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2.学園編
第19章 舞踏会はつらいよ
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ロジャーのための歓迎パーティーは学園内にある講堂で行われることになっていた。そのせいか、前日にも関わらず学園全体がそわそわと落ち着かない雰囲気になっていた。
「パーティーは明日なのに今から慌ただしいね」
準備のため講堂に出入りする人たちを男子棟から眺めながら、マクシミリアンとグランが話をしていた。
「準備のため休む人もいるくらいですからね。殿下もこんなところにいていいんですか?」
「うん? 衣装合わせならもう済んでるよ。動きにくい服装だけどちゃんと踊れるかな……」
「そうじゃなくて、今回が殿下の社交界デビューでしょうが。国王もみえるから正式なものですよ。王族の一人として参列するんだから」
それを聞いたマクシミリアンは真っ青になって固まった。
「えっ? そんなの聞いてないよ!」
「今回はロジャー皇太子だけでなく、社交界デビューする殿下も何気に注目されてるんですよ。知らなかったんですか?」
「宮殿で礼儀作法教育の一環として式典での振る舞いは習ったけど実践するのはずっと後だと思ってた……もしかして明日!?」
「明日ですよ! 今からでもお嬢様に頼んで予行練習してもらったらどうですか?」
しかし、お昼に会ったクラウディアは「堂々としていればいいのです」としか言わなかった。
「今できる対策は全てやりました。今回は国王とアレックス殿下が取り仕切るから、殿下は何もしなくていいのです。分からないことがあったらロイヤルスマイルで『兄と父に任せているから』とだけ答えてください」
「でも王族だから高い場所にいなきゃなんだよね? みんなにジロジロ見られるんだよね? クラウディアはそばにいてくれないの? アレックスはローズマリー嬢と一緒らしいよ?」
「見られることくらい我慢してください! 何の関係もないわたくしが一緒にいられるわけがないでしょう! 国王陛下の始まりの挨拶が終われば会えますから!」
「関係……ない……そうだよね」
がっくり肩を落としたマクシミリアンがかわいそうに思えてきた。しかし、何とか乗り越えて貰わなくてはならない。実のところ、マクシミリアンが情けない姿を見せた方が政治的に彼を利用しようとする輩が出なくて好都合なのだが、それはさすがに言えなかった。
**********
一夜明けパーティー当日となった。ブルックハースト家は、父と兄も出席するため使用人の手が足りないほどの忙しさだった。中でもクラウディアは日中から身体を清め髪を結いあげ、化粧も念入りに行うなどやることが多かった。
(ドレスはどうしましょう……薄緑のAラインがあったはず。それともベージュピンクのほうがいいかしら?)
結局薄紫の花があしらわれたオーガンジードレスにした。ふと、黒い髪に合う色は何だろうと考え、その意味にはっと気づき顔を真っ赤にしながら首をぶんぶん振り回した。
(わたくしったら何を考えているの!? はしたない!)
アレックスにはローズマリーがいるのにと言った時のマクシミリアンの心もとない表情を思い出してしまった。どうせ保護者としての役割だろうが、それでもそばにいてやれないことが今更ながら残念に思った。
夕方になり先に父が家を出た。後から兄のコリンとクラウディアが車に乗り込み、15分ほどで会場入りした。学園の講堂には多くの貴族が既に到着しており、熱気に包まれていた。学園内のイベントを行う分には十分な広さと言えど、国王も出席する公的なイベントないのでいつもより列席者が多い。そのためまだ始まらないうちから内へ外へ人がごった返していた。
(あんなことを言ったけど大丈夫かしら……社交界デビューがこんな重大イベントで)
クラウディアはどうしてもマクシミリアンのことが気になっていた。わたくしが心配してもしょうがないのよ! と何度も頭の中で打ち消すが、次の瞬間にまたあの不安げな表情が浮かんでしまう。
「おっ、お嬢様。今日もきれいだねー」
正装したグランが近寄って来て声をかけた。
「棒読みのお世辞でもありがと。こんな人込みでよくわたくしが見つけられたわね。こんなに人がたくさん来るとは思わなかったわ」
「久しぶりのアッシャー帝国との交流イベントだからね。政治的にも重要なんだろ」
「殿下は大丈夫かしら。昨日わたくしあんなことを言ってしまったけど」
「殿下ならああ見えて案外度胸あるから何とかなるんじゃないかな。おっ、ドン先輩いた。こっちこっち!」
ドンは大柄なので、簡単に見つけられた。堅苦しい正装姿は苦手らしく動きがぎごちない。
「こんなにたくさん人がいたらダンスする場所もないかもな。俺にとっては好都合だけど。クラウディアも馬子に衣装じゃないか」
「それがレディへの誉め言葉ですの? 踊る相手がいないならわたくしが躍ってさしあげてもよろしくてよ?」
「俺は壁の花に徹しているのでお気遣いいらず。殿下をよく見てやれよ」
心配しているのは皆一緒なのだ。他愛もない雑談をしているうちに、開会を告げるファンファーレが鳴り、国王が到着した旨が告げられた。
一同の目が正面の入り口に釘付けになった。大きな扉が開けられ、リチャード国王、次にロジャー皇太子、後にマール王国の王族が続いた。
ロジャーは内から発光しているのではと思えるほど威信で輝いていた。元々見目麗しかったが、アッシャー帝国の正装姿は彼の魅力を十二分に表現していた。ローブには羽を広げる孔雀が金糸で細かく刺繍されており、色とりどりの宝石が縫い込まれている。そんな豪勢な装束さえもロジャー本人の輝きには及ばなかった。
しかし、クラウディアは後に続いてきたマクシミリアンの姿の方に目を奪われた。ロジャーのような威圧感やアレックスのようなキラキラ感ではない、静謐で辺りを浄化するようなオーラは彼にしかないものだった。緊張しているのかやや伏し目がちだが、長いまつ毛一本一本まで美しい。白を基調にした彼の正装はアレックスの赤と対にしたのだろうか、藍色が指し色に使われていて、それが髪色と完全に調和して完成された一つの作品のように思えた。辺りを見回すと、ロジャーの威厳にやられただけでなく、マクシミリアンの美しさに初めて気付いた者も少なくないらしい。無言の称賛が伝わるようだった。
始めにロジャーがスピーチを行った。堂々たる態度と話術で一気に聴衆の心を鷲掴みにした。しかしその間もクラウディアは壇上のマクシミリアンを見ていた。その後国王の挨拶となった。
「今日はマール王国とアッシャー帝国にとって特別な一日だ。今こそ長らく繰り返された対立の歴史に終止符を打つ好機と捉えたい。今回おいで下さったロジャー皇太子を迎え、両国の更なる発展を祈りここに祝おう」
国王の挨拶と共に舞踏会は始まった。華やかな音楽が鳴り一人また一人とダンスフロアに出てきた。すぐにでもマクシミリアンのところに駆けつけたかったが、多数の貴族たちが彼らの元に集まりその人波が消えるまでは手出しできなかった。マクシミリアンは心許ないだろうがあともう少しの辛抱だ。やっと人込みが退いたところを見計らって、彼のところに向かった。
「よかった、クラウディア。緊張で死ぬかと思ったよ。姿勢をよくしろというのだけ頑張った」
マクシミリアンはクラウディアの顔を見ると、緊張が解けてその場にへたり込みそうになった。口を開けばいつもの彼だったので少し安心した。
「殿下見ていましたわよ。とてもご立派でした」
「僕はただ立っていただけだよ」
間近で見るマクシミリアンはまた美しかった。近くで見ると顔の造形が整っているのがよく分かる。クラウディアはドキドキして彼の顔をよく見られなかった。毎日のように見慣れているはずなのにどこが違うのだろう。しかし、それはマクシミリアンも同じようだった。顔を真っ赤にして視線をずらし口元を手で押さえている。
「殿下、どうしましたの?」
「なにって、クラウディアがクラウディアじゃないみたいだ。その何ていうか……本で読んだお姫様っていうか……」
何を言うのだこの天然タラシは。
「ちょっ、そんなことおっしゃるの殿下だけですわよ! ドン先輩なんか馬子にも衣裳とか言ったんですから!」
クラウディアの顔はこれ以上ないくらいに真っ赤になり、心臓の高鳴りも限界だった。こんなところを誰かに見られては堪らない。強引にマクシミリアンの手を取ってダンスフロアに出た。
「さあ、殿下。レッスンの成果を見せる時ですわよ。今度はわたくしが付いていますからご安心なさって」
クラウディアはそう言うと、マクシミリアンと向き合った。彼は唇を固く引き結んだままだったが、意を決したように礼をして手を取り合った。その直後軽快なワルツが奏でられ、二人は踊りだした。
練習の時はうまく行ったり行かなかったりだったが、まるで羽が付いたように動けた。クラウディアはこのような場は慣れているはずなのに、今夜だけは特別な感じがした。やけに喉が渇くし手に力が入らない。体が軽く感じるのも単に緊張で足がふわふわするだけかもしれなかった。ふとマクシミリアンと目が合った。彼は必死ながらも、クラウディアと目が合うとふっと微笑んだ。その温かく包み込むような笑顔にクラウディアの心臓は跳ねた。この浮遊感は何だろうと考える暇もなく、流されるうちに音楽は終了した。
「殿下、やりましたわね」
互いに礼をしながらクラウディアが囁いた。
「やった……のかな?」
マクシミリアンはまだ信じられないでいる。
「これでミッションコンプリートですわよ。残りは消化試合のようなものですわ」
「本当に? 僕解放される?」
しかし解放はされなかった。正装姿のマクシミリアンの魅力に気付いた女子生徒たちがわらわらと集まってきてすぐに取り囲まれてしまった。あれよあれよという間に二人は離され、一人になったクラウディアのところにすかさずロジャーがやって来た。
「レディ、いつもお美しいが、今宵はいつにも増して輝いている。咲き誇る花さえもあなたにはかなわない。とでも言えばいいのかな?」
含み笑いをしながらおどけるロジャーは完璧だった。達成感に包まれたばかりのマクシミリアンの心はそれを見て一気にしぼんだ。
「皇太子殿下はスピーチからお世辞までお上手ですのね。本当に何でもできる方ですこと」
「ダンスも得意だと言ったらどうする? そういえばあなたに申し込みをしていたんだった」
「約束はきっちり守りますからご安心を。では参りましょうか」
「連続で大丈夫? 少し休もうか?」
「いいえ大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
再びダンスフロアに向かったクラウディアをマクシミリアンは黙って見送るしかなかった。ただのダンスだ。別に深い意味はない。そんなこと分かっているはずなのになぜか割り切れない気持ちが残った。
新しい音楽が始まり二人は踊りだした。ダンスが得意だという発言はあながち嘘ではないようだ。今まで色んな人と踊ってきたが、こんなに踊りやすい相手は初めてかもしれない。身体を預けているだけで自然に足が動いてしまう感じだった。それに楽しい。ダンスってこんなに楽しいものだったのか。二人が踊る様は絵になるらしく、たくさんの目が注がれていることにも気付いた。ロジャーは常に話題の中心にいた。
「ダンスが得意と言ったの本当だろう?」
「ええ。ここまで何事も完璧にこなせると腹が立ってきますわね。人の上に立つ者として国民の気持ちなど分かりますの?」
ロジャーの気さくな調子に釣られて、クラウディアも皮肉を言いたくなった。
「強くなければ民を守ることなどできないだろう。俺が倒れたら国民も死ぬ」
一瞬だったがロジャーは真顔で答えた。クラウディアはその一瞬を見逃さず、思わずはっとした。華やかで優秀で、ここまで来るには人知れない苦労があったはずだ。でもそんな苦労を人前で見せず華麗に振舞うのがロジャーという人物だ。たった一瞬だけだったのに大事なものを覗いてしまったような気持ちがした。
「さっきマックスと踊るところを見たよ。君の手腕は流石だね」
二人だけの会話のせいか、やや砕けた口調でロジャーが言った。
「わたくしがリードしたわけじゃありませんわ。マクシミリアン殿下は十分ダンスがお上手です」
「ダンスのことを言ってるんじゃない。あの従兄弟をよくここまで磨いて王子に仕立て上げたという意味だよ。まるで最初から王子のようだ」
引っかかる言い回しにクラウディアは異議を唱えたくなったが、皇太子相手なので言葉を選ばなくてはならなかった。
「最初から王子であることに変わりはありませんわ。それに、周りが何をしても殿下ご自身が光る原石でなければ磨いても無駄というものです」
「光る原石か。はははっ、確かにそうかも。最初はマックスに取り入ろうかと思ったけど、すっかりマール王国仕様にカットされていたので興を削がれた。まあ顔が似てるだけで、それ以外は帝国の要素はないからね。それより君の方が面白そうだ。今回のことがうまくいけば、マール王国からうちに留学生を送る話になっている。どうせなら優秀な人材に来てもらいたい。俺としては君をスカウトしたいんだがどうかな?」
余りに突然の申し出に、クラウディアは二の句が告げなかった。
「あはっ、驚いた顔もかわいいね。そんなにびっくりすることじゃない。そのうち学園長直々に話があるだろう。学生の交流の体を取っているが、これはれっきとした外交案件だ。となると失敗は許されない。当然国王陛下にお伺いを立てて許可を貰わなければならない。俺の方はもうそこまで済んでいる」
「陛下が了承したということですの……?」
「そうだ。そして君の父上も」
何ということだ。既に手は回っていたのだ。クラウディアは愕然とした。留学くらい何だ。一時的に環境が変わるだけだ。政略結婚に比べたらどうってことない。しかし、クラウディアの脳裏にあったのは、彼女を頼り時々頼りになってくれる優しい王子の姿だった。別に一生会えなくなるわけじゃないし。そうは思っても、この選択が彼との永遠の別れになってしまうような、そんな胸騒ぎがしてならなかった。以前のクラウディアなら新たな挑戦への期待に胸を膨らませたに違いない。それがどうしてこんなに不安になるのだろう。どれだけ考えても理由は分からないままだった。
「パーティーは明日なのに今から慌ただしいね」
準備のため講堂に出入りする人たちを男子棟から眺めながら、マクシミリアンとグランが話をしていた。
「準備のため休む人もいるくらいですからね。殿下もこんなところにいていいんですか?」
「うん? 衣装合わせならもう済んでるよ。動きにくい服装だけどちゃんと踊れるかな……」
「そうじゃなくて、今回が殿下の社交界デビューでしょうが。国王もみえるから正式なものですよ。王族の一人として参列するんだから」
それを聞いたマクシミリアンは真っ青になって固まった。
「えっ? そんなの聞いてないよ!」
「今回はロジャー皇太子だけでなく、社交界デビューする殿下も何気に注目されてるんですよ。知らなかったんですか?」
「宮殿で礼儀作法教育の一環として式典での振る舞いは習ったけど実践するのはずっと後だと思ってた……もしかして明日!?」
「明日ですよ! 今からでもお嬢様に頼んで予行練習してもらったらどうですか?」
しかし、お昼に会ったクラウディアは「堂々としていればいいのです」としか言わなかった。
「今できる対策は全てやりました。今回は国王とアレックス殿下が取り仕切るから、殿下は何もしなくていいのです。分からないことがあったらロイヤルスマイルで『兄と父に任せているから』とだけ答えてください」
「でも王族だから高い場所にいなきゃなんだよね? みんなにジロジロ見られるんだよね? クラウディアはそばにいてくれないの? アレックスはローズマリー嬢と一緒らしいよ?」
「見られることくらい我慢してください! 何の関係もないわたくしが一緒にいられるわけがないでしょう! 国王陛下の始まりの挨拶が終われば会えますから!」
「関係……ない……そうだよね」
がっくり肩を落としたマクシミリアンがかわいそうに思えてきた。しかし、何とか乗り越えて貰わなくてはならない。実のところ、マクシミリアンが情けない姿を見せた方が政治的に彼を利用しようとする輩が出なくて好都合なのだが、それはさすがに言えなかった。
**********
一夜明けパーティー当日となった。ブルックハースト家は、父と兄も出席するため使用人の手が足りないほどの忙しさだった。中でもクラウディアは日中から身体を清め髪を結いあげ、化粧も念入りに行うなどやることが多かった。
(ドレスはどうしましょう……薄緑のAラインがあったはず。それともベージュピンクのほうがいいかしら?)
結局薄紫の花があしらわれたオーガンジードレスにした。ふと、黒い髪に合う色は何だろうと考え、その意味にはっと気づき顔を真っ赤にしながら首をぶんぶん振り回した。
(わたくしったら何を考えているの!? はしたない!)
アレックスにはローズマリーがいるのにと言った時のマクシミリアンの心もとない表情を思い出してしまった。どうせ保護者としての役割だろうが、それでもそばにいてやれないことが今更ながら残念に思った。
夕方になり先に父が家を出た。後から兄のコリンとクラウディアが車に乗り込み、15分ほどで会場入りした。学園の講堂には多くの貴族が既に到着しており、熱気に包まれていた。学園内のイベントを行う分には十分な広さと言えど、国王も出席する公的なイベントないのでいつもより列席者が多い。そのためまだ始まらないうちから内へ外へ人がごった返していた。
(あんなことを言ったけど大丈夫かしら……社交界デビューがこんな重大イベントで)
クラウディアはどうしてもマクシミリアンのことが気になっていた。わたくしが心配してもしょうがないのよ! と何度も頭の中で打ち消すが、次の瞬間にまたあの不安げな表情が浮かんでしまう。
「おっ、お嬢様。今日もきれいだねー」
正装したグランが近寄って来て声をかけた。
「棒読みのお世辞でもありがと。こんな人込みでよくわたくしが見つけられたわね。こんなに人がたくさん来るとは思わなかったわ」
「久しぶりのアッシャー帝国との交流イベントだからね。政治的にも重要なんだろ」
「殿下は大丈夫かしら。昨日わたくしあんなことを言ってしまったけど」
「殿下ならああ見えて案外度胸あるから何とかなるんじゃないかな。おっ、ドン先輩いた。こっちこっち!」
ドンは大柄なので、簡単に見つけられた。堅苦しい正装姿は苦手らしく動きがぎごちない。
「こんなにたくさん人がいたらダンスする場所もないかもな。俺にとっては好都合だけど。クラウディアも馬子に衣装じゃないか」
「それがレディへの誉め言葉ですの? 踊る相手がいないならわたくしが躍ってさしあげてもよろしくてよ?」
「俺は壁の花に徹しているのでお気遣いいらず。殿下をよく見てやれよ」
心配しているのは皆一緒なのだ。他愛もない雑談をしているうちに、開会を告げるファンファーレが鳴り、国王が到着した旨が告げられた。
一同の目が正面の入り口に釘付けになった。大きな扉が開けられ、リチャード国王、次にロジャー皇太子、後にマール王国の王族が続いた。
ロジャーは内から発光しているのではと思えるほど威信で輝いていた。元々見目麗しかったが、アッシャー帝国の正装姿は彼の魅力を十二分に表現していた。ローブには羽を広げる孔雀が金糸で細かく刺繍されており、色とりどりの宝石が縫い込まれている。そんな豪勢な装束さえもロジャー本人の輝きには及ばなかった。
しかし、クラウディアは後に続いてきたマクシミリアンの姿の方に目を奪われた。ロジャーのような威圧感やアレックスのようなキラキラ感ではない、静謐で辺りを浄化するようなオーラは彼にしかないものだった。緊張しているのかやや伏し目がちだが、長いまつ毛一本一本まで美しい。白を基調にした彼の正装はアレックスの赤と対にしたのだろうか、藍色が指し色に使われていて、それが髪色と完全に調和して完成された一つの作品のように思えた。辺りを見回すと、ロジャーの威厳にやられただけでなく、マクシミリアンの美しさに初めて気付いた者も少なくないらしい。無言の称賛が伝わるようだった。
始めにロジャーがスピーチを行った。堂々たる態度と話術で一気に聴衆の心を鷲掴みにした。しかしその間もクラウディアは壇上のマクシミリアンを見ていた。その後国王の挨拶となった。
「今日はマール王国とアッシャー帝国にとって特別な一日だ。今こそ長らく繰り返された対立の歴史に終止符を打つ好機と捉えたい。今回おいで下さったロジャー皇太子を迎え、両国の更なる発展を祈りここに祝おう」
国王の挨拶と共に舞踏会は始まった。華やかな音楽が鳴り一人また一人とダンスフロアに出てきた。すぐにでもマクシミリアンのところに駆けつけたかったが、多数の貴族たちが彼らの元に集まりその人波が消えるまでは手出しできなかった。マクシミリアンは心許ないだろうがあともう少しの辛抱だ。やっと人込みが退いたところを見計らって、彼のところに向かった。
「よかった、クラウディア。緊張で死ぬかと思ったよ。姿勢をよくしろというのだけ頑張った」
マクシミリアンはクラウディアの顔を見ると、緊張が解けてその場にへたり込みそうになった。口を開けばいつもの彼だったので少し安心した。
「殿下見ていましたわよ。とてもご立派でした」
「僕はただ立っていただけだよ」
間近で見るマクシミリアンはまた美しかった。近くで見ると顔の造形が整っているのがよく分かる。クラウディアはドキドキして彼の顔をよく見られなかった。毎日のように見慣れているはずなのにどこが違うのだろう。しかし、それはマクシミリアンも同じようだった。顔を真っ赤にして視線をずらし口元を手で押さえている。
「殿下、どうしましたの?」
「なにって、クラウディアがクラウディアじゃないみたいだ。その何ていうか……本で読んだお姫様っていうか……」
何を言うのだこの天然タラシは。
「ちょっ、そんなことおっしゃるの殿下だけですわよ! ドン先輩なんか馬子にも衣裳とか言ったんですから!」
クラウディアの顔はこれ以上ないくらいに真っ赤になり、心臓の高鳴りも限界だった。こんなところを誰かに見られては堪らない。強引にマクシミリアンの手を取ってダンスフロアに出た。
「さあ、殿下。レッスンの成果を見せる時ですわよ。今度はわたくしが付いていますからご安心なさって」
クラウディアはそう言うと、マクシミリアンと向き合った。彼は唇を固く引き結んだままだったが、意を決したように礼をして手を取り合った。その直後軽快なワルツが奏でられ、二人は踊りだした。
練習の時はうまく行ったり行かなかったりだったが、まるで羽が付いたように動けた。クラウディアはこのような場は慣れているはずなのに、今夜だけは特別な感じがした。やけに喉が渇くし手に力が入らない。体が軽く感じるのも単に緊張で足がふわふわするだけかもしれなかった。ふとマクシミリアンと目が合った。彼は必死ながらも、クラウディアと目が合うとふっと微笑んだ。その温かく包み込むような笑顔にクラウディアの心臓は跳ねた。この浮遊感は何だろうと考える暇もなく、流されるうちに音楽は終了した。
「殿下、やりましたわね」
互いに礼をしながらクラウディアが囁いた。
「やった……のかな?」
マクシミリアンはまだ信じられないでいる。
「これでミッションコンプリートですわよ。残りは消化試合のようなものですわ」
「本当に? 僕解放される?」
しかし解放はされなかった。正装姿のマクシミリアンの魅力に気付いた女子生徒たちがわらわらと集まってきてすぐに取り囲まれてしまった。あれよあれよという間に二人は離され、一人になったクラウディアのところにすかさずロジャーがやって来た。
「レディ、いつもお美しいが、今宵はいつにも増して輝いている。咲き誇る花さえもあなたにはかなわない。とでも言えばいいのかな?」
含み笑いをしながらおどけるロジャーは完璧だった。達成感に包まれたばかりのマクシミリアンの心はそれを見て一気にしぼんだ。
「皇太子殿下はスピーチからお世辞までお上手ですのね。本当に何でもできる方ですこと」
「ダンスも得意だと言ったらどうする? そういえばあなたに申し込みをしていたんだった」
「約束はきっちり守りますからご安心を。では参りましょうか」
「連続で大丈夫? 少し休もうか?」
「いいえ大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
再びダンスフロアに向かったクラウディアをマクシミリアンは黙って見送るしかなかった。ただのダンスだ。別に深い意味はない。そんなこと分かっているはずなのになぜか割り切れない気持ちが残った。
新しい音楽が始まり二人は踊りだした。ダンスが得意だという発言はあながち嘘ではないようだ。今まで色んな人と踊ってきたが、こんなに踊りやすい相手は初めてかもしれない。身体を預けているだけで自然に足が動いてしまう感じだった。それに楽しい。ダンスってこんなに楽しいものだったのか。二人が踊る様は絵になるらしく、たくさんの目が注がれていることにも気付いた。ロジャーは常に話題の中心にいた。
「ダンスが得意と言ったの本当だろう?」
「ええ。ここまで何事も完璧にこなせると腹が立ってきますわね。人の上に立つ者として国民の気持ちなど分かりますの?」
ロジャーの気さくな調子に釣られて、クラウディアも皮肉を言いたくなった。
「強くなければ民を守ることなどできないだろう。俺が倒れたら国民も死ぬ」
一瞬だったがロジャーは真顔で答えた。クラウディアはその一瞬を見逃さず、思わずはっとした。華やかで優秀で、ここまで来るには人知れない苦労があったはずだ。でもそんな苦労を人前で見せず華麗に振舞うのがロジャーという人物だ。たった一瞬だけだったのに大事なものを覗いてしまったような気持ちがした。
「さっきマックスと踊るところを見たよ。君の手腕は流石だね」
二人だけの会話のせいか、やや砕けた口調でロジャーが言った。
「わたくしがリードしたわけじゃありませんわ。マクシミリアン殿下は十分ダンスがお上手です」
「ダンスのことを言ってるんじゃない。あの従兄弟をよくここまで磨いて王子に仕立て上げたという意味だよ。まるで最初から王子のようだ」
引っかかる言い回しにクラウディアは異議を唱えたくなったが、皇太子相手なので言葉を選ばなくてはならなかった。
「最初から王子であることに変わりはありませんわ。それに、周りが何をしても殿下ご自身が光る原石でなければ磨いても無駄というものです」
「光る原石か。はははっ、確かにそうかも。最初はマックスに取り入ろうかと思ったけど、すっかりマール王国仕様にカットされていたので興を削がれた。まあ顔が似てるだけで、それ以外は帝国の要素はないからね。それより君の方が面白そうだ。今回のことがうまくいけば、マール王国からうちに留学生を送る話になっている。どうせなら優秀な人材に来てもらいたい。俺としては君をスカウトしたいんだがどうかな?」
余りに突然の申し出に、クラウディアは二の句が告げなかった。
「あはっ、驚いた顔もかわいいね。そんなにびっくりすることじゃない。そのうち学園長直々に話があるだろう。学生の交流の体を取っているが、これはれっきとした外交案件だ。となると失敗は許されない。当然国王陛下にお伺いを立てて許可を貰わなければならない。俺の方はもうそこまで済んでいる」
「陛下が了承したということですの……?」
「そうだ。そして君の父上も」
何ということだ。既に手は回っていたのだ。クラウディアは愕然とした。留学くらい何だ。一時的に環境が変わるだけだ。政略結婚に比べたらどうってことない。しかし、クラウディアの脳裏にあったのは、彼女を頼り時々頼りになってくれる優しい王子の姿だった。別に一生会えなくなるわけじゃないし。そうは思っても、この選択が彼との永遠の別れになってしまうような、そんな胸騒ぎがしてならなかった。以前のクラウディアなら新たな挑戦への期待に胸を膨らませたに違いない。それがどうしてこんなに不安になるのだろう。どれだけ考えても理由は分からないままだった。
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