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第六章
虫の鳴く夜の森
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正門から離れた草原で待っていたゲルセルは装備を受け取ると手早く着始めた。軽装備は彼の体の大きさにピッタリで、作った職人の腕の良さを感じさせる。
アロイスを待つ間にゲルセルは弓の調子を確認すると、やはり表情を変えずに背中に背負った。
矢を無駄にしないために撃ちはしなかったが、構えから熟練であることがすぐにわかった。
矢を指で挟むところから姿勢は真っ直ぐ直線のようになっていて、矢を引くそのときも姿勢は一切崩れない。引き絞った後も力をかけて維持しているにも関わらず矢の先はブレることなくただ一点を狙っていた。
期待ができそうだとマデリエネが思っていたとき、アロイスが茶色いポーションを持ってやってきた。
ポーションは一人一人に配られるが、その液体は薬とは思えないような変な色をしている。アロイスが急いで森に戻りましょうと来た道を戻って歩いていくので他の四人はそれに続いて歩くが、実は各々、嫌な予感がしていた。
数時間が経ち森に着くころには太陽は地平線の彼方に沈み、不穏な気配が満ちた夜がやってきている。
アロイスが魔術光を創り出し、ザルムとマデリエネがランタンに火を灯して腰に提げた。効き目から逆算して、そろそろポーションを飲む時間だ。
嫌な予感の原因、茶色いポーションの瓶の蓋を開けた瞬間、誰もがウッと顔をそむけた。
しかしゲルセルだけはやはり表情を変えずに中身を見ている。森育ちだけあってこういう臭いには慣れているようだ。
「アロイス、これ本当に飲めるのよね?」
「私も疑問に思っていたところですが大丈夫なはずです」
「作った本人が疑問に思うなよ……」
「良薬は口に苦しってワタシは聞いたことあるです」
「そうだとしてもリバースしたら意味ないわよ……」
マデリエネが飲むのを躊躇っていると、ゲルセルがなんと景気よく持っていたポーションを一気飲みした。意外と無鉄砲な性格なのかもしれない。
しばらくしても彼からは何も反応がないので、大丈夫なのかと残りの四人も後に続いて飲み干した。その途端――。
「……グッ……ゴホッ……」
ザルムが途中で喉に液体を詰まらせて痙攣する。マデリエネもカイネも口を押さえてジタバタし、アロイスでさえものの数秒で涙目になった。
ゲルセルは大丈夫だったのにと彼の顔をよく見ると、いつもよりさらに目が吊り上っているのがわかる。何だかんだでしっかりと反応していたようだ。
「何よこれ……マズすぎるわ……!」
「とってもいいお薬……だと思うです……」
「グギギギ……ゴハッ……」
若干一名、恐ろしい薬物のおかげで命を落としかけたが、これによってしばらくは眠気とは無縁になった。
ザルムの背中を摩ってあげて準備ができ、森の中に入ろうとすると、ゲルセルが久々に発言する。
「……森は深い……俺が空から……魔物を探す……」
「確かに空からなら森は一望できるかもしれないけど、真っ暗だし何も見えないんじゃない?」
「いえ、半魔族なら夜目が効きますからその点は心配いらないでしょう。アスプでさえ大きい魔物なので、上位種ともなればある程度開けた場所にいるかもしれませんね」
「前にゲルセルが見た場所とは違う場所にいるかもしれないし、もう一度探してみた方がいいか」
「それに当たってアロイスさんの魔法で視覚を強化してあげた方がいいと思うです」
「そうですね。被害が拡大する前に抑えたいですし、念には念を入れておきましょう」
緑の発光と共に発動された魔法はゲルセルの目を鋭く光らせる。ゲルセルは魔法の効果が切れない内に翼で飛び去っていった。
残された彼らの周りは真っ暗闇。ザワザワと音を立てる葉は昼間には心地よく感じるが、夜になると何かに嘲笑われているかのように背筋が緊張してしまう。
近くの光源が唯一の救いのような状況で、カイネはゲルセルの飛び去った空を眺めて、よく一人で行動できるなあと震えながら思っていた。
しかし彼には闇を見通せる目があるのだ。それにこの森は彼の住処。夜の森の姿だって彼にとっては冬に葉が落ちるのと同じで、季節の移り変わりのような馴染み深いものなのかもしれない。
月がうつろい足元が銀色に染まり始める頃、バサリという音がしてゲルセルが戻ってきた。期待を込めた目線を向けると、彼は少しだけ口角を上げていた。
「……見つけた……あっちの……方向……」
彼が指さす方向はおそらく北東だ。
「距離はどのくらいかしら?」
「ん……多分……歩いてニ十分くらいの距離だ……」
「すぐに向かいましょう。移動されると面倒ですから」
「そうだな。急ごう」
コケや植物が伝う地面の隆起を感じながら、草をかき分けて真っ直ぐに進む。虫が鳴く声が断続的に聞こえているが、それでも動物が動く小さな音でも敏感になる。
実際に出てきた狼一匹ですら暗闇では不安感を煽ってくる。ザルムの剣で一撃だとしてもだ。
アロイスを待つ間にゲルセルは弓の調子を確認すると、やはり表情を変えずに背中に背負った。
矢を無駄にしないために撃ちはしなかったが、構えから熟練であることがすぐにわかった。
矢を指で挟むところから姿勢は真っ直ぐ直線のようになっていて、矢を引くそのときも姿勢は一切崩れない。引き絞った後も力をかけて維持しているにも関わらず矢の先はブレることなくただ一点を狙っていた。
期待ができそうだとマデリエネが思っていたとき、アロイスが茶色いポーションを持ってやってきた。
ポーションは一人一人に配られるが、その液体は薬とは思えないような変な色をしている。アロイスが急いで森に戻りましょうと来た道を戻って歩いていくので他の四人はそれに続いて歩くが、実は各々、嫌な予感がしていた。
数時間が経ち森に着くころには太陽は地平線の彼方に沈み、不穏な気配が満ちた夜がやってきている。
アロイスが魔術光を創り出し、ザルムとマデリエネがランタンに火を灯して腰に提げた。効き目から逆算して、そろそろポーションを飲む時間だ。
嫌な予感の原因、茶色いポーションの瓶の蓋を開けた瞬間、誰もがウッと顔をそむけた。
しかしゲルセルだけはやはり表情を変えずに中身を見ている。森育ちだけあってこういう臭いには慣れているようだ。
「アロイス、これ本当に飲めるのよね?」
「私も疑問に思っていたところですが大丈夫なはずです」
「作った本人が疑問に思うなよ……」
「良薬は口に苦しってワタシは聞いたことあるです」
「そうだとしてもリバースしたら意味ないわよ……」
マデリエネが飲むのを躊躇っていると、ゲルセルがなんと景気よく持っていたポーションを一気飲みした。意外と無鉄砲な性格なのかもしれない。
しばらくしても彼からは何も反応がないので、大丈夫なのかと残りの四人も後に続いて飲み干した。その途端――。
「……グッ……ゴホッ……」
ザルムが途中で喉に液体を詰まらせて痙攣する。マデリエネもカイネも口を押さえてジタバタし、アロイスでさえものの数秒で涙目になった。
ゲルセルは大丈夫だったのにと彼の顔をよく見ると、いつもよりさらに目が吊り上っているのがわかる。何だかんだでしっかりと反応していたようだ。
「何よこれ……マズすぎるわ……!」
「とってもいいお薬……だと思うです……」
「グギギギ……ゴハッ……」
若干一名、恐ろしい薬物のおかげで命を落としかけたが、これによってしばらくは眠気とは無縁になった。
ザルムの背中を摩ってあげて準備ができ、森の中に入ろうとすると、ゲルセルが久々に発言する。
「……森は深い……俺が空から……魔物を探す……」
「確かに空からなら森は一望できるかもしれないけど、真っ暗だし何も見えないんじゃない?」
「いえ、半魔族なら夜目が効きますからその点は心配いらないでしょう。アスプでさえ大きい魔物なので、上位種ともなればある程度開けた場所にいるかもしれませんね」
「前にゲルセルが見た場所とは違う場所にいるかもしれないし、もう一度探してみた方がいいか」
「それに当たってアロイスさんの魔法で視覚を強化してあげた方がいいと思うです」
「そうですね。被害が拡大する前に抑えたいですし、念には念を入れておきましょう」
緑の発光と共に発動された魔法はゲルセルの目を鋭く光らせる。ゲルセルは魔法の効果が切れない内に翼で飛び去っていった。
残された彼らの周りは真っ暗闇。ザワザワと音を立てる葉は昼間には心地よく感じるが、夜になると何かに嘲笑われているかのように背筋が緊張してしまう。
近くの光源が唯一の救いのような状況で、カイネはゲルセルの飛び去った空を眺めて、よく一人で行動できるなあと震えながら思っていた。
しかし彼には闇を見通せる目があるのだ。それにこの森は彼の住処。夜の森の姿だって彼にとっては冬に葉が落ちるのと同じで、季節の移り変わりのような馴染み深いものなのかもしれない。
月がうつろい足元が銀色に染まり始める頃、バサリという音がしてゲルセルが戻ってきた。期待を込めた目線を向けると、彼は少しだけ口角を上げていた。
「……見つけた……あっちの……方向……」
彼が指さす方向はおそらく北東だ。
「距離はどのくらいかしら?」
「ん……多分……歩いてニ十分くらいの距離だ……」
「すぐに向かいましょう。移動されると面倒ですから」
「そうだな。急ごう」
コケや植物が伝う地面の隆起を感じながら、草をかき分けて真っ直ぐに進む。虫が鳴く声が断続的に聞こえているが、それでも動物が動く小さな音でも敏感になる。
実際に出てきた狼一匹ですら暗闇では不安感を煽ってくる。ザルムの剣で一撃だとしてもだ。
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