い夜の月を映しだした途端に、彼は目を閉じた。
これらが何を意味するのかは彼にしかわからないが、少なくとも、彼の使った魔術光の魔法は、光源を創りだすだけのものであることは間違いない。ふとしたときに遠い過去を思い出すことが彼にだってときどきあるのだ。
おぼろげに輝く星々の明るさも、肌に伝わってくる空気の冷たさも、とうとう意識されないまま夜は更けていった。
それに続いて番を変わったザルム。彼もまた光を絞ったランタンの火を見つめていた。
彼にはその炎の煌めきがやけにおどろおどろしくやけに恐ろしく思えた。これからの冒険に対する不安を表しているのか。それとも己の欲望に対する恐怖を体現しているのか。それは彼にもわからなかった。
そしてその不条理な思考を抑えたら、次には重厚な盾や大きな剣に意識が向き、気が付けば自身の手を眺めていた。それは紛れもなく、灰色がかった竜人の手だった。
今までもこれからも変わらない。そう思った彼だったが、その手に掴むものは着実と変わっていきつつある。
一人物言わぬ彼は、それでも集中して見張りを続けた。
特に何事もなく朝を迎えると、二人は整備された街道に戻って順調に進んでいく。街道の傍にある小さな丘には、控えめながら美しい花々が所々に咲いており、微かな甘い香りが穏やかな風に運ばれてくる。
心地よい陽気に晴れ晴れとした青空。足を休めたくなるような美しい自然を前に、不意に強烈な眠気が二人に襲い掛かった。
しかしアロイスもザルムも、なんとか地面を踏みしめて眠気に耐える。
「ザルムさん、急いでここを離れましょう」
その言葉を契機に、ザルムも出来るだけ息をしないようにしながらその場を離れた。一息ついてから改めて危険な丘を見てみると、僅かにピンク色の粉が舞っているのが確認できる。
それをさらに注意深く観察すると、風によって運ばれるそれの正体が、風上から羽をはばたかせる大きな蝶のりんぷんだと分かった。
独特な紫色をした蝶は直接襲って来るような様子はなく、あくまで毒によって眠りについた動物が目当てのようだ。
「あんなデカイ蝶は初めて見るぜ。アロイスはどこかで見たことあるか?」
「私も見たのは初めてです。眠らせてから麻痺毒を注入して血液を吸い尽くすポイゾナスフライという魔物ですね。一度麻痺毒をもらってしまうと二時間は動けなくなってしまいますから、眠らずに済んで本当に幸運でした」
「全くだぜ。アイツは追ってはこないみたいだし、このまま無視しようぜ。それにしてもアロイスはいろいろ知ってるな」
「この本のおかげですよ」
例の本当に茶色かわからない本が姿を現した。ザルムは堪らず聞いてしまう。
「相当古いものみたいだが、一体どこで手に入れたんだ?」
「それはですね……」
彼は自慢げだ。
「ある優秀な冒険者から貰ったんです。彼女直筆らしいですよ」
へえと呟きながらザルムは女性だったかと思った。彼の憧れの冒険者は男性だったはずだ。
しかし、当ては外れたものの、その彼女にも感謝するべきなのかもしれなかった。食人植物と言い危険な蝶と言い、彼女の知識が自分たちの冒険に役立っていることは事実なのだ。その知識は今やアロイスのものとも言えるが。
それから警戒しながら丘を抜け、二時間ほど何事もなく進むことができた。そこから景色は変わって、今度は大きな木が点在する広い平野に出る。ここには特に危険なものは無いと信じたかった二人だが、残念ながら奇異なものを見つけてしまった。
「なあ、これいったいなんだろうな」
そう言うザルムが見つめているのは金属の手枷だ。ちょうど木の陰になっているところにひっそりと落ちている。拾い上げて見てみると、鍵の部分に傷跡がついており、鍵ではない何かでこじ開けられたような状態になっている。
「あまり錆びていませんし、ここ最近の物のようですね。何者かが脱走したのでしょうか」
「どうだかな。まあ罠ってことでもなさそうだが……」
落ちているものがものだけに、不気味さを感じるアロイスとザルム。しかし気にしても仕方がない。そう思って、彼らはまた歩き出した。
この落し物の場所からはるか遠くに見えるコンデス山の方へ、そのままずっと真っ直ぐ向かって行くと、ほどなくしてようやく、今回の目的地であるギンベルト遺跡が見えてくる。地上部分の外観は殆ど残されておらず、黄色味がかった石造りの柱が散在していた。
この場所で合っているのか不安になったザルムが地図を確認すると、地下遺跡と言うだけあって地上部分は見ての通り閑散としているらしい。問題の地下への入り口は、囲いのような建物の残骸に分かりにくく隠されているとのことだ。
そこでアロイスと手分けして辺りを探すと、そう時間もかからずに地下への階段が発見できた。
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