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第六章
眠りの大蛇の壁画
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四人は半魔族の青年が武器を持っていないことを確認すると、鎖を剣や魔法によって慎重に断ち切っていく。
「……助かった……」
好意的な反応をしていたアロイスたちには警戒することもなく、青年はどこか詰まるような話し方で礼を言ってきた。どうやらこれが彼の話し方らしい。
それから彼は何も言わずに、ただ遠くの方をじっと見ている。きっと無口なタイプなのだ。
そんな彼を改めて見てみると、かろうじて着ている麻のズボンは汚れていてボロボロ、髪は短めだがすべて後ろに流されている。
目は神秘的な灰色だが少し吊り上っているために、どこか近づきがたい印象を与えてしまっていた。話し方とこれらのことから察するに、あまり人馴れをしていないのだ。
となれば、彼はきっと壮絶な過去を持っている。アロイスはそこまで考えて、とにかく状況把握をするために青年に聞いてみた。
「先ほどの方たちの話では女性を抱えて歩いていたそうですが、何があったのですか?」
すると彼はアロイスの声に反応するが少し間が空く。それからようやく口を開くが、やはり明らかに話しなれていない様子だった。
「……森の中で助けた……俺の住む森で……倒れてたから……」
「やっぱり助けたところだったんだな。魔物か何かからか?」
「……魔物……。……そうだ……蛇の魔物だ……眠りの……視線を持つ……」
「眠りの視線を持つ蛇の魔物ですか。そういう特徴ならアスプでしょうかね。ですがたかだか一匹のアスプが複数人を短時間で消してしまうという芸当が可能かどうかは少々疑問です」
「でもそういう魔物はいるってことなのね。ところで私はあなたが森に棲んでるという方が気になるわ。いくら偏見のある半魔族でも森に棲むなんてことはないはずよ」
マデリエネの言葉に青年の腕にわずかに力が入る。殆ど変っていないが、表情にも曇りが見える気がした。
「……俺は……捨てられたんだ……両親にも……神殿にも……」
「……わかったです。辛かったら無理に話さなくてもいいです」
カイネは彼の言葉を止めて、傷んだ体と翼に治療の魔法をかけた。
「私が悪かったわ。でも既に多くの被害が出ているみたいだし、魔物は退治しないといけないわね。森のどのあたりかだけでも教えてくれる?」
「……助けて……くれるのか……?」
「おいおい、冒険者をナメてもらっちゃ困るぜ。通りすがっただけでも事件は解決するのが俺たちの流儀だ」
「……感謝する……それなら……この遺跡……調べるべきだ……」
「この遺跡をですか? 探索されつくした遺跡のようですが、ここに何が?」
「……ここには……魔物の……壁画がある……」
「もしかしてそのアスプの壁画だってことか?」
「……そうだ……」
「本当にこの人の言うとおりなら、壁画を確認するべきだと思うです」
「そうですね。私の知らない魔物の可能性の方が高そうですし、一般人がやってくるような遺跡なら危険はないでしょう」
こうして魔族の青年を隊列の真ん中に組み込んで遺跡の中を進んでいく。
茶色い石造りの遺跡はそれほど広い場所ではないようで、奥行きはあまりない。入ってすぐのところには、柱のようなオブジェが部屋の中心に置かれていた。
これ見よがしに置かれてはいるが、特に仕掛けはなさそうである。
軽く調べたこの部屋からは、さらに左右に通路が伸びていて、真っ直ぐの通路と合わせると道が三方向に分かれていた。
左右の通路の先にはそれぞれ部屋があるが、ここは居住スペースだったようで、物が無くなった今はただの何もない部屋と化している。
残った真っ直ぐの通路の先には大きな広間が見えるが、その途中にも同様に左右に分かれた道の先に部屋があって、ここにはそれぞれ人間が猟をする絵が描かれていた。
特に右の部屋の壁画には魔法を使っている人間も描かれていて、過去にもしっかりと魔法の存在が認められる。
価値のある壁画を堪能したところで、一番奥の広間に足を踏み入れた。
そこにようやく、目的の蛇の魔物の絵が壁一面に描かれていた。
確かに蛇の魔物なのだが、人間を食らっているところはなく、代わりに目を半開きにした人々が森の中に入っていく様子と、それを待ち構える大蛇が描写されている。
その絵の端には自宅の部屋で人間が横たわり眠っているところもあるのだが、夢をみているということなのか、さらにその人間の上にフワフワとしたタッチで描かれた森の絵がある。
ここまで絵画を見て少しすると、ようやくアロイスが声をあげた。何かに思い当たったらしい。
「そう言えば、アスプには上位種がいて、アスプ似ていてより強力な力があるとどこかの本で読んだ気がします。……そういえば……そうだ、この本です」
久しぶりに登場した本は、女性冒険者から託された茶色い表紙の例の本だ。そこに書いてある情報によれば、アスプの上位種アスピスには、人間に特殊な夢を見せ、その夢によって人間を真夜中の森におびき寄せる力があるのだとか。
本の絵にも遺跡に描かれている状況とそっくりの絵が描かれていて、魔物の外見もおおむね一致していた。
「……助かった……」
好意的な反応をしていたアロイスたちには警戒することもなく、青年はどこか詰まるような話し方で礼を言ってきた。どうやらこれが彼の話し方らしい。
それから彼は何も言わずに、ただ遠くの方をじっと見ている。きっと無口なタイプなのだ。
そんな彼を改めて見てみると、かろうじて着ている麻のズボンは汚れていてボロボロ、髪は短めだがすべて後ろに流されている。
目は神秘的な灰色だが少し吊り上っているために、どこか近づきがたい印象を与えてしまっていた。話し方とこれらのことから察するに、あまり人馴れをしていないのだ。
となれば、彼はきっと壮絶な過去を持っている。アロイスはそこまで考えて、とにかく状況把握をするために青年に聞いてみた。
「先ほどの方たちの話では女性を抱えて歩いていたそうですが、何があったのですか?」
すると彼はアロイスの声に反応するが少し間が空く。それからようやく口を開くが、やはり明らかに話しなれていない様子だった。
「……森の中で助けた……俺の住む森で……倒れてたから……」
「やっぱり助けたところだったんだな。魔物か何かからか?」
「……魔物……。……そうだ……蛇の魔物だ……眠りの……視線を持つ……」
「眠りの視線を持つ蛇の魔物ですか。そういう特徴ならアスプでしょうかね。ですがたかだか一匹のアスプが複数人を短時間で消してしまうという芸当が可能かどうかは少々疑問です」
「でもそういう魔物はいるってことなのね。ところで私はあなたが森に棲んでるという方が気になるわ。いくら偏見のある半魔族でも森に棲むなんてことはないはずよ」
マデリエネの言葉に青年の腕にわずかに力が入る。殆ど変っていないが、表情にも曇りが見える気がした。
「……俺は……捨てられたんだ……両親にも……神殿にも……」
「……わかったです。辛かったら無理に話さなくてもいいです」
カイネは彼の言葉を止めて、傷んだ体と翼に治療の魔法をかけた。
「私が悪かったわ。でも既に多くの被害が出ているみたいだし、魔物は退治しないといけないわね。森のどのあたりかだけでも教えてくれる?」
「……助けて……くれるのか……?」
「おいおい、冒険者をナメてもらっちゃ困るぜ。通りすがっただけでも事件は解決するのが俺たちの流儀だ」
「……感謝する……それなら……この遺跡……調べるべきだ……」
「この遺跡をですか? 探索されつくした遺跡のようですが、ここに何が?」
「……ここには……魔物の……壁画がある……」
「もしかしてそのアスプの壁画だってことか?」
「……そうだ……」
「本当にこの人の言うとおりなら、壁画を確認するべきだと思うです」
「そうですね。私の知らない魔物の可能性の方が高そうですし、一般人がやってくるような遺跡なら危険はないでしょう」
こうして魔族の青年を隊列の真ん中に組み込んで遺跡の中を進んでいく。
茶色い石造りの遺跡はそれほど広い場所ではないようで、奥行きはあまりない。入ってすぐのところには、柱のようなオブジェが部屋の中心に置かれていた。
これ見よがしに置かれてはいるが、特に仕掛けはなさそうである。
軽く調べたこの部屋からは、さらに左右に通路が伸びていて、真っ直ぐの通路と合わせると道が三方向に分かれていた。
左右の通路の先にはそれぞれ部屋があるが、ここは居住スペースだったようで、物が無くなった今はただの何もない部屋と化している。
残った真っ直ぐの通路の先には大きな広間が見えるが、その途中にも同様に左右に分かれた道の先に部屋があって、ここにはそれぞれ人間が猟をする絵が描かれていた。
特に右の部屋の壁画には魔法を使っている人間も描かれていて、過去にもしっかりと魔法の存在が認められる。
価値のある壁画を堪能したところで、一番奥の広間に足を踏み入れた。
そこにようやく、目的の蛇の魔物の絵が壁一面に描かれていた。
確かに蛇の魔物なのだが、人間を食らっているところはなく、代わりに目を半開きにした人々が森の中に入っていく様子と、それを待ち構える大蛇が描写されている。
その絵の端には自宅の部屋で人間が横たわり眠っているところもあるのだが、夢をみているということなのか、さらにその人間の上にフワフワとしたタッチで描かれた森の絵がある。
ここまで絵画を見て少しすると、ようやくアロイスが声をあげた。何かに思い当たったらしい。
「そう言えば、アスプには上位種がいて、アスプ似ていてより強力な力があるとどこかの本で読んだ気がします。……そういえば……そうだ、この本です」
久しぶりに登場した本は、女性冒険者から託された茶色い表紙の例の本だ。そこに書いてある情報によれば、アスプの上位種アスピスには、人間に特殊な夢を見せ、その夢によって人間を真夜中の森におびき寄せる力があるのだとか。
本の絵にも遺跡に描かれている状況とそっくりの絵が描かれていて、魔物の外見もおおむね一致していた。
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