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第一章
遺跡と先客
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遺跡の地下は薄暗いが、それなりの広さがあって、自然に発光する魔晶石の光で包まれている。赤や青、さらに緑といった色とりどりの光が重なりあったり、お互いに引き立てあったりして神秘的な空間を作り出していた。
アロイスとザルムは、そのやわらかな光と荘厳な遺跡の美しさにボーレンの気持ちが何となく分かったような気がする。齢七十を超えても自分の目で直接眺めていたくなるほどの価値は余裕でありそうであった。
見惚れそうな光の自然祭典を堪能した後、彼らは警戒しながら発光していない魔晶石を探す。それもそのはず、光っている魔晶石では力をため込むことには向いていないからだ。
「光っていない魔晶石でも、力を失っているものと蓄えられているものがあるので注意しましょう」
「そうなんだな。出来るだけ状態のいいやつを持っていこう。換金できそうなのも少頂いていくか。ボーレンさんも気にしてなさそうだったからな」
「反対はしませんが本当に少しだけにしましょうね。魔晶石もこの遺跡の魅力の一つですから」
そうして入り口付近で十分な魔晶石を集めたところで、魔物退治の依頼も達成するために奥へと進むことにした。魔晶石の明かりだけでは多少心もとないため、アロイスは魔術光を創り出す。回収したものを大切にしまって、いよいよ準備が整った。
二人は改めて地図を確認し、正面の一本道になっている通路を進んで行く。
ボーレンの言葉通り狭い通路であったが、動物の彫像のようなものが一定の間隔をおいて置かれている。大きさも然ることながら、翼や鱗の質感までもが見事に表現されており、古代の技術力の高さが容易にうかがえるものばかりだった。
一瞬足を止めかけるアロイスだったが、今は危険な場所にいることを忘れてはいない。
後でじっくり眺めようと思いながら彫像のある通路を通り過ぎると、またある程度の広さの空間に出るが、今度は道が左右に分かれている。数本の柱がそれぞれに設置されていて、その向こう側から分かれた通路に入れるようだ。
「左の通路を進むと行き止まりみたいだな」
地図を眺めながらザルムが呟く。
「それなら行き止まりから調べましょう。魔物の痕跡か何かが見つかるかも知れませんから。それにしても……」
「魔物が見当たらないよなあ。ちょっとここでも足跡を見てみるか」
ザルムが足元を調べてみると、亜人種の魔物が歩いた跡がほんのわずかだが残っている。しかしそれよりも彼が気になったのは大きな靴の跡だ。数人分の足跡がこの先へ行ってからまた戻ってきているように見える。
「どうやら先客がいるみたいだぜ? ボーレンさん以外の足跡が最近ついたみたいだ」
「それは困りましたね。他の冒険者であれば、そちらに報酬を譲ることになりかねませんが……」
「とにかくさらに気を付けて進むことにしようぜ。敵対的なヤツらかもしれないしな」
左の道を恐る恐る進んで行くと、小部屋の真ん中に何やら小さな祭壇が設置されている。だが残酷なことに、その祭壇の目の前に一匹のコボルトがこちら側の向きに倒れていた。
流れ出している血から判断して、やはりまだ新しい。アロイスが検死をしてみると、ショートソードの斬撃を二回、真正面に受けたことが致命傷になっている。
「先客の方はなかなかの使い手のようですね。急所を的確に狙ってあります」
「不意をついて二発だもんな。恐ろしいことだぜ」
「ええ、そうね。だから隙だらけなのは感心しないわよ?」
背後から女性の声がして二人はサッと後ろを振り向く。そこには黒いスカーフを頭に被ったエレガントな女性が隙を全く見せずに立っていた。女性は先ほどよりも張りつめた声で尋ねる。
「あなた達はいったい何をしにここまで来たのかしら? まさかこんな地下遺跡にお散歩に来たなんてことはないんでしょ?」
狭い部屋で追い詰められている。そのおどろおどろしい緊張感を悟られたくないザルムは、アロイスを背後に隠すようにして前に出た。
「俺たちは冒険者だ。ちょっとした依頼で遺跡までやってきたってところだな。お嬢さんこそお散歩って柄じゃなさそうだが」
「フフ。お嬢さん……ね。まあいいわ。その魔晶石が目的なんでしょ? 悪いことは言わないから、それを持って早く立ち去ったらどうかしら」
既に腰袋にしまっているにもかかわらず、魔晶石のことを言い当てられている。最初の方から見られていたらしいことをザルムは悟って動揺する。
だがそれに反撃するかのように、今度はアロイスがザルムの前に進み出て言い放つ。
「私たちが邪魔だとでも言いたげですね。どうでしょう、あなたの目的を話していただけるのでしたら快く立ち去りましょう。そうでないのなら依頼達成のためにもう少しここに残ることにしましょうか。魔物退治の依頼がまだ残っているのでね」
女性は不敵に笑った。
「背後を取られた相手に対して随分強気なのね?」
「そちらこそ、背後を取ったからといって相手より実力が上であるとは思わないことですよ」
アロイスに促され、女性が足元を見ると、なんといつの間にか複雑な魔法円が描かれている。
「あら。どうやらただの可愛い新参冒険者さんじゃないみたいね」
「……ということは、人質の父親のために一人で遺跡に来たということですか」
分かれ道の広場の真ん中で、アロイスは露骨に眉をひそめた。
「足音が全くしなかったと思ったら。なるほど、盗賊だったか。それにしても無謀なことをするもんだな」
ザルムも女性を非難し始めると、彼女はそれを問答無用に遮ってため息を吐く。
「無謀だけど選択肢が無いのよ。身元が明かせないから冒険者を雇えないし、そもそも誰かと遺跡に入るところを見られたら人質が殺されるかもしれない」
「確かにな。だがこのままホイホイ奥まで行けば……」
「生きて帰れる保証はありませんね。自分たちが盗む代物を横取りされたとなれば、盗賊団のメンツは丸潰れです。相当憎まれているでしょうね」
「盗み損ねた向こうが間抜けなだけよ」
「ま、まあな」
ザルムは女性の小気味いい合いの手に不覚にも笑ってしまう。それをごまかすように彼は咳払いした。
「コホン。それで、どうすんだ」
「相手は女性一人だと思って少なからず油断しているはずです。そこに付け込みましょう。倒すにしても逃げるにしてもまずは情報が欲しいです。相手について何かご存じありませんか?」
「見知らぬ女盗賊に手を貸そうだなんて一体何を企んでいるのかしらね?」
女性は妖しい目つきでアロイスとザルムを交互に見つめる。それにザルムが渋い顔をするのを見ると、彼女はさぞ満足げにクスッと笑った。
「冗談が通じないところも可愛いわね、竜族さん。私はマデリエネよ。手を組むなら名前くらいは教えるわ」
「いいから何か知ってることはないのか?」
ザルムが苛立つと見ると、女性はその横を通りながらスカーフを解いて髪を下ろした。ゴージャスな長めの金髪が、彼女の首もとでサラリと揺れ惑う。
「そう焦らないで? 急いては事を仕損じるわよ?」
再びザルムをからかってから、マデリエネはこう続ける。
「相手の数は六人よ。盗賊しかいないから魔法の心配はしなくてもいいけど、武器に毒が塗ってあるのは間違いないわ。下っ端の盗賊についてはあまり情報がないけど、首領のラウノは二本のショートソードを巧みに使いこなす武器の達人だって聞いたことがあるわ」
「その首領を抑えるのは俺だな。人質はマデリエネが解放するとして、後は下っ端だ。魔法でまとめて何とかできないか?」
「それについては考えがありますが……」
そう言うアロイスは不気味に笑って、ザルムのランタンを見つめていた。
アロイスとザルムは、そのやわらかな光と荘厳な遺跡の美しさにボーレンの気持ちが何となく分かったような気がする。齢七十を超えても自分の目で直接眺めていたくなるほどの価値は余裕でありそうであった。
見惚れそうな光の自然祭典を堪能した後、彼らは警戒しながら発光していない魔晶石を探す。それもそのはず、光っている魔晶石では力をため込むことには向いていないからだ。
「光っていない魔晶石でも、力を失っているものと蓄えられているものがあるので注意しましょう」
「そうなんだな。出来るだけ状態のいいやつを持っていこう。換金できそうなのも少頂いていくか。ボーレンさんも気にしてなさそうだったからな」
「反対はしませんが本当に少しだけにしましょうね。魔晶石もこの遺跡の魅力の一つですから」
そうして入り口付近で十分な魔晶石を集めたところで、魔物退治の依頼も達成するために奥へと進むことにした。魔晶石の明かりだけでは多少心もとないため、アロイスは魔術光を創り出す。回収したものを大切にしまって、いよいよ準備が整った。
二人は改めて地図を確認し、正面の一本道になっている通路を進んで行く。
ボーレンの言葉通り狭い通路であったが、動物の彫像のようなものが一定の間隔をおいて置かれている。大きさも然ることながら、翼や鱗の質感までもが見事に表現されており、古代の技術力の高さが容易にうかがえるものばかりだった。
一瞬足を止めかけるアロイスだったが、今は危険な場所にいることを忘れてはいない。
後でじっくり眺めようと思いながら彫像のある通路を通り過ぎると、またある程度の広さの空間に出るが、今度は道が左右に分かれている。数本の柱がそれぞれに設置されていて、その向こう側から分かれた通路に入れるようだ。
「左の通路を進むと行き止まりみたいだな」
地図を眺めながらザルムが呟く。
「それなら行き止まりから調べましょう。魔物の痕跡か何かが見つかるかも知れませんから。それにしても……」
「魔物が見当たらないよなあ。ちょっとここでも足跡を見てみるか」
ザルムが足元を調べてみると、亜人種の魔物が歩いた跡がほんのわずかだが残っている。しかしそれよりも彼が気になったのは大きな靴の跡だ。数人分の足跡がこの先へ行ってからまた戻ってきているように見える。
「どうやら先客がいるみたいだぜ? ボーレンさん以外の足跡が最近ついたみたいだ」
「それは困りましたね。他の冒険者であれば、そちらに報酬を譲ることになりかねませんが……」
「とにかくさらに気を付けて進むことにしようぜ。敵対的なヤツらかもしれないしな」
左の道を恐る恐る進んで行くと、小部屋の真ん中に何やら小さな祭壇が設置されている。だが残酷なことに、その祭壇の目の前に一匹のコボルトがこちら側の向きに倒れていた。
流れ出している血から判断して、やはりまだ新しい。アロイスが検死をしてみると、ショートソードの斬撃を二回、真正面に受けたことが致命傷になっている。
「先客の方はなかなかの使い手のようですね。急所を的確に狙ってあります」
「不意をついて二発だもんな。恐ろしいことだぜ」
「ええ、そうね。だから隙だらけなのは感心しないわよ?」
背後から女性の声がして二人はサッと後ろを振り向く。そこには黒いスカーフを頭に被ったエレガントな女性が隙を全く見せずに立っていた。女性は先ほどよりも張りつめた声で尋ねる。
「あなた達はいったい何をしにここまで来たのかしら? まさかこんな地下遺跡にお散歩に来たなんてことはないんでしょ?」
狭い部屋で追い詰められている。そのおどろおどろしい緊張感を悟られたくないザルムは、アロイスを背後に隠すようにして前に出た。
「俺たちは冒険者だ。ちょっとした依頼で遺跡までやってきたってところだな。お嬢さんこそお散歩って柄じゃなさそうだが」
「フフ。お嬢さん……ね。まあいいわ。その魔晶石が目的なんでしょ? 悪いことは言わないから、それを持って早く立ち去ったらどうかしら」
既に腰袋にしまっているにもかかわらず、魔晶石のことを言い当てられている。最初の方から見られていたらしいことをザルムは悟って動揺する。
だがそれに反撃するかのように、今度はアロイスがザルムの前に進み出て言い放つ。
「私たちが邪魔だとでも言いたげですね。どうでしょう、あなたの目的を話していただけるのでしたら快く立ち去りましょう。そうでないのなら依頼達成のためにもう少しここに残ることにしましょうか。魔物退治の依頼がまだ残っているのでね」
女性は不敵に笑った。
「背後を取られた相手に対して随分強気なのね?」
「そちらこそ、背後を取ったからといって相手より実力が上であるとは思わないことですよ」
アロイスに促され、女性が足元を見ると、なんといつの間にか複雑な魔法円が描かれている。
「あら。どうやらただの可愛い新参冒険者さんじゃないみたいね」
「……ということは、人質の父親のために一人で遺跡に来たということですか」
分かれ道の広場の真ん中で、アロイスは露骨に眉をひそめた。
「足音が全くしなかったと思ったら。なるほど、盗賊だったか。それにしても無謀なことをするもんだな」
ザルムも女性を非難し始めると、彼女はそれを問答無用に遮ってため息を吐く。
「無謀だけど選択肢が無いのよ。身元が明かせないから冒険者を雇えないし、そもそも誰かと遺跡に入るところを見られたら人質が殺されるかもしれない」
「確かにな。だがこのままホイホイ奥まで行けば……」
「生きて帰れる保証はありませんね。自分たちが盗む代物を横取りされたとなれば、盗賊団のメンツは丸潰れです。相当憎まれているでしょうね」
「盗み損ねた向こうが間抜けなだけよ」
「ま、まあな」
ザルムは女性の小気味いい合いの手に不覚にも笑ってしまう。それをごまかすように彼は咳払いした。
「コホン。それで、どうすんだ」
「相手は女性一人だと思って少なからず油断しているはずです。そこに付け込みましょう。倒すにしても逃げるにしてもまずは情報が欲しいです。相手について何かご存じありませんか?」
「見知らぬ女盗賊に手を貸そうだなんて一体何を企んでいるのかしらね?」
女性は妖しい目つきでアロイスとザルムを交互に見つめる。それにザルムが渋い顔をするのを見ると、彼女はさぞ満足げにクスッと笑った。
「冗談が通じないところも可愛いわね、竜族さん。私はマデリエネよ。手を組むなら名前くらいは教えるわ」
「いいから何か知ってることはないのか?」
ザルムが苛立つと見ると、女性はその横を通りながらスカーフを解いて髪を下ろした。ゴージャスな長めの金髪が、彼女の首もとでサラリと揺れ惑う。
「そう焦らないで? 急いては事を仕損じるわよ?」
再びザルムをからかってから、マデリエネはこう続ける。
「相手の数は六人よ。盗賊しかいないから魔法の心配はしなくてもいいけど、武器に毒が塗ってあるのは間違いないわ。下っ端の盗賊についてはあまり情報がないけど、首領のラウノは二本のショートソードを巧みに使いこなす武器の達人だって聞いたことがあるわ」
「その首領を抑えるのは俺だな。人質はマデリエネが解放するとして、後は下っ端だ。魔法でまとめて何とかできないか?」
「それについては考えがありますが……」
そう言うアロイスは不気味に笑って、ザルムのランタンを見つめていた。
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